ヒモの章 4
■title:八丁目・大衆浴場前にて
■from:アリス
死んでいる、という事実を伝えた後に茫然自失といった様子だったゲンゴローさんをなだめた後、私達は大衆浴場にやってきました。
ゲンゴローさんの臭いを何とかするためです。
私は待つ間、ゲンゴロ―さんの着替えを買いにいって差し入れたり、職業図鑑作成のための取材と調査をさせてもらってました。
「お待たせー……」
幾分かサッパリした様子のゲンゴローさんが少し暗い顔で外に出てきました。……まあ、自分が死んだというのはショックな出来事でしょう。
いまは生きていますが、一度は死んだのです。
「あのさ」
「はい?」
「さっきのオレが死んだってどういう意味? ……そういや、こっちの世界に来た時、頭の中に聞こえた声がそんな事を言ってたような覚えも、チラッとあるんだけど」
「ゲンゴローさん達をこの世界に連れてきた神様は、どうも死者をこちらの世界に連れてきて生き返らせているようなのです」
全員ではないようですけどね。
「マジでオレ達、死んでんの? アリスたんも死んでんの?」
「私はこっちの世界生まれなので、ゲンゴローさん達のようには死んでたりしませんね」
異世界人の方々の証言をまとめると、殆どの人が死の瞬間を自覚しています。
死の瞬間を覚えていない人も、「薬を服用していた」とか「事故現場で気絶したような覚えはある」とか、自分が死んだ理由に心当たりがあるみたいです。
「オレ、死んだ覚えは無いんだけど」
「あれ? そうなんですか?」
ひょっとすると例外中の例外? 神様はわりといい加減なので、そういう間違いがあってもおかしくなさそうです。
「あー……いや……うん……無いわ! まったく殺された覚えない! オレって誰にも恨まれていない善良なオトコだからなー」
「向こうの世界における最後の記憶ってなんですか?」
「んーっと、徹夜でゲームしてババアに作らせた朝飯食って、寝て起きたらもうこっちの世界に来たっつーか」
ゲンゴローさんがニヤリ……と笑う。
「オレってもしかして……スペシャル?」
「単に寝ている間に大きな事故に巻き込まれたとかでは?」
「いやいやいや! オレってこれでも結構、運良いんだぜ?」
「はあ、例えば?」
「とびっきりはアレだな。オレがガッコー行ってねえウチに、クラスメイトが皆殺しにされた。そんな中で家で実況しながら生き残ってるとか、持ってるって感じだよな……」
何か誇らしげにニヤニヤと仰っています。
まあ、私にとって特別であろうが特別で無かろうが、どうでもいい事です。
それはさておき。
「それで、今日の宿はどうされますか?」
「野宿っきゃねーよ! アリスたんのベッドに添い寝してやってもいいけどよ?」
「ウチの敷居を跨ぐと死にますよ」
「死ぬの!? 誰が? オレが?!」
「泊まる当てが無いなら……そうですね」
正直、色んな意味で嫌なのですがゲンゴローさんだけ除け者扱いをするのは可愛そうです。部屋も空いてますし……。
「私、アパートを持ってますので、よろしければ空き部屋を貸しましょうか? 最初の月の家賃は無料です。細かな契約内容は――」
「よっしゃーーー! 寝床ゲットォ!」
ゲンゴローさんが私の言葉を遮り、叫ぶ。
……何だかんだで少しは元気になったみたいだから、良かったのかな?
気が滅入って自棄になられて犯罪に手を染められても困りますから。
■title:アリス所有のアパートにて
■from:アリス
起床し、パパとママと朝御飯を食べた後に出勤していくお二人を見送った後、私も出かける事にする。
今日はこれといって急ぎの用事も無いものの――急ぎの用事なんて普段からそう無いけど――昨日の今日でゲンゴローさんがちゃんと仕事探しにいってるか気になったのでアパートに参った次第です。
が、しかし。
「まだ寝てるみたいですね」
窓にはカーテン。ドアにはちゃんとカギがかけられていました。
今まで野宿していたであろう事を考えると、疲労の極みに達していたかもしれませんから早起きは厳しいかもしれません。精神的な疲労もあるでしょうし。
とりあえず、アパートの契約内容説明書を投函しておき、アパートの廊下や近所を掃除する事にしました。
とはいえ、アパートは掃除したばかりで、近所に関しては公共の道なので巡回している使い魔達が巡回ついでにゴミとか食べていくので綺麗なものです。
使い魔達が掃除までしてくれるので、この街はとても綺麗なのですが「どうせ使い魔が回収してくれるからー」とゴミのポイ捨てや家庭ゴミを道端に置き去りにする人は少なくありません。
街は綺麗でも、モラルの面では綺麗とは言い難いかもしれません。
「あ、アリスちゃん。おはよー……」
後ろから声をかけられ、箒を手に振り返る。そこにはアパートの出入り口にある階段を荷物背負って降りてくる女性の姿があった。
「カレンさん。おはようございます」
「お掃除してるんだ。えらいね」
階段を降りきったカレンさんが微笑み、褒めてくれる。
カレンさんは先日からこのアパートに住む事になった異世界人です。
ゲンゴローさんと違って既に働きだしていて、今のところは冒険者を目指しているのだとか。
髪は私と同じぐらい……肩口で切り揃え、今日はこちらの世界で買った衣服に小柄な身体を包んでます。
ただ、少し自信無さげにオドオドとしている所為もあって「幸薄そうなオーラ」が仄かに漏れ出している感じが。
確か、ヴーディカさんは「悪い男に引っかかったり、人買いに騙されて連れていかれて変態趣味の貴族の屋敷な雰囲気で心配なのよね」と言ってました。
元の世界では、高校生なる学徒をしていたそうです。
「カレンさんは今からお出かけですか?」
「うん、昨日に引き続き、先輩冒険者さん――ヴーディカさん達に案内してもらう予定で。今日はお昼から郊外に」
「ああ、確かトカゲ退治に行かれるんでしたよね」
カレンさんがこわばった笑みで頷く。
「冒険者になるつもりだから、やっぱり戦わないと」
「冒険者の仕事も色々ですよ。戦わなくても稼ぐ事は可能だそうです。例えば、薬草採取の仕事とか荷運びとか、化け物がした3メートルぐらいの巨大ウンコから鉱物取り出す仕事とか」
「でも、戦った方が稼げるんだよ……ね?」
「ええ、まあ、そうなんですが。あまり無理は」
「多少無理してでも、お金が欲しいんだ」
カレンさんが俯き気味に呟く。
「お姉さんを探すために、ですか」
「うん……。冒険者ギルドの人探しの掲示板にも名前と特徴書いて貼らせてもらってるんだけど、まだ……」
「すみません、私の方でも探しているのですが、まだお役に立ててなくて……」
「あ、ううん! 気にしないで! 手伝ってくれてるだけでも有り難いから」
カレンさんは少し年上のお姉さんを探しているそうです。
どうしても、会って話をしたいそうで。
お姉さんは亡くなられたそうですが、亡くなったのは向こうの世界。
異世界人の方々は死後、こちらの世界に転生してくるので、一度は死んでいてもこちらの世界で再会出来る可能性があるのです。
とはいえ、必ずしもこちらに転生しているとは限りませんし、世界も時間軸も広いので会えるかどうかは私も何とも言い難いところです。
何らかの団体に所属していた誰か一人、とかではなく特定の一人となると特に。
「あ……ごめん、出発はお昼からなんだけど早めに行ってヴーディカさんに魔術の手ほどきしてもらう約束してて」
「そうなんですか。すみません、お時間取らせて」
カレンさんが会釈し、去っていこうとする。
元々小柄な方だけども、不安そうに肩を落としているせいか見える背中は一段と小さく見えた。
「……カレンさん!」
そのまま帰ってこなくなってしまいそうに見えて――ヴーディカさんいるのだからそれは無いと思いつつも、呼び止めてしまった。
「ヴーディカさんは熟練の冒険者さんですし、トカゲも大した相手ではありません。ヴーディカさんの話と指示をよく聞いていれば、今日だけじゃなくて今後も大丈夫です」
「……うん」
「だから、お気をつけて」
「うん、ありがとう。行ってきます」
カレンさんが去っていく。
こちらの世界では戦う事はそれなりに身近な事ではあるけど、カレンさん達がやってきた異世界のニホンはサングリアより平和なところだったそうです。
カレンさんは多くの異世界人の人々と同じく、この世界の常識と元の世界の常識の誤差に戸惑っている様子がありました。
姉探しのために、お金が必要だから戦う。
でも、本心では不安で仕方ないのではないでしょうか。
「よくない事に、ならなければ良いのですが」
異世界人の方はこちらの世界に来て早々に死ぬのは、そう珍しくはありません。カレンさんがその中に含まれませんように。
死ぬより悲惨な目に合う事もありますが……。
■title:ゲンゴローの部屋前にて
■from:アリス
朝からちょっとしんみりしつつ、ざざっと掃除終わったので職業図鑑作りのために近所でお話とか聞いていたのですが、ゲンゴローさんは一向に起きてくる様子がありません。
「もう、夕方なんですが……」
流石に昼にはお腹減らして起きてくるだろう――と思っていた私の見立ては大変、甘かったようです。いやまさか、カレンさんが何事もなくフツーに帰ってくる方が早いとは。
いい加減、起こしにいきましょう。
と言いますか、下手すると部屋の中で死んでいるのかもしれません。道端に落ちていたものを食べて腹痛が今更来たとか、うつ伏せになって寝て息出来なくなって死んだとか。
「ゲンゴローさん? もう夕方ですよ? まだ寝てるんですか?」
部屋をノックしつつ、呼びかけるが返事無し。
室内の音を窺ってみても特に何も聞こえてこない。
仕方なく、マスターキー使って鍵をあけたのですが……。
「……なんですか、これ」
扉を開けると木の壁が遮っています。
一瞬何か、と思いましたが備え付けていた衣装棚のようです。
ゲンゴローさんがわざわざ移動させたのでしょう。
何のためか、いまいちわかりませんが邪魔です。
「失礼します、よ……っと」
魔術にて軽く身体を強化しつつ、棚を横にずらして室内へ。
ベッドには……ゲンゴローさんの姿は見当たりません。
ウチのアパートの居室は全て同じような間取りで、広さはベッド三つ分ほど。そんな広くない――と言いますか正直言って狭いです。あくまで仮の宿として使ってもらいたいだけなので。
窓は身を乗り出せる程度のものが一つだけ。
家具はベッドと衣装棚。窓にカーテン、ベッドに枕。冬用に寝具用の布がありますが、部屋の温度は魔術道具にて調整可能です。異世界におけるエアコンとかいう冷暖房器具に相当するんだとか。
燃料は手のひらサイズのもので約一週間持ち、値段は1000ジンバブエほど。まあ、燃料の方は多少の魔術の心得あれば買う必要無いです。
「ゲンゴローさん? ゲンゴ……うわっ」
ゲンゴローさんの姿が見えないな、と思って視線を巡らせていると、いました。何故か部屋の隅っこで布被って座り込んでいます。
ちょっとビックリ。反応無いので寝てるみたいです。
「朝とっくに過ぎてますよ。起きてください……?」
流石に男の人と部屋に二人きりというのは怖いので、ちょっと引き気味に声をかけますが反応無し。軽く揺さぶってみると――。
「うおわっ!? ひ――ひィ!」
「ひゃっ……」
「おっ、おおおおおオレをっ、殺すつもっ……!?」
突然、飛び起きられました。ちょっとビックリ。
思わず後ろに転び、お尻をついてしまうほどビックリです。
「あー……ようやく、起きられましたか?」
「ハ――ハ――な、なんだ、アリスたんかァ……」
ゲンゴローさんが荒い息を整え、なぜか不敵に笑います。
「オレの魅力に負け、夜這いしに来たのかな……?」
「チッ――」
「なぜ舌打ち!?」
「失礼。それよりゲンゴローさん、いまはもう夕方です。昨日はいったい何時に寝たんですか?」
「昨日? 部屋ついたらソッコで寝たけど」
24時間近く寝てますが頭は大丈夫でしょうか。
「今から冒険者ギルド――に顔出しても、もう閉まっちゃうので明日の話ですね。私の方でも仕事は探してきましたが」
「えぇ~、なんでオレが働かないといけないでゴザルか~?」
「働かずにどうやって暮らすつもりですか」
「何とかなるさ……オレはね? やれやれ系主人公なんだよ」
「やれやれ系」
「普段はこう、やれやれ……ってダルそうにしてるけど、いざ出番がやってきて壇上に登っていくと真の力を発揮するタイプなの。いまはダラダラ期間」
ゲンゴロ―さんが主人公の劇とか誰も見ないと思いますよ。
「アリスたんも、やれやれ系じゃね?」
「私、そんなに気だるげですか?」
「そっちじゃない。仕事やれやれ! って言う方のやれやれ。人に厳しすぎぃ!」
「厳しくするのも理由があるので――」
すが、と言い終わるより早く、ゲンゴローさんのお腹が「ギュルルルオォ!」と鳴きました。見事な腹の虫です。
「お腹減りましたか」
「こっちの世界来てから全然食ってねえんだもんっ!」
昨日はホットドッグ二つに串焼き三つ。パエリアに鶏肉の香草焼きに具沢山野菜スープにその他、飲み物などなど……を私のお金で食べた口でそれを言いますか。
「夕飯なら私が奢ります」
「マジ!? アリスたん、マジ天使!!」
「あと、当面の資金も無利子で貸します」
「お、おう……神にでもなるつもりかな?」
「ただし、どちらも条件付きです」
■title:食堂・グレンデル亭にて
■from:アリス
「いいですか? 夕飯奢ってお金も貸す代わりに明日は冒険者ギルドに行って仕事を探す――もしくは、私が探してきた仕事を始めるのどちらかをやるのが条件ですからね?」
「はいはいはい! そんじゃ、いただきまーす!」
ゲンゴローさんが注文した夕飯に手を付け始める。
注文したのは炭酸水、肉厚のステーキ、それと白米。
「街並みとか雰囲気とか中世――いや、近世ヨーロッパ的な感じあるのに、米とかケッコー扱ってんだなぁ。丼モノまであらァ」
「西方諸国はパン食多いですが、バッカスは米もパンも麺も食べますね。そちらの世界のニホンって国と、そこまで食文化変わらないって意見も聞きます」
領土広大で風土色々、育つ農作物も色々で輸送も簡単なのでサングリアでは食の街でもあります。他国よりズバズバとモンスター狩っているので、肉等の種類も豊富です。
あと、調理法に関しては異世界人の方が結構もたらしてくれるので、そのおかげもありますね。他は神様が規制みたいな事してますけど。
「食文化の事はさておき、仕事について考えたりしてますか?」
「なに? いや、ちゃんと将来の事は考えてるよ? 楽してハーレム作るとか。あ! この国のお姫様と結婚すれば王様になって楽にハーレム作れるんじゃね? 名案ッ」
「生理的に無理でしょうから諦めてください」
「んだよー、アリスたんは後ろ向きだなぁ?」
聞こえるように溜息一つ。
「つまるところ、あまり考えられていないようですので……私が探してきた仕事に関しても説明しておきますね」
「ういういー」
「えっと、三つあります。一つ目はサングリアでの荷物運びです。小包に関しては使い魔達が運んでいるのですが、大きい荷物は人力で運んでいます。運搬には台車とか使いますが、家の二階とかも運ぶ必要あるので力仕事です。勤務時間は基本的に午前九時から午後四時まで。休憩時間が一時間で週休二日です」
「無理。はい、次ー」
「二つ目は国営大型巡航島・ハバククの船員です。外海で未開拓の場所に島で向かい、初期開拓用の物資を持っていく役目や外海探索の役目を負います。島内に酒場兼食堂、大衆浴場、遊技場、娼館などありますが、さすがに島なのでサングリアほどは遊べません。荷積み荷降ろしの力仕事がありますが、航行中は簡単な荷物の点検があるぐらいで基本休みです。船員の皆さんは大抵、釣りや読書されてるそうです。あ、副業も好きにしていいので、織物とかしてる人もいますよ。寮暮らしで食堂は一日三食分はタダ。寮の部屋は個室です」
「無理。はい、次ー」
「……三つ目はグレンデル開拓社勤務、開拓地で開拓の手伝いです。主に土木建築担当ですね。周辺のモンスターに関しては警備に雇った冒険者さんが担当します。勤務時間は基本的に午前八時から午後四時までの週休二日で祝日は休みです。住居は現地で借りる手もありますが、ゲート設置されてからの開拓なので大体皆さんサングリア暮らしですね。あ、給金は三つの中で一番良いですし、家建てる時は社員割りで安く建ててもらえますよ」
「無理。はい、次ー」
「……私が見つけてきたのは三つだけです」
「んだよ、つかえねーなー!」
これでもいま冒険者ギルドに募集かかっていない良いものを探してきたのですが、ゲンゴローさんのお気には召さなかったようです。
ゲンゴローさんの方が運良かったのか、かなり良いものを見つけてきたつもりだったんですが……。
まあ、肉体労働なので予想はしてました。
「あのさぁ、アリスたん」
「はい」
「オレ言ったよね? 頭脳労働担当だって」
「ええ、言ってましたね。ですが最低限読み書き出来ないと、その手の仕事は無いんです。基本的に現場で経験積んで上役になって頭脳労働担当になるって事が多いし」
ゲンゴローさんが大きく大きく、溜息をつく。
「アリスたんに期待したオレがバカだったよ」
「私、期待されてたんですね……。まあ気が変わったら教えてください。最もハバククは明々後日には出港しますので、遅くても明日の御前中にはお返事いただく必要あります。あと他のものも人手足りたら募集打ち切りです」
「行くわけねえだろ? 常識ねえのかよ……」
「ですが、戦ったりするのが嫌でしたら先程紹介した職について仕事の合間に読み書きの勉強するのがオススメなのですが」
「行かねえって。しつこいぞ」
「……では、どうされるおつもりですか?」
ウチのアパートには泊まるとこも無くて困窮していた人が多い。
だからこそ、初月の家賃は無料にしている。でも、早く自立してもらって空いた部屋にまた困っている人を入れるという事を繰り返しているため、二ヶ月目からの家賃はちゃんと貰うようにしている。
働かなくても一応、炊き出しのご飯はある。
でも、まったく働くつもり無いのなら私も心を鬼にしてアパートから追い出すか住み込みの仕事を紹介しての二択を迫るようにしています。
今までもそうしてきました。
「オレはオレ流でやらせてもらう」
「それは、どんなやり方ですか?」
「企業秘密……さ」
ゲンゴローさんがウインクをしてくる。
正直、呆れる。
でも、まだ出会ったばかりですし、あまり口煩く言うのも失礼なことだった。不安な言動しているので、思わず聞いてしまうんだけど。
自分用に注文したジュースを手早く飲み、グラスを持って立ち上がる。家でパパとママとご飯食べたいので、そろそろ帰らなきゃ。
「了解です。では、頑張ってください」
「ああ、任せ――って! 金寄越せよ!」
「あ、そうでしたね。これ、当面の軍資金です」
上着のポケットからゲンゴローさん用に用意した財布を取り出す。
にやけつつ手を出してきたゲンゴローさんの手に渡る寸前、ひょいと上にあげて「貸すだけですからね」と釘をさしておく。
「わかってる、わかってるって」
「無駄遣いせず、三食飲み食いするだけなら一カ月近くはこれで暮らせます。……が、それだと来月の家賃は払えなくなりますので、お仕事する事をオススメします」
「はいはい、アリスたんは心配性でちゅねー」
「わからない事があったらアパート入り口の掲示板に連絡求む、とか私宛のメッセージを書いておいてください。だいたいアパートには毎日、顔を出すようにしてますので。私がわかる事であればアドバイス致しますし、わからなくてもわかる人を探してきます。例えば冒険者としてモンスター狩ったりするつもりなら装備について詳しい人とかに――」
「はい! はい! わかったから!」
催促され、ゲンゴローさんの手に財布を置く。
本当に大丈夫でしょうか。……大丈夫じゃなさそう。
「あ、あと……忘れるとこでした。これも渡しておきますね」
「なにこれ? 本?」
「こちらの世界の基礎的な言葉を学習するための教科書です。異世界人の中で特に多い、ニホン語に対応したものなのですが……わかりそうです?」
「ほー。日本語ならマスターしてっから任してよ」
「読み書き、頑張って勉強してくださいね。頭脳労働しないにしても生きていくうえで役立つので。こちらの本はサービスしておきますので」
「はいはい、会計よろしくねー」
では、とゲンゴローさんと別れ、自分をグラスを厨房に届けて会計を済ませる。追加の注文は流石にさっき渡したお金でどうぞ。
さて、ゲンゴローさんにお仕事は見つかるのでしょうか?