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はじめに

■title:勝手に増築されていった一軒家にて

■from:


 私には娘が一人いる。


 子供は欲しかったものの長年授かる事が出来ず、色々と試した末にようやくやってきてくれた可愛い女の子だ。我が子というだけで可愛くて堪らないけれども、ウチの娘はそれだけではない。


 まだ私が抱っこ出来るぐらい小さいのに、真面目で賢くて特定分野であれば大人顔負けの出来た子なのだ。それでいて年相応におませなところもあったり、驚いたり笑ったりする仕草が愛おしくて堪らない。


 夕食後、そんな愛娘が何か書き物をしているのを見つけた。


「アリスちゃん」


 私の声に娘が反応し、顔をあげてくれる。


「ママ。どうかなさいましたか?」


「アリスちゃんが何をしてるのかなー、と思って」

「これですか?」


 娘がペンを走らせていた紙束の一つを取り上げ、軽くこちらに見せてくれる。隣接した文字と同じ大きさになるよう几帳面に並んだ文字列は何かのレポートのように見えた。字は丸っこく可愛らしい。


「これは、職業図鑑です」


「職業図鑑?」


「ええ。異世界人向けの……職業ガイドブック、と言った方がいいでしょうか」


 娘曰く、職業図鑑を作る事にしたのは私が「異世界人が犯罪に走って困る」と言っていたためらしい。報告書見てため息ついて言ってたのを聞かれてたようで。



 私達が暮らす国は、この世界において最も多く多様な種族が共存している。



 国の名はバッカス王国。


 ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、オーク、ジャイアント、ドワーフにゴブリン……他にも様々な人型種族、「人間」達が暮らす多民族国家だ。


「バッカス王国は慈悲深い王の下、他所から移民、難民が受け入れられています」


 慈悲深かったっけ?


「移民・難民の殆どはヒューマンですが、その中には変わり種がいます」


「それが異世界人、ね」


「そうです。彼らにとっては、私達が異世界人ですが……」



 異世界人。


 彼らは外見こそヒューマンと大変似通っているものの、この世界で生まれ育った者ではない。文字通り、異世界からやってきた人々なのだ。



 特に多いのは「ニホン」という国で生まれた者で、バッカスは他の国よりも多く異世界人が放り込まれる傾向にある。どっかの神様の所為で。



「異世界人がやってくるのは神様の所為です。下劣畜生である神様は人間ドラマ大好きなので、異世界から攫ってきた異世界人をこの大地に放り出し、右往左往する様を見るのが趣味なのです」



「アリスちゃん。神様が性格悪いのは事実だけど、あんまり神様批判してると天罰下されちゃいますよ? 本当にクズでいい加減で、どうしようも無い神様ですが、力だけは持ってる迷惑な存在だから貶すような発言をすると――」


 ガン、と私の頭の上にタライが振ってきた。


「……このように、物理天罰が振ってきます」


「ファッキン・ゴッド! よくもママの可愛い頭を!!」


 ガン、とアリスちゃんの頭の上にもタライが振ってきた。


 人が死んでも、『【悲報】西方諸国大混乱で難民がヤバいwwwww』とか神託書につづって楽しんでいる神様ですが、自分で直接的に手を出してくる事は一応無いので、手の施しようがないほど厄介というわけではありません。


 あくまで人間ドラマを覗くのが好きな畜生なだけで、「無敵存在が手を下すのはフェアじゃない」という訳の分からない美学があるそうです。また、封印している事もあって批判しても精々タライが振ってくるだけです。



 でも、異世界人は攫ってきます。


 あと、人に害を為すモンスターも創造してきます。


 ……正直、目の上のたんこぶです。


 私にとっては特に。



 ろくでも無さでは世界最強の神様ですが、人間の経済活動にも一応、貢献しています。批判すればするほどタライが振ってくるので、わざと批判して振ってきたタライを売るタライ屋さんとかいるのです。


 バッカスでも神様製のタライは他の追随を許さないほど流通しています。供給過多で大幅に値崩れしている上に、稀に神の彫像(約1トン)が降ってきますけどね。そっちは鋳潰して再利用です。


「ええっと、神様の事は置いときましょう」


「はい。神様が送り込んでくる異世界人の皆さんは、言語だけは何とか通じるのですが、まったく見知らぬ環境に送り込まれた事で大抵は混乱しています」


「向こうにはエルフさんとかオークさんとか、えっちな触手さんは現実にはいないらしいものねー」


「知らないところに放り出されて不安になるのはわかります。……が、それでお金に困って犯罪行為に手を染められると、お母様やお父様の頭痛の種になるだけではなく、バッカス国民の不利益へと繋がります」


「それを無くすために、異世界人向けの職業図鑑を?」


「そうです。人間、衣食住に困らず、ちゃんとした仕事に就いていれば現在の生活を失うのを恐れて犯罪行為に手を染める確率は減ります」


 実際、統計取ってみると投獄された人は――異世界人に限らず、バッカス国民も含めると――無職の人間が多かった。我が家の愛娘はその辺も踏まえて言っているのだろう。


「異世界人の人は、こっちの世界の事を全然知りません。職業も類推出来ても考えていたものと違った――というのはよくあるそうなので、文章にて職業を解説したら仕事探しの一助になるのでは無いかと」


「ほうほう、なるほど」


「そうして異世界人の方々が生きていきやすい環境作りしておけば、バッカスの治安向上に私も貢献できるのではないかと考え――」


「えらい! とても年齢一桁の女の子には見えないわアリスちゃん! よっ、我が家誇りの愛娘! イェイイェーイ!」



 褒めて伸ばす派なので、この機会を逃さず娘を褒める。恥ずかしがり屋さんな一面もある娘は少し赤面して、ごにょごにょと何かを呟いている。


「ま、まあ、なんといいますか。私も職業研究しておくと何かしらの役には立つかなぁ、と自分都合で考えてるところもあるのです。実利追ってるのです」


「そうね。将来、こういう仕事をしたーいと考える助けになるわ」



「わ、私はバッカス国王を目指してますので! 早く大きく立派な人間になって、ママ達を楽させてあげたいです……」



 本当によく出来た娘で嬉しくてたまらない。同時にちょっと泣きそうになったので、涙隠すためにも娘を後ろから抱きしめる。


「アリスちゃんは本当に良い子ね……。でも、将来はパパとママの事は置いといて、自分がやりたい事をやってほしいわ」


「神様やっつけたいです」


 ガン、と振ってきたタライを殴って弾き飛ばす。


「素敵ね。アリスちゃんがやる事、ママ達も応援してるわ」


「ありがとうございます」



「それで、今はどの職業について書いているの?」


「今は、ヒモについて書いてます。一応」


「ヒモ」

「ヒモです」



 果たして、それは職業と言えるのだろうか。


 私は娘が彼に出会うに至った話を聞く事にした。

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