ヒモの章 5
■title:アリス所有のアパートにて
■from:アリス
「というわけでアリスたん、金貸して!」
「…………」
軽く、めまいが。
「あの、昨日、貸したお金は?」
「いやぁ、ちょーっと一発逆転狙ったんだけどサ。有り金、全部スっちまって困ってるんだよォ~」
「一体、何に使ったんですか……」
「昨日の食堂でさ、アリスたん帰った後で強面のオッサン達がやってきてさぁ。アリスたんもオレ食い終わるまでいてくれりゃあいいのに、おかげで困った事になったの!」
「盗まれたんですか!?」
「うん」
「つまんない嘘つかないでください。さっき一発逆転狙ったとか言っていた辺り、その方々に賭博にでも誘われてスったんでしょう?」
「ビンゴ! アリスたん、鋭~い」
ウインクしてお尻を横に寄せ、両手を胸の前に構えて鉄砲みたいな形を取らせた謎のポーズ取るゲンゴローさん。イラつき度高い。
ですが、確かに私も迂闊でした。
ゲンゴローさんはちょい悪な人から見たら良いカモでしょう。異世界人でこっちの世界の「常識」に疎いのですから。
「ちなみに、どんな賭場に手を出したんですか? トランプですか? マージャンですか? コイン入れですか?」
「サイコロの目を当てる簡単なゲーム」
「あー……」
すごくシンプルにイカサマできるゲームでした。
「いやさ? 最初はボロ勝ちしてたんだよ! でも途中で流れ変わったかな? 全然勝てなくなってスッカラカン――って有様よ!」
「五体満足で帰れただけマシでしたね」
「引き際は心得ているんでね……!」
有り金全部スった人が言うセリフでは無いです。
「ちなみに、また私がお金貸したら使い道は?」
「無くしたものを、取り返しにいくのさ……」
「つまり、またサイコロ賭博に行くんですね」
「次は違う賭博かもなー。また来いって誘われてっからな」
ダメだ……この人……ずる賢いところありそうと思ってたのに、かしこさを数値化すると酷い事になりそう……。
「賭博は行っちゃダメです。良いカモですよ」
「でもよー。一発逆転狙いてぇ」
「今日は一緒に冒険者ギルドに行きましょう。帰ってきたら教科書開いて、読み書きの勉強です」
「それ、ムリッ!」
ゲンゴローさんが胸を張って腕を使ってバッテンを作る。
「有り金ぜぇんぶすったから、教科書も質に入れちゃいました~」
絶句です。
「でも、買いたたかれた感もあったな……。アリスたんも人悪いよな! 最初から金で渡してくれてれば流れ途切れず勝てたかもしんねーのによッ!」
マジ絶句です。
あの、あのあのあの? あの教科書はこっちの異世界に慣れ親しんだ異世界人の方に無理言ってお金払って作成依頼した教科書――しかもわかりやすい初心者向けに作ってもらったんですよ? それを何ですって? 昨日の今日で質に入れた? はっ!?
「…………」
「アリスたん聞いてるぅ~?」
「ちょっと黙っててください。心の整理をしているので」
……落ち着きましょう。
肉食魚がいる池にカモを置き去りにして夕飯食べに帰った私にも責はあるのですから、心に波風立てずに対応しないと。
「アリスたーん! 金貸してくれよぅ!」
「…………」
「ねーえー!」
「…………ゲンゴローさん」
「ホイ!」
「一つ、私と勝負をしましょう」
財布から一枚のコインを取り出す。
「私に勝ったら、お金を貸します」
「え~、アリスたんが天才ゲーマーのオレに勝てるかなァ~?」
「勝負はコイントス。ゲンゴローさんはコインの裏表を当ててください。このバッカス王国の紋章書かれている方が裏です」
「チャンスは?」
「十回。そのうち一回で当てれたらゲンゴローさんの勝ちです」
「楽勝じゃねえか! 流れが~、キターーーー!」
ゲンゴローさんが腕を振り上げて喜ぶ。
「では、一投目の予測をどうぞ」
「表!」
「はい…………裏です。二投目どうぞ」
「くっそ! 表!」
「はい…………裏です。三投目どうぞ」
「へ、こういうのは同じ目に張り続ければいいのさ! 表!」
「はい…………裏です。四投目どうぞ」
「お、表!」
「はい…………裏です。五投目どうぞ」
「い、イカサマしてんじゃねえのか!?」
してますが何か。
「五投目……どうぞ」
「……表! まっすぐなオレで行く!」
「はい…………裏です。六投目どうぞ」
「なんでだよ! 表! 次こそ表!」
「はい…………裏です。七投目は?」
「表ェ!!」
「はい…………裏です。八投目は?」
「表に決まってんだろッ!」
「はい…………裏です。九投目は?」
「…………っ!」
「九投目は? チャンスは、あと二回です」
ゲンゴローさんの表情は酷く強ばっている。
「おも……う、裏だ! 裏の流れがキテる!」
「はい…………」
「どうだ!?」
「残念ながら、表ですね。最後の予測をどうぞ」
「…………お、表…………」
「はい…………裏です」
十投中、正解は無しでした。
「は――は――? こんなの、有り得ねえだろ」
「お疲れさまでした。では、種明かしと行きましょうか」
「は?」
コインを弾く。
呆けたゲンゴローさんの表情を無視し、私の視線はコインに向ける。頭の中では無色透明な風をイメージ。
落ちてきたコインは私の手の甲にあたり……しかし、そこで弾き飛ばず、空中に固定されたように――表でも裏でもない――直立、という形で動きを止めた。
「先ほどの勝負、全てこれと同じ手を使わせていただきました」
「なに、これ?」
「詠唱無しで空気を操りました。事前に宣言された表裏の発言とは逆の目が出るよう、これで操作していた……というわけです」
ゲンゴローさんが目を見開く。
「イカサマじゃねえか!」
「イカサマですよ。そしてこれは、サイコロでも可能です」
「って、事は……」
「おそらく、ゲンゴローさんが昨日受けたサイコロ賭博にも似たような手が使われていたのでしょう。最初はほどほどに勝たせ、乗り気になったら攻勢に出るといった感じで」
「待てよ――それなら、金取り返せるんじゃね!? ズルされたから」
「イカサマ無しという取り決めはしましたか? まあ、していたところで、もう昨日の事ですからシラを切られるだけですので、向こうに借金が無ければこのまま泣き寝入りした方が安全かと」
「はあっ!? ありえねー! アリスたん、取り返すの手伝えよ!」
「下手に事を荒げると危ないですよ。喧嘩になって殴られたり、最悪、首を絞められて殺されたり……」
「…………首」
顔面蒼白になったゲンゴローさんが自分の首を触る。
でも本当に、五体満足で帰ってこれただけ良かった。
下手したら借金作らされて取り立てられる事もあるので、今回の相手は善良だった方だろう。あくまで、比較的善良というだけだけど。
「この世界は、ゲンゴローさん達にとって異世界です。西方諸国においては悪しき術と言われ、ほぼ禁止されていますが……バッカスにおいては魔術は一般的なものです」
「…………」
「魔術は便利ですが、時には危険なものでもあります。……その、今回は私も先に帰ったという落ち度ありますので、昨日貸した分はもう返さなくて結構です。お互いに勉強料だった、という事にしておきましょう。ね?」
「…………」
ゲンゴローさんは首を触ったまま動かない。
そんなにショックだったのかな。
中々、へこたれない人だと思っていたのですが。
「……ゲンゴローさん」
「…………」
「朝御飯でも、食べに行きましょう」
■title:八丁目市場近くのベンチにて
■from:アリス
「くっそ……オレらしくないドジだった」
私にとっていつものホットドッグを食べ終えた後、ゲンゴローさんがガシガシと頭をかいて悔しげに呟く。ちょっとは元気になったようで。
「犬に噛まれたとでも思いましょう」
私もつい最近、犬に噛まれました。というか現在も食らいつかれている状況です。最初は体臭も言動もクサかったものの、言動がクサいだけになっただけ、マシだと思うようにしています。
「まあ、これを機に真面目に働かれてはいかがですか」
「肉体労働とかイヤでゴザるぅ!!」
「そこ、ブレませんね。ですが、何度も言っている通り働くべきです。ご飯は炊き出しありますが、そのうち野宿になりますよ。サングリア地下にそういう方々が寄り合って街みたいなとこ形成してる場所もありますが、治安サイアクです。あそここそ、寝てる間に殺されてるって事がありますからね。たまに意地悪な神様がモンスター湧かしてきますし」
神様、といえば……ある意味で簡単な仕事でタライ屋もありますね。元手無しで始めれるとはいえ、下手したら即死なうえに供給過多で小遣い程度しかお金は入ってきませんが。
「それでもオレは働きたくない」
「そこを何とか」
「いや、良い考えがあるんだよ」
「……それは?」
自信ありげな意味を浮かべていらっしゃいますが、多分きっと碌でもない考えなんじゃないでしょうか。
「アリスたんのヒモになるのさ!」
「ヒモ……? ヒモというと、梱包とかに使う紐ですか?」
「違う。ヒモってのは職業でな? 男が女から金貰って、それを元手に賭博場とかで増やしてくるっていう夢のある職業さ」
「誰かみたいに全額スッたら如何するので?」
「女が頑張って稼いで、そして再び稼ぎを男に渡す!! ……見たとこ、アリスちゃんって良いとこのお嬢様で、娯楽で男に貸す金が有り余ってんでしょ?」
いえ、娯楽ではなく慈善事業ですが。
アパートの収入だけで言えば赤字垂れ流してます。自分で空き部屋の清掃や簡易な補修は行って、出来るだけ抑えるように努力はしてますが、それでも赤字です。
「その金……将来有望なオレに投資してみなYO」
「生理的に嫌です。そしてヒモというのは要するにニートと同じく称号みたいなもので、実質的には無職なのでは?」
「チッ、なんだよケチくせえうえに口も悪りぃチビっ子だな! 黙ってオレに全額賭けろよ! 倍にして返してやっからよ!」
「昨日の分補填するために貸す考えもあったのですが、先ほどの話でゲンゴローさんは切羽詰まらせてお尻叩かないと、どうしようも無さそうなのがわかったので、1ジンバブエも貸しません」
「富める者は貧しいものに施しをって考えがねえのかよォ!」
凄まれても出さないものは出しません。
心、ある程度は鬼にしていきます。
「じゃあ譲歩するから、コイン勝負しようぜ? そん代わり、トスするのはオレだかんな?」
「誰がトスしようが視界通ってる時点で魔術使って操作できますが」
「イカサマ無し!!」
「私がイカサマしたかどうか、判断つきますか? 証明できますか? 方法はあるのですが、ゲンゴローさんには無理だと思います」
「じゃあ……もういいよ! オレがのたれ死んだらアリスたんの所為だからな? 覚えとけよ!? そして後悔しろ!」
ゲンゴローさんがお腹を震わせて立ち上がる。
「ご飯は炊き出しにでも行ってください。あ、投函しておいたアパートの契約内容説明書はちゃんと読んでいただけましたか?」
「あ? 売り物になりそうもねえし、捨てたけど?」
「……また入れておきます。ざっくり説明すると、初月家賃は無料ですが二カ月目から家賃が発生します。そして、家賃は出ていかない限り、毎月増額していきますので」
「なんだそれ! 違法じゃねえのかよ! てか、ずっとタダで貸してくれんじゃねえのか!?」
「ウチは異世界人の方とか、路頭に迷っている方に一時の宿を貸しているだけなので。早く仕事見つけて去ってもらうために家賃は増額する契約にしてるんです。一応、この国では違法では無いので、早く旅立っていってくださいね」
パンッ、と何かを打つ音が聞こえました。
ああ、どうもゲンゴローさんが私の頬を平手打ちしたようです。
痛みは蚊が刺した程度のものですが。
「お前の事、見損なった!」
「そうですか」
「そんな汚ねえヤツだったんだな! クソッ……! じゃあ、もう本当にいいよ! 知らねえからな!? オレにだって何の当ても無いわけじゃねえ! 何てったって異世界転生モノの主人公様だからな! この程度の窮地、覆してやる!!」
確かに自分の人生という物語の上においては当人は主人公のようなものかもしれませんが、それが見事の復活劇になるかは……やっぱり人次第だと思います。
「犯罪だけはダメですよ。場合によっては死刑――それも生きたまま怪物に丸呑みとか、八つ裂きになる事もありますから」
ふん、と鼻息もらして去っていくゲンゴローさんの背中に言葉を投げかける。……ちょっと、突き放し過ぎたかもしれません。
「…………」
ふと、ゲンゴローさんの背中が別の人と重なりました。
別の人達、と言うべきでしょうか。
私が人として生を受けてからの期間は短いですが、その中で何人もの異世界人の方と出会ってきました。色んな人達がいました。
真面目に働いて居場所を得て、こっちで家庭を持ち始めた人。
不真面目で身を崩していき、現在は生死も不明な人。
絶望し、自ら死を選んでいった人。
彼らの事を思い出していました。
背中を見送って訃報を聞き、「私が頑張れば、救えていたんじゃないか」という想いを、思い出していました。
相手が誰であれ、忘れてはいけない筈の事なんですけどね。
「…………」
ゲンゴローさんに追いつくため、走る。
昔――とても遠い昔の話です。
ある山に一人の女の人が住んでいて、ある日、彼女は一人の少年を拾いました。
彼は異世界からやってきた少年で、自身が元の世界に戻れない事から絶望し、女の人に辛く当たったそうです。
女の人は辛抱強く少年に接し、ご飯を作ってあげたり、山の頂上にあるお気に入りの花畑に連れていって、心の中では笑顔を見せてくれるように祈っていました。
生まれ育った山しか世界を知らなかったのに、少年が笑ってくれるように一生懸命、外の世界の面白く素敵なお話を考えて、ここは素敵な世界なんだよ――と、希望を持ってくれるように努力しました。
でも、本当は、山の外の世界は戦争ばかりの荒んだ世界でした。
外の世界を見た少年は、こう言ったそうです。
君の言う事は全て嘘じゃないか――と。
そう言って、こう付け加えたそうです。
でも、俺のために嘘をついてくれたんだね、と。
少年は今までの事を謝り、女の人の料理を手伝ったり、自分で誘って一緒に花畑を見に行ったり、「外の世界はこうだったらいいのにね」と自分達の空想、理想を語り合いました。
とても幸せな時間だったそうです。
でもある日、悪い人達がやってきて、女の人を攫っていきました。
悪い人達は言いました。
『この世界を変えたくないか?』
女の人は――少年に素敵な世界を見せたくて――頷きました。
並外れた魔術への適正を持っていた女の人は、それをより優れたものにするべく様々な投薬や手術を施されました。その結果、女の人は神様に等しい力を手に入れたそうです。
女の人がそう言ったわけでは無いのですが……おそらく、昔の技術なんていい加減で、無駄な投薬や手術もいっぱいあって、きっと痛くて発狂しそうになった事もあった筈です。
現代においても女の人が至ったところには、何千万人も犠牲にしてもたどり着けないでしょうから……本当に、奇跡的なものだったんだのです。
力を手に入れた女の人は、悪い人達の王様になりました。
冠を被り、世界を変えるために。
でも、その冠は呪われていました。
悪い人達が、女の人の力だけを手に入れるために用意した冠で、女の人の意識は眠りにつき、悪い人達は神に等しい力を戦争のために使い始めました。
一人の神様がいました。
神様は自分が作った世界で人々が暮らし、もがき苦しんでいるのを見るのが大好きでしたが、好き勝手やり始めた悪い人達が世界を滅ぼしかねないと危惧していたそうです。
そして、人界に一本の聖剣を投げ入れました。
……聖剣と呼ぶには、おぞましいものでしたが。
聖剣に選ばれた一人の青年は、神様にかつて世界を変えたいと願い、兵器と化した女の人を殺すように言われました。
人々もそれを望みました。
その人々は……女の人を利用した悪い人達と同じように、悪い人達で……一応、双方に大義名分がありました。だからどちらも、見方によっては悪人では無いのでしょう。私にとっては、悪人です。
青年は勇者として擁立され、軍隊の先頭で戦わされました。
敵とされる人達に傷つけられ、定着した聖剣に身体と脳を蝕まれ、全身を襲う激痛と消えてなくなりそうな自我を必死に繋ぎ止めながら戦いました。
戦いを繰り返すうちに異形と化していき、味方にすら蔑まれましたが、青年はそれでも戦いました。
ただ一つの目的を果たすために戦い続けました。
やがて、とある戦場で青年と女の人は再会しました。
そして、殺し合いを始めさせられました。
女の人は大地を砕き、天変地異をも起こす魔術で迎え撃ち、青年は全身に生えた聖剣を鎧として防ぎ、あるいは避け、兵器にされてしまった女の人に向かって駆けていきました。
戦いは女の人が優勢、の筈でした。
神様に与えられた聖剣の担い手とはいえ、相手は神様並みの力を持っていたためです。戦場で相対した時点で魔術を打つ――どころか、遥か彼方から眠っている青年に魔術を打つだけで勝負は決していた筈なのです。
悪い人達はそうしようとしました。
ですが、出来ませんでした。彼らは自分達が頼みとする「兵器」が誤作動を起こしていると思いました。
戦場においても彼らが言うところの「誤作動」は発生し、操れる事は操れるのですが、要所要所で魔術が「誤作動」を起こし、青年は何度も何度も間一髪のところで命を繋ぎました。
青年は戦場を駆けました。
女の人のところへ向かって。
頭の中で神様が、殺せ殺せと笑い、操る声を聞きながら。
最終的に二人は相打ちとなりました。
正確には、距離が近づいた事で「誤作動」込みでも女の人の魔術が当たって、青年に致命傷を負わせました。
聖剣でも、どうしようも無い致命傷を。
女の人は頭を――頭の冠を斬られました。
殺すべく遣わされた勇者は女の人の肌には傷一つつけずに、殺さず、兵器となっていた女の人を元に戻してみせました。
自分に等しい力を持った存在を殺せなかった事で、神様は非常に不満でしたが……亡骸となった青年の表情は微笑んでいたそうです。
操られ始め、一度は意識を無くしていた女の人は、青年が誰かずっとずっとわかっていました。
かつて少年だった青年が聖剣を手に取ろうとした時も、心の中で泣き叫んだそうですが、呪われた冠に支配されていたがために止めれず、戦場においても最後は止める事が出来ませんでした。
『私が甘言に乗らず、嫌だって……私の世界には彼だけがいれば、それだけでいいって……欲張って無かったら、彼があんなに苦しんで、私に殺されずに済んだんじゃないかなぁ……って』
『後悔、してるんですね』
『うん。今は今でアリスちゃんも生まれてきてくれて、すっごく幸せだけどね。それでも、今が幸せでも後悔しちゃうんだ。……出来れば、アリスちゃんには後悔しない人生を送ってほしいなぁ……』
まったく後悔の無い人生なんて、誰だって無理だろうけどね――と、神に等しい力を持った女の人は悲しげに笑っていました。
でも、そう望まれたのであれば、私はそうありたいです。
ゲンゴローさんに追いつき、声をかける。
本来は死んで眠りについていた筈の、神様の被害者に。
「あの」
ゲンゴローさんが振り向く。
その顔は、少し、泣きそうに見えた。
「……今日のお昼と夕食代だけは渡しておきます。明日は私、朝から夕方までアパートにいますので、何かあったら会いに来てください」
「…………」
「色々と大変だとは思いますが、困った事あったら頼ってください。私はまだまだ子供で、神様並みの力もありませんが、出来る範囲でお助けします」
「…………」
「貸すだけ、ですからね? 必ず返しにきてください」
ゲンゴローさんが頷く。
彼は遠慮がちに私の差し出したお金を受け取りつつ、「ありがとな」と言ってぎこちない笑みを浮かべ、その場から去っていきました。