03. この気持ちは止められない
「だろうね。これ、貸してほしい?」
紫遠はどこかの鍵を手に持って振り、世槞に見せた。
「えーっ、それ博物館の鍵?」
「他になにかある?」
「どうしたのよ、それ」
「フィリアがくれたんだ。ここの遺物は、元はといえば貴方たちのものなのだから――とね」
「へぇー」
紫遠は人差し指にはめた鍵をくるくると器用に回す。目でそれを追う姉。
「入りたい?」
「もちろん!」
紫遠はにこりと笑み、大きな南京錠を外す。すると水晶球――プロテクション・スペアーから小さな光の球が飛び出し、博物館内へと侵入した。それは電気の代わりとなり、地下室内を淡く照らす。
光を追い掛けるように博物館へ身体を滑り込ませる姉の後を、弟はゆったりとした足取りで追う。
世槞は保管された鎧や武器、装飾品などに片っ端から触れてゆく。しかし触れたからといって都合よく思い出されるものではない。
「どう、姉さん。なにか思い出すかい?」
「んー……まだ」
ハールバルドと一緒に来た時同様、世槞の記憶の扉はとても堅いらしく中々開かない。しかし。
「懐かしい感じはするよ」
「そう。……僕もだよ」
世槞と紫遠は、自然と手を繋いでいた。
「見て、紫遠っ。女王様っぽい椅子がある!」
よく映画で、王様が座っている豪華な椅子を見るが、これはその比ではない。5千年の時を感じさせない煌びやかさは、まるで今も主人が座ることを待っているかのような。
「座ってみたら? 君の椅子なんでしょ?」
紫遠に促されるが、その椅子はそんなに簡単に座れるものでないような気がしてならなかった。その国の主君たるべき人物こそが座すことを許される玉座――。
「姉さん?」
世槞は玉座を前に、肩を落としていた。
「……フィリアもハールバルドも私のことをセシルだと呼ぶけれど、私はそんな偉大な人間ではないよ。ただのちっぽけな、我が儘な女の子なの」
「…………」
「確かにシャドウ・コンダクターとして、強大な力を得た。でもそれは、世界の均等を保つ者たちの一員となっただけ。本質は何も変わらない。私は、月夜見の梨椎世槞だ……」
自分は、ただの生まれ変わりというだけに過ぎない。前世同様に生きることなんてできないし、求められても困る。
「……辛い?」
「え?」
「己が背負う運命の大きさが辛いかい? 己がせいで失われる多くのものが辛いかい?」
「なにを……」
紫遠は世槞の腰にするりと手をまわして引き寄せ、真っ直ぐな瞳で決意を語る。
「僕は辛くないよ。姉さんが傍にいてくれるのなら、僕は王にでも悪魔にでもなれる」
「……紫遠――」
暗い博物館の中で、世槞と紫遠は今日に至るまでもう何度目かわからない唇を重ねる。互いを愛しいと思う気持ちが衝突する。こんなにも強い想いを抱くのは初めてだろうか。いや、遥か昔にも一度だけ、抱いたことがある。
(私は――紫遠が好き……)
「あ!」
世槞は弾かれるように肖像画のところへ向かった。
「姉さん、急にどうし――」
セシルとシャオの肖像画を見た紫遠の動きが停止した。まるで信じられないものを見たという目。
「……セシルとシャオは……双子かい?」
世槞もこの肖像画を見るまでは気付かなかったこと。2人のファミリーネームが違うから気がつかなかったが、この瓜二つの肖像画が真実ならば、彼らは――。
「双子で愛し合ってたみたいね」
「…………」
「キスしてる時、たぶんセシルの感情と思われるものがふいに蘇ったのよ。シャオのことがどうしようもなく好きで――禁止されているのは重々承知しているけれども、この人と結婚したい。そんな感情が……」
「なるほどね」
紫遠は肖像画を睨む。
「やっとわかったよ……何故、ハールバルドが双子は呪いだと言っていたかを」
「呪い?」
世槞は顔をしかめる。
「結ばれることを決して許されない2人の心身。双子は普通の兄弟とは違う、特別なんだ。特に同性同士ではなく、異性同士の場合はね――」
「……なに、言ってるの?」
紫遠は感情を押し殺しているような低い溜め息を吐き出す。
「僕らは呪われているそうだよ。セシルとシャオが犯した禁忌が神の怒りに触れ、生涯……いや、たとえ生まれ変わったとしても決して結ばれないよう――永久に双子とした。それも敢えて異性同士として」
「……神の……怒り……」
ハールバルドは言っていた。ルーナ王国が滅びたのは、神の怒りに触れたからだと。
(そんな、まさか)
セシルとシャオは、自分の国を自分で滅ぼしたのか――。
「愛し合ったこと、それが原因なの?!」
なんともやりきれない気持ちになる。
「さぁ……でもそれが原因だとやりきれないよね。――行ってみる? ルーナ王国跡へ」
紫遠は世槞を見る。世槞は紫遠の手を強く握り返し、頷いた。
「ファウナスクレアの事態が無事収束したら、行こう! 2人で」
初代闇炎と氷の使い手が築き上げたシャドウ・コンダクターの王国。羅洛緋と氷閹がこの世界に誕生することになった場所でもある。
シャドウ・コンダクターの起源とも云うべき南西の孤島は、現在の日本。そして2人の墓場の上に、現在の世槞たちの家が。これらの符合は、世槞と紫遠をルーナ王国へ導いているとしか考えられない。
「おやすみ、姉さん」
「うん。おやすみなさい」
世槞と紫遠はまさにドラマでよく見る『おやすみのキス』を真似して交わし、地下室で別れた。
大広間を出て、自室へ向かう廊下を歩いていた時、ふいにシャドウの声が聞こえた。
“……ですか”
問い掛けられているようだ。しかし、前半部分が聞き取れない。
「え? ごめん、羅洛緋。聞こえなかった」
羅洛緋は、まるで独り言のようにブツブツと呟いている。世槞は床に両手をついて屈み、自分の影に顔を近付けて耳を澄ました。
“……セシル様は、シャオ様を愛しておられるのですか”
途端に背筋に嫌な感覚を覚えた。
(羅洛緋、今、私と紫遠のことを――)
今まで、羅洛緋が世槞と紫遠の名を別の名で呼ぶことなど、なかったのに。
(羅洛緋は恐れている? 私たちが、再び神の怒りに触れることを)
世槞は質問に答えられなかったが、羅洛緋はそれ以上追求をしてくることはなかった。
羅洛緋は見てきたはず。2人が犯した禁忌と、滅びてゆく王国の様を。
(……ごめん。でも、もう止められないんだ)




