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ヒモの章 1

■title:バッカス王国・首都サングリアにて

■from:アリス



 一番尊敬する人は誰か。


 そう問われると、私は迷いなく「両親です」と答える。



 ただ、二人のうち、どちらがより尊敬できる人物かと問われると迷ってしまう。二人とも同じぐらい尊敬しているからです。



 パパは武術に秀でており、何を振るわせても強く、戦いにおいて誰かに負ける姿など私は見た事が無い。戦っている時は苛烈な人だけど、普段はとてもおっとりしていて家のリビングでよくのんびりと本を読みつつ寛いでいる。


 戦っていなければ大樹のような雰囲気を醸し出していて、私とママは止まり木を求める鳥のように自然とパパのところへフラフラと近寄っていき、一緒にお茶したり読書したり、お昼寝をして過ごしたりしています。


 一緒にいると、なんだかとっても心が安らぐのです。



 ママは魔術に秀でており、バッカス王国の発展に大きく貢献している。ちょっと歩けば直ぐにママの編み出した魔術あるいは魔道具が使われているほどで、ママを褒めたたえる言葉を聞くと私も鼻が高くなる。


 ママもおっとり気味で、その性格と豊かな胸の相乗効果で家では柔らかな雰囲気をシュワーっと醸し出している。俗に言う人妻オーラというヤツらしい。一緒にいると、パパと同じでとっても心が安らぐ。



 私こと、アリスは両親をとても尊敬しています。


 そんな両親の悩みの種を全て解決してあげたいところだけど、残念ながら私はパパのように武術に優れているわけでもなく、ママのようにあらゆる魔術に精通しているわけではない。


 なので、自分で出来る範囲で両親に貢献したい。


 そう思い、始めたのが異世界人向けの「職業図鑑」なのです。




 職業図鑑を作ると決めたからには二つ、やる事があります。


 取材と調査です。



 取材は実際に働いている人に話を聞き、「この職業はどういう事をしているのか」「どういう手段で金銭を得ているのか」などといった事を聞き出し、図鑑に書き記すのだ。後者に関しては難しいだろうから、聞けたらだけど。


 調査は実際に異世界人の方々にも話を聞き、「異世界人の仕事の向き不向き」「どういう仕事を望んでいるか」といった事を聞こうと思っている。


 また、調査では「異世界人が就けそうな職業」に関しても働いてる国民に聞いて調べようと思っている。いざ雇っても異世界人では務まらないという事になっては雇用者、従業者の両方が不幸になるだけだから。



「まあ、仕事の斡旋は冒険者ギルドに行けばいい話ですが」



 バッカス王国には、国立の冒険者ギルドが存在しています。


 冒険者ギルドには様々な依頼や募集がかかっており、依頼は「モンスター退治」「開拓街の防衛」などといった一時雇いの仕事が多く、募集は「建築工事参加者が死んだから補充の後任募集」「全裸で客引きしてくれる冒険野郎募集」といった求人が寄せられている事が多いです。



 要するに、職業斡旋所ですね。


 現状でも冒険者ギルドは多数の冒険者が登録され、ママと同じぐらいバッカスの発展に寄与しているものの、仕事のマッチングはまだ完璧ではないように私は思っている。


 そんなところに異世界人向けの――それ以外の人向けにも置くつもりだけど――職業図鑑を置けば、「思ってたのと違う。辞めるわ。ほな……」といった無駄が少しでも減る……筈です。


 私がやろうとしているのは完璧な解決策では無いだろうけど、コツコツと努力していく事でバッカス王国は――世界は、さらにより良きものへと変化していくに違いない。


 私はそう信じています。



「それはさておき、図鑑作りはまず何から始めましょう」


 色々と考えている事はあっても、図鑑はまだまだ白紙だ。必要な取材と調査はまだ一つも完了していない。



 まずは取材をしよう。


 定番は、冒険者だろうか?



 バッカスの冒険者ギルドはギルド追放されたとか、ブラックリスト入りしているといった事が無ければ誰でも登録と依頼の受注が可能となっている。種族も問わないので、異世界人の方々も安心して出入りできる。


 任せられる仕事は経歴や本人の性格、保険に入っているかなどで変化はするが、常に幅広い層向けに依頼や募集がかかっているので仕事を選ばなければくいっぱぐれるという事はそう無い。



「冒険者ギルドはそのうち行ってみましょう」


 いつでも行けるし、冒険者ギルドが仕事の斡旋に使っているシステムはママ謹製のものなので、親の七光り特典で私はそこそこVIP待遇してもらえる。具体的には、お茶とお菓子が出てくる。


 普段は気を使われるのが申し訳ないので行かないようにしてるけど、職業図鑑は冒険者ギルドの職員さん達のためにもなる――筈、なので行ってみようと思う。そのうち。



「マートさんの工房とか、メーヴさんの孤児院にも話を聞きにいってみたいです。定番と言えば開拓街や蟹工船も見学に行ってみたいです」


 興味ある職場は色々ある。


 特にマートさんの工房は色々と見せてもらいたいワクワクゾーンです。


 マートさんは古式黒魔術の使い手である魔女さんで、一人の魔術師として興味が尽きない。



 普段、遊びに行っても「工房は危ないから入ってはダメよ」とやんわり言われ、工房の釜で作ったパイをご馳走してくれるけど、「職業図鑑を作るために協力してください」と言えば立ち入りを許可してくれるかもしれない。



 パイ食べ……じゃなくて、マートさんの工房に行きたい。


 茶葉を仕入れて早速行ってみようかな……?


「思い立ったら吉じ――わぷっ!?」


「あ、ごめん」



 取材用のメモに目を落としつつ歩いていると、人にぶつかってしまいました。私が悪いのに謝ってくださった方は、よろけた私を慌てて支えてくれました。


「あ、ムツキさんでしたか」


「大丈夫?」


「はい。余所見してご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」


 見上げる。


 まだ背の低い私は見上げないと、近くにいるムツキさんの顔が見えない。ムツキさんは巨人のように――とはいかずとも、とても背が高く大柄な男性だ。



 でも、私が頭を下げているうちにかがんで、目線を合わせてくれる。



「俺もちょっと考え事してたから、ごめんね」


「いえ、私の方がごめんなさいです」


「じゃあ、おあいこという事で……」



 ムツキさんがやんわり、といった様子で苦笑する。


 大柄な男性だけど、とても謙虚で紳士的な方だ。


 異世界人で最初は途方にくれていたようだけど、いまはマートさんに雇われて雑用を任されつつ、弟子として工房にも出入りしている。羨ましい。



「ああ、ちょっとアリスちゃんに……大家さんにお願いがあるんだけど」


「はい、何でしょうか?」


「来月の家賃支払うから、中旬まで部屋の退去を待ってもらえないかな……? ちょっと工房の方が忙しくて、引っ越しする時間が足りないんだ。あと、師匠が工房事体の引っ越ししようとしてるみたいで」



「なるほど、了解です。他に部屋も空いてるので、そんなに急がなくて大丈夫ですよ。来月いっぱいぐらいは使ってください。あと、来月の家賃はタダでいいです」


「いや、払うよ。今月中に出るって言ったのは俺なんだから」


 ムツキさんが頭をかき、困った様子で財布を取り出そうとする。



「ムツキさんの退去祝いです。来月の家賃は無し」


「最初の月の家賃も初期費用もタダにしてもらったのに、いくら何でも来月までタダにしてもらったら悪いよ。お願いだから、せめて払わせてほしい」


「ダメです。大家権限で決めました。いいですね?」



 私はアパートを一棟保有している。


 これも職業図鑑と同じく、異世界人の方々が犯罪に手を染める確率を出来るだけ減らすために用意したもので、異世界人や路頭に迷っている人にタダや割引家賃で貸している。……最終的に割高家賃になるけど。



「あー……うん、ごめんね。ありがとう、正直助かるよ。いずれ何らかの形で恩返しさせてほしい」


「では、今度マートさんのとこへ遊びに行った時に美味しい紅茶淹れてくださる事を期待しています」


「わかった」


「む……マートさんのとこって言い方は正しく無いですよね。ムツキさんもマートさんのとこで暮らす事になったのですから」


「下宿させてもらう身だから、師匠の家で間違いないよ。……アリスちゃんといい師匠といい、皆さんが助けてくれたから何とか生きていられる。異世界人の俺なんかに……」


「困った時はお互いさまというやつです」



 ムツキさんは謙虚過ぎて、時々ちょっと心配になる。


 でも、ある意味では大人しく謙虚だからこそ、安心してマートさんのところへ送り出せるのかもしれない。



 マートさんは凄腕だけど、女性だ。


 男性と女性が一つ屋根の下で暮らすと接触事故が起きかねないといのは両親と暮らしているとよくわかる。


 ママもそうなんだけど、マートさんも結構な美人さんだ。マートさんはローブ着て厚着気味だからパッと見はわかり辛いけど、おっぱいも大きい。


 パパ曰く、「おっぱいと腰回りのサイズの差異の大きさが激しいと――限度はあるが――男性にモテやすい」らしい。


 私もおっぱい好きです。巨乳派です。



 物静かでちょっと抜けてるところもあるマートさんが男性と同居とか、襲われないか不安なところもあるけど、ムツキさんは大人しい草食動物みたいな感じだから大丈夫だろう。マートさん、竜ぐらいは即死させるらしいですし。


「あ、工房忙しいならそろそろ向かわれた方が……」


「うん、そうだね。家賃と退去の件、本当にありがとう」


「いえ、お仕事頑張ってください」



 ムツキさんが立ち上がって立ち去りつつ、軽く手を振ってくれたのでそれに応える。少し見送った後、私は頭を回転させ始めた。



「マートさんのとこ、忙しいんですね……。そういえばマートさん特製薬の『えっちになぁれ!』とか『ヤればデキる!』が飛ぶように売れてるみたいですから、当たり前といえば当たり前ですね……」



 酪農家さん達が挙って欲しがる人気の繁殖促進剤を作ってしまったのですから、忙しいのは当然の帰結です。趣味の研究や調合でお金がズンドコ飛んで行くマートさんの家計の事を考えると、祝福すべきなのでしょう。


 お仕事の邪魔はしたくないので、工房の見学は様子を見て伺う事にしよう。残念ながらマートさん特製の何が入っているのかよくわからないパイは当分お預けである。美味しいのに。



 しかし、工房の代わりにどこを訪ねてみようか。


「……今日は朝から何も食べてないので、市場行きながら考えましょうか」

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