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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第一章
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引き継ぎ

 販売課には、事務員が4人いた。全て女性で、年齢はバラバラ。個性豊かな人揃い。

 社内結婚をしたばかりの、鶴橋さん。しっかり者で頼れるお姉さんタイプの、黒田さん。社内でも目立つ雰囲気で派手な印象の、川本さん。


 どうやら私は、寿退職する鶴橋さんの後任として配属されたようだ。ベテランの鶴橋さんが抱えていた仕事を、そのまま新人の私にシフトされてくるわけではなくて、黒田さんと川本さんにも幾つか引き継ぎがされていた。


 「これが、椎名さんが担当する得意先ね」


 そう言われて渡されたのは、取引先各社の、営業担当者一覧表。

 書かれている社名は、ついこの前まで高校生だった私でも知っている大手企業ばかり。なんだか、とんでもないことに思えて、息を呑んでしまう。

 一覧表をよく見ると、ビッシリと書かれた社名の横に、営業担当者名と、事務員名が書いてある。


 緊張の面持ちで用紙を捲り…、井沢さんの名前を見つけた! その文字を見ただけでも、頬が緩んでしまう。だらしなくなる頬を抑え、表情を誤魔化しながら、文字を目で追って気付いた。なんと――幾つかの社名の、彼の名前の横に、私の名前が!


 (えっ! 私……!? 井沢さんの取引先を、担当出来るの!?)


 井沢さんが抱える取引先の事務は、殆どが黒田さんの担当だった。私の担当は、ほんの数社だけ。それでも嬉しい。

 気になる彼の取引先ということもあり、ついつい、他の営業マンのページよりもじっくりと見てしまう。


 それにしても――新人に任される仕事、責任は思いの他多く、重い。

 嬉しさとともに、身が引き締まる引き継ぎだった。



 毎日が勉強の新人には、カタログを見るのも仕事のひとつだ。

 メーカーには、自社製品のカタログがある。新規開拓や、新製品が出た時など、営業マンはカタログを持って先方へ売り込みに行く。


 当時、一冊で全製品を網羅した、〈総合カタログ〉というものがなく、製品シリーズ毎に分けられた幾つもの冊子を束ねて、バインダーで閉じていた。かなり分厚い上に重く、それを作るのは面倒極まりない。…が、そういう雑用は大抵、新人に回ってくる。


 職場にも慣れた頃。私が担当した営業マンのうちの1人、ベテラン社員から、「時間が空いた時でいいから、カタログ作っておいて」と、頼まれた。


 素直に頷き、暇をみては取りかかっていたけれど……正直、どうにも面倒臭い。


 そんな気持ちが、態度や表情に現れていたのだろう。黒田さんと川本さんに、声を掛けられた。


 「椎名ちゃん。仕事で何か気になることとか、解らないこととかある?」


 もう少し大人なら、「特にはないです」とか、サラリと躱せるだろう質問にも、世間知らずの若者は、無謀にもハッキリと答えてしまう。

 「カタログ作ってと言われたんですけど、なんで自分で作らないんですか?」――と。

 正直な気持ちを発しただけだが、今では信じられない。思い出す度に恥ずかしく、穴があったら入りたい気持ちになる。


 与えられた仕事は、何でもやる。

 新人なら、何事も勉強。

 どんな仕事であっても、文句があっても頑張らなければ。


 一冊に集約された、厚さ2cm程の〈総合カタログ〉が登場したのは、それから1年後のことだった。

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