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ヒモの章 6

■title:私営孤児院・赤蜜園にて

■from:アリス



 前回のあらすじ。



 なんかこう、私の脳内ではイイカンジに希望が持てる雰囲気で異世界人のデブことゲンゴローさんとお別れし、清々しい気分で治癒のお仕事に行って夕方になったので家に帰ろうとしていたのですが、なんか帰り道でゲンゴローさんの声が聞こえるな~と思って足を向けると酷い光景が目に入ってきました。






「嫌じゃーーーーーーー!」


「なーにが嫌じゃーーーー、だ。このクソゴミクズクソ虫が」


「セタンタ、二度もウンコと言う必要無いのよ、セタンタ」



 見ると、ゲンゴローさんはとある施設の門扉の走りにしがみ付いて泣きわめいていました。何してんでしょうね。何かしたんでしょうね。もう、なにゆえ~? って感じです。



 その足をゴミでも触っているような嫌そうな顔で掴んでいる屈強な体躯の男性と、二人の様子を見て、くすくすと笑っている女性の姿もあります。いずれも私が知っている方々です。




「メーヴさん、セタンタさん、こんばんわ」


「あら、アリスちゃん……こんばんわね?」



「おう、嬢ちゃん。ガキの治療来てくれたのか? ちっと待っててくれ、このクソを直ぐどかすからよ」


「嫌じゃーーーーーーー!」




「あの……すみません、そちらの異世界人はウチのアパートの住人です。一応は。何か失礼を働きましたか……? 孤児院の子供に手を出したとか……?」



「ふふ……ちょっと、稀に見るオモシロ行動を、ね……?」



 くすくすと笑っている女性――メーヴさんが私の隣にやってくる。



 メーヴさんはゲンゴローさんがしがみ付いている門扉の先にある孤児院の院長さんです。


 基本的に子供達の面倒は人を雇って任せていらっしゃるのですが、1000を超える子供がいる院の収入を一人で稼いでいる女性です。



 艷やかな黒髪を持ち、体つきはスレンダーで大人っぽく、髪と衣服の隙間から雪のような白い肌と桃色の妖艶に光る瞳を覗かせた大人っぽい方です。外見は如何様にでも変化出来るそうですが。


 いま現在の服装は西方諸国にいる修道女さんに似ており、一見、貞淑そうな恰好に見えますがスカートは両側に大きくスリットが空いており、えっちなストッキングとまばゆい太ももが覗いています。衣服から察するに、いまからお仕事行かれるみたいですね。




「稀に見るオモシロ行動とは」


「三時頃にやってきてね? 自分は異世界からやってきた親無き子だから、この孤児院で養え……ですって。面白いから仕事行くまで話を聞いて遊んでたのだけれど、様子を見に来たセタンタが追い出そうとしてるのよ……うん、私もそろそろ追い出そうと思ってたところだけど」




「メーヴはそもそも、こんなヤツに敷居跨がすなよ! ガキ共の教育上よろしくねえだろうが」


「反面教師には、なるんじゃないかしら……?」



 くすくすと笑うメーヴさんを見て、屈強な体躯の男性――セタンタさんが嫌そうな表情を見せました。



 セタンタさんは熟練の冒険者さんです。この孤児院――赤蜜園の出身で、園を出た後もちょくちょく様子を見に来て子供達に遊ばれているのだとか。



 冒険者としては武器を壊す事に定評のあるベオさんと同じぐらい若手の部類にはなりますが、ベオさんと同じくとても才能――それと実績――があるらしく、有名な冒険者の一人です。


 今日は冒険者の仕事はお休みなのか、ジーンズを履き、上はシャツをラフに着こなして武器は何も持ち合わせていません。でも、上背あって身体も引き締まってるのでゲンゴローさんぐらいは拳一つで簡単に黙らせてくれるでしょう。




「嬢ちゃん、もう足の一、二本ぐらい折って捨てていいか?」


「誠に申し訳ないのですが、ご勘弁いただけると助かるのですが……」



 ゲンゴローさんの悲鳴を背景に会話していたのですが、ようやく私に気づいたらしいゲンゴローさんが私に向かって高速で這い寄ってきました。セタンタさんが踏んづけてくれたおかげで蹴らずに済みましたが。




「アリスたん、アリスたん! こいつオレを殺そうとしてんだよ!!」


「本当に殺す気でしたらゲンゴローさん、もう息してませんよ」


「まあ、な」


「最低だー! こいつら最低の殺人鬼だー!」



「はい、はい……落ち着いてくださいね。ご近所迷惑ですから」


 見ると、孤児院の中から子供達も様子を窺っている。



「あの、この度は大変ご迷惑おかけ致しました」


「いいのよ。寝物語の種になるから」



「いや、嬢ちゃんが謝るのは筋が違げえだろ。……おい、このクソゴミクズクス……クソゴミクズクソ野郎」


 セタンタさん、噛みました。



「手前ェみてえなオッサンが孤児院とかバカか。特殊プレイ過ぎんぞ。ア?」


「オレはまだ9歳だ!!」


「本当は39歳だそうです」


「俺より爺じゃねえか」


「年上を敬え……! 年上の言う事に従え!」


「そのルールでいくと、私なんて1000歳の大ババアなんだけど……妊娠して? とか言うと妊娠してくれるのかしら……?」



 洒落にならないので止めてほしいです。



「ちくしょー! 自慢じゃないがオレは元いた世界だと親に養わせてたんだ! つまり、まだまだ養われるべき子供なんだよ!」



「ホントに自慢する事じゃねえな」


「ゲンゴローさん、いい加減にしてください。そんな無茶苦茶な理屈が通るわけが無いじゃないですか」



「妊娠して産んだ子供なら引き取ってあげるわ。……妊娠させていい? ねえ、アリスちゃん……?」



「メーヴさんが本気で愉快な気分になる前に謝ってください!! ゲンゴローさんも!! 女の子みたいな声出したいんですか!!」


「嬢ちゃんマジ焦りだな」



 セタンタさんが溜息をつき、足元の人の片腕に手を伸ばす。



「面倒くせえ。こういう輩には、こうすりゃいいんだよ」


「――――」



 ボキン、という音に遅れてゲンゴローさんが肺から息を漏らし、目を白黒とさせる。見ると、人差し指が変な方向向いてます。



「言っとくが俺は嬢ちゃんほど甘くねえからな。どうする? もう一本、いや全部逝っとくか?」


「――ごめんなさいごめんなさい! ごめんな」



 骨が折れる音が再び。



 ゲンゴローさんは目を見開き、口も開いて舌を突き出す。



「せ、セタンタさん、やめてください! やり過ぎです!」


「ここが嬢ちゃんのアパートとかなら考えるけどよ。コイツが立ち入ったのはメーヴの孤児院だ。……ガキ共に何かあったら、どう落とし前つけるつもりだったんだ?」



「セタンタ、止めなさい――アリスちゃんを困らせないの」



 セタンタさんが舌打ちと共にゲンゴローさんの手を放す。


 その手をキャッチし、手早く治癒術を施す。


 とりあえず骨は治しましたが、激痛の余韻が走っているかもしれません。



「あ――アリスたん! アリスたん、助けて……!」


「…………」


「どうする。足、どけてやろうか?」



「ええ、その……まだこちらの世界に来たばかりで、右も左もわからず、混乱しているだけかもしれませんから……」


「本当にいいのか?」


「…………」



 少し、考え込む。




 ゲンゴローさんのそれは、もはやそういうレベルでは無い気がする。かといって放り出すのは避けたいし、もうこのままセタンタさんに手伝ってもらって開拓地にでも――。



「セタンタ、私、そろそろお仕事行きたいから離してあげて?」


「チッ……わかりましたよ、っと」



 セタンタさんが足をどけた事で自由になったゲンゴローさんが半ば這いつつ、悲鳴をあげて逃げていく。



「あ……」


「ん……? アリスちゃん、アレが欲しかったの?」



「いえ、というわけでは無く、もう放置しておくと大変な事をしそうなので、このまま開拓街に無理やり連れていくか考えていたとこでして……」


「なら捕まえてくるか。ちょい待ってろ」



「あ、いや……すみません、ご迷惑をおかけした身なのですが、もう少し……明日の朝には結論出しますので、もう少しだけ待ってください」



 セタンタさんが息を吐き、メーヴさんが微笑む。



「甘ったるい対応だねぇ」



「アリスちゃんはそれでいいのよ。皆が皆、ガチガチに固めた正論で殴りあってたら、私、つまらないもの」



 でも、と付け加えたメーヴさんが言葉を続ける。




「アリスちゃん、あなたはまだまだ人間として生を受けたばかりの子供なのだから……困った時は、ちゃんと周りを頼るのよ?」



「はい……。申しわけ、ございませんでした」


 深く頭を下げる。







■title:王城に至る道程にて

■from:豪腕のメーヴ



 友人の娘が、隣をションボリといった様子で歩いている。


 色々と考え、考えに考えて考え過ぎているのだろう。



 自分がアリスちゃんぐらいの年頃はどんな感じだっただろうか。もう遠い昔の事ではあるけど、確か羊を追い回していたような覚えがある。妹と一緒に……いや、妹はぼうっと道端の草や森の毒キノコを見ていただろうか。



 そのうち、自分達が拾われた子であり、見た目はヒューマンでもまったく異なる「化け物」だと発覚してからは妹と二人で各地を転々とした。



 流浪というほど厳しいほどのものではなく、長い長い旅行のような気楽なものだった。妹はいつも無表情ではあったけど、少なくとも私にとっては楽しい旅だったと思う。




 隣を歩くアリスちゃんを横目で軽く見る。



 顔を合わせるとからかったり、お茶したり、何かと構いたくなってしまう子だ。もう少し大きくなったら手を出したくなるぐらいに。



 それは友人の娘という事もあるけど、一番の理由はおそらく、妹と同じで真面目な子だから構いたいのだろう。


 アリスちゃんはキッチリ系の真面目で、妹はズボラ系真面目だけど。




「アリスちゃんは、さっきの異世界人が好きなの?」


「ハァ?」



 稀に見る変な顔で返答された。思わず、笑ってしまう。



「ゲンゴローさん……先ほどの方は、正直に……いえ、若干オブラートに包んで言うと生理的に無理なのですが」


「オブラートに包んで、それなのね……」



「私の好みはパパのような方か、犬系なので」


「犬系」


「犬系です」


 手を可愛らしく曲げ、ワンワンと言っている。



「まあ……アリスちゃんが異世界人を構うのは今に始まった事ではないし、いつも通りみたいね。でも、大変な目に合わなければいいけど」


「物理的に不可能じゃないですか?」



 確かにアリスちゃんは丈夫だ。


 過保護の塊のようなものだから。



「アリスちゃんに直接危害を加えるのは無理かもしれないけど……精神的とか金銭的にはイケるでしょう? アリスちゃんは蜂蜜のように甘い子だし……もう既にアパート以外にも、どばどば出しちゃってるんじゃないのかしら? お金を」



「いえ……ちょっと貸したぐらいです」


「それはちゃんと返ってくるお金かしら? 私も金貸しはやっているけど、アリスちゃんは利益出す気……まったく無いものね? タダというのは、存外危険なものよ。双方にとってね」



「ちゃ、ちゃんと取り立てる気はありますので」


「本当かしら……」



 相手が死んだら取り立てようがない。アリスちゃんは連帯保証人なんて立てないし、財布の口がガバガバだし、今まで何度も取り立てに失敗しているらしいと聞いた事がある。



 皆、この子の甘いところに甘えて、しゃぶり取ってしまう。


 甘味というのは舌に心地よいが、毒にもなると言うのに。



「私、貴女がヒモとか飼い始めないか不安だわ……」


「そんなことしませんよ」


「もう既に飼ってない?」


「飼ってません。貸してるんです」



 ああ、ヒモに集られてる子は似たような事を言うわね。



「お母様とお父様に早く追いつきたいんでしょうけど……あまり、無茶しちゃダメよ? 人並み以上に出来る子とはいえ、年齢で判断するとアリスちゃん、まだまだ子供なんだから……」


「はい……。ご心配かけて申し訳ないです」




「てか、アリス嬢のオヤジとかオフクロさんって何してる人なんだ? 子供に異世界人の相手とかさせるとか危ねえだろ」


「それは私が好きでやっている事なので」



「セタンタ、いたのね……?」


「さっきからずっと後ろ歩いてるだろ!?」



 意識してなかった。


 何気に、私達の事を送ってくれているみたいだ。



「……んだよ? 人の顔見て笑って」


「何でもないのよ……ふふ」



 ちょっと笑って、アリスちゃんの代わりに質問に答える。



「アリスちゃんのご両親なら、そこで働いてるわ」



 魔王宅――もとい、魔王城を指さす。



「ほう。城勤めだったのか。政務官とか騎士か?」


「え、ええ……まあ……おおよそ、そんな感じです」


「煮え切らねえ言い方だな?」



「……ところで、話は変わるけどセタンタ」


「ん?」


「あなた暇をこじらせて、また、魔王様の近衛騎士隊長にちょっかいを出しにいったそうね?」



 セタンタが軽く手を振り、「違う違う」と言う。



「ちっと強くなった自信あったから、城まで行って稽古つけてくれーって頼んだだけだよ。勝てねえけど、いい練習にもなる」



「近衛隊長様はお優しいので笑って稽古つけてくれるんでしょうけど、お忙しい方でもあるのであまり迷惑かけちゃいけませんよ……!」



「お、おう。……なんで嬢ちゃんが怒るんだ?」


 セタンタに気取られないよう、こっそり笑う。



「んー、やっぱ魔王様にも教えを乞うべきなのかね? 武術だけじゃ追いつけねえから、国で最高の魔術師に魔術に関する助言もらえりゃ――」



「魔王様はもっと忙しいのでちょっかい出さないでください! お二人の夫婦の時間が減ってしまうじゃないですか! イチャイチャできないでしょ……!」



「お、おう。……マジで、なんで嬢ちゃんが怒るの? ごめんな?」


「ふふ……何でかしら、ね?」



 立ち止る。


 アリスちゃんは真っ直ぐ城に向かえばいいけど、私はそれより早く曲がってお客様のところへ出向かないといけない。既に少し待たせているけど、ほどほどに焦らすのも大事な事だ。



「私、向こうだからセタンタはアリスちゃんを送っていってあげてくれる?」


「……おう」


「あ、いえ、私はその辺にジャバいますし、大丈夫です。それではメーヴさん、セタンタさん、さようなら。そしてお休みなさい」



 アリスちゃんがテッテと走って去っていってしまう。


 気を使ってくれたのだろうか。



「二人だけになっちゃったわね?」


「……。一人で大丈夫なのかよ」


「もう何百年も一人でやってきたのよ……? 大丈夫」



 最近は周囲に変な人がうろついているような気もするけど、まあ何年かに一度はあるようなものだ。風邪か何かのようなものだ。



「まあ、ここまで送ってくれた分、おこづかいをあげましょうか」


「いらねーって。……じゃあな、あんま遅くなんなよ」


「うん、ありがとう。早く帰って寝なさいね?」


「いつまでもガキ扱いすんな」



 去っていくセタンタに軽く手を振りつつ、路地へと歩みを進めていく。今日は朝までなので、彼の希望には応えられないけど。







■title:十五丁目・表通りにて

■from:ゲンゴロウ



 昨日は酷い目にあった。



 アリスたんが金を出すのを渋るようになり、寄生場所として検討していた孤児院は酷いところでオレは虐待を受けて大脱走する事になった。


 逃げきれたのは、天性の才能かな?



「アー……まだ指痛む気がする」


 ポッキリと何の躊躇も無く折られたからな。何とか治ったものの、もうあんなサイコパスがいる場所には近づかないようにしておこう。


 君子、危うきところに何とやら、だ。



「暫くはほとぼり冷ますべきかね……? 2、3日ほど顔出さなければアリスたん寂しがり屋だから心配で、ゲンゴローさん、どこですか~とか泣きながら探しにくるかもしんね」


 想像したらちょっと笑えた。



「しかし、無いとは思うけど金貸してくれなくなったりした時のために収入のアテとか考えておかないとなー」




 アリスちゃんは結構良いヤツだった。


 こっちの世界にはあれぐらいの子がゴロゴロいたりしてくれねえかなぁ。


 厳しいか?



 どっちかというと、オレ様の骨を折ってきた年長者を敬わないヤツみたいなタイプが多い気がする。日本ほどは治安良くなさそうだな。怖い怖い。



 夜中に神社の賽銭とか盗むのが比較的楽そうだけど、らしきものは見かけない。


 コインが投げ入れられる情弱向け願いが叶う系の泉はあったけど、夜でもチラホラ人が通ってるとこで狙い辛そうだった。教会とかも見かけねえし、こっちは神とか信じてねえんだろうか?




「……働けって言われてもね。こちとらニート歴は高校からずっとだぞ。舐めんな。いまさら働けるわけねえっつーの」



 元いた世界なら夕方近くに起きて、オンゲーやったりアニメの実況とかやって眠くなったら寝るっていう天国みたいな生活だった。


 ……多少の焦燥感に焼かれ、低温火傷起こしそうな天国だったけどさ、こっちより良い生活だったさ。ネットあるだけ快適。



 メシはババアが全自動で出してくるし、ちょっと机をダンッ! って叩けばゲーム買う金とかも出す。


 それ片手にジャージで外出て、社畜共が汗水垂らして働いているのを見て「ご苦労だねえ」と見学してやって、帰って買ってきたゲーム始めて、焦燥感をちょっとガマンしてるだけで良い生活だったのに。



 たまに、ボソボソとうるさいオヤジことジジイは死んで、人形みたいに黙ってるババアこと母親だけになったから、面倒な人付き合いなんて無かった。




 ああ、でも――ババアは最低のクズだったな、結局は。




 仕事なんてキツイし面倒だし、人の顔色伺わないといけないんだろ? 人間がやるもんじゃねーぜ。



「異世界に来た時は、ついにオレのオレによるオレのための人生が始められると思ったんだけどなー……」



 ハードモード過ぎだろ。


 キチッと人生やり直せたら真面目に働くのもやぶさかじゃ無かったけどよ。39歳のまま、半端な状態で放り出すとかねーよ。


 せめて無双できる能力ぐらい寄越せや。



「神ってヤツはマジクソったれだよ! あぁ! てめぇがオレの代わりに死んじまえば良かったんだよ!!」


 ガン、と誰かに頭を殴られる。



 多少痛いが、痛み以上にビックリした。


 慌てて下手人見つける周囲を見渡すが、何人か歩いてるぐらいでそれらしいヤツは見つからない。


 しいて言うなら足元にタライが転がってるぐらいだけど、これが凶器か!



 くっそ! 犯人はどこに消えやがった!





「――お前かーーーー!」


「ひゃっ……わ、わ、何……?」



 目の前に突然――突然、何もないところから現れたロリっ子を指さす。肌は褐色、髪は銀色。耳がとがってるのを見るあたり、ダークエルフってヤツか?



「お前か! このガキ!」


「んんっ? 何がー?」



「このタライで俺殴ったのはお前か、って聞いてんの! どぅーゆーあんだすたーーーん!?」


「いぇーい? タライって……ああ、神様のタライか」



 アリスたんよりは多少大きいとはいえ、十分にロリなダークエルフがタライを拾い上げる。



 ……待てよ? ダークにしろエルフって事は見かけと年齢が一致しないんじゃねーのか? 本当は子供じゃなかったら喋りにくいな……子供相手なら年功序列によって好き放題言いやすいんだけど。



「お兄さん、神様の悪口言ったんでしょ?」


「それが何だよ。お前アレか、なんかの狂信者かよォ!?」



 とりあえず凄んでおく。年齢相応の外見じゃなくても、背丈の差にびびって萎縮するだろ。下手に出ろ、下手に。



 と、願ってみたもののロリエルフはケロッとしている。



「神様の悪口言ったらタライが降ってくるに決まってるじゃない」


「どんな理屈だよ」


「実践した方が早いか。あ、危ないからちょっと下がって」



 空を見上げたロリエルフが手のひらを見せてくるので、大人しく下がっておく。だが、逃げるつもりか?



「神様は魔王様に良いようにやられる便所の神様でハゲでクズでしょっぼい聖剣程度しか与えてくれないゴミ虫――」



 何かの口上の途中、ロリエルフの頭上に突然、パッと金ダライが現れる。


 あらかじめ空を見ていたロリエルフは両手でキャッチし、こっちに渡してきた。




「こんな塩梅でね? タライは記念に贈呈しとく」


「魔術ってヤツで殴ったって事か!」



「違うって。この世界だと神様批判すると空からタライが降ってくるの。褒めても何も出ないから皆、無視してるけどねー?」



「はあ? クッソ心が狭い神様だな――でっ!?」


「あはは、危ないよー」



 新たに降ってきたタライがオレの頭で弾み、ロリエルフが笑いながらキャッチして渡してくる。



「神様ルール知らない辺り、お兄さんは異世界人だね――って、アレ? こないだ物乞いしてた人? ちょっと身なりよくなった?」


「ん? 誰だよアンタ」



「こわーいオークのお兄さんに投げ飛ばされて、蹴られたの覚えてない? ホラ、物乞いしてる時に私のおっぱいも触ってきたでしょ?」


「……あ!」




 思い出した。


 慌てて、辺りを見渡す。




「あ、今日は私しかいないから大丈夫だよ。ベルちゃん――あのオークの子ね? ベルちゃんは士族の子達と武器とか見に行ってるよー」


「あの……アンタが代わりに殴ったりする?」


「え? 殴った方がいい?」


「やめてください死んでしまいます!」



 ロリエルフが、きょとんとしながらちっちゃい拳を振り上げる。オレを脅すとは……コイツ、只者じゃねえな。



「こないだは過剰に殴ってごめんねー? まあ、おっぱい触ったのと相殺って事にしといてほしーなー」


「へ……人に言われたく無かったら、出すもん出してもらおうか?」



「言ってもいいけど、言うにしても殴った殴ってないはどうやって証明するつもりなの?」


「……今日はこれぐらいにしといてやる」



 無駄な時間を費やしてしまった。


 やっぱアリスたんとこ行ってみるかなー。



「あ……そういや」


「んー? どったの?」



「アンタがさっき、そこに突然現れたのも神様がやった事か?」



 というか、コイツだけじゃない。


 チラホラと人間が何も無い空間――水を潜るように空気を震わせて出てきたり、逆に消えていったりしている。



 そういや、こっちに来て何度か見てたな。何かの幻覚とか、こっちの世界では幽霊が見えるのかとうっすら思ってたんだけど。




「あー、これ? これは魔王様が整備した転移術だよー」


「転移術ぅ?」


「例えばねー……ちょっとお手を拝借」


「お、おぅ……」



 ロリエルフに手を握られる。


 オレはロリコンじゃないからドギマギなんてしてない! ニートライフ長くて、リアルじゃコンビニの店員に会うぐらいしかしてなかったから、手とか握られると少し緊張するだけだ!




「こっちおいでー」


「お――うぉ!?」


 ロリエルフに手を引かれ歩くと、一瞬、水の中に潜ったような感触があった後、辺りの光景がまったく別のものになっていた。




 転移術――言葉通りの意味か!


「すげーなぁ。これ、どこでも行けるの? どこからでも?」



「基本、決まった場所から決まった場所にだけだよん。足元見てみて? ここだけレンガの色違って、マークついてるでしょ?」


「お、ホントだ」



「そういった場所で『どこどこに行きたーい』って念じていると持ってる物とか手を繋いでる人と一瞬で移動できるの」


「めっちゃ便利だな……」



「サングリアはビックリするほど広いから、この転移術無いと移動が辛いんだよー。だからホントに便利。サングリア内の転移ゲートは誰でも使えるんだ。サングリアから外に行く場合は、パスとか必要になってくるけど、それさえあれば魔術の素養無くてもらっくらく~に移動できるよー」


「…………」



 ふと、考え込む。



 この運送の常識を覆す転移術ってシロモノを利用すれば、良い商売が出来るんじゃないか? 上手くいけば、かなり稼げる。




 もうアリスたんに頭下げなくてもいいぐらいに。




「やっべー……! テンション上がって~、キターーーーー! オレ様って天才過ぎんだろ!? ひぇー、末恐ろしいわ!」



「頭は大丈夫?」



 微笑して小首を傾げるロリエルフの頭を礼代わりに撫でてやろうとしたら、露骨に避けられた。





 まあ、いい。稼ぐ方法は手に入れたのだから。



 このアイデアで、一発逆転してやる……!

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