第一章 - 2
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今から言う状況を想像してみてほしい。
今、君はペットショップにいる。そして、たくさんの猫がいる中、一匹を選ばなければならない。君なら、どのような理由でその一匹を選ぶだろうか。
色? 柄? それともランク?
答えを是非とも教えて頂きたい。
なぜなら今、悩んでいるんだ、俺は。
なん~て、別に俺は猫が欲しいから聞いてるわけではない。これはあくまでも、玲奈との賭けゲームで勝つため。理由はそれだけだ。
綺麗なドーム型をした洞窟の天井から四、五メートル置きに吊るされていたランプは、乏しい灯火で周りをぼんやりと照らす。それでも、薄暗い洞窟と対照的にクラスメートたちがする会話のキャッチボールの内容は、すべて明るいことばかり。
「あー! あのオレンジ色をした縞模様の猫はどうかな? しかも『トリプル』だよ!」
「おお! いいね! 私は『エントリー』にしようかな? へへっ」
「ええっ! 何でぇ!? せっかくだから――」
割愛。これで大体分かったろう。
にゃあー、にゃあーと鳴いている猫に目を配りつつ、俺は洞窟の奥へと進む。
暗い中で爛々と目を光らしている猫はまるで獲物に飛び掛る寸前のようだ。檻でおとなしくしている猫もいるし、檻の外に気のままに歩き回っている猫もいる。けれど、どっちにしろ、コイツらには一つの共通点がある。
それは――絶対に自分のランクから出ようとはしないということだ。
まぁ、そう言っても当然は当然である。
なにせ、一つのランクからもう一つのランクへと進むためには扉を開かなくてはならないから。簡単に言うと、電車で一つの車両からもう一つの車両へと移るときに開けるあのドアみたいなもんだ。
いくら『魔法猫』と言っても扉を魔法で開けることは出来ない。
契約をしなければ力を解放できない。
つまり――現時点ではすべてが普通の猫である。
曲がりくねった洞窟を進んで行くと、床に白ペイントで書いてあるランクの表示が次々と変わって行く。『エントリー』、『ダブル』、『トリプル』、『クァド』……と、
知らないうちに奥までたどり着いてしまった。
未だ玲奈に『勝てそう』な猫は見つかっていない。……いや、一応『クァド』ランクの猫はあった。ランクは良かったが……色は、その、一言で言うと……キモかった。
一生届きそうにでもない天井を見上げ、俺はふー、と思わず重いため息を漏らした。
ムリだ……見つからん。あぁ~……これじゃあ負ける……。
「皆さん! 後、十五分で学院に帰ります! 契約を終えた方は魔地下へ移動して下さい。まだ、と言う方は早く選んで下さい!」
先生の大声が洞窟の奥までに響き渡る。
「はぁ……」
俺はもう一度ため息をついた。
時間がない。後十五分で何が見つけられるか? 何もないに決まってるじゃねーか。
仕様がないからもう、『エントリー』から適当に選んでいくか。
……あ~あ、負け確定。だな。
心の中で負けだーと決め、『エントリー』に戻ろうとした瞬間――
俺は目の端から緑色にキランと煌く物を捕らえた。
「何これ?」
それは緑色に輝く、小さな棒だった。部屋の角っこにあったそれは、小さくて綺麗で、軽く触っただけでも簡単に壊れそうなほど繊細な蔓の飾りを持った物だった。
「……なんだろう?」
俺はしゃがみ込んでから周りを伺う。
誰もいないな。よし。恐る恐る棒に手を伸ばす。
息をすることも忘れる程に――
ゆっくり、と――
そして、触った瞬間だった――
パアァァァァァァ!!
一瞬にして暗い洞窟は目を失明させる程の眩しい緑に包み込まれる。
人間の本能に従った俺は両手で目を覆った。そして、
「そこの一般人! あたしと契約しろ!」
どこからか、突然と。
あどけない子供のような可愛い声で誰かが言った。
「…………?」
再び、闇に飲み込まれる洞窟の中で俺は両手を下ろし、戸惑う。
さっきの誰が言ったんだ? 頭を左右に動かす。
「ここ。あんたの後ろよ」
声に導かれ、俺はくるっと体を翻した。
「――――っ!」
目の当たりにした光景に声も出ず、俺はただただ驚くばかりだった。
なぜなら、檻の向こう――そこには一人の少女が立っていたのだ。
モルジブの海を思わせる綺麗なサファイアブルーの瞳に、真紅のリボンで結ばれた銀色のツインテール。少女は絹のような、長い髪を少しなびかせ、薔薇色の唇を動かす。
「ほら、契約!」
腕を檻の隙間から出した。白いワンピースの袖から覗く、陶器のような白い肌……。
俺は思わず、ごくりと唾を飲んだ。
でも、なぜか、心はモヤモヤする――まるで、どこかで納得いかないものがあるかのような、そんな変な気持ち。
「ねぇ、聞いているの?」
少女は俺を真っすぐ見て、静かに聞く。
その瞳は月光にも負けないほど明るく輝いていた。
「あ。う、うん」
俺は少し間を置いてから答えた。
「だから! 契約だってば! あたしは…………」
突然、少女は口を閉じた。そして、何かを聞くかのように目も閉じる。
俺は、息を止めた。なぜしたかは自分では判らない。でも、そうしなきゃいけない感じがしたんだ。
一分、二分…………淡々と時間だけが過ぎて行く。
静止画像みたいに俺たちはピクリとも動かない。自分でもびっくりだ。こんなに長く動かないことが出来るなんて。……って俺はいったい何考えてんだ、こんな変な状況で。
五分間ぐらいが過ぎてからようやく、少女はゆっくりと目を見開く。
サファイアーブルーの瞳には以前なかった、冷たさが潜めていた。
「対SPI本部が来た。あんたはここで、死ぬ」
冷たい口調で俺に告げたそれは――死亡宣告。
…………いやいや、ちょっと待て。聞き間違いかもしれん。
「はい? 今なんて?」
俺は尋ねた。
「もう一回言うわよ。私と契約しなさい。じゃないと――」
――脊髄にゾクッと悪寒が走る。
「じゃないと……?」
――静寂が。
「あんたは、ここで――」
「ここ、で……?」
部屋の温度が急激に下がった感じがする。
「――死ぬ!」
聞き間違い……、じゃなかった。
「し、死ぬ?」
そんな俺の言葉を完全に無視して少女は言い続ける。
「さぁ、最後のチャンス! あたしと契約しなさい!」
「で、でも。契約ってどうやってだよ?」
「簡単なことよ。あんたがあたしの手を取って、『契約します』と言えばいいだけ。早く!」
手を檻の棒の間から出しながら言う。
だが、俺は混乱していた。いきなり赤の他人から理由もなく、契約しろ、と言われたらどうすんだ? 逃げて、あはは、さっきのは全部夢だから忘れろーってなる訳でもないし。しかも、『俺が死ぬ』って言われたんだぞ! マジでどうするんだよ!? ほら、頭を使え、透弥!
「何してるの?」
少女の子供のような声が俺の思考を遮る。
「いや、別に」
「じゃあ、早く!」
一瞬、少女の声が震えた。
瑠璃色の瞳は天井へと向けられ、表情も一瞬、強張ったものとなる。
コイツ……俺と契約をしないことを恐れているのか?
そう思ったが、瞬ぎ一瞬――少女は口を固く紡ぎ、元の表情へと戻っていた。
「……ねぇ、待ってるんだけど。さっさとしなさいよ」
俺の目に鋭くサファイアブルーの眼光が刺す。
「………………」
「………………」
俺は……少し躊躇してから手をゆっくり、伸ばす。少女も自分のを伸ばす。
張り詰めた空気の中――指の先が触れ合うまであと、一センチ。
――ドンンッ!!
突然の短い爆発音。爆風が勢いよく俺を壁に飛ばす。
「ぐっ!」
周りを見ると、『エントリー』の天井にはの天井にはブルドーザー用タイヤぐらいの大きな穴が開いていた。吊るされていたランプは床に叩き落とされ、パチパチと火の粉が飛び散る。
「な、なんだよ、これ!?」
俺の叫びを遮るように、クラスメートの叫び声が上がる。先生のも聞こえる。
「敵が来た! ほら、いそいで! これはあたしたちの邪魔をしているだけ!」
檻の棒を掴みながら爆発が起こるのを当然のように言う、少女。
「そもそも俺はお前のことなんか――」
ドンンッ!!
爆風が以前のヤツよりも強い……!
「うっ!」
俺は必死で床にしゃがみ込む。
しかも、今度の爆発は『ダブル』にだ! あと二発で『クァド』に着く!
「いいから! 早く! それとも殺されたいの?」
爆風で少女のワンピースはパタパタと激しく揺れる。
「殺されたくねぇよ!」
ドンンッ!!
あと一発……! 床の振動が! ヤバイぞ! これ!!
これじゃあ、震度七の地震を越しているんじゃないか!?
「早く! これで本当に殺されるわよ!」
少女の声が荒らげる。
「分かってる! でも! 他の生徒とか! 手伝わないと行けねえーよ!」
「そ、そんなのは……いいからっ! わ、分かってるなら!」
何も、分かんないけど……
「ん、もう、分かったよ!!」
爆風と振動で頭がふらふらする。
けれども、俺は必死な思いで少女に近づくとその 手を乱暴に結ぶ。
柔らかい感触で一瞬、今いる状況を忘れてしまう。
「んじゃ! お前の望む通り――」
ドドドドゥゥゥンンッッッッ――――――――!!
今までに一番大きい爆発が起きた。風が吹き荒れ、爆音が夜の静寂を裂く。
「――契約します!」
繋いだままの手から眩しい光が放つ。
今度の爆発によって俺と少女は虚空の夜空へと容赦なく吹き飛ばされる。
これがまさに、玲奈とのゲームが俺に牙を向いた――瞬間だった。




