図鑑附記:バッカスの歴史
■アリスのメモ
図鑑だけでいいのかなぁ、と思いまして。
職業図鑑作っていくにしても、主に異世界人向けにするのであれば合間合間にオマケとしてバッカス王国や魔術など、異世界人の人が馴染みない事柄を書いていくべきなのかな、と。
とりあえず、まず最初はバッカスの歴史についてでも。
適当に書いて、書いたらマズいところは後で削除で。
■人間と亜人
バッカス王国はヒューマン種の弾圧によって生まれた国です。
この世界には様々な種族の「人間」が存在しています。
代表的なのはヒューマンですが、他にもエルフ、オーク、ジャイアント、ドワーフ、ゴブリン、セリアンなどの種族もバッカス王国においては「人間」です。要は知性あって人型だったら人間といった感じです。
ただ、バッカス王国の西側に存在している「西方諸国」においては人間の定義はヒューマンだけに当てはまり、その他の人型種は一括りに「亜人」と呼ばれ、差別されてきました。
全ての亜人は人間の出来損ない。
亜人達は人間に奉仕するため、神が遣わした家畜である。
こういった思想が西方諸国では当たり前とされていて、現在も続いています。具体的には彼らの言う亜人種は、ヒューマンの奴隷にされてしまっています。
美しいエルフは貴族や王族が奴隷として侍らせ、力があって身体も丈夫なオークやジャイアントは重労働を課せられ、毒への耐性と小柄のわりに力の強いドワーフは炭鉱などに連れて行かれ、空を飛べるゴブリンは家族を人質に伝書鳩代わりの伝令として酷使されていたそうです。
まあ、西方諸国の言う「人間の出来損ない」という論はまったく正しくなく、正確には神様が「あ~、なんかフツーの人間だけやったらつまらんな……せや! 耳長で可愛い子とかパワフルデブとか空飛ぶチビを普通の人間を素材に魔改造して作ったろ!」という碌でもない気まぐれの末に誕生しただけです。
神様自身が後年にその旨を発言したり、神託書に書いているのですが、現在も西方諸国ではその言葉は信じられておられず、神様は「ヤツは我らが神を汚す涜神の輩であり、ただの狂人である」扱いです。
その辺、どう思われているんですか神様?
「扱いがあんまりすぎるぅー」
日頃の行いの所為では。
でも、そういう事を言われてるのに「神に対して不敬である!」と言って西方諸国全体にタライの雨を降らしたりはしないんですね。
「まあ別にいいんじゃね? アイツら相手しててつまらんし、神ぐらい好きなもん信じておけば? オレっちが神様名乗るのは人智を超えた性能を持つが故なところがあるし」
ほーん。
まあ、それはさておき、全ての人種はヒューマンを祖とはしていますが、種族の特性等を比べるとヒューマン種は平凡、他は何かしら尖ったところがあるという進化した人種とも言えるところがあります。
ただ、繁殖力はヒューマンが一番です。一応は。
ヒューマンは長らく数で他種族を圧倒し、世界の覇権を握っていたのですが、虐げられてきた他種族は当然、恨みを募らせていきました。
他種族も単一種族としてはヒューマンに劣る数をかき集め、歴史上、何度かヒューマンへの大規模反抗を試みていますが、単一種族で明確に成功した例は存在していません。
オークの剣闘士スパルタクスやエルフの農奴ヘリワードなどは一時的、あるいはゲリラ戦における勝利をヒューマン相手に勝ち取っていますが、最終的にはヒューマンの物量に戦術的敗北。
前者は共に戦ったオーク達と最後まで徹底抗戦して全滅し、後者は負けながらも出来る限り多くの同族や虐げられた異種族を東方へ逃がし続け、最後は味方の裏切りで死亡したそうです。
ヒューマン以外の種族は全てがヒューマンの奴隷になっていたわけではなく、東国――現在のバッカス王国領土――に同族同士で寄り合って「士族」という集まりを作っていました。
ただやはり、個々の強さでヒューマンに勝っていても数に絶対的な差があったため、単一種族では立ち向かえずにいました。
東国にもヒューマンの戦士団がやってきて、士族の村々を焼いて奴隷として人々を手に入れ、西方諸国で売り払うという商売も盛んだったようです。
「いまでもいくらかやられてるけどネ」
■異種族の王の誕生
ヒューマンによる弾圧の中、以下のような思想を持つ国が誕生しました。
ヒューマンは増やすしか能のない旧人類である。
総力を持って打倒し、反逆の狼煙を上げよ。
唱えた国の名を「バッカス連合首長国」と言います。
ヒューマン以外の種族が東国において興したものです。ヒューマンへの恨みが募りに募り、ついに異種族大同盟が発生したのです。
お気づきの方も多いと思いますが、ここで誕生したのはバッカス連合首長国であって、「バッカス王国」ではありません。
連合首長国がバッカス王国の前身ではあるんですけどね。
バッカス連合首長国は各種族が代表者である「首長」を選出し、首長達が意見をすり合わせて国としての行動を決定するという……国というより、組織に近いものでした。
「国も一種の組織じゃん」
……そういえばそうですね。
ああ、えっと、一つの国というより同盟関係に近いものでした。
一応、首長達よりも上の立場に王は存在していました。
それが異種族の王、「魔術王」です。
現在のバッカス王国の国王様――もとい、魔王様と同一人物です。
王といっても当時は実質お飾り――よりももっと酷い、連合首長国の「兵器」といった扱いでした。
本人の意志をポイして戦争のために酷使してたわけですからね。
首長達はヴァッケラス連峰で静かに暮らしていた単一にして高い魔術適正を持つ異種族の一人の女性を騙し、兵器に仕立て上げて西方諸国の一つへ宣戦布告。
第一戦はバッカス連合首長国が圧勝。
国境付近の村々を焼いて略奪を繰り返していた首長国に対し、兵を起こしたヒューマン側は魔術王と対峙。開戦後、一分と経たずにヒューマン側は一人相手に全滅したそうです。
東国に近い西方諸国にいくつが落とされ、ヒューマン達が虐殺されて奴隷にされていく中、西方諸国の主だった国々はヒューマン同士の戦いを停戦して連合軍を結成しました。
事態を最も重くみていたのは神様でした。
大体、以下のような感じだったそうです。
『えっ、なにあれ? 魔術王? ハ? えっと……なんかこう、オレが知ってるアレじゃないんだけど……えっ? ウソ~、マジで~!? 放っておくとオレに届くんじゃね……!?』
と焦り、
『やっべ、マジやっべ。早めに対処したいけど、直接介入とかムリだし、出来ても戦うの苦手なんだよな~~~』
とか言ってゴロゴロ転がって悩み、
『せや! 聖剣投入したろっ!』
と、対魔術王用に神造兵装「聖剣」を送り込みました。
……聖剣と呼ぶには、邪悪な代物過ぎですけど。
「細けー事はいーんだよ! とりあえず強ければオッケー」
西方諸国で信仰されている宗教の中心的な国のトップの家の庭に刺さった使用説明書付き聖剣は「神が異種族を滅ぼすために人間に授けられた聖なる剣!」と解釈される事になりました。
説明書はポイされました。
「アイツらなぁー! バカでも分かる説明書作るのが一番手間かかったんだぞ!」
神様がわかりやすい説明書きつくれないぐらい、バカだったのは。
「えっ……そうかも」
神様的には「どっちでもいいから、はよ魔術王ブッ殺してくれ~頼む~!」だったそうです。
何人もの勇士達や各国の王族が「我こそは」とはせ参じ、戦後のパワーバランスを握る目的もあって聖剣を抜き放ちにやってきたのですが、誰も抜く事は出来ませんでした。
これは神様の所為です。
本当は聖剣の担い手は誰でも良かったんです。
でも、自称「人間ドラマが大好き」な畜生は自分が後々滅ぼされかねないという状況においても「遊び」を入れ、聖剣をある特定の人物しか抜けないように設定したのです。
それはかつて、魔術王が恋仲にあった異世界人でした。
……何でそうしたんですか?
「え? 決まってんじゃん! お互いに愛し合っている者同士がそれぞれ敵対陣営に所属して、最後は殺し合うってドラマ的に美味しいからだよ! ついでに目障りな魔術王をこの世から消し去ってね! ……という計画だったんだけどなー? どこで間違ったのかね?」
最初から、全部ですよ。
■勇者の誕生
聖剣を巡る騒動を一通り楽しんだ神様は神託書に後に聖剣の担い手となる異世界人の少年――いえ、青年の特徴等を記し、聖剣が刺さっている国へと連れてこさせました。
未だ抜き放たれてはいなくても、一度放たれれば絶大の力を持つであろう神造兵装に目が眩んだ各国の有力者達が神様の言葉を無視し、青年の妨害活動に勤しみました。殺そうともしてきたそうです。
バッカス連合首長国の台頭はヒューマン種の歴史における重大な危機ではありましたが、直接戦場に赴いていなかった彼らは本来成すべき事を成さず、政治闘争に必死だったのです。
何で、目先の事しか見てなかったんでしょうね。
「いやいや、アイツらにとっては今後の主導権握るのが将来を見据えた行動だったんだよ。結構追いつめられてるけど、劣等種族と信じてやまない連中に負ける筈がねー! 最終的には大逆転よー! なーんて事を考えてるわけだ。自分達の尻に火がつかない限り、そんなもんよ」
……妨害に合いつつも、青年は、王に担ぎ上げられる前の魔術王と親交があったとある魔女に嘆願し、その協力の下で聖剣まで辿り着きました。
聖剣に手をかけた青年には、神様の声が届きました。
神様は青年に捨てられた説明書代わりに聖剣の機能を全て隠さず説明し、「抜けば死ぬより辛い目に合うぞ」と脅しましたが、青年は黙って何も応えず、剣を抜いたそうです。
最も神様の問いかけには何の意味も無く、手に取った時点で青年が聖剣から逃げられないようになっていたらしいのですが。
「アイツ、質問の一つも寄越さなかったんだよ。なんじゃこの愚鈍なヤツは~! 見込み違いかつまらん~! って思ったけど、腹の底では魔王にされたオヒメサマを助ける算段しつつ、オレっちの事なんて碌に信じて無い罰当たりだったんだよなぁ」
信じていい事なんかあるんですか?
「オレが得するだけ、デース」
聖剣を抜き、勇者の称号を贈られた青年は半ば無理やり西方諸国の連合軍に組み込まれ、最前線で戦い続けました。
いきなり魔術王との決戦――にはなりませんでした。
青年が聖剣を抜き放ちに行く少し前から、魔術王が首長達の命令を完璧にこなさなくなってしまい、さらに従順に操作するための調整を余儀なくされて前線から下げられていたためだそうです。首長達にとっては「不具合を起こした」程度の認識でしたが、以後、魔術王が完全に言う事を聞く事はなくなりました。
その間に勇者は魔術王抜きの連合首長国軍と戦いました。
魔術王抜きでも連合首長国軍は強かったのですが、神造兵装を手にした勇者は戦う度に強くなっていき、単独で軍を打ち破っていきました。
魔術王と戦う前に種族数は10に満たないながらも単一の戦闘能力は魔術王に次ぐオーガ――鬼にやられかけはしましたが、聖剣の力をさらに引き出して最後は勝ってみせたそうです。
神造兵装、聖剣。
初期状態では単なる剣ですが、生体情報を登録された担い手が振るう事で真価を発揮していくというものでした。
戦闘経験を蓄積し、戦闘を通して担い手に定着していくのですが、その過程で皮膚を割いて身体に直接定着し、血管や細胞を侵食していき、宿主を「戦闘に適した聖剣そのもの」に作り替えていくという悪趣味極まりない兵器です。
侵食率が高まる事でより強い力を振るえるようになるそうですが、侵食する過程で担い手には大きな負担がかかります。具体的には聖剣が自身の皮膚を割いて血管や細胞を侵食する痛みに常時襲われる事になります。
これは担い手を殺すあるいは発狂させかねないので、まず最初に痛みを消す処置が施される筈だったらしいのですが、人の事なんて考えない神様が勇者の――青年の受け答えが気に入らなかったらしく、「死なない程度、最低限」の処置しかしなかったそうです。
そう、なんですよね?
「そうだよー。いやぁ、アイツメッチャ苦しんでるくせにまったくメゲねーの。終いには、ウッワー! コイツ、マゾなんじゃね? と引くぐらいに」
…………。
また、聖剣の侵食率が高まる事で担い手の自我が消えていき、最終的には脳まで聖剣化し、地上における神の化身が誕生。担い手の全てを神様が直接操作出来るようになります。
侵食率90%以上に達した聖剣は、全身を異形の鎧のように覆い、担い手の身体能力を爆発的に強化。振るう刃はあらゆるものを断ち、あらゆる魔術を無効化する――筈でした。
問題は魔術王様が強くなりすぎ、聖剣が侵食率高めてもその強さに追いつけなくなり、「あらゆる魔術の無効化」は「ただし魔術王は除く」程度のものになってしましました。
しかし、諸々の事情もあって本来は魔術王が圧勝する筈の戦いは、勇者が魔術王を叩き切れる距離まで達するに至りました。
「もうさー、その頃には勇者の聖剣侵食率が99.99%に達してたんだよね。ほぼ俺が操作してたわけ」
しかし、勇者の剣は魔術王を切りませんでした。
首長達が魔術王を操るのに使っていた、冠だけを切りました。
「アイツは0.01%だけ残された自我で、最後の剣筋をちょぉっとだけズラしたんだよ。しっかり殺せた筈なのに! もー、おかげで全部がパァ」
神様は魔術王の冠が彼女を操っている事は知っていましたが、神様は魔術王を殺したかったので誰にもその件を教えていませんでした。
ただ、勇者は「彼女がこんな破壊の限りを尽くす筈がない」と思い、怪しげな冠だけを叩き切る事だけに全力を注いだのです。
大博打でしたね、と私は言ったのですが……
『切っても彼女が正気に戻らず、破壊を続けるのであれば、それはもう僕が愛した彼女ではないから大人しく殺されればいいかな、と』
そんな事を言われてました。
「愛ダネー」
それもあるかもしれませんが、絶望ゆえの行動でもあったそうです。
■バッカス連合首長国の終わり
勇者は魔術王の冠だけを断ち、
魔術王は勇者を魔術で殺しました。
表向きは勇者はここで死亡しています。
で、正気を取り戻した魔術王は自分が愛した人を殺してしまった事を嘆き悲しみ、それまでの人生で最大最強の魔術を放ったそうです。神様に対して。
「勇者が失敗して地団太踏んでたら、足元がパッ……! と光って、ファッ!? となったんよ。見ると魔術王が西方諸国を一発で滅ぼしかねない魔術ぶっぱなしてやんの! しかも異次元にいるオレにそれが届いて、もーあの時は大変だった! 頭しか残らなかったんだもん! いまあるのは頭以外、全部作りもんなのさ」
そのまま死ねば良かったのに。
「え!? いいの? 私めが死ぬと、この世界滅亡するんですが~!?」
……そうでしたね。
「それをジャンプで回避したオレちゃん偉い」
はいはい、えらいえらい。
「もっとミーに感謝するでち」
神様、ちょっと黙っててもらえますか。
「あ、はい」
正気を取り戻した魔術王様はアレコレした後に首長達を問いただしました。話違うじゃない、と。
首長達は魔術王様――いや、もう以降は魔王様で――が操れなく事に右往左往しましたが、結局は魔王様の人間性に付け入る形で居直り始めたそうです。
魔王様には今までヒューマンに弾圧されてきた種族達を救うという責務があり、我々はお優しい夜の王の代わりにそれが遂行されやすいような下地を整えただけですよ、という感じで。
とっくの昔に頭にきていた魔王様は自分のやり方で行く、とバッカス連合首長国を離脱しました。ある意味、ここがバッカス王国のスタートとなりました。まだ正式に国とはなっていませんでしたが。
離脱した魔王様についていく人達もいましたが、それは少数派でした。100人に満たないぐらい。
ここまでは首長達が実権握って国及び各種族を統括するのに成功しており、魔王様を兵器として運用している間に自種族内における首長の立場を確立させていたので、魔王離脱では直ぐにその地盤も揺るぐ事はありませんでした。
逆に、それだけ強固な繋がりを築いたのが仇となりますが。
離脱した魔王様は自分で意見を言い、ついてきてくれた人達と協議を重ねた末にバッカス連合首長国とは別の国を作る事を決め、動き出しました。
それがバッカス王国です。
魔王様は戦いによる統一を「良し」としませんでした。
でも、全てを話し合いで解決しましょう、と綺麗事だけで今日のバッカス王国を築いたわけではありません。どうしても必要であれば戦う事も選びましたが。
魔王様は最終的に「自分という強力な魔術師を抑止力とし、多種族が出来る限り争わないで済む国」を作ろうとしたのです。
それは歪ではあったとは思いますが、複数の種族を同じ「人間」とまとめ上げるにはそれしか方法が無かった――と言われています。いずれ、よりよい方法が見つかるかもしれませんが。
「全人類を洗脳すればいいんじゃね?」
流石の魔王様でもそれは無理かと。
「いやー、順調にレイラインを掌握していったら出来るよ?」
…………。
200人にも満たない王国、バッカス王国を作った魔王様はバッカス連合首長国に「話し合い」を求めました。ええっと、あれは話し合いでいいんですよね?
具体的には、各種族の首長達に広義の意味での話し合いを行い、バッカス王国に引き込んでいってバッカス連合首長国を事実上の解体に追い込み始めました。
切り崩しは魔王様の臣下として就く事にした一人の女性が交渉の全権を担い、行われました。一人、二人程度は人を使いましたが、基本的には一人の女性が対連合首長国の切り崩し工作を担当しています。
以下、その交渉内容。
【オーガの場合】
「ハ……あんな小娘の軍門に下れと? 笑わせるな、余は誰にも従わぬ。連合首長国に席を置いてやったのは単なる情けであり、王も傀儡ゆえに許しただけじゃ。縊り殺されたくなければ疾く速く去るが良い。……ああ、だが、其処な男は献上品として置いていけよ? あとで酒の肴に食ってやるゆえ」
~数分後~
「嫌じゃ! 嫌じゃ! 下等種族の種なんぞでっ、孕みとうないっ♥」
【オークの場合】
(´・ω・`)「ここはオーク首長のおうちだよ! 淫魔のおねーさんは出て行ってね!」
~数分後~
(´・ω・`)「んほーっ!」
【ゴブリンの場合】
「いいよー」
オブラートに包むと大体こんな感じだったそうです。
「●交渉じゃん……」
一人の女性交渉人は各種族の首長達を「交渉」によって次々と陥落させていき、交渉開始から一カ月ほどで九割以上の種族がバッカス王国に寝返りました。
連合首長国、事実上の大解体です。
魔王様が操られていた時代に各種族の首長達が自分達の地位を盤石にし過ぎてしまった所為で、首長一人が陥落すると種族がそっくりそのままそれについてきてしまうわけです。
種族内で首長を見限る士族も多数出ましたが、最終的に連合首長国時代より強固に結びついて大きく発展していくバッカス王国という波に飲まれていく事になりました。
豪腕交渉術によってバッカスをまとめた交渉人の女性は、連合首長国が潰えた後、政の場から引退しました。
現在は孤児院で静かに子供達の成長を見守っています。
■西方諸国との停戦
さて、その頃の西方諸国について。
魔王様が離脱した後もバッカス連合首長国は西方諸国と泥沼の戦いを繰り広げていました。西方諸国側も勇者を欠いていましたし、多種族連合軍相手には苦戦を強いられました。
それでも、戦争の初期に魔術王様が暴れて続々と取られた諸国の領土を考えるとよく拮抗したものなのかもしれません。
連合首長国が事実上の解体を迎えた後、魔王様は連合首長国に代わって停戦交渉を開始しました。交渉内容は大雑把に言うと以下の通りです。
【停戦協定内容】
1.西方諸国とバッカス王国は以後10年に渡り不可侵とする
2.バッカス王国は首長国の兵を責任を持って引き上げる
3.バッカス連合首長国が占領した領地は全て返還する
4.バッカス王国は西方諸国に賠償金を支払う
5.西方諸国は亜人の奴隷、捕虜を解放する
というものでした。
停戦協定は直ぐには飲まれませんでしたが、魔王様達は首長達に命じて多種族連合軍の進軍を停止させ、バッカス王国領内への撤退が正式に行われるまで出来る限り戦場となった西方諸国の復興を行う事にしました。
最終的に停戦協定内容を飲んだ西方諸国に促され、多種族連合軍はバッカス王国領内及び自士族の土地へと帰っていきました。
前線の兵達に不満の声が上がらなかったわけではありません。
でも、それは全て首長達の命令を盾に押しつぶし、あるいは捕縛して無理やり撤退を行わせました。
先に挙げた停戦協定の5番目は完全には守られませんでした。
解放された奴隷・捕虜に応じて何とか捻出した賠償金を適時支払うという形と取ったのですが、ある横やりが入ったのです。
その件はひとまず置いておきましょう。
ともかく停戦結ばれた事で、一時の平和が訪れる。
魔王様はその時、そう思ったそうです。
『結果的に……いえ、私の見込みが甘かったのよね』
『首長国は種族内の連携は強固だったし、基本的にヒューマン憎しという感情はあっても西方諸国の定義する異種族の間での争いは比較的少なかった、まだまとめやすかった』
『でも、西方諸国はヒューマンの国だからバッカスとは水と油。組み込んでいくのは難しいと判断したから、互いに不可侵を貫いて別の世界の住人であろうという方針を取ったの』
平和だったのは本当に一時だけでした。
■血みどろ泥沼の西方諸国
協定は結ばれたものの、魔王様さえ戦線に復帰すれば容易に均衡を崩せる多種族側から停戦と言い出したのです。西方諸国が懐疑的になるのもわかります。
罠、とも思われたでしょう。
信じてくれたかはわかりませんが、戦場となった国々から西へと逃れていた難民達が故郷に戻り始めたのは多種族側が完全に撤退して少し経ってからの事でした。
そして、新たな戦争が始まりました。
今度は西方諸国同士が争い始めたのです。
同じヒューマン達が治める国とはいえ、バッカス連合首長国が出てくるまでは当然のようにヒューマン同士で覇権争いをしていたのですから。
それに関しては魔王様達も予想していました。
魔王様が「見込みが甘かった」というのは、バッカス撤退後に起こった戦争は「停戦協定で西方諸国の領土が返還された」事がきっかけで起こったものだったからです。
多種族に国を追われたのは農民達だけではなく、王族貴族も大勢いました。が、亡命政権の王族達は半数以上が亡命先にて死亡しています。
その多くは謀殺であり、やったのは亡命先の国を治めていた王達もしくは諸国の有力者達でした。
動機は「侵略」が主です。
バッカス撤退に伴って元々の王が戻って王権を回復する前に殺し、武力で制圧もしくは幼い嫡子だけを生かして現地に傀儡政権を作ろうとしたのです。
謀殺は大半が成功しましたが、逃げ延びた王や貴族が自国で兵を起こして両国が戦争状態に突入するという事が西方諸国でも東側を中心に発生し、その戦争はさらに漁夫の利を狙う他国の介入で血みどろの闘争へと発展していきました。
この戦争においてバッカス王国は自領地内に西方諸国の兵が攻めてくるという事はありませんでしたが、停戦協定で約束されていた奴隷及び捕虜の返還が戦争で滞るという被害は受けました。
事態を重く見て――自分が戦争の引き金を引いてしまったと負い目を抱いた――魔王様は少数精鋭で西方諸国に乗り込み、出来るだけ争いを避けて奴隷・捕虜の奪還作戦を行いました。
奪還作戦は多くの士族に感謝されました。
が、魔王様は戦争に巻き込まれたヒューマンの難民達も助けてしまったのです。
難民の保護にはヒューマン以外の多くの種族が抗議、あるいはバッカスに来たヒューマンの難民達を直接害するという行動にも出ましたが、魔王様は抗議を封殺して難民達を手厚く保護しました。
ヒューマンへの恨みを忘れない者達は、この件もあって完全には魔王様に平服していません。特にヒューマンに虐げられていた時代を知る者が生き残っている長寿族においてはこの傾向が強いです。
「エルフとかーエルフとかー、エルフとかね?」
いまは何とか時間と様々な政策のおかげで首都サングリアではかなりヒューマンとその他の種族の軋轢は無くなったのですが、サングリア外で暮らしている士族の中にはヒューマン憎しの感情を持っている者達もいます。
『皆さんの不満は最もなものです。でも、それでもヒューマンの難民達を私の一人の我儘で助けさせていただきます』
『その代わり、バッカスを大きく発展させてみせます』
この頃、バッカス王国に居ついたヒューマン達の子孫が現在のバッカス王国のヒューマン達になります。難民そのものはこの時だけではなく、殆ど常にやってきているんですけどね。
■その後のバッカス王国
バッカス王国――というか魔王様はその後もヒューマン側の難民を受け入れはしましたが、西方諸国に攻め入るという選択は取っていません。
「今のところはね。あくまで、今のところはねー!」
戦争とかせず、魔物とかいて西方諸国にとっては開拓困難なところを開拓していくのがバッカス王国にとっての「戦争」と言えるかもしれません。
西方諸国側は交易関係を結びつつも、バッカス王国に対してちょっかいを出してくるという事はあります。
が、魔王様と王国の騎士達が蹴散らし、追い返しています。
「西方諸国にとってバッカス王国が存在しているのは支配基盤を揺るがすほどの大問題ですからねぇ。魔術とか特に……。まっ、ボクはどっちでもいいですよん」
聖剣の返還要求なども来ているそうです。
また、世界に戦争起こるのは「楽しい!!」と大歓迎している神様は魔王様の手によって半ば封印される事が決まりました。滅ぼす事も可能でしたが、現状ではそうすると世界も同時に滅びてしまうので、とりあえず封印です。
「ふぇぇ……神様可哀想」
日頃の行いですよ。
「でもネー? 魔王は封印に大半の力を常時割かれてるから大幅に弱体化してるのだよ。……弱体化しててなお、血反吐吐くレベルで強いけどね」
あと、腐っても神様なので魔王様の封印も完全なものとは機能していません。その証拠に異世界人は送り込まれてきますし、魔物は神様が作ってるモノですし、ダンジョンも出現させてますし……。
「人を殺す、カタチをしているだろう……?」
無視しますね。
でも、まあ、碌でもない神様ではありますが、ある程度は自分なりのルールがあるらしく、いくらかは――あくまでいくらかは――節度を守ってちょっかいを出してきているんですよ。
異世界人を連れてくるにしても、こちらの世界に大幅な技術革新をもたらすような知識を持っている人は出来るだけ連れてこないか、該当知識に関しては抹消したうえで連れて来ているようなので。
あくまで、「出来るだけ」ですけどね。
単位とか言葉はそもそも異世界の影響色濃く受けてますし。
「オレ様再評価の流れがキテル……」
来てません。
ズバーン! アリスナックルが炸裂!
神様に9999ダメージ。
『ふぇぇ……! アリスちゃんがブッたぁぁ……!』
いつものタライのお返しです。
あと、神様についてですが半封印された神様と魔王様の間ではいくつか協定が結ばれています。
例えば魔王様と勇――もとい、近衛騎士隊長は魔物との戦闘は極力控え、冒険者ギルドを整備して冒険者に対応させてね、とか。
「だってだって! そうしないとアイツらチート過ぎるんだもん! 弱い冒険者達が必死こいて魔物と戦って、倒したり食われたり苗床にされてるの見るのが面白いんじゃん!」
悪趣味過ぎませんか。
バッカスの歴史は、大雑把に言うとこんな感じです。
「建国の歴史じゃね。しかし、まー、殆ど削除しないといけない内容だネ」
……ホントですね。
次の章がまだ書き終わっていないので、1日~2日ほど投稿が空きます。




