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ヒモの章 2

■title:首都サングリア・路地裏にて

■from:アリス



 バッカス王国の首都サングリアは、とても大きな街です。


 私自身は行った覚えが無いのですが、他国の首都と比較すると数十倍もの大きさに当たるんだとか。



 首都が大きいのは国土そのものも他国の数十倍も広い事も関係しているのですが、国民の五割以上が首都に住居を構えているというのが直接的で最も大きな理由なんだと思います。


 そんな密集してて大丈夫か、と異世界人の方がよく言っているのですが概ね大丈夫です。ウチのママの発明のおかげでへっちゃらです。



 例えば現在のサングリア都市部の広さは1000ヘクタール超えているようですが、都市の端っこから反対側の端っこへ移動しようとすると移動方法さえ心得ていれば数分で到達できます。



 首都だけではなく、場所によっては国土の端から反対側の端までも同じぐらいの時間で到着しますし。土地勘無い人が毎年何人かは迷って餓死するとか、ダンジョン化した地下に迷い込み、「ゆくえふめい」になる事はありますけどね。



 ここで生まれ育った私にとって、迷宮都市サングリアは庭みたいなものです。


 今も余裕しゃくしゃくで市場への近道を――路地裏を通って移動中です。大体この辺を進んでいけば確か八丁目市場に着くんです。少しうろ覚えですが。



 サングリアは比較的治安の良い都市です。


 あくまで、「比較的」治安が良い都市です。広すぎてママが巡回させている使い魔達も常に全てを監視しきれてはいません。



 広い表通りは旅人でも安全なのですが、路地裏や地下は入っていけば入っていくほど危険度が増していきます。私ぐらいの幼女になると数秒で人為的行方不明になりかねないとこもあります。



「でも私は、ジャバがいるから安心ですね」



 ね、と呼び掛けつつ振り返ると、私の目線ほどの大きさの大型犬が少し離れたところから見守ってくれています。


 目の位置がわからなくなりそうなぐらい、黒い毛にまみれた犬です。



 名前はジャバ。


 ママが私の専属でつけてくれている使い魔です。



 表通りなどを歩いている時は呼ばない限り、影の中などへ姿を消して見守ってくれているのですが、こういう裏路地では即応する必要があったりするので私の後ろや直ぐ傍を歩いて守ってくれています。



 小さい頃からずっと一緒なので、一番仲良しの使い魔です。


 私がお願いしたら乗せて走ってくれたりもします。


 すごく嫌そーな顔しますが。



 私と見つめ合っていたジャバですが、微かに口を開いて舌を覗かせています。


 ジャバの口元から足元にポロリとナニカの指らしきものが落ちたような気がしますが、何でしょうね。気の所為かも。



「ジャバもお腹空きましたか? ホットドッグでも買ってあげましょうか」


 ジャバは私の呼びかけに何も応えず、無表情に――犬の表情とかイマイチわかりませんが――無感情に私の事を見つめています。白目の無い真っ黒な瞳で。


 頼もしい使い魔ですが、反応薄いのだけは難点です。もっとこう、小粋なジョークを言ってくれると嬉しいのですが。



 と、無反応だったジャバがベチョリ、ベチョリ、と粘液のような音を出しながら私の前へと出てきました。



「ジャバ?」



 立ち止り、私が向かおうとしていた方向を見据えています。


 と、視線の先の脇道から何か飛んできました。



「――へぶっ!?」



 飛んできたのは人間――種族はヒューマンのようです。勢いよく壁にたたきつけられ、息をもらし、石畳のうえで悶えています。



「クソったれが……! いい加減、しつこいんだよ! タコ!」


 ヒューマンの誰かさんが飛んできた横道から、人間が歩いてきました。



 今度も人間――種族はオークのようです。肩をいからせ、転がっているヒューマンを二度、三度と蹴っています。



「ねえ、もういいじゃない。私はおっぱい触られるぐらい、別に気にしないよー? ちっちゃいしねぇ」


 そのオークさんの後ろから小柄な、私より少し背の高い人間の女性――種族はダークエルフに見えます――が現れ、オークさんの肩を叩いて暴行を止めているようでした。



 オークさんは不満げに女性を睨み、「けどよ」という言葉をもらしましたが、大層不満げに鼻息をもらした後、もう一度ヒューマンの誰かさんを蹴って元来た道を戻り始めました。


「二度とオレらに近づくんじゃねえぞ!」


「お大事にねー」


「う、うぅ…………」


 揉め事のようですが、一応終わったみたいです。




 うずくまり続けているヒューマンの誰かさんに近づきます。「もしもし、大丈夫ですか?」と呼び掛けたものの返答は無し。


 性別は男性に見えます。



 うずくまっている男の人は一週間ほどお風呂に入っていない臭いがしました。


 季節は夏。


 六月に入ったので外気は大分熱くなってきており、温度・湿度対策していないと汗はドバドバでしょう。それを放置してたらどうなるかは言わずもがな。



 半端に伸びたぼさぼさの頭髪にはフケが浮き、衣服は半ズボンにシャツを着ているだけ。太っている所為かシャツはピチピチです。



 ハッキリ言って汚らしい人で、大衆浴場にでも連れていきたいのですが、それより先にどうにかする事があるので、軽く触れつつ再度呼びかけ意識を確認します。



「聞こえますか? 大丈夫ですか?」


「…………」



 うめき声は随分小さくなり、変な痙攣が始まっています。



 これは死ぬかも。



「緊急のようなので、勝手に治癒術をかけますが、よろしいですか? こういう趣味の人というわけでは無いんですよね? あとで怒らないでくださいね」


「…………」



 返答無し。


 まだ生きているうちに処置開始です。



「癒しの風よ――」


 うずくまって動かない人に手をかざす。


 自分の手のひらを中心に明るい緑色の光が辺りを照らし始めたのを確認した後、術行使集中のために目を閉じる。



 西方諸国において「奇跡」と呼ばれ、バッカスにおいては「白魔術」と呼ばれるこの術は傷を消し、負傷者を癒す魔術の一つ。



 同じ治癒術でも「治す」という結果は同じですが、辿る過程や対価は魔術体系によって異なります。



 私の場合、対価をもって癒すが得意です。


「この人の頭髪を引き換えにキズを癒したまえ――」



 光が一瞬だけ一層強くなり、うずくまる人を包みこむ。


 光が収まり、うめき声があがりますが、今度は目覚めのそれに近いもの。同時にポロリと髪が抜けて直系3センチほどのハゲが発生したようですが、後頭部なので直ぐにはバレないでしょうし、そのうち生えてくる筈です。


 多分!



 ハゲが直ぐバレて掴みかかられても嫌ですし、おまけに臭いので、男の人からそっと距離を取ります。



「もしもし? 大丈夫ですか?」


「ぐ……お……? あ……あれ? オレ、なに、して……」


 上体が起き、明らかになった男の人の顔は「まあ普通」に入るものでした。ただし、お腹だけではなく顔にも脂肪でぷっくりしているので「普通にデブ」の部類ではありましたが……。


「お怪我、何ともないですか?」





■title:見知らぬ路地裏にて

■from:ゲンゴロウ



「お怪我、何ともないですか?」



 理不尽な暴力に見舞われて意識を失い、目覚めると目の前に美幼女がこちらを見下ろしていた。何故か鼻をつまんでいる。



「ケガ……? 何の話だ?」


 暴力を振るわれた覚えはあるものの、身体は不思議と痛くない。しいて挙げるなら後頭部が若干寒いことぐらいだが、暴力振るわれたのが白昼夢か何かだったように思えてくる。



「治ったなら良かったです」


 美幼女が少しホッとしたような様子を見せる。



 まだまだ子供らしく、背はそんなに高くない。130センチあるか無いかぐらいか。キレイな金髪を肩口で切り揃え、青い瞳でこちらの様子を窺っている。


 デニム生地らしきサイズ大きめの上着を羽織り、薄手の白いワンピースを着て細く白い足を白いレース付きのニーソックスで包み、上着と同じく大き目の肩掛け鞄を持っている。上着はともかく、ワンピースとニーソは高級そうだ。



 スカート丈が短めで、もうちょっと屈めば中身が見えそうなんだが……。


「……ホントに治ってますか?」


 気づかれないように頭を下側に持っていき、上目遣いで見つめていると美幼女が鼻から手を離してスカートの前側を抑える。サービス精神の無いヤツだ。



「治ったってのがなんかわかんねーけど、オレはすこぶる元気だぜっ!」


「そのようですね。首から下は」



 立ち上がり、ポーズとってアピールしてやる。


 オレを心配しているようなのでサービスだ、喜べ。



「…………」


 美幼女はジト目でこちらを見ている。何故だ。


「お兄さん……いえ、もうオジサンと呼びますね。オジサンは先ほどのオークさんと喧嘩でもされたのですか?」


「オジサンじゃねえ! オレはまだ39歳だぜ!」


 カッコイイ決めポーズをつけつつ説明してやると、美幼女は「なに言ってんだコイツ」と言いたげな顔でオレを見ている。もっとこう、黄色い声あげろよ。ポリス呼ぶのは無しな。



「ちなみにチミは何歳なの?」


「7歳ですね。人間として生を受けてから」


「若っ!? そのくせトークはしっかりしてんな」


「両親の教育が行き届いているのでは。でも……確かに、オジサンと呼ぶのは、あまり良くありませんね。大変失礼致しました」


「わかればよろしい」


「チッ……」


「なんだその舌打ち!?」



「失礼……舌打ちなんてしたの初めてで、自分でも驚きました……。アレです、思い出しイラつきってヤツです。大変不愉快な存在を視界に入れたり思い出すと舌打ちしたくなるんですね」


 キレやすい若者かな?



「お兄さんと呼ぶのは正直もう抵抗あるので、よろしければお名前をお教えいただけませんか? そちらで呼びますので」


「人に名前を尋ねる時は自分が先だろォ!?」


「何だか、気分が高揚されてるようですがホントにケガは大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。問題ない」



「はぁ……えっと、この辺ではアリス・タイラーで通っている者です。アリスでもタイラーでも、好きな方でお呼びください」



「アリス・平ら」


 確かに胸が平らである。幼女ならそんなもんだろうけど。



「アリス・タイラーです。タイラー」


「じゃあ、アリスたんって呼ぶな?」


「生理的にキツイので、他のにしてもらっていいですか?」


「アリスたんは何? 迷子?」



「……いえ、この辺で遊んだりしているので土地勘はある方です」


「ここってどの辺? てか、この世界ってマジで異世界なの!?」



 異世界に違いない。


 日本人離れした容姿とか外国人っぽい容姿とかそういうレベルを逸脱し、化け物面したヤツがうろついているんだから間違いないだろう。異世界転生ってヤツか~!? ついにオレが主人公になる時代が来たのか!?



「あー……その様子だと、異世界人の方ですか。ご苦労様です」


「異世界人はそっちだろ!」



「異なる世界、という意味では貴方達の方が異邦人です。私達にとっては、この世界こそが貴方達にとっての元の世界なのですから」


「む……まあ、確かにな」


 一理ぐらいは、ある。



「確かに貴方にとっては異世界だとは思うのですが、観測者によって異なる概念だと思いますのでご容赦ください。別に、あーコイツ、異世界から来た田舎モンかよー、とかそういう事は思ってません」


「ふーむ」


「それで、貴方のお名前は?」



「オレの名は田中源五郎! 田んぼの中に源氏の源に五郎の五郎って書くのさ! ここ、試験に出るぜ……?」


「クスリでもヤってるようなテンションですが、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。問題ない」



 キメ顔で宣言してやったものの、美幼女――もとい、アリスたんの表情は芳しくない。なんだかみるみるゴミか蛆でも見るような目になってきた気がするが、気のせいだな。



「それで話は戻りますが、ゲンゴローさんは先程のオークさんと喧嘩でもされていたのですか? 壁に叩きつけられた後にゴミでも蹴るようにキック食らってましたが」


「暴力はやっぱ現実だったか! オレは悪くねえんだけどよ、アイツが突然、理不尽な暴力振るってきやがったんだよ! 不意打ちさえされなけりゃ、オレが勝ってみせたのに……!」



 格ゲーで鍛えたスーパーコンボさえ決まってれば勝者は変わっていただろう。あのブタは命拾いしたと言っても過言では無い。



「はあ、何があったんですか?」


「オレさ、日本って国から来たんだ。ある日突然、右も左もわかんねー異世界に連れてこられて何か頭の中で『ワイは神やで』とかいうワケワカンネー存在が呟き始めて色々あって路頭に迷ってたわけ」



「こちらに来てどれぐらいですか?」


「一週間ぐらいかな」


「お風呂か水浴びはしましたか?」


「してねえけど?」


「あ、それでですね……」


「それがどうかしたのか?」


「いえ、何でもないです。熱弁しつつ私に近寄ってこず、どうぞ話の続きを喋ってください。ここから先に踏み入れないでくださいね」



 アリスたんが可愛らしい鼻をつまみつつ、地面に線を引くように足を動かしている。いいのかい? スカートちらちら動いてまぶしい太ももが強調されてんよ?



「ま、いいや。続きを話してやろう」


「手短にお願いします」


「着の身着のままで異世界に放り出されたオレはメッチャ困った! 財布もケータイも持たずにこっち来ちまったんだぜ!? そんで金困って色々頑張ったんだけど、さっきまで道行く人に金くれーってお願いしてたんだよ。涙ぐましいダロ?」



「手短に言うと、物乞いしてたんですね」


「そそ! で、話しかけたオーク? ってヤツが鬱陶しそうにアッチイケーって言うだけでケチだったから、300メートルぐらい付きまとってやったわけ! 金くれーってな?」



「それは……ご愁傷さまです」


「だろォ!? 可哀想なオレ……」


「可哀想なのはゲンゴローさんではなく……いえ、それより」



 アリスたんが頭を振り、少し厳しい目つきでこちらを見てくる。



「バッカスにおいて物乞いは法律で禁止されています」


「バカッスってナニ? アリスたんバカなの?」


「バッカス! この国の名前です」


「へー……って! 何で物乞いしちゃダメなんだよォ!?」



 オレは全然悪くねえのに。


 困ってるオレがいたら金持ってるヤツは恵んでくれるのが普通だろう? オレだったらそーする。お前達だってそーするべき。オレはそうして生き抜き、親の脛を齧ってきたのだ。



「私が生まれるより昔の話です。発端となったのは異世界人の親子だったそうなのですが、親が子供を土で汚してボロ布一枚の貧相な装いで物乞いをさせ、それを収入源にするという物乞いが発生したんです」


「ほー! そういう手もあったか~! 確かに薄汚れた子供が物乞いしてたら同情引けるかもなァ。オレもあと10年若かったらなぁ」



「…………やがて、その親は捕まって、子供はメーヴさんの孤児院に保護されたそうです。ですが、話はここで終わらず、子供に物乞いをさせるという手法が悪い大人達の間で流行し、ここ――バッカス王国・首都サングリアでは五百メートルに一人は子供の物乞いがいるという状況に陥ったのです。昔の話ですが」



 子供……流石にその辺に落ちてねえよなぁ。


 あ、アリスたんならいけるか?



「結局、子供達は国主導で保護され、物乞いは法律で禁止されるという事になりました。物乞いそのものが禁止なので、ゲンゴローさんは下手したら牢屋行きです」



「はーーー!? 何だそれ無茶な法律じゃねえか! オレが飢え死にしてもいいって言うのかよ!!」


「お仕事は探されないのですか? 異世界人といっても仕事はありますし、例えば冒険者ギルドに行けば簡単に――」


「どうやって生きていけばいいんだァーーーーー!」



「……国が毎日炊き出しやってるとこありますので、そこ行けばひとまずご飯にはありつけると思いますよ」


「アレそんな美味くねえんだよ! オレはガッツリと肉食いたいの! あんな炊き出し、人間様の食い物じゃねえ!」



 天性の勘が成せる業か、異世界生活一日目から今日に至るまで一日に六回ぐらい並んでやったけど、ホントに美味くない炊き出しだった。ブタの餌だったんじゃねーか?



「しっかり食べたいなら、ちゃんと働くべきです」


「何でだよ!!」



「何でって……食物は労働と天の恵みと皆さんの頑張りで作り出されるのですから、いっぱい食べたいなら金銭等で対価を支払うのは今の時代、当たり前の事で……」



「オレの家じゃ働かなくてもメシは出てきたんだよ! ババアが全自動でメシ作って部屋の前まで持ってこさせるからな!」


「は、はあ……? よっぽど家が裕福な家だったんですか?」


「普通のリーマン家系だった。あ~~~~! それより肉ぅ~~~! ニク食べてぇよォ~~~! 食べないと狂って死んじまうよォ~~~~!」



 地面に倒れ、バタバタと手足を動かして可哀想な存在アピールをする。身なりから察するにアリスたんは良いとこのお嬢様って感じだ。


 きっと金を持ってるだろう。



 同情を誘い、肉にありつく頭脳プレイ……!



「ちゃんと働くべきだと思いますよ」


「アアアァァァァ!!!」


「あの、聞いてます?」


「肉ぅ~~~~!! あ、パンツは黒なんだな」


 視界がアリスたんの靴で覆われ、暗転した。

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