ヒモの章 9
■title:首都サングリア・八丁目市場にて
■from:アリス
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。この度は私の不手際によって皆さまに多大なご迷惑を――」
「おい、アリス嬢ちゃん。そういうの止めようぜ」
頭を上げると、セタンタさんが屈んで嫌そうな顔で私の事を見ている。他の方々も大よそ、似た表情だ。
ベオさんは腕組みして黙って聞いてくれていたようだけど。
「ですが、私が対応を誤らなければ」
「そんなの知らねえし、どうでもいい。……客観的に俺達の事を見てみろ」
「客観的に?」
「周りから見たら、子供を取り囲んで頭下げさせてる集団じゃねえか……!」
「あ」
確かに、言われて周囲を見渡してみると遠巻きにこちらを見ている人達がいた。ヒソヒソと何か仰られているご様子。
「これは……皆さまの世間的立場を貶めてしまい、誠に申し訳――」
「おい……なんかループしてるぞ」
集まってくれたオークさん達の一人であるベルトランさんが禿頭をかきつつ、困った顔をしてキョロキョロと辺りを見回す。
今日お集まりいただいた面々は、ここ最近でゲンゴローさん及び私が迷惑をかけてしまった方々で、これからお詫び代わりに私の奢りで食事に行くのです。
残念ながらメーヴさんは仕事入っているそうで、また日を変えて別の日に一緒にご飯食べる事になっています。
「アリス嬢、顔をあげてくれ」
「ベオさん……」
今まで黙りこくっていたベオさんが腕を解き、私に微笑む。
「こういう時はこう言えば丸く収まる」
「こう?」
「スマン、悪気は無かった――これで大抵許してもらえる」
「「「「「ふざけんな!」」」」」
ベオさんが突如、皆さんにリンチに合い始める。
「やめろ、蹴るな殴るな。暴力では偶にしか解決しないぞ」
「お前が一番、話こじらせたんだよ!!」
「くっそ思いっきり殴ってくれたな!」
「ママナイフの恨み!」
暴力沙汰に発展するとは……よくない流れです。
エルフさんは今回もゲラゲラ笑ってます。
でも、まあ……先日の殴りあいとはちょっと違う感じがします。
仲良しではありませんが、蟠りは私がいない間にある程度は解けたようです。
ひょっとして、ベオさんはわざと変なこと言ってるのでしょうか?
まあ、どっちにしろ止めないと。
「皆さん、落ち着いてください」
「俺はまだ嬢ちゃんが悪いってのは納得してねえからな。詫び入れるならあのクソ……クソ虫だろ」
「ゲンゴローさんは開拓地送りになりましたので。向こうで週休二日に祝日休業で労働中です。まとまったお金手に入るまで、向こうで面倒を見ていただける事になったんです」
「はー……何か、甘い処置だな」
ベルトランさんが困惑した表情を浮かべ、息を吐く。
「アンタはアイツに金まで貸してたのに、全然働く気も返す気も無さそうだったんだろ? そんなのに働き口を斡旋してやるとか……物好き過ぎんだろ」
「全部、私の趣味のようなので」
「要するに嬢ちゃんは甘いんだよ。ベッタベタにな」
そんなに甘いでしょうか。
「まあまあまあ、とりあえず私は人のお金でご飯食べれたら文句ないよ! いっぱい食ーべよっと」
「いや待て姉ちゃん。オレ達、ちっと考えたんだけどよ」
ベルトランさんが仲間のオークさん達に目配せし、頷き返された後に私に向き合って口を開く。
「やっぱ、アンタに奢ってもらうってのは筋が通らねえ」
「えっ」
「でも、一緒にメシは行こうぜ。メシ食って酒飲んで、ケジメにしてやってくれ。俺も……ちょっと頭に血が登り過ぎてた。迷惑かけたうえに気を使わせちまって、悪かったな」
ベオさんが頷き、ベルトランさんの肩に手をかける。
「大人になったな……!」
「なんなんだテメーーーー! ママが買ってくれたナイフを見事にぶっ壊したくせによーーーーー!?」
ベルトランさんが怒り、パンチにキックを繰り出しますがベオさんは慣れた様子で全回避です。
「あー……まあ、確かになぁ。そっちに追随する形だけど、俺達も自分のもんは自分で払うかね……」
「俺、達……?」
「お前もだよ……ベオ……お前もだよ!?」
コイツ簀巻きにしてやろうぜ、とベルトランさんと協力し始めたセタンタさんに対し、ベオさんが必死の抵抗を始める。
それを後目に、エルフさんは不満げです。
「えーーー! やだやだーーー! 人の金でやきにくぅー!」
「姐さん、みっともないっスよ」
「大人になってください、大人に」
「多分、この中で最年長なんだから……」
オークさんに抱き上げられ、なだめられ、手足をバタバタと震わせています。見た目は私の次に小さいですが、エルフさんなので実年齢は……。
「ええっと、でも、もうお金持ってきたので」
「じゃあ割り勘! 割り勘にしよ!?」
「割り勘はいいぞ」
「黙れよ」
「姉ちゃんの分はオレが払うから……」
ちょっと揉めましたが、結局、各自で支払う食事会と相成りました。
会場はグレンデル亭です。
「でも、一杯目だけは私が奢ります」
「やたーーーー!」
「あー、もう、嬢ちゃんは強情だなぁ」
そうでしょうか?
皆で連れ立って歩き、食堂へと向かう。
こうして大勢で連れ立って街を歩くのは久しぶりの気がします。パパママ以外と夕飯を一緒するのも久々です。
「ん? どした、嬢ちゃん」
「いえ、何でもないです」
思わず笑みがこぼれる。
パパママの事は大好きです。
でも、たまにはこういうのも楽しいですよね。
などと考えながら歩いている時の事でした。
少し気になるものを見かけ、閉店間際の古書店へ。
「すみません、直ぐ追いつきますので先行っててください」
「わかったー!」
セタンタさんが先頭を歩きつつ、エルフさんを肩車したベルトランさんと話をしています。他のオークさん達は簀巻きになったベオさんを引きずりつつ、時折、蹴りを入れているようです。
皆さんを横目で見送り、古書店の店主さんに話しかけます。
「あの、ちょっと見せていただいていいですか?」
「ん? ああ、いいけど、もう直ぐ閉めるからね」
「ありがとうございます。一冊、気になったのがあったので」
お辞儀して近づき、本を手に取る。
「……ここにあったんですね」
笑みが思わず苦笑に。
売られていたのは、異世界人向けの読み書きの教科書。
ひょっとして、ゲンゴローさんに最初に渡した教科書が周りまわってここに辿り着いていたんでしょうか?
まあ、これは買い戻しておいて、他の方にお渡ししましょう。
「これください」
「おう、もう売れたか。直ぐだったなぁ」
「え? 直ぐ?」
「ん? ああ、いやね? ついさっき、後頭部の髪がゴッソリ無くなってる騒がしい兄ちゃんが売りにきたんだよ。色々とごねて面倒な客でさぁ……。高く買え、高く買えってゴチャゴチャ言って」
「…………」
おかしいですね。
新しい本を渡して、開拓街に送り出したのは昨日なのですが。
「結局売っていったんだけど、こうも早く売れるんだったら、もう少しぐらいは高く買ってやっても良かったかね。捨てセリフ吐いて金ひったくって逃げてったから、これで良かった気もするけど。なんか、売った金で成り上がってやるとか言ってたなぁ……」
「……マジ絶句です」
■title:勝手に増築されていった一軒家にて
■from:
今日は愛娘のアリスちゃんがいない。
護衛のジャバちゃんもアリスちゃんに付いていっているので、今日の夕飯は久しぶりに夫と二人きりだ。嬉しい半分、寂しい半分といったところだろう。
「親離れすると、これが当たり前になるのかなー……」
やっぱり寂しい。
鍋をかき混ぜつつ、溜息をつく。
「ただいま」
「あっ、お帰りなさい!」
残務のため少し遅れて帰ってきた夫を迎え入れ、抱きつき抱きしめてもらい、服越しに胸板に頬ずりする。
ほんのり汗の匂いが混じっていて嗅覚が心地よく刺激を受ける。結婚してもう随分と経つけど、匂いも仕草も全てが年々味わい深くなっていく。
この人が愛おしくて堪らない。
「あれ、アリスはお出かけかな?」
「今日はお友達とお夕飯食べてくるんですって」
「そっか……それは寂しいね」
そう囁きつつ、慣れた仕草でこちらのスカートを脱がせてくる。ストンと落ちた布地に代わり、空気と夫が内心抱えているであろう情欲が伝わってくる。
「も、もーっ! 先にご飯にしましょ? ね?」
「下着穿かずに待っていてくれたのに?」
「だ、だって、謁見中にあなたが悪戯しに来て、そのまま持って行ったんだもん」
「なるほど。じゃあ、夕食後にしようか」
するりと離れた夫が食卓に向かってしまう。
ちょっとお預けされた気分。少し怒ったフリしつつ、スカートを穿こうとしたものの「どうせあとで直ぐ脱ぐし……」と思い直し、拾うだけに留める。
アリスちゃんいると出来ない行動だ。
あの子が私達のところへ来てくれる前は、もう自宅の扉を潜ると獣のようにむさぼりあって、ベッドまで辿り着けず朝を迎える事はいつもの事だったけれども。
「それじゃ、いただきます」
「はい、召し上がれー」
「アリスは、今日はどこの友達と? マートさん辺りにお呼ばれしたのかな」
「ううん? ほら、アリスちゃんがこないだ蘇生術使った子がいたじゃない? その子が迷惑かけた人達を呼んでお詫びのお食事会をするんですって」
「子供がやるものでは無い気がするね」
「メーヴのところの、あの、元気な子もいるし大丈夫よ。ジャバちゃんもついていってくれてるし、平気平気。社会勉強、社会勉強。あなたの世界の言葉だと、可愛い子は上げて落とせ、だったかしら?」
「全然違うね」
ニホン語むつかしい。一般に使われる文字の種類だけでも三種類ぐらいあって、他の国の言葉もポンポン混ぜて使うんだもん。国の人達がみんな言語学者じゃないのが少し不思議だ。
「まあ、セタンタ君もいるなら大丈夫かな」
「大丈夫大丈夫」
「……ああ、それと、アリスが蘇生したあの幸運な人は、結局のところどうなったのかな?」
「開拓街に行ったって聞いたけど?」
「甘い処置だなぁ。随分とやんちゃをしたんだろう?」
「まー、まー。アリスちゃんがそれでいいって決めたんだから。成功率七割程度のドキドキな蘇生受けただけで、とりあえずは許してあげたら?」
「君が僕を蘇生した頃の成功率も七割じゃなかった……?」
少しむせる。
本当は即興で作ったから当初は二割ぐらいだったんだけど、見栄を張ってサバを読んでいた数字だったからだ。
涙がぼろぼろ出てきてこの世の終わりのような気分の中で使うという状況だったから、集中できずに最初だけは一割切ってたかもしれないけど。
「せ、成功したから良いでしょ?」
「下手したら僕は消滅していたよね」
「で、でもあのままだと私独りぼっちにしてたじゃない! いまは成功率十割超えてるもん。余裕だもん」
「うんうん、そうだね。意地悪を言ってごめん」
「ん……私も嘘言って、ごめんね? ホントは成功率一割切ってたと思うから」
「なんだって?」
「あ、あー! アリスちゃんいなくて寂しーなー!」
つい口が滑ったので誤魔化しておく。
「僕と二人きりじゃ、不満かな?」
「そんな事ないわ!」
ずっと独りぼっちのところに神様が――こしゃくな神様だけど――遣わせてくださった私の一番大事な人だもの。
「えっと……アリスちゃんがこの家に来てからは、夫婦の時間も少しだけ控えめだったから……正直、嬉しい」
「僕も嬉しいよ。周りがどんな状況だったとして、今の僕には君さえいてくれれば世界は輝いて見える」
「も……もー! そ、そういう恥ずかしいこと、面と向かって言わないでほしいわ……! ずるい!」
赤面する。
この人以外に言われたら、大して面白くない冗談に聞こえるだろうけど、この人から聞くと魔術なんて介在していなくても全てが魔法の言葉に聞こえてしまう。
「嘘だよ。安心してくれ」
「嘘なの!?」
「正確には、君とアリスさえいてくれればかな」
「……うん。私も、おんなじ気持ち」
「アリスにとってはジャバも、となるのかな。男親としては複雑なものがあるけれども……」
「ふふ、どうなのかしらねー?」
アリスちゃんは人としてはまだまだ子供だから。これから変わっていくかもしれないし、淡い気持ちを育んだまま大人になっていくのかもしれない。
私はどちらでも応援する。
先の事は、アリスちゃん次第だろう。
あの子の人生は、あの子自身のモノなのだから。
【職業図鑑:ヒモについて】
■概要
ヒモは職業ではありません。
バッカス王国にもヒモの人はチラホラいます。単に無職というだけであれば、「おう、就業前の休みか遊べ遊べ」とか「仕事無いのか? 紹介するか?」とか言われたりしますが、ヒモの場合の反応は……お察しください。
ヒモは特にオークの士族ではとっても嫌われます。士族内にヒモ男性オークいると、その人は最低でも半殺しにあったうえに士族追放となるんだとか。
ゆくえふめい、になるケースもあります。
セ●●タさんがたまーに「ヒモ野郎」とか言われてますが、セタン●さんは複数の女性の間を渡り歩き、むしろ貢いでる女性関係がダラしないだけの方です。
むしろ、両親にお菓子買える程度のお小遣いを貰ってる私の方がヒモ度高いかもしれません。セタンタさんみたいに痴情のもつれでナイフ、グサーッ! となる事はありませんけどね。ママの加護あるので。
■主な収入源と仕事の内容
他社に寄生してお金を貰います。
■勤務形態
毎日がHolidayです。
とはいえヒモの方々も一律にそうではなく、女性が働きに出て男性の方が家で家事をして待っているというタイプも存在しています。結婚しない限りはヒモ扱いにはなりますが。
■賃金
ピンキリです。
■採用への道
やめましょうね。




