人生最高の誕生日プレゼント
オカザキレオ様&にゃん椿3号様主催「君にプレゼント企画」にこっそり参加しました。
「ちょっと金稼いでくるわ」
恋人であるソレルがそんな事を言い出したのは、私の誕生日が1ヶ月に迫ってきた頃だった。
「……いきなりどうしたの? わざわざ私に言いに来るなんて」
私は唖然として、所在なさげに茶髪を掻くソレルを見上げる。
この男と出会って、もう5年近くになるか。最初は、私の両親が経営する宿屋に泊まる只の客だった。武者修行の旅をしていると言う彼は所謂流れ者で、強い輩を探してあちらこちらを転々としていると聞いた。
その時は精々数日の宿泊だろうと思っていた。だが予想はあっさり外れてこの町に居座り続け、恋人となった今ではすっかりこの宿屋に定住し、日銭を稼いでいる。
――だが、只の客だった頃は勿論、恋人になっても、ついぞこんな殊勝な報告をする男ではなかった。
一体どんな風の吹き回しだろう。私が不審な目を向けると、ソレルは慌てたように弁明した。
「や、ちょっとばかし長い間出掛ける事になりそうだし、一応言っておこうかな、と。他意はないぜ」
何となく釈然としないが、余りにもソレルが必死なので、深くは突っ込まないでおこう。目付きだけは変えられないが。
「……そう」
「心配すんなって。お前の誕生日までには戻る」
一体何があったというのか、その表情は酷く張り詰めている。何かを決意したようなソレルは気になるが、出掛けると言う流れ者を引き留める理由はない。
「いってらっしゃい、ソレル」
至極普通に言ったつもりだが、不安は顔に出ていたらしい。
「んな顔すんなよ。ちゃんと戻って来るから」
ソレルは緑色の目を細め、私の頭を撫でた。
「急にいなくなったりしねえよ」
「わ、分かってるわよ」
堂々と帰還を宣言している男が、戻って来ないとは考えていない。多少の寂しさはあったとしても。
「でも、その……」
「どうした、ユニス」
「……これ、あげるわ」
ソレルに差し出したのは、剣柄や鞘に付ける飾り紐だ。深緑と鮮やかな青という2色の組み合わせは、それぞれ私達の目の色を意識している。
「俺に?」
「他に誰がいるのよ……」
この地方には、飾り紐を送る事で、相手の武運を祈っていると示す風習がある。
怪我なく、無事帰って来るように。
――ちゃんと、相手が自分の元に帰って来るように。
そんな思いが込められる代物を送る相手なんて、身内やそれこそ恋人などに限られる。
自然、私が送る相手はソレルだけだ。
「それとも何? 他の人に渡しても良いの?」
「……。それもそうだな」
土着の風習だが、流れ者とは言え、この町に5年もいるソレルが知らない訳もない。
ソレルはうんうんと納得したように頷き、いそいそと飾り紐を付ける。彼は、先程とは打って変わった柔らかい表情で「行ってくる」と片手を上げた。
そうして恋人が町を旅立って1ヶ月。誕生日は思ったよりも早く来た。
客室を間違えたり、勘定を間違えたり。いつになく浮わついた仕事ぶりをからかわれつつ、ソレルの帰りを待っていた……けれど。
「あんたがユニスさん?」
私の前に現れたのは、ソレルではなかった。
「ええ、そうですけど……」
そっちは誰だ。客ではないらしい男に目だけで問うと、その人は「俺はハワード。ソレルの知り合いなんだ」と名乗った。
ソレル本人ではなく、その知り合いが現れたというだけで嫌な予感がする。
何か犯罪に巻き込まれて、身動きでもとれないのか。
身構える私だったが、現実は予想の斜め上を行った。
「ソレルの事で知らせたい事がある。実は――」
それは、帰還の知らせではなかった。
「……死んだ? ソレルが?」
死。その一文字が、私の頭を占める。
「……嘘」
たった1ヶ月離れていただけなのに。
――お前の誕生日までには戻る。
出発間際のソレルの笑顔が、浮かんで消える。
この町は街道沿いにあり、流れ者が来る事も多い。私はそんな町の宿屋の娘である為、顔見知りの流れ者が死んだという経験はある。
――けれど、恋人の死なんて誰が想像すると言うのだ。
奇しくも私の誕生日プレゼントとなった恋人の訃報は、私の頭を白く染めた。
◇
私が初めてソレルの墓に行ったのは、訃報を聞いた1年後――ソレルの命日だった。
「今まで会いに来なくてごめんなさい」
墓石に語りかけつつ、行き掛けに買ってきた花を手向ける。
ソレルに会いに行かなかったのは、その内、何事もなかったようにひょっこり帰ってくると思っていたかったからだ。
ソレルは生きていると信じたかったから、墓に行こうとは思わなかった。そもそも遺体だって見つかっていない。だから希望はある筈だと自分に言い聞かせて早1年。
ソレルは、戻って来なかった。生きていると信じていた筈の私自身も、気付けばソレルとの思い出ばかりを見詰めている。
既に頭では理解しているのだと、認めるしかなかった。
――もう、ソレルはこの世のどこにもいない。
「ソレルの嘘つき!」
どうして、死んでしまったのだ。
「誕生日までには戻るって言ってたじゃない……!」
言葉が詰まり、目の奥が熱くなる。
ぼたぼたと涙を流す姿は、到底見られるものではないだろう。確実に酷い顔をしている。
早く泣き止まないと、ソレルに笑われてしまう。ごしごしと袖で涙を拭うが、一向に止まる気配はない。
「どうしてちゃんと戻って来ないのよ! 何の為に飾り紐渡したと思ってんのよ! 私、ずっと待ってたのに……!」
酷な事を言っている自覚はある。
分かっていた筈だ。彼は流れ者。いついなくなるか分からない。いつ野垂れ死にしたって可笑しくない。彼がふらりと町を旅立つ事ばかりを恐れていたが、こう言った別れだって有り得た。
責めるのなんてお門違いだ。
それでも。
それでも――私は。
「私はッ! ソレルと生きていたいのにッ……!」
「ユニス」
ふと、背後から名前を呼ばれた。ハワードが迎えに来たのだろうと辺りをつけ、無視を決め込む。
「ソレルの不真面目、大雑把、我儘、短足!」
「自分の恋人捕まえて、散々な言い草だな」
つーか、短足じゃねえよ。そんな文句の後、大きな溜め息を吐く音が聞こえた。
「……なあ、ユニス」
「何よ、ぐすっ、私、言い訳なんて絶対聞かないわよ!?」
「俺、本気で死んだ事になってんだなあ」
「勝手に死んだ本人が何今更な事言ってんのよ! そんなの――」
そんなの、ソレルが一番分かってるでしょう。続けようとして、はたと我に返る。
私は今、誰と喋っている?
「ん? どうした、ユニス?」
私の後ろから聞こえる声は、ハワードのものではなかった。
――この声は。
「ソ、レル……?」
ずっと聞きたかった声。もう聞く筈もないと思った声。
振り返ると、大柄な男が佇んでいた。深い緑の双眸に、短い茶髪。腰元を見ると、私が1年程前に恋人へ送った飾り紐がぶら下がっていた。
「ソレル、なの?」
「逆に聞くが、それ以外の誰に見えるんだ?」
おどけた言い方は、記憶の中にいるソレルそのものだ。
けれど、死者は蘇らない。幻覚でも見ているのかと、私は目を擦ってから、再びその男を見上げる。
だが、いくら待っても、ソレルの姿は消えなかった。
「本物?」
「ああ。俺だ」
「……本当の本当に?」
疑り深い私の問いに、恋人に瓜二つのその男は、がしがしと頭を掻いた。
「あのなあ。偽物に見えるか?」
「ううん、見えない」
問われ、ぶんぶんと首を横に振る。本物のソレルだと信じたと言うよりは、幻だと思いたくなかっただけだけど。
すると、男は安心したように笑う。
その時、直感した。
――ソレルだ。
記憶のものと寸分狂わない、温かい笑顔。見ているこちらが嬉しくなるような……。
「お、おかえり、なさい」
夢でも見ているようだ。ふわふわとした心地でソレルを見上げていると、急に強く抱き締められる。
「ただいま、ユニス」
服越しに男の鼓動が聞こえてくる。
――本当に、生きている。
それがどうしようもなく嬉しい。
だが、このまま流される訳にもいかない。
「たっ、ただいまじゃないわよ!」
私は突き飛ばすようにして、ソレルの腕の拘束を抜け出す。
「こっちは大変だったのよ!?」
「ああ、それは聞いた。何かに憑かれたみたいに宿屋を手伝ってるし、食事も喉を通らなくなって見ていて痛々しいって。確かに、ちょっと痩せたな」
「急にソレルが死んだって聞いて、頭が真っ白になって! 誕生日には戻るって言ったのに、いつまで経っても帰って来ないからあ……!!」
「や、俺もここまで大事になるとは思ってなくてだな……すみません本当にすみません。謝る、ちゃんと謝るから、んな目で見んな」
「も、もう会えないんだって、お、ぐすっ、おもっ、思、て……」
「ああもう、泣いたり怒ったり、忙しい奴だなあ」
「ソレルの馬鹿……」
鼻をぐずぐずと鳴らしていると、ソレルの大きい両手が私の頬を包んだ。そのまま背を丸めるように屈み、額同士をくっ付ける。
「心配かけた。悪い」
「悪いじゃなくて……。どうして、こんな事になったのよ。そもそも、お金を稼ぎに行ったのだって……」
鼻を啜りながらの問いに、ソレルが「それは、その」と実に気まずそうな声を漏らす。
「金は……どうしても買いたいものがあったんだよ。だから知り合いに、良い仕事があるって紹介して貰って、そんでちょっと面倒な事になったというか……」
そこで、ソレルが言い淀む。
「ソレル?」
恋人の肩を掴み、緑色の目を覗き込む。
まさかだんまりを決め込むなんて事はしないでしょう。にっこり笑いかけると、ソレルは観念したように口を割った。
「その、仕事のついでで助けた子が、良いとこのお嬢さんでな。……その子の父親が、助けてくれた礼に娘を是非と言ってきたんだ」
「………………まさかとは思うけど、その娘を貰う、なんて言ってないわよね?」
「んな訳あるか! 俺にはお前がいるんだぞ!? きっぱり断ったわ!」
……良かった。露骨に安堵の表情をしていたらしく、ソレルは「お前なあ」と呆れ顔だ。
「少しくらい信頼してくれても……いや、何でもない。話を戻すがな、俺は申し出を断ったんだが、向こうもしつこくて。段々面倒になってきたから、もうほとぼりが冷めるまで死んだ事にしちまおうと思って……。けど、そうすると確実にユニスの誕生日には間に合わない。だから、暫くこの町に滞在する予定だったハワードに伝言を頼んだんだ」
そこで、深い溜め息を吐くソレル。
「何があったかなんて、俺が一番聞きてえよ。暫く寂しい思いをさせるだろうけど、これで心配させなくてすむって俺は安心して雲隠れしてたのに、いざ帰ってきたら、なんか本当に死んだって思われてるんだぜ?」
「……それを私に言わないでよ」
棘のある目で見ると、ソレルは「そうだよなー」と苦笑を溢した。
「でも良かったよ。ユニスが結婚してなくて」
「……どういう意味よ」
「だって、ユニスは俺をずっと待っててくれたんだろ?」
「……。ちょっと待って。どうして、私がソレルを待ってたって分かるのよ」
「さっきからずっといたからな。ユニスが俺の墓とやらに話しかけてるの、少しだけ聞いちまったんだ」
「少しって、どのあたりから?」
「ソレルの嘘つき! ってとこから」
殆ど全部だった。
「いッ、いるならいるって最初から声かけてよ恥ずかしいじゃない! というか、本人が生きて後ろに立ってるのに墓前で泣き喚くとか馬鹿みたいじゃない!」
「ここに来る前、ユニスん家に寄ったんだが、揃って幽霊でも見る目で俺を見るんだよ。ユニスにそんな目で見られたら嫌だなって思ったら、中々勇気が出なくて。ありがとな。忘れず待っててくれて」
本気でそう思ってるらしい声色に、何だか気が抜けた。
「馬鹿じゃないの」
確かに、ソレルを忘れて新たな恋に踏み出する事だって出来たけど……。
「たった1年でソレルの事を忘れられる筈ないじゃない! 死んだって聞いて、本当に、私がどんな気持ちだったか……」
「死ねる訳ないけどな。飾り紐送ってまで俺の帰りを祈ってくれるユニスがいるんだから」
そう言うや否や、ソレルは懐をまさぐり出した。
「ほんとは、去年渡そうと思ってたんだけど……うん、予定は狂ったけど今日もユニスの誕生日だからな。問題ないだろ」
「問題あるに決まってるじゃない。誰が誕生日に戻るって言われて1年越しの誕生日だと思うもんですか」
「ははっ。返す言葉もない」
肩を竦めつつ、ソレルが取り出したのは。
「指輪?」
銀色に光るそれを、しげしげと眺める。緑と青の小さな宝石が寄り添うように埋め込まれているだけの、実にシンプルな指輪だ。
……緑と青の、宝石?
どこぞの飾り紐を思い出す色合いに、何となく予感がした。
「お金を稼ぐってもしかして……」
これを買う為に?
「これなら、デザインもシンプルだし、手伝いの邪魔とか言わずにつけてくれるだろ? 一生モノだしな、これだけは譲りたくなかったんだ」
悪戯が成功した子供のような得意気な笑顔の後、ソレルは騎士さながらに跪く。認めるのは悔しいが、堂々とした態度のせいか、騎士ではない癖に中々様になっていた。
「ユニス。俺と結婚して下さい」
「ソレル……」
「ユニスが不安になってるのは何となく気付いてた。そりゃそうだよな。家もないし、定職もない。こんな流れ者、例え恋人だと言われてもいつ居なくなるのか気が気じゃない。そんな思いさせるくらいなら、とっとと終らせた方が良かったんだよ」
ソレルがそっと私の手を包み込む。
「……分かってたんだよ、んな事は。でも、終わらせるとは言っても、一緒に生きる覚悟も、町を去る覚悟も決まらなかった。俺みたいな根無し草が、好きな女なんて作るべきじゃなかったって、ずっと後悔してた」
それまで私を見ていたソレルの目線が落ちる。
「でも、諦められなかった。ユニスが客とは言え男と喋ってると苛々した。こいつは俺のだ! って言いたくて仕方なかった。恋人っつっても、んな権利はないのにな。……詰まり、そういう事だったんだよ。始めから、答えなんて出てた」
「ソレル……」
「あの日、わざわざ出掛けるのを言ったのもそうだ。何も言わずに1ヶ月も宿空けたら、本気で町を去ったとか思われるだろ? それが嫌だったから、ちゃんと報告しようと思ったんだ。……見事に裏目に出たけど」
慣れない事はするもんじゃねえな。ソレルは当時の自分を思い出したか口の片端を歪めて笑い、取り成すように居住まいを正す。
「……俺は、覚悟を決めた」
ソレルの視線がゆっくりと上がり、やがて私のそれとかち合った。
「好きだ、ユニス。……どうか、俺と一緒に生きてくれないか」
珍しく、その緑の目には懇願の色が見え隠れしている。
――この人は、本当に、もう。
折角涙が止まったと言うのに、また泣かせるつもりなのか。
「……私、怖かった。ソレルがいつかふらっとどこかに行っちゃうんじゃないかって、ずっと思ってた」
前触れなく流れ者がいなくなるのなんて当たり前。例えソレルがこの町を去ると言って来ても、引き留める権利なんてないのも分かっていた。
別れが辛くなるって知っていたけど、好きだったから、思い出になってもいいやって思ったから、恋人になって。
――でも、実際恋人になってみると、我慢は辛かった。
いつ居なくなるのか不安だった。ずっといて欲しいと縋り付きたかった。
でも、嫌われたらもう会えないと思ったら、そんな事も出来なくて。
「いなくなっても仕方ないって思ってた。でも、気持ちくらいは知って欲しいから、鬱陶しいって思われるのを覚悟して、飾り紐を渡して……」
「鬱陶しいなんて思わねえ。寧ろ、ほっとしたよ。俺の事、好きでいてくれるんだなあって」
「私、ソレルといても良いの……?」
「当たり前だ。……もう、分かってくれただろ? 俺は、絶対にお前を置いていかない」
ソレルが、手に力を込めた。逃がさないとでも言われた気がして、私の鼓動は否応なしに高まっていく。
「ユニス、プロポーズの返事、聞いて良いか?」
「はい、喜んで……!」
こくこくと頷くと、ソレルが胸を撫で下ろした。「ヤな汗かいた」などと溢しつつ、私の左手薬指に指輪を嵌めくれる。
「うん、やっぱりこれで正解だったな。よく似合ってる。……ユニス、今日は泣いてばっかだなあ」
「誰のせいよ、誰の……!」
怒ったふりをしようとしても、勝手に笑顔が溢れてしまうのだからどうしようもない。
「ユニス。愛してる」
一生、大事にする。ソレルは甘く囁いて、私の唇に口づけを落とした。
大好きな恋人が実は生きていて、おまけにプロポーズまでしてくれて。
――本当に、人生最高の誕生日プレゼントだ。
「ところで、ユニス。俺が向こう数年分の宿泊費を前払いしてるって知ってるか?」
「え……、いや、聞いてな……。でもそれって」
「まあ、無駄遣い出来る身でもないし。完全に杞憂だったって事だな」
「……(硬直)」
「あの、ユニス?」
「ソレルの馬鹿……。返してよ私の心配ぃぃいい……!!」
と言う訳で「誕生日プレゼントは、お・れ・だ・ぜ(キラッ」的話です多分。
↓伝達ミスの原因↓
「もう構ってらんねえ! おいハワード。俺を死んだ事にしてくれ!」
「? ああ、分かった」
「で、だ。お前がこれから行くって町に俺の恋人がいるんだが……」
「分かってる。伝えておけば良いんだろう?」
「ああ、助かる!」
恋人だけには生存を伝えたいソレル。
死んだ事にしたソレルの訃報を伝えれば良いと思ったハワード。
こいつらは基本的に人の話を聞かない。