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俺と存在と闇の銀色猫と  作者: 緋原リツギ
プロローグ
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プロローグ

 プロローグ 賭けゲーム


 朝の暖かい日差しに照らされていた授業前の教室は、いつもより一段と騒がしい。いろんな所から聞こえる不安と興奮の混じった声の中、俺は一人、頬杖を突きながら、だらしない格好で机の隣にある窓から外の景色を眺める。

 ふぅー。

 やっぱりココからの景色は絶妙だな。高層ビルが立派に立ち並ぶ都会。地上から三十五メートル、九階から眺めると、下で歩いている人間と自動車はまるで小さい鳩の群みたいだ。思わず笑いを漏らしてしまった。

 俺が今いる『ココ』という場所は、名門聖・フェレス学院。品川駅から北西、百メートルほどの位置にある私立学校だ。皇居外苑のように緑であふれた広大な敷地のそのど真ん中にそびえ立つこの十三階建ての建物。実は、ただの名門学校ではない。

「ねぇ、ねぇ。ミサはどんな魔法猫メージ・キャットを選ぶの?」

 俺の二つ前の席に座っていた女子に、その友達と思われる普通部の女子生徒が質問を投げかけた。

「ん~、まだ分かんないけどさぁ! 虹色の猫とかはどうかな? いいと思わない!?」

 きゃあきゃあと、興奮の声を上げる。

「わ~! それ、可愛いなぁ! 虹色の猫とか……私も選びたいよ! 魔法部だけなんてズールーイ! うーざーい!」

 そう、この学校――

 実は魔法学校なんだよ!

 まぁ、厳密にいうとこの学校には『普通部』と『魔法部』の二つが存在する。

 で、なぜか普通部希望の入試に受かったこの俺が魔法部に入れられた。入れられた理由については様々な噂が流れているが、それはまた今度の話にしておこう。

「北澤さん、おはようございまーす」

 ぼんやりと外を眺めていた俺は、その呑気な声に振り向いた。そこに立っていたのは、鈴木蓮という、中学の頃から仲の良い、普通部の生徒だった。

「あ、おはよう蓮! 俺のことは透弥とうやでいいよ。どうかした?」

 この学校には、ホームルームと呼ばれる十五分ほどの自由時間が授業開始前に設けられている。そして、その短い時間の中でしか、俺は蓮と喋ることができない。なぜなら、聖・フェレス学院、校則第一条。『授業に入ると魔法部と普通部の間での交流を固く禁ずる』という厳しいルールのせいで、ホームルームの時だけしか普通部と魔法部の生徒の交流が許されていないからだ。

「僕たち、今日から高一になるんですね。高校生活が楽しみだよ。因みに、きた――ではお言葉に甘えて――透弥さんはなんの魔法猫をお選びになるんですか?」

 目をやけに輝かしながら蓮は俺に尋ねてきた。

 あ~あ、来た。その質問。魔法猫という生き物はそんなに人気なのか……?

「ああ、そういえばそうだな。魔法猫は俺にとって別にどうでもいいけど、れ――」

「ええ! なぜ、どうでもいいんですか? 僕は――」

 いきなり遮られた。蓮、いつものグッドマナーはどこへ行った?

「俺は猫なんかに興味ないんだよ。それより――」顔を伏せながら静かに答える「――俺は普通部に入りたかったんだ」

 そして少し笑って付け足した。

「蓮はラッキーだなぁ。普通部に入る事が出来て」

「え? でも魔法部は普通部よりも楽しいはずでは……」

 言葉を失った彼の表情が徐々に暗くなる。

 ……オイ、オイ。そうなるなよ。ちょっと焦った俺は何とかしてこの状況を出たい。

 クラスをクルクルと見回した。ここから出るためになる物。

 とにかく何でもいいから――何か、何か、ないか? 

 ――あった。

「な、なぁ」

 俺は部屋の右側の壁でちょうど真ん中にかざしている物に指差す。

 ――時計だ。

「もう、九時十一分だよ。授業、十五分に始まるからそろそろ自分の教室に行ったほうがよくないか? この階、一応魔法部のだし」

 蓮を促す俺だが、彼はただ立ち竦むだけ。

「…………ほら、先生に見つかると困るだろう?」

 そう付け足したら、蓮の顔がパァーと明るくなり、「あ! そうですね」と短く答えてから急ぎ足で部屋を出た。

 タン……タン……タン……。

 石階段を叩きながら降りて行く蓮の足音を、俺はまた外の景色を見ながら聞き流す。

 下で歩いている普通の人々は、日本で唯一の――この魔法学校の存在をどう思っているのかな? もしかして羨ましいのか……? 

 ところで。蓮はなぜ、こんなに魔法部に興味を持っているんだ?

 さっき『魔法部は普通部よりも楽しいはず』って言ってたんだけど、確かにそれを否定……出来ない。楽しいは……楽しい。先生に呪文マントラの練習をかけたり、クラスでワイワイとパーティを開いたり。クラスで誰が一番魔法を使えるか、そんなことを競ったり。魔法猫をもらったら、魔法部専用『魔法猫レース』――魔法猫のレベルを競う行事に参加出来たりして。

 それに比べて、普通分はただ、普通の授業を取って、普通に進学出来て、魔法猫なんか選ばなくていい。ただ、普通の社会人を目指して勉強しているだけだ。

 名前の如く普通部は、魔法部と違って――何かもが普通で、平凡なんだ。

 魔法猫――――。

 それは、魔法部の高校に入ったら必ず持たなくてはならない猫のこと。

 喩えるなら、小学生に対するランドセルみたいなものだ。選んだ猫と契約し、依頼や先生から出される課題などを一緒に解決しなくてはならない。色は山程あって中には虹色のヤツとかもあるらしい。そして、魔法猫には『戦うモノ』を持っていると言われるが、詳しくは分からない。

 開いてあった窓から、そよ風が俺の頭を撫でる。あぁ、いい天気だな。

 バカ見たいに猫選びするのは完全な時間の無駄だ。俺は猫なんかいらねぇ。

 どうせ俺は親から……自分の人生、そのものを否定されて、

 そして……捨てられたんだから。

 自分の親についての記憶はない。知ろうとも思わない。

 俺は継親に育てられ、毎日、この学校の受験準備のため、塾に通っていた。

 今日は入学式。

 俺は……今日で高一になるのか。何か面倒くさそうだな。寝て飛ばすか。

 ――と、思った、その時。

「とう君!」

 聞き慣れた鋭い声が俺の耳に響く。

 何なんだよ、と言おうとして下がり始めた顔を上げると……俺の目の前にいたのは、

「玲奈!」

 漆黒のブレザー。シミ一つない、真紅と白磁のストライプ柄のネクタイに、灰色チェックのスカート。長い茶髪を、きゅっとポニーテールに結んで背に流す、華奢で可愛らしい少女。でも……今日の姿は何だか物足りなく感じる。

「はよー。とう君!」

 玲奈がいつも通りに明るい口調で挨拶して来た。

「おは――ふぉ!? っな、何だよ!」

 ふぉ、の部分は玲奈がいきなり俺の頭をめがけて手をバッ! と振るったからである。

 仰天した俺は目を丸くし、さっ、としゃがみ込んだ。

 セ、セーフ……。ぎりぎりでかわすことができた。そっと、自分の胸を撫で下ろす。

「へぇ~。とう君って反射神経すごいんだね。べつに、当てようとは思ってなかったけど」

 腕を組んでふむふむと、凛とした顔立ちで頷く玲奈に、俺はギロリと睨む。

「そんなの今関係ねえよ! さっきのは何なんだ!」

「だから言ったでしょ。別に、って」

「あ・れ・が……?」

 訝しげに俺はもう一度聞いた。

「うん!」

 どこかに欠けた笑みを作る玲奈は、頭をブンブン上下に振る。

「ふ~ん。そうか。……ん? おい、今日ブーメランどうしたんだよ」

 ふと、俺は玲奈の手に気づいた。いつも持っているはずの愛用ブーメラン、EX-roundエックス・ラウンドが今日はない。

「ええっ? 持ってきたよー! ……あっ、ちょうど今戻ってきた」

 玲奈は開いた窓に手を伸ばす。その行動につられて、俺も窓の方に顔を向けた。

 と――

「うぁ、ってぇ! ~~~っっ」

 強い力で、何かに額をぶっ叩かれた。

 痛さのあまり、俺は目をつむって、席に座ったままうずくまってしまう。

 しゅるる…………パシッ!

 目を開けてみると、俺の横にピンと立っている玲奈は、その手に木製の〝何か〟を持っていた。彼女のしなやかな指の中、鈍い光を放つほどに磨き上げられた〝それ〟は、

 ――玲奈愛用のブーメラン、『EX-round』(エックス・ラウンド)。

 あ……ああ。あれか! 俺をぶっ叩いたヤツは! どうしてもっと早く反応できなかったんだ! ちくしょう! 物足りなく感じてたのはブーメランだって、さっき気付いてたのに! などなど、額を押さえる俺の隣で、ぴょん、ぴょんと彼女は嬉しそうに飛び跳ねている。

 清水玲奈しみずれいな

 アボリジニーにも負けないくらい、レベルの高いブーメラン術を持っている。

 俺と同じく、魔法部所属であって新クラス一年三組では入学早々、優等生らしい。というより、前からずっと学年第一位だしな。あんなに完璧じゃ、文句ないよな。

 因みにとう君って呼ばれているのは、うちらは幼馴染だからだ。でも、俺はそのニックネームが大嫌いだ! だってさ、君付けって幼稚と思わないか……?

「えへへ! フェイント大成功だよ。これでブーメランの技ひとつ増えたかな!」

 満面の笑みを浮かばせて言う玲奈に俺は、

「なぜ俺を実験台になんかしてんだよ」

 と、仕様も無い文句で言い返した。

「別にいいじゃん!」

 ご機嫌のブーメラン王者はスカートのポッケの中に愛用の道具を丁寧にしまう。大きかったせいか、ブーメランの角がちょっとポッケから突き出る。

 それから、ポン! とわざとらしく掌を叩き、

「そうだ! とう君、久しぶりに賭けゲームやらない?」

 と聞いてきた。

 賭けゲームとは、俺と玲奈の間でよくやるゲーム。

 もちろん、お金との関わりはひとつもない。

 だが、俺はゲームというよりも勝負だと思うけど。まぁ、とにかく、相手より『すごい』物を選んだほうが勝ち。そして、負けたほうが罰ゲームをやる、という単純なゲームさ。

「あのさ、別にいいけど。でも、どうやってやるんだよ。クラスも違うし」

「……ふー」

 ほらほら、ため息つくな。たった一つの質問だぞ。

「とう君ってさ、どのぐらいのバカ? 私の言ってることはね、魔法猫のことよ。一番珍妙な魔法猫を選ぶこと」

 静寂。 

 ……はい? 今なんて言いましたか? 珍妙な魔法猫を選ぶ? あー、はいはい。……って、そうじゃなくて……はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

「ちょっと、待った! 無理だぞ! 魔法猫は自分で選ぶもんだぞ! しかも俺は魔法猫なんかに興味ねーしっ!」

 反論する俺を無視し、玲奈はなおも言い続ける。 

「で、珍妙ということは色とかが変わっているということ。あ、そうそう! 多分いろんなタイプもあると思うから、タイプも出来るだけ珍しいのを!」

 もし、俺の心と連係してある彫像があったら間違いなくそれは今、瓦礫が落ちるような派手な音を立てながら崩れているのだろう。

「……お、おう」

「コラ! 弱音を吐かない!」

「……はい、すいません」

 なぜ謝るんだ、俺は。

 ふーっと長いため息を着いてから玲奈はまた言い始める。

「それで――私がとう君に負けたら、冥加百個食べるから。とう君が負けたら、う~ん……なんだろう……」


 キーンコーンカーンコーン――……

 授業の始めを知らせる鐘の高い音色が学校中に響いた。


「げっ! もう時間!? クラスに戻らなきゃ。んじゃ、そういう訳で――珍妙な猫を――選んできてね! ちわーす~」

 小走りで一年一組の教室を出て行く玲奈を俺は、ぽかーんと口をあけて見送ることしか出来なかった。

 絶句。そう、絶句するしかなかった。

 珍妙な魔法猫を選べだと? ふざけてんのか、アイツ?

 ……んんっ? でも、ちょっと待てよ。

 大嫌いな冥加を百個も食べるというのは、かな~りきつい罰ゲームなんじゃねぇ? 前に負けて、大嫌いな紅茶を百杯飲まされたときは、相当きつかったし。思い出しただけで寒気がする。 

 

 うんうん。そうだな。

 復讐という感じで、やるとするかぁ!!

 よっし! 覚悟しとけよ、玲奈! 俺は今度こそ、負けねぇからなぁ!

 始まった授業の中、気合を高めるため一人でバカみたいにガッツポーズをする。

 

 ――しかし。

 俺はまだ気づいていなかった。

 いつも冗談半分に遊んでいたこのゲームが、この後、俺に恐ろしい牙を向けることを。

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