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決着、二人の思い

ネリーは何かの凄まじい衝突音で意識を取り戻した。


ぼんやりとする意識の中で、まだ止めを刺されていない事に気付く。


さっきの轟音は何だったのだろうか。


体は痛みで全く動かなかった。


これはきっと止めを刺されなくても死ぬだろうな。


志半ばで何も成し得ず、リグ様にもあんな酷い事をしてしまって、自分は一体何がしたかったのだろうか。


一人でも勝てると思っていたのだろうか。

迷惑をかけたくなかった・・・。

でも今のこの結果は・・・。


少しだけ手が動いてきた。


でもまだまだ動く事すら出来ない。


ネリーの横で何か物音がした。


目線だけをそちらへ向けた。


ネリーは驚きで目をそらす事が出来なかった。そこには全身傷だらけのリグがいた。


リグの方から何か聞こえてきた。


「ネリー・・・ごめん。」


リグが実際に言ったのかそう言ってるような気がしたのか、ネリーにはリグが何度も謝っているように聞こえていた。


なせ謝るのですか?


悪いのは私の方なのに。


リグはとても寂しそうな表情を浮かべていた。

確か、初めて会った時もそんな表情をしていた。

せっかくここまで来る途中に色々な表情をしてくれるようになったのに。


ネリーはリグが様々な表情を出来る事を知って、それを見れて、嬉しかった。


またリグ様が喜んでいる顔を見てみたい。


もっと笑っていてほしい。


そしてネリーは自分でこの吸血の殺人鬼を倒す事を誓った。


ネリーはリグに向かって微笑んだ。


喋る事は出来なかったが「大丈夫です。私が倒しますから安心してください。」と、目で伝えた。


リグは立ち上がり、再度牧師に向かっていく。

本当はそんな無茶な事してほしくない。


でも、もしかしたらリグの目的と私の目的は同じなのかもしれない。

出会った時から自分と似たような何かを感じていた。

リグ様もこの旅が終わったら・・・死のうとしている?


それは駄目だ。絶対に死なせはしない。

私が絶対に死なせない。


だが、体が動くのにまだ時間がかかる。

痛みを堪え、『跳躍』の準備をする。


その時、ネリーには確かに見えた。

戦っているのは二人だけではない。


はっきりしない意識のせいなのだろうか。


影は薄いがもう一人いた。


それは体格の大きい、屈強な男性だった。


斬られそうになっているリグを片手で軽々と上に跳ね上げたように見えた。


そして牧師の表情がたちまち変化していった。



「やぁ、ジンじゃないか・・・。」


あの方がジン・フィート様?


リグ様を跳ね上げた後、ネリーの方に向かって何か話しかけている。


何を言っているのかはわからないけど、でも・・・、


「この青くさいガキを頼む。」


という言葉だけは聞こえた気がした。


私は大きく頷くと体に力が溢れてくるのを感じた。


もう一度、『跳躍』が出来るだけの体力はある。後は牧師に隙が生まれれば・・・。



牧師は本当に強い。

リグと戦っている最中でも周りへ気を放っている。



先程とは違う表情になってからなおさらだ。


そしてリグは上から牧師へナイフを押し当てていく。


段々と牧師の意識がリグに集中していくのがわかる。


それほど今の彼は強いのだ。


そして完全にリグへ意識が集中した瞬間が来た。


ネリーはこの好機を見逃さなかった。



まず、剣を腰の鞘に差し戻し、両手で床を弾き、体を拳二つ分程浮かせる。次に膝を曲げて足裏を壁に付け腰に差した短刀を抜き、壁を力強く、思い切り、蹴り出した。


一直線に牧師の上半身へ飛び込んでいく。


牧師もその気配を感知し、右の刀で防ぐ準備をした。




ネリーは体の前に剣を構え、右胸部へ突き刺した。しかし、牧師も剣で防ぎ剣先が体に触れる事が出来なかった。


もう少しで『跳躍』の勢いがなくなってしまう。


もっと、最後に自分の残っている全ての力をを使って・・・。


それでも押し切る事が出来ない。


その時だった。何かがネリーの剣を掴み、牧師へ押していくような感覚があった。


フィート様?


剣先は牧師の服にあたり、肋骨と肋骨の間をすり抜けて入っていく。


そしてネリーは力を使い果たした。


後はお願いします。



「リグ様ーーー!!」


リグのナイフは牧師の肩から鎖骨を切り裂き、心臓、内臓を順々に通過していく。牧師から大量の血が噴き出した。


尋常でない量の血が勢い良く飛び出していく。

他方向から噴き出し続けた。


牧師は背中から倒れていき、リグも牧師の方へ倒れていった。


ネリー!やった!俺達はやったんだ!


「俺達は勝ったんだ!」


ネリーの方を向き、喜びの声を上げた。


そしてネリーの名を叫んだ。



「ネリー!ネリー!!」


ネリーの腹部には牧師の剣が奥まで突き刺さっていた。


ネリーはぐったり倒れており、何度呼んでも返事をしなかった。


そして剣を抜き、出血を抑えるために自分の服を破りその布で抑えた。


何度か呼びかけてようやくネリーはゆっくりと目を開けた。


「リグ様・・・。」


力をない声でネリーは言った。


「ごめんなさい。リグ様・・・、牧師様がまさかあんなか方だと知らなくて・・・。」



「しゃべらなくていい。」


「いいんです。私、もうきっと助からないですから。」


「大丈夫だ。俺が絶対助けてやる。だから諦めるな。」


「薬はありませんでしたが、牧師は倒せましたね。リグ様のお手柄ですよ。」


力なく微笑んだ顔は凄く誇らしく、嬉しそうな笑顔だった。


「私、リグ様に嘘を付いていた事があるんです。」


「ネリーも感染者だった事か?」


「それは言ってませんでしたっけ?」


「言ってねーよ。」


「実は・・・ハンス様からメモを受け取った時、本当は渡すように、とだけ言われたんです。」


「あぁ、そんな事だろうと思ったよ。」


「私、初めてリグ様にお会いした時、他の感染者の方とは違う『何か』を感じたんです。」

「何かって?」


「瞳が・・輝いていたんです・・・希望を失っていない綺麗な瞳を・・・」


リグは嘘だろ、と思った。


あの悲惨で過酷な毎日の中で希望を見出せていたはずがない。


「私、その時リグ様に一目惚れしちゃったんです。だから一緒に旅が出来たらなって・・・。」


「何の冗談だよ。やめてくれ。」


リグの顔は次第に雲っていき、一粒の涙がこぼれた。


「・・・そんな悲しい顔、しないでください。」


ネリーは指でリグの涙を拭った。


「リグ様・・・その・・・キス・・してもらえませんか・・・。」


「な、何こんな時にふざけて・・・。」


リグの顔が真っ赤になる。



ネリーは微笑んではいたが、ふざけている様子はなかった。


「痛みが紛れるかもしれないので・・・。」



リグはゆっくりとネリーに唇を近付け、キスをした。


二人共傷だらけで血の味のするキスだった。


穏やかで柔らかい時間が二人を包み込んでいた。


キスを終えるとネリーは急に泣き始めた。


「私、死にたくない・・・。もっとリグ様とずっと旅をしていたい・・・。」


「・・・俺もだよ。」


気付けばリグも泣いていた。


リグは初めてネリーの弱気な部分を見る事が出来た。


きっと、ずっと気持ちを押し隠していたのだろう。


彼女が強い人間だと思っていたばかりに少し安心した。


二人はしばらく黙り込んでいた。


ネリーの意識が段々と遠のいてきていた。


「リグ様・・・生きて・・希望を捨てない・・・で・・・。」


ゆっくりと目を閉じていくネリーにリグはもう一度口づけをしてから、しばらくネリーを見つめていた。


リグは牧師の方を見た。


牧師はまだ少しだけ息があった。


物凄い生命力だ。


口をパクパクさせ、何かを言っているようだった。


耳を近付けてみる。


「ジン・・・ありが・・・とう・・・・。」


しばらくして牧師は動かなくなった。


リグは必死になって考えた。自分が死ぬ事は後回しだ。


今はネリーの犠牲を少しでも無駄にしてはいけない。


どのみち、自分だってそう長くはない。だったらあがいてやる。


何がなんでも治療薬を見つけてこの国から病を失くす。


牧師のような奴がまた現れないように。


リグは苦しくて胸が押し潰されそうだった。


しかし、諦めても絶望もしていなかった。


出来るかどうかなんてわからない。


リグはネリーからもらったここの教会の名前と住所が書いてあるメモを見た。


もう不要ではあったが、ネリーからもらった大切な宝物のように大事にしていた。


そのメモの裏をふと見ると何かが書いてあった。


きっとネリーが書いたのだろう。


思わずネリーらしいなと、くすくす笑ってしまった。


〈諦めなければ希望に輝ける!・・・らしいbyハンス様〉


この絶望と残酷な世界の中にいてもなおリグの瞳は希望で輝いていた。


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