6
長い戦いの末、猛は装備製造主を破壊した。
あれだけ苦労したというのに最後はお粗末な物だった。あとわずかと言うところまで近づいたら、何もして来やしない。おそらく無差別攻撃は自分に被害が及ぶと考えたからだろう。
装備製造主が攻撃できないことに気付くと、猛は跳躍し、纏わり付くようにしてそれを殴り続けた。
ボクシングで言うところの、クリンチ中のボディブローみたいなものだろか。
装備製造主が移動出来るのか知らないが、それが可能と判断し、猛はもはや逃さんとばかりパンチで削り続けた。
猛が攻撃するごとに飛び散る装備製造主の破片。
それは金属らしき物であったが、殴る猛の拳は痛みを生じない。彼の拳が頑丈になったのか、それとも装備製造主の装甲が脆かったのかは定かではないが、少なくとも強度的に上回ったのは事実だろう。
やがて猛の拳は装備製造主の核らしき物を貫いた。
それは機械的な心臓とでも言うべきだろうか。ドクッドクッと蠢き、全体に何かを送り届けていたように感じる。
そのことを考えると、機械生命体と呼ばれる物だったのかも知れない。
生前ならば捕獲して売ることも考えたが、このクソッタレな世界では珍しくないのかも知れない。どちらにしても、ここまで手間を掛けさせられたこいつは破壊すると決めていた。
猛は核から腕を退くと、装備製造主の頭上に飛び上がり踵を振り落とした。
――踵落とし
本来人の頭に、硬い部位である踵を叩き落とすという打撃技である。にも拘わらず、猛の踵は装備製造主を真っ二つに切り裂いた。
いや、切り裂いたというのは語弊があるかもしれない。叩きつぶし二つに分かたれたと言う方が正しいだろう。
硬そうな装備製造主の機体を破壊したが、やはり猛の踵には痛みはない。
原因はわからないが、痛みがないということは良いことだ。出来る物は出来るのだ。深く考える事もなく、理由などいらない、とあるがままに事実を受け止めた。
そして憎たらしい装備製造主の残骸に向き直り、原型を少しでも残してやるものかと踏みつぶそうとした。
その時、ふと視線を感じた様な気がする。
(いや、確実に見られているな……)
天見猛は常に注目の的だった。
猛自身を見ている訳ではないが、ここら一帯を眺めている奴がいるのは確かだろう。
上の方からそれを感じるのに疑問は残るが、ここは以前猛が生きていた場所ではない。そんなこともあるだろうと自らを納得させた。
ぶしつけな視線でもあるまいし、猛は気にせず作業を続けることにした。
どちらかと言えば、不快なのはこの残骸だ。一欠片も残すまいとそれを踏みつぶしていく。
あらかた粉砕したであろうか。猛がそれを粉々にしていると、突如、装備製造主だったものが光を放ち始めた。
(こ、これは……!)
光人を殺した時に放たれる物。それと全く同じ現象が装備製造主に起こっている。それどころか、猛が破壊した装備自体からもそれが放たれている。
(こいつにも……魂があったのかっ!?)
猛は急ぎ装備製造主の魂を吸い込む。
奪う楽しみもあったが、それ以上にこのやっかいな存在の再誕を許すべきではないと考えた。
たしかに暇つぶしにはなるだろう。しかし、暇つぶしで済むレベルを超えてしまう。十年二十年単位での暇つぶしなど誰が出来よう。
少なくとも猛はそれを良しとしなかった。
装備製造主を吸収していく内に、急激に力がわき上がってくるのを感じた。今までとは比べ物にならない力だ。
それと共に脳裏に浮かび上がる《アフラ・マズダー》という言葉。
(《アフラ・マズダー》……?)
そのとき猛の脳にその意味が刻み込まれていく。
「(なる、ほど……。なるほどな!)ふふふふ、ふはははは、フゥハッハッハー」
込み上げる力と、装備製造主、いや《アフラ・マズダー》からもたらされた能力が猛に全能感を与えた。酔いしれた。それと、同時に流れ込んでくる阿修羅王の無念が、猛に嘲笑をもたらした。
なんと情けない男か。娘を寝取られ、復讐に行くもその娘に絆され矛を収めるなど……。挙げ句の果てには発狂し、理性無き羅刹となっただけ。
理性あるからこそ、暴力は甘露なのではないか!
それがわからぬのもまあ、仕方のないことなのかも知れない。釈迦に騙されてこの世界に封印される程度の男なのだから……。
自我がごと封じられても、それを完全になくならなかったことは驚嘆に値するが、考えている内容がどうしようもない。ただ回顧し、嘆くだけ。
阿修羅王――奪われ続け、それに慣れてしまった劣等種。それが猛の感じた事だった。
阿修羅王を食べ終える頃には、視線が猛にとって不快を催す物に変わった。
明らかに格下に向ける目。断じて猛に向けていい視線ではない。
それを考えた時、ふと疑問を覚えた。
(殺意はともかく、……俺を見下す? あいつら修羅にそんな知能があったか?)
殺しを楽しまない、憐れで愚かな修羅ども。奴らに悦楽を忘れ去った物に見下すという事が可能だろうか。
蔑みは自らを上に見立て、自尊心を満たす行為だ。そんなことが出来るとは断じて思えない。
(まぁいい。用があれば何かしてくるだろう。その時身の程を教えてやれば良い。
俺を見下したつもりになって、現実逃避をしていた奴など過去に幾らでもいたじゃないか)
猛は視線の主を考えから外し、先ほど手に入れた能力を考察する。
光人を食べたときにはなかったことから、それだけ阿修羅王という存在は特別だったのだろう。仮にも神仏の類いだ。それだけの力なくしては神とは言えないだろう。
また能力だけでなく、魂の強度自体が2倍近く高まっているのを感じる。
いままで猛が奪ってきた魂は10万や20万どころではない。大都市単位の100万や200万の世界だ。
それを阿修羅王の魂1つで賄ったのだ。恐るべき事だろう。
これだけの力を持ちつつ敗者となった阿修羅王は、無能な者が幾ら力を持っていたところで無能のままである、という証明でもある。
しかし、それも昔のこと。今は猛の物となっている。
猛ならば有効に使える。奪われないように耐える、ではなく、搾取する、という事に。
阿修羅王の力はまさに戦うための物だ。
無限に武器を作り出し、防具を作り出し、全ての物を焼き尽くす炎の化身であった。
戦えば勝つ。それだけの力は秘めていた。
娘が奪われたのは良くはないが、まあ、そこまではいいだろう。猛ならばその情況に持って行かない自身はあるが、方針の違いによる物だから仕方ないと言えば仕方がない。
では、何がいけないかったかと言うと、情に絆された事が悪手だったと言わざるを得ない。
何故そこで攻め手を緩めたのか猛にはわからない。攻め滅ぼす間際まで来ていたのだ。あのまま攻め切れれば娘は奪還出来ていたはずだ。
なのに何故、敵の傀儡となっている娘の戯言に耳を傾けたのか理解出来ない。やはり、無能な男の考えなど想像できないのだろうか。
敢えて阿修羅王の性格を読んだ帝釈天を褒めるべきだろうか。いや、それでも滅亡間際の大将の妄言だと断じれば済む話であった。
せっかく娘が手元に戻ってきたのだ。そのまま確保するべきだろう。そして奪還対象を確保したならば、遠慮無く攻勢に移れるだろう。裏切りも無い状態で敗北などありえなかったのだ。
それを……無能な男が大将だったばかりにアスラ族は勝ちを投げ捨ててしまった。政局的に見れば敗北と言っても過言ではないだろう。その結果、神仏世界からアスラ一族は野蛮と称され阿修羅と改名させられたのだから。
そしてアスラ王――阿修羅王は理性を無くし、《アフラ・マズダー》という力に変えられ、この世界の機関として組み込まれてしまった。
その後の阿修羅族がどうなったのかは知らない。もしかすると、この世界の修羅に滅ぼされてしまったのかも知れない。
そんなことは猛にはどうでもいいが、阿修羅王が王として失格だったのは間違いない。
だが、戦士としては間違いなく有能な力だ。それが今は猛の物となっている。
気に食わぬ物を引き裂き、焼き尽くすだけの力が!
(阿修羅王よ! 貴様の苦しみは俺が代わりに晴らしてやろう……オレ流にな! 機会があれば復讐もしてやろう!)
猛は全身から炎の様なオーラを発し、《アフラ・マズダー》の力を行使し鎧を生み出した。
イメージは帝釈天を攻めていた時の、阿修羅王が一番輝いていた頃の装い。『羅刹の衣』と呼ばれる防具であった。
それを纏うと、いい加減に我慢の限界に来ていた、不快な視線の主をにらみ付けた。
上半身を半分以上裸にし、金色に輝く体を持つ男がそこに浮かび上がっていた。偏袒右肩という装い方らしいが、どんな着付けをしたところで、金色の身体が全部台無しにしている。
しかも猛の視線だけで狼狽えるその様子は、とても猛を見下していた人物とは思えなかった。
(そういえば俺を前にして、最後まで傲岸不遜でいられたのは閻魔大王だけだったな)
今ならばそれすら許さないだろうという実感が猛の中にはあった。
閻魔大王が使った不可解な力――心気。
それが猛を押しつぶしていただけに過ぎない。これは阿修羅王の知識により判明したことだ。
閻魔大王が心気でした事は、強引に頭を下げさせるという破廉恥きわまりない行為だった。拘束するなら他にもやりようがあったと言うのに。
本来、思わず頭を下げたくなる存在が神仏であるはず。それにもかかわらず、閻魔大王は無理矢理それをしてきた。
それを考えると仏の程度が知れてくる。取るに足らない存在だ。俗物、いや俗仏と呼ぶに相応しいだろう。
阿修羅王も無能であった。だから同じように宙に浮かんでいる仏も俗仏である可能性が高い。
その証拠とも言える、頭の悪い発言を今も口から垂れている。
聞くのも馬鹿馬鹿しい。処分? ふざけるなと言いたい。
(俺が逆に処分してやるよぉぉおおお!)
猛は頭上に槍を――投げるのに最適な槍を生み出し、十一面観音へと射出した。
手で投げる必要も無い。あの装備製造主、いや《アフラ・マズダー》がやっていた様に、無限に生み出し、ただ放るだけ……。
猛は無様に避け回る姿を妄想した。
それを嘲笑おうと、十一面観音に当たる瞬間を観察する。そしてまさに当たろうとする瞬間――。
(な、何ぃいいいい!?)
猛の予想とは反して十一面観音は動くそぶりも見せず、平然と槍群を無視し続けた。
猛も《アフラ・マズダー》の攻撃自体は驚異ではなかったが、直撃する訳にはいかなかった。加えて、埋め尽くされ身動きが取れないという情況に陥った。
十一面観音はそれを払いもしなかった。当たったからといって痛みを感じている気配はない。むしろ槍群が自ら弾かれているかのようにも見えた。
そして十一面観音は飛翔している。だから埋め尽くされるという事もなく、猛へと迫ってきている。
《アフラ・マズダー》の武器は破壊されない限り、コントロールを失うことはない。
正面からダメなら、背後から、頭上から、真下から、側面からと他方から攻めた。けれど猛の攻撃はことごとく弾かれていく。
それら全てを確認して、この攻撃では十一面観音に通じない事を理解する。
(チィ……こっちから攻撃する手段はもう無いかよ……いや、待てよ)
確か――火があったはず……と猛は思い、即時にそれを生み出す。
胸元に両の手を掲げ心気を込めて、紅蓮の炎を創造していく。それはやがて一つの形となり十一面観音へと襲いかかる。
猛から放たれたのは炎の夜叉――燃えさかる鬼であった。
その鬼はどことなくクロスケに酷似していた。猛のイメージが十一面観音に抱きつく物であったから連想してしまったのだろう。あの鬼に捕縛されていたことを。
汚点が深層意識に残っていたことに猛は舌打ちをしてしまう。
そんな物から生み出された力など信頼が置けない。きっと十一面観音には通じないだろう。
そしてその考えの通り、十一面観音は無傷で猛へとさらに近づいてくる。
こうなってしまえば、もはや猛に出来る手段はない。あの仏が接近するまでは為す術もなかった。
念のため何度か炎を放ってみたが、十一面観音には一切のダメージがなかった。鬼だけではなく、鳥、龍、飛行機、矢などと言った飛ぶイメージがある物を連想した。
染みついた深層意識という物はそう簡単に拭える物ではない。そうすることであの五鬼を思い出さずに済む。
しかし、それらの炎ですら十一面観音にはダメージを与えることは出来なかった。多少の火傷を負っていることから、傷つかない、という事ではないらしい。
迫り来る十一面観音には圧倒的な力を感じない。閻魔大王と対峙したときの様な絶望感など皆無だ。
その事から火に強いという性質を持つのだろうと猛は考えた。もしくはバリアみたいな物があるのかもしれない。槍を弾いていた事からも、そのどちらかである可能性が高いと睨んだ。
やがて十一面観音は猛のほぼ頭上にまでやってきた。
(俺がその距離を縮めるのに何十年掛かったと思ってやがる!)
《アフラ・マズダー》との戦いを思い出し、あっさりとその距離を踏破した十一面観音に苛立ちが募る。
のほほんと飛んで来やがって、と猛は怒りで身に纏ったオーラをさらに燃えたぎらせた。
「愚かなる者よ。この世界の安寧のためにも阿修羅王の力を返すが良い!」
「はんっ! 奪われるだけの男の力など、奪われて当然だろう? むしろ俺に献上するために、ここに置いてあったんじゃないのか?」
「――まさに修羅道に落ちるに相応しい魂だ。悔い改めるという事を知らぬ、憐れな者であるな」
(チッ、一向に降りて来やしねぇ)
「随分と上から目線だな。けど、俺から言わせればお前の方が恥ずかしい存在だぜ? そんな体中を金色に染めてよく恥ずかしくないな? 俺なら羞恥のあまり出歩けねぇぜ……。
仏っつーのも、大変だな? そんな変態行為をしないと悟りを開けないんだろ?」
「貴様……! 我らを侮辱するのか!?」
「高尚な言葉遣いを崩すほど我を忘れてる時点で、それが事実だとお前もわかってるんじゃねーの?
そもそも阿修羅王をここに封じた釈迦だって、舌先三寸で丸め込んだだけじゃねーか。詐欺の手法よ、詐・欺・の。
そんな奴がトップにいる集団とか、まっとうな組織じゃないぜ? 悪の組織と言っていいんじゃね?」
「ぐぬぬ……言わせておけば……!」
もう少しだな、と猛は当たりを付ける。人間でもそうだが、こういった輩――潔癖と言うより、自分の行動は常に正しいと思い込んでいる者が極端に嫌う事。それは見て見ぬ振りをしている所を突かれる事だ。
「まあ、そうやって下しか見てないんじゃ、上なんて昇れる訳ないよな?
釈迦が登り詰めて以来、如来になった存在っているか? 元々いた存在以外はいないんじゃないか?
きっと、自らの地位を脅かされないように調整してるんだぜ。お前も大変だな。そんな奴が上司でよ。
阿修羅王ほど無能とは言わないが、釈迦の下僕も阿修羅族と同じく憐れだぜ」
猛の見下した台詞に十一面観音とうとう我慢出来ず、「貴様あああぁぁぁ!」と叫び襲いかかってきた。
実に馬鹿としか言いようがない。猛の攻撃は有効打を与えられないのだ。遠距離で攻撃できる手段があるならば地の利を捨てる行為である。
そして怒り狂った表情を見て、阿修羅王の記憶と重なるところがあった。
(そうか……融通の利かないガキのなれの果てか)
真面目に修行し、この地位へと登り詰めたのだろう。このクソみたいな世界とはいえ、管理者の一人。それ相応の能力を持っているに違いない。
元々風と水を操る力を持っていた。
阿修羅族の所にやって来て、武を高めていた時もあったはずだ。
その時自らのケガを治すため、治癒する力に目覚めていたはず。やがて刃を通さない躯になっていた。いや、むしろ刃を拒絶する躯と言った方が良いだろうか。
猛は阿修羅王視点による十一面観音の記憶を拾い上げる。
(なるほど……槍が通じない訳だ。炎の効きが悪いのは、その後修行した可能性もあるな)
阿修羅王から出来た世界。それを管理するためには、阿修羅王の能力に優位に立つ必要がある。
おそらく相当な努力をして、その能力を発現したに違いない。
確かに驚異だろう。奪い取った阿修羅王の能力がほとんど通じないのだから……。
と、他の者なら畏れ戦くかもしれない。
(そもそも《アフラ・マズダー》を滅ぼしたのは、俺の力だ! 馴染んでいない力に傾倒するするほど俺は愚かではない)
十一面観音の能力は多彩かもしれない。一点集中の阿修羅王とは違い、多方面にその能力を広げている。その力は猛にしてもやっかい極まりないと言っていい。
しかし全盛期の阿修羅王と十一面観音が戦えば、阿修羅王が勝つように思えた。
並ならぬ阿修羅王の闘争本能。天地を染め上げる紅蓮の炎。様々装備を使いこなし、強靱な肉体すらも武器とする悪鬼羅刹。
その暴力の前に十一面観音が立っていられるとは思えなかったのだ。
悔しいことにそれは猛も同様だった。
如何に《アフラ・マズダー》を討ち滅ぼしたと言え、あれは自我無き阿修羅王。本来の彼の物を倒せる予想図が描けない。
心気の巨大さ。それが猛の全てだ。
勝てないと思った阿修羅王と《アフラ・マズダー》の心気は同等の物。それだけは猛の方があの時点で上回っていた。だからこそ勝てたと言っていい。
けれど、それは既に過去のこと。阿修羅王の全ては猛の物となっている。阿修羅王の武威、武術、能力、そして心気さえも。
魂の性質たる闘争本能だけは手に入らなかったが、それは喜ばしいことだ。性質まで己の物とすることは、阿修羅王と同化する事に成ってしまうのだから。負け癖のついた男との同化など冗談ではない。
これらの力と戦闘経験だけを手に入れたと言うことは、猛にとって僥倖だった。
そして今まさに襲い来る十一面観音の動きを、阿修羅王の経験は簡単に予測した。加えて彼の物の癖すら覚えていた様だ。
これだけの力と知恵を持ちながら敗れ去る仏は恐怖たり得ない。立ち回り次第では、圧倒的に不利でも覆す事が可能と証明されてしまったのだから。
十一面観音は独古杵の両端から風と水の刃を作り出していた。
予測によれば勢いよく右から――逆袈裟から入り、そのままの動作で身体を回転させて逆の刃を突き出す。さらに実体を持たない刃だからこそ防御不能とある。
防御貫通攻撃だからといっても回避はできる。紙一重で避け、そのまま彼の物の顔に一発くれてやるのもいいだろう。
だが、それでは面白くない。
自分の心気の5分の1もない相手に、本気を出すというのも大人げない。
そもそも身の程をわからすという行為は、正面から迎え撃つのが効果的なのだから。
猛は身に纏うオーラに心気で生み出した炎を宿した。触れる物全てを燃滅させるかの様な業火。それがゴォォオオっと猛の身体から生み出された。
十一面観音はその炎を驚異的に見たのか、攻撃を諦め間合いを取った。
(やはり炎では傷を負わない、ということはない様だな)
たとえ重傷を負わないと言っても、あの両刃の攻撃――風と水は消滅することは必至だろう。だから無駄な攻撃を嫌ったとも考えられる。
時間の経過とともに、阿修羅王の力が段々と馴染んでくるのがわかる。先ほどよりも炎に心気を込められていると感じる。
これまでの火力では十一面観音を僅かに火傷させただけで終わってしまったが、今ならば炎症をもたらせるかも知れない。
強引な力業だが、心気の絶対量の差がこれを可能とさせる。とはいえ、幾ら高めたところで炎では彼の物を倒せないだろう、と何となく理解出来ていた。
(無効化は出来ずとも、炎に対する不死性を持っているというところだろうか……)
猛は《アフラ・マズダー》を吸収して、炎によるダメージ無効化を手に入れている。ならば他の仏も似た様な耐性を持っていてもおかしくはない。
格下である十一面観音に与えるダメージが少ないのは、耐性があると考えた方がいいだろう。
ならば……と思い猛は一歩踏み出した。