ヒモの章 3
■title:八丁目市場にて
■from:アリス
ママのように慈悲深い心を持とう。
常日頃からそう心がけつつ、淑女として振る舞おうとしているのですが先程は人生初の舌打ちをしてしまうという酷い失態をしてしまいました。
「はぁ……」
自分の不甲斐無さに思わず溜息が。
あの不潔な異世界人、ゲンゴローさんが外面だけではなく、心も黒っぽくて無駄にテンション高くて発言が一々イラッとくるものですが、おそらくママであれば「あらあら、それは大変でしたね。お帰りはあちらです」と営業スマイルでサラリと流して見せる筈なのに、私はゲンゴローさんが口を開くたびに路傍の石に躓くように引っかかってしまっていたと……不覚です。
「嬢ちゃん、溜息すると幸福が逃げてくよ」
ホットドッグ屋のオジ様が苦笑しつつ私を見ています。
いけない、シャンと背を伸ばし淑女らしい対応しないと。
「先ほどスゴイ勢いで逃げたと思うので、既に空かと」
「あらら……そりゃ大変だねぇ。ホイ、ホットドッグ二つ」
「ありがとうございます」
「駄賃は一つ分でいいよ。嬢ちゃんの空っぽの幸運に継ぎ足しておいてくれ。よく買いにきてくれてるしなぁ」
「そ、それはダメです! ちゃんと二つ分の代金を支払わせてください」
「真面目だねぇ」
「真面目なのはオジ様です。雨の日も雪の日も美味しいホットドッグを買い求めにやってくるお客様のために頑張って働かれているのですから」
私なんて親の脛をかじっている身です。一応、収入は得て運営しているアパートも借り入れた資金は返済済みですが、残念ながらまだまだお子様らしく、親離れ出来ないでいます。
「そ、そんな大したもんじゃねえよ。これが仕事だからなぁ」
「働く大人の方は立派だと思います。労働は対価が得られても辛いものも多いですから。ホットドッグの材料を仕入れ、原価割れしないように利益を出すのはなお難しい事です」
オジ様が恥ずかしそうに頭を掻き、「じゃあせめてケチャップとマスタードぐらいオマケさせてくれ」と言い、その通りにしてくださいました。
また来る事を約束しつつ、屋台を離れたところ声をかけられました。
「あら、アリスちゃんじゃない? お昼?」
声の主は背の高いエルフのお姉さんでした。髪を長く伸ばしつつ、後ろでひとまとめにし、柔和な笑みを浮かべて軽く手を振ってくれています。
「ヴーディカさん、こんにちわ」
「はい、こんにちわ」
「お察しの通り、お昼を買いに来ました。こちらのホットドッグ屋さんのソーセージは粗びきでパリパリ絶妙な食感で、それでいてソーセージ自体にちょっとスパイス効いて舌の上で程良くピリリとしてくれるのです。ケチャップは食欲をそそる甘さで、マスタードは優しい辛さでサングリアで一番美味しいホットドッグが200ジンバブエで食べれるのです」
管理運営しているアパートから凄く近いというわけではないのですが、実は密かに通っています。
「へぇ、後で買おうかな」
「ヴーディカさんもお昼ですか?」
「うん、仕事の合間のねー」
ヴーディカさんが、ご自分の後ろを軽く指さす。
見ると、若い――といっても私よりは年上の――冒険者と思しき人達が食事をしている。十人ほどだろうか。
メガネをかけた知的なオーク。顔に入れ墨を入れた血気盛んそうなエルフ。自分と同じぐらいの大きさのハンバーグに取り掛かっているゴブリンなどなど……色んな種族の人達がいる。
知人もいた。
少し不安げな様子の異世界人の女性だ。私の視線に気づいたのか軽く手を振ってくれたので、お辞儀を返す。
「今日も助言者のお仕事ですか。お疲れさまです。……大勢いますね、大変そうです」
「今日はちょっと街を案内してるぐらいだから。オススメの店とか市場とか、これから冒険者として活動していく中でお世話になるであろうとこをね。今日はアレクも手伝ってくれてるし、そこまで大変では無いよ」
ヴーディカさんがニコニコと笑い、事もなげに言う。
二人がかりとはいえ、あの人数を引率してお店の説明をしっかりこなすのは大変そうだ。ヴーディカさんの事だから、新人さん達が困って後々死んだりしないよう、ちゃんと指導しているんだろうし。私には大変そうに思えるけど、もう慣れたものなのだろうか。
ヴーディカさんは熟練の冒険者さんです。
単に強いだけではなく、後進の育成に熱心な方で「手間の割りには低賃金」と言われる新人冒険者のメンターの仕事をよく請け負っているエルフのお姉さんです。 朗らかで面倒見の良い方であり、私も家に困っている新人冒険者さんをウチのアパートに紹介してくださる縁などで交流があります。
単に連れて来て終わりではなく、その後もちょくちょく話しかけたり近況聞いて面倒を見ているらしく、ヴーディカさんが連れてくる冒険者さんが家賃を踏み倒した事はあまり無いですね。
踏み倒されて逃げるという事があった時は、笑顔で「ごめんねー」と血祭りにあげた冒険者さんを引きずって連れてきてくれたりするので、少し引く事もあるけど……九割ぐらいは優しいお姉さんエルフです。
年齢は、確か500歳ほど。
おっぱいは慎ましい大きさです。
おっぱいソムリエの資格を持つ私ですが、おっぱいであれば何でも嗜むわけではなく、まだビギナー好みの巨乳好きの経験の浅いおっぱいソムリエです。
ヴーディカさんのソレは琴線には触れない慎ましいお胸の持ち主ではありますが、「むしろあれぐらいスレンダーなのが良い」と一定数以上の支持も獲得されています。
「ホントはセタンタにも罰ゲームとして手伝ってもらって、ちょいとトカゲ退治でも行こうと思ったんだけどね。……それが朝の話で戻ってこないから、明日延期で今日は街案内中」
「逃げられましたか」
「うん」
「アレキサンダーさんいるなら、ヴーディカさんと二人でトカゲ退治ぐらい余裕じゃないですか? お二人とも熟練ですし」
「メンターだから、若い子達が実戦感身につけてくれるように見守りつつ、危ないとこで手を出すぐらいのつもりだったのよ。アレクはねー、強いけど弱いから護衛向きでは無いのよ」
「ヴーディカ! 吾輩を呼んだかね!」
新人冒険者達がいる方向から男らしい野太い声が聞こえてくる。アレキサンダーさんもちゃんとそこにいたらしい。小さいから姿を確認できないけど。
「呼んでなーい、ご飯食べてていいよー」
「承知した!!」
「私だけだと万が一って事あるから、対応できるヤツがもう一人欲しかったからセタンタ呼んだつもりだったんだけど」
「ベオさんとかダメなんですか? 呼んだら来てくれそう……って、あそこにいますけど」
「は? ベオが?」
新人冒険者さん達がいる場所――とは別の方向を指さす。
そこには道を行き交う人々に交じり、ジーンズを穿き、裸の上半身にジャケットだけ羽織った男の人が歩いていました。私とヴーディカさんに近づいてきます。
ジャケットの間から見える肌だけではなく、顔面にも痛々しい傷跡が残っている方でした。傷の所為で強面に見えるけど、よく見れば美青年。瞳は理知的な光を宿している。
「ベオじゃない。奇遇ねえ」
「ああ。奇遇というか、ヴーディカを探して街を彷徨っていた」
「私を?」
「そうだ」
「……げっ! アンタ持ってるの私のお古の剣じゃないの!」
ヴーディカさんの声に傷だらけの男性――ベオさんが頷く。
ベオさんもヴーディカさんと同じく冒険者で、まだお若いながらも――いや私よりは年上ですが――実績を上げている若手のエースのような方です。
私はそこまで接点無いので、たまに挨拶するぐらいだけど、強面気味でも声音は落ち着いていて、そんなに怖い人ではありません。
むしろ優しく親切な人だと思います。
「セタンタに頼まれてな。依頼の剣を届け、ヴーディカを手伝うように言われ、参上した次第だ。それで駆け出し冒険者達は――」
「わかった! わかったから、その剣をゆっくり――ゆっくりと地面に下ろしなさい! 下手に触るんじゃないわよ!」
ヴーディカさんの言葉にベオさんが小首を傾げる。
「この剣は、爆発でもするのか?」
「アンタがヤバいのよ!」
「ふむ。ともあれ、地面に置けばいいのだな。承知した」
「ゆっくり、落ち着いて、置いてね? ね?」
「しかし、これは古いが良い剣だな。よく手入れが行き届いている。流石、ヴーディカと言ったところか。音色まで澄み渡るもので――」
「あ」
ベオさんが剣の腹を軽く叩く。
響いたのは澄み渡る音では無かった。
バキンという、剣が真っ二つに折れる濁った音だった。
「む」
「あーーーー! やっぱり、やりやがったーーーー!」
「すまん。何故か折れたな?」
「何故かじゃ、なーーーーい! バカーーーーー!」
ヴーディカさんがベオさんの頭をひっぱたく。
「アンタは武器破壊の呪い持ちでしょーーーーーーー!?」
叫ぶヴーディカさんと、折れた剣を持って佇むベオさんに衆目が集まってきました。本当に軽く叩いただけに見えたけど、見事に折れてしまっている剣にも。
「……そういえば、そうだったな?」
「自分の性能ぐらい覚えておきなさいよ!!」
「すまん。たまによく頻繁にド忘れするのだ」
「手の甲に書いときなさいよ!!」
「ああ、そういえばセタンタの槍を折った時も同じ事を言われたのだ。モンスターを殴っているうちに血で薄れ、やがて消えていった文字を……いま、思い出した」
「そう」
「一度消えた筈のものも……蘇るものなのだな……?」
ヴーディカさんが、再度ベオさんの頭を引っぱたいた。
「すまん。これでも、反省しているのだ」
「わかった。わかったわ、セタンタが悪いのね? 殺してやる」
「そうか。剣は俺が弁償しよう。それより、例の……新人冒険者のメンターはもう終わったのか?」
「まだよ。私はちょっとセタンタ殺してくるから、私の代わりにアレクと一緒に若い子達の街案内しててくれる? しっかり、丁寧にね?」
「承知した」
「セタンタは?」
「痴情のもつれでそこら中、逃げ回っていたが」
「手早く捕まえて引き渡してやろ。あ、アリスちゃん、また今度ね~」
据わった目をしていたヴーディカさんが私を見て、一瞬だけ元の笑顔になって走り去っていく。去っていく横顔は人殺しの目をしていた気がするけど、ヴーディカさんに限ってそんな事は無いだろう。
優しい、エルフのお姉さんなのですから。
「アリス嬢、こんにちわ。いい天気だな」
「ベオさん、こんにちわ。いい天気ですね」
「ああ。……俺の加護はこの体たらくだが」
ベオさんが折れた剣を拾いつつ呟く。
「君の加護は融通が利いて羨ましい。おまけに強力だ」
「ありがとうございます。私と言いますか、ママが付加してくれたものですが」
「そうか」
「はい」
「…………すまん、早速だが話題が尽きた。君ぐらいの年頃の娘はどういった話を好むのだろうか?」
「……いえ、お気になさらずメンターの仕事でもしててください」
承知した、と頷き、ベオさんが去っていく。
去っていく方向が新人冒険者達と反対方向だったので教えて修正してあげ、人が行きかう道の端に一人取り残される。
……私も行くところがあるので、そろそろ向かおう。
■title:八丁目市場近くのベンチにて
■from:アリス
「遅いッ!! ホットドッグ一つでどんだけ待たすんだよォ!」
「はい……はい、すみませんね」
ホットドッグを買ってヴーディカさん達と別れた後、ベンチに踏ん反り返って待っていたゲンゴローさんは不機嫌そうに私を見つつ立ち上がり、私の手からホットドッグをひったくって食べ始めた。
「オレが餓死したら世界にとって損失だよ? ま、今回は許しておいてやるよ。殊勝にも二つも買って来てくれたわけだからな」
ゲンゴローさんは二つのホットドッグを交互に齧り付く。いま、私の昼食は永久に穢れました。もはや「こういう人なのだろう」と思うしかない。
忍耐鍛錬の良い相手にはなります。
「ま、座れよ。ベンチは温めておいてやったぜ!」
「汚そうなので良いです。……で、さっきの話なのですが、確かに炊き出しのご飯は手放しに美味しいと言えるものでは無いです。国が貧困者対策にタダで用意しているのは感謝すべきですが」
「だろ? やっぱ肉、肉をしっかり食べないと。オレなんて夕飯にドカッとメインの肉が無かったらキレて暴れてババアに茶碗投げつけるもんね。肉厚の肉が食べてー」
「お仕事見つけて頑張れば、お肉もいっぱい食べれますよ」
「ん~~~、でもな~~~? オレ、汗水流して働くの向いてないからさ~~~? なんつーの、頭脳労働専門なの」
確かに、その肥満体は外で労働していた方には見えません。
「こちらに来る前は何の仕事をされていたんですか? 39歳という事は、まだまだ働き盛りだと思いますが」
「オレ? 自宅警備員……カッコよく言うと、ニートさ!」
ゲンゴローさんがホットドッグ両手に本人はカッコイイつもりであろうポーズを取りつつ、こっちにとっては気持ち悪い顔をして喋る。
「ニート、というのは異世界人の方に聞いた事あります」
「ほう」
「つまり無職ですよね。就学、就労、職業訓練のいずれも行っていない方……」
「ちっがう! 格安で自宅守ってやる慈善事業なのっ! 高校の時からオレが守ってやってるおかげで、我が家では空き巣被害ゼロなんだぜ?」
私にとっての異世界――ニホンという場所はそこまで治安が悪くないという話も聞いた事がありますが、ゲンゴローさんの住んでいるとこは特別、治安悪かったのでしょうか。
「自宅……とはいえ、警備をされていたんですね」
「ああ、そうだよ」
「腕に覚えがあるのでしたら警備の仕事は如何でしょうか? 開拓街とかでよく募集してますよ。宿付き三食昼寝付きの夜勤もアリで」
「だ・か・ら、オレは頭脳労働専門なんだって」
「はあ、警備していたのにですか」
ひょっとしてそれは単に自宅でダラダラしていたのを警備と言い張り、別にいなくても空き巣が入らない治安の場所にいたのでは――という考えが私の脳裏を過ったが、下手に追及して拗ねられても面倒なので問うのは控える事にした。
頭脳労働……冒険者ギルドなどで募集がかかっていないわけではないけど、肉体労働に比べれば格段に数は少ない。この人が本当はビックリするぐらい頭が良いにしても、「基礎的な問題」に躓くだろうから直ぐに頭脳労働というのは厳しいような。
「んー……ちなみに聞いてみますけど、ゲンゴローさんはどんな仕事がしたいのですか? 自宅警備員以外で」
「あえてって話なら、勇者かな」
「はあ、勇者……。それは称号であって職業では無いのでは」
「せっかく異世界転生したからには、やっぱこうスッゲー特殊能力を手に入れて、スッゲーモテてハーレム形成して、そのついでに魔王倒すぐらいはやんなきゃ」
「魔王様なら、あそこの城にいらっしゃいますが」
ゲンゴローさんが「は?」と呆けた顔をする。
その後、私が指さした方角を見る。
バッカス王国で一番偉い王様――もとい、魔王様が住まわれている魔王城は、私の管理運営しているアパートと同じサングリア八丁目にそびえ立っています。
高さそのものはサングリアで最も高い建築物ですが、当初は単なる庭付きの小奇麗な一戸建てで、魔王様とその旦那様の単なる「愛の巣」だったそうです。二人は今もラブラブです。
そんな魔王城ならぬ「魔王宅」がドドンとでっかい城になってしまったのは、国民や部下達の所為です。
『王の住まう住居が小さいとか他国に舐められるんじゃ~!』
という言い分で国民や部下達が勝手に増築に増築を繰り返していき、現在の城へと変貌していったそうです。
おかげで魔王様は自宅(城)内で迷子になる事も。
『えっえっ? こんなとこに廊下とか部屋あった? ここどこ? 私、おトイレ行きたいだけだったのに~~~! もうやだァ!』
という言葉と共に、匠が作った数十枚の対魔術加工済みの壁を魔術でブチ抜きつつ、トイレを探して彷徨うという事もあったのだとか。
私が生まれた頃には自重するようになったそうですが。
あと、昔はサングリアも今ほど大きくなく、八丁目は郊外に位置する場所に相当していたのですがので、いまでは魔王城を取り囲む形でいくつもの建物が建ってしまっています。
郊外の小さなお家でゆったり過ごしたかった魔王様は色んなの意味でご不満の様子ですね。
「平和そうな国に見えたから、ここが魔王城へ向かう最初の街と思ってたのに、ラストダンジョンが見えるとこにあるとかマジかよ……」
「ダンジョン違います。いえ、中は魔王様が迷うレベルで入り組んでいるところもありますが、大半が空き部屋です」
「なんだその無駄建築物」
「空き部屋多すぎて勿体ないって魔王様が怒って、下のフロアは役所とか王国騎士団の詰め所とか入ってます。空き部屋七割、その他が三割で、魔王様達が住んでるのは……部屋数でいえば六部屋分程度ですね」
まだまだ空き部屋多いので、魔王様は活用方法に頭を抱えていたりします。「住居として貸し出していいかな?」と魔王城活用会議で提案していましたが、却下されて「バカ~皆いじわる~」とか「もう家族で家出する~」と泣いてました。可哀想です。
「……今から武器片手に乗り込んで、魔王ぶっ倒したらハーレム形成出来たりしないかな?」
「色んな意味で無理なので止められた方がいいかと」
「はー。……ここって魔王が治める国だったの?」
「正確には、魔術王様です」
「縮めて魔王?」
頷く。
縮めるほどの長さでは無いのですが、式典などで緊張した魔王様が「まじゅちゅ王」とか噛むので、その辺に配慮して「魔王様」と呼ぶのが浸透したのだとか。
「魔術の王と呼ばれるほど、偉大な魔術師なのです。この国の色んなところに魔王様が独自開発された魔術による仕掛けや道具が配備されて暮らしやすくなってたり……。例えば、炊き出しのご飯も魔王様の魔術によって開発された『増える米』なのです」
「増える肉を作れよ」
「作られた事はあるんですが、味がどうしても改善出来なかったうえに、増えていく様が生理的にキツかったのでお蔵入りになったのだとか」
「使えねえ魔王だなぁ」
「む……増える米は安価で大量生産出来るので、アレのおかげでこの国では飢え死にはそうそう起きないんですよ」
「へー」
既にホットドッグを食べ終わっていたゲンゴローさんが、どうでも良さそうに空を見上げながら鼻くそをほじっている。
「魔王様はスゴイ人なんですよ! 私が一番尊敬している方なのです! 魔王様無しではバッカスはここまでの発展遂げなかったのですから、魔王様を倒すなんて罰当たりな事は言っちゃいけませんよ」
「へーい」
「仮にゲンゴローさんが魔王様を害するような事があれば、私含めて国民総出でゲンゴローさんをボッコボコにします。そもそも、ゲンゴローさんとか魔王様の前だとゴミとか虫けらとか同然です。生理的にキツイので魔王様の半径十キロ以内に近づかないでほしいです」
「いま、さりげに酷いコト言われなかった?」
「万一、魔王様に近づく事に成功しても近衛隊長様がシュパパパパパーァ! って塵も残さずゲンゴローさんを切り刻んでしまうでしょうから、まだ命が大事なら止めておいた方がいいです」
「近衛? 誰ソレ?」
「私の一番尊敬している方です」
「一番が二人いねえ?」
いてもいいじゃないですか。
甲乙つけがたいのですから。
「まあ、お二人の件はともかく……ゲンゴロウさんはこれからどうするおつもりですか? 働かないと三食炊き出しご飯ですよ」
「うーん」
「元の世界に戻る、って選択肢も無理だと聞きます」
「へえ。まあ、戻る気はねえけどよ?」
「……ちょっと意外です。異世界人の皆さんは大体、来て直ぐの頃は元の世界に戻りたがるものなのですが」
その辺りの事は一応、こちらの世界へ来た際に例のファッキン・ゴッドが説明してくれると聞きますが、大抵の人がそれを信じず、しかし、やがては諦めていく事が多いようです。
『もう残業しなくていいんだ!!』
とか、
『もう締め切りに追われなくていいんだ!!』
などと、こっちの世界に来た事を喜ぶ人もいますが、基本的には少数派です。
「あの、まさか、元の世界で何か悪い事して戻りたくないとか?」
「オレはなーんにも悪い事してねえよ?」
「なら、いいのですが」
「それよりアリスたん、ホットドッグ二本はやっぱ少なくね? もっとガッツリ食いたいんだけどさァ」
聞こえるように溜息をついてみせたものの、ゲンゴロウさんはニカッと笑って空の手のひらをアピールしています。
「じゃあ頑張って働いてください」
「ムリ! なんか押し問答になってねぇ?」
「魔王様を倒そうとするのは論外ですが、戦ってモテたいのであれば冒険者とかどうですか? 他国では賤業と言われてますが、バッカスでは単に色んな仕事する職業で結構人気ですし、腕っぷしあれば毎日高級なお肉食べれるぐらい稼げますよ。そして稼げればモテます」
当然、顔立ちもそれなりに重視されますが。
「肉体労働とかやりたくねえんだって!」
「戦ってカッコつけてモテるのは広義の肉体労働では?」
「楽して活躍してモテたいの」
「無理では……」
「今は……な。直ぐにウルトラ凄い超能力に目覚めて無双してやんよ。んで、ハーレム築いて人生大逆転ホームランだ」
「はあ、特訓でもされるのですか?」
超能力と言うと、異能の事だろうか。魔術でそれに近い事は出来るけど、本当に超能力を得ようと思っているなら単なる特訓では得られるものでは無いと思うけど。
「天才は特訓とか努力する必要無しッ! カミサマが勝手にパワーを授けてくれんの。わかる?」
「いくら神様が力持っているとはいえ、それは中々……あ、いや、出来ますね。といいますか、ゲンゴローさんは既に神様に力を授かってるじゃないですか」
「マジ!? オレに主人公的な能力が……!?」
「私達とフツーに、お話しできています」
それが神様が授けた能力です
そう言うと、ゲンゴローさんは「何言ってんだコイツ」と言いたげな顔を私に向けてきました。
「では、買い物ついでに試してみましょうか」
■title:八丁目市場、串焼き屋台にて
■from:アリス
「はいよ兄ちゃん、300ジンバブエな」
「あ! 何でタレつけてんだよ! オレ、塩コショウでいいって言ったじゃねーかー!」
「ア? タレと塩コショウどっちにするって聞いたら、お前がヘイヘーイってタレの時にだるそーに頭振ってただろうが」
「ぁ……う、いや……」
眉をひそめた屋台のお兄さんの態度に気圧されたのか、ゲンゴローさんがゴニョゴニョと何かつぶやきつつ、大人しく硬貨を渡す。
「おら、釣銭」
「うぃ……」
串焼き三本とお釣りを受け取ったゲンゴローさんが屋台に背を向け、私に向けて歩いてくる。執拗に舌打ちしながら。それ、屋台のお兄さんに聞こえているのですが……。
お兄さんに頭を下げつつ、舌打ち続けながら私の横を通り過ぎていくゲンゴローさんについていく。……この人、自然に私が渡したお金のお釣りを自分のポケット入れましたね。
「で! なんだってんだよ、オレにわざわざ店並ばせてよ」
「問題無く意思疎通出来て、買い物出来ましたよね」
「ああ、それがどうしたんだよ」
苛立った様子のゲンゴローさんが串焼きをムシャムシャと食べる。
「では、あそこの看板にはなんて書いているかわかりますか?」
「は? 看板? そんなの読めるわけねえじゃん」
私が指さした先の看板を一瞥したゲンゴローさんが不機嫌そうに声をもらす。
書かれているのは私にとってはそう難しい文字ではなく、バッカス生まれの人なら大抵読めるものです。
しかし、ゲンゴローさんは異世界人。
それもこっちに来て一週間ほどの。
「文字は読めないものの、会話が出来るというのがゲンゴローさんに神様が与えた能力です。それ無いと言語体系が違うので会話すら成立しませんので」
「は? ……あ、そうだな! 言われてみれば!?」
驚き、不思議そうな顔をしたゲンゴローさんが「何でオレ、アリスたんの言うことわかるんだ?」と首をひねってる。
この方、今まで気づいてなかったんですね……。炊き出し食べに行ったり物乞いしていたのであれば、多少は言葉交じ合わせていそうなものなのですが。
「コレがオレに与えられた異能……!」
「異世界人の方は皆さん持ってますよ」
「ハ? オレが特別なんじゃないの?」
「違います。これは神様が異世界人の方をこの世界に連れてくる際、降り立った土地で意思疎通に困らないよう、ある程度の言葉は自然に喋れるように頭をいじった結果……らしいです」
神託書にも書かれていた神様公式発言です。
元はそういうサービスも無く、ただ単に連れ去ってきていただけだったようなのですが、言葉通じない事もあって異世界人の方の死亡率が九割を軽く超えたそうです。
そこで神様は「しゃーない。会話ぐらいは出来るようにしたるかー」と流れ作業に一工程加えたのだとか。現在の異世界人死亡率はこっちの世界に降り立ってから一カ月以内で五割ほどらしいです。他国入れずにバッカスだけで考えればもう少し低いと思うのですが……。
「ゲンゴローさんは頭脳労働が良いと仰りましたね」
「うん」
「文字の読み書き出来ないと、流石に難しいです」
異世界人の方も頑張って覚えてそういった方面の仕事に就く方もいますが、こっち来て直ぐにそこまで至った人は本当に一握りです。
「ですので、冒険者辺りになって肉体労働しつつ――どうしても頭脳労働したいのであれば、仕事の合間に読み書きの勉強するのがオススメです」
「げー……! マジか、異世界生活ハード過ぎんだろ」
「勉強は苦手ですか? 異世界人向けの教科書、ありますよ?」
「に、苦手じゃねえし! 嫌いなだけだし! クッソーーー! 何で神様は読み書きする力まで与えてくれなかったんだよーーー!」
「さあ? 面倒だったんじゃないでしょうか?」
まあ、それはさておき。
「どうされますか? お暇なら冒険者ギルドまで案内しますが」
「でも、ぐぅ……肉体労働とか、したくねー」
「働かないと、お肉いっぱい食べれませんよ」
「それな? あー……なんでこっちには親がいねえんだよ。脛かじれねえじゃん。ああ、いや、いても年金暮らしだったから邪魔かもしんねーなー……」
「ご両親はご存命なのですか?」
「親父はちょい前に死んだぜ。一カ月ぐらいになるっけ?」
「うーん……では、お父様には会えるかもしれませんね」
「は? 死んでるのに?」
ゲンゴローさんが串焼きを手に立ち止る。
「ゲンゴローさんも死んでますよ?」
「……なんだって?」
「ゲンゴローさんは死んで、この世界に来たのです」
自分で転生と言っていたから自覚あったのかと思ったのですが、その点に関しても承知されていなかったようで、ゲンゴローさんは暫し固まって動かなくなってしまいました。
異世界人の皆さんは、死後、この世界に来ます。
神様がそう、取り計らっているためです。