01. 強国レイスガーナ
ユモラルードがあったリッド大陸から海を渡ったところにある西の大陸をラジェッタ大陸といい、レイスガーナ王国が統治している。
世槞はここの王都レイスガーナ城へ単身、足をつける。
「ここも軍事国家だっけ。確かグランドティアと敵対する国なのよね」
全てが石造りだったユモラルードと違い、鉄でつくられた町や城はなんだか無機質だ。世槞の世界でいう<機械>も取り入れた、極めて先進的な技術を有している。
「ここの国主もまた形だけの存在で、事実上の実権はレイスガーナ軍本体を率いる総司令官、シュウ・ブルーリバースが握ってるんだって。なんだか、レイ様と対になる方ねぇ。それに名前が……」
“愁様と同じですね”
苦笑いをしながら視線を落とすと、そこから返事がかえってきた。
返事の声は世槞の黒い影から聞こえる。とても低く、この世に生きる者には到底出すことができないものだ。
「そう! だからなんだか嫌な感じがするわ。レイ様以上に厳しくて怖そうっっ」
世槞には11歳の歳が離れた兄がいる。名を梨椎愁といい、非常に厳しくて怖く、しかし絶対的な頼りがいがあり、世槞にとって頭があがらない存在だ。
“名前が同じだからといって、愁様のような方とも限りませんが”
「そりゃわかってるけど、でもやっぱり名前に反応してしまうものよ」
――忌まわしきユモラルード陥落から6日後。世槞はリッド大陸を離れ、このレイスガーナがあるラジェッタ大陸へ逃げるようにやってきていた。
あの夜――影獣たちの中に飛び込み、体力の限界など忘れるほど殺し尽くした。剣を振るい、闇炎を振りまく。
夜が明けた頃、焼け野原に立っていたのは世槞と羅洛緋のみ。あとは血肉の海だった。
せっかくできた友達とは、とてもひどい別れ方をしてしまったが、それで良いのだ。世槞が傍にいては、死が近くなるだけ。結局世槞は独りぼっちの方が良いらしい。皆の為にも。
「エディフェメスも失ったし……ああ、ほんとに私、紫遠に会えるのかしら」
自分の不甲斐なさ、愚かさ加減に苛々がつのる。
“やはり私は、あのままレイ様のお力を借りるべきだったと思いますが”
「ダメよ、そんなの。これ以上、迷惑はかけられない。自分でなんとかしないと。それに幸いにも近々レイスガーナ軍による、近辺に住まうヒェルカナ党員の掃討作戦があるらしいじゃないの。その混乱に乗じてヒェルカナ党員から紫遠の居場所を聞き出すわ」
“そう上手くいくでしょうか。シーサイドの時のように、罠に引っ掛かるのでは……”
「次こそは大丈夫だって!」
世槞は更なる情報収集の為、夜になるのを待って酒場へ出向いた。酒場は皆が不用心になる。敵もいない為、安心してなんでも喋ってくれるのだ。――さすがにレイスガーナの騎士はいないが。
「傭兵さん、今日はどんなお仕事をしたの?」
顔を真っ赤にして酔い潰れている傭兵の隣りを狙い、空になったグラスにウイスキーのようなお酒を注ぐ。
「なんてことはねぇよぅ、城の守りだ。って言っても、強国レイスガーナを恐れて誰も襲ってきやしねぇ。ただ一日中ぼーっと突っ立って、それでメシが食えるなんて、良い国じゃぁねぇか」
「城の守りは衛兵の役目でしょ? どうして貴男たちが」
傭兵は赤ら顔を世槞に近付け、「ここだけの話しだけどよ」と耳打ちをした。
これを待っていた。
「ここの総司令官様が2、3年ほど前から行方不明らしい。だから城のお偉いさんたちは、その穴を埋める為に必死なのよ。今回のヒェルカナ党員掃討作戦だって、国民に総司令官不在を悟らせない為の苦肉の策らしいぜぇ」
「ふぅん。シュウ様が行方不明……ね」
「少し前、ユモラルードがいとも簡単に陥落したって話じゃねぇか。総司令官不在の緊張は、高まるばかりだ」
一面が火の海となった王国の末路は、まだ記憶に新しい。世槞は知らず知らずのうちに拳を握り締めていた。
「おい、姉ちゃん。グラスが空だぜ。つげ、つげ」
「あ、はいはい。でも、総司令官がいないなら、誰かが代わりをすれば良いだけではないの?」
「バッカかぁ! シュウ様の類い希なる戦の才を知らねぇな? 若干24歳にして戦の鬼。どんな劣戦でも、最後には必ず勝つ。あのグランドティアだってレイスガーナに、いや、シュウ様に一目置いてるくらいだ。シュウ様の代わりは、この世に生きる誰にも務まらねぇのよ」
傭兵は金で雇われた身でありながら、シュウに対して忠誠心はあるようだった。
「そんなに凄い方なのね……」
「ま、レイ・シャインシェザーになら務まるかもしれねぇがな、がっはっは」
世槞はそのまま眠ってしまった傭兵の傍を離れ、酒場から出た。夜空を見上げ、ふぅと息を吐く。
「この国もなかなか大変そうだわ」
レイスガーナ王国に滞在して10日後、ついにヒェルカナ党員一掃作戦の決行日がやってきた。世槞は宿屋を出て、建物の陰から城門で整列する騎士たちを観察する。
「只今より、4部隊に分かれてヒェルカナ党員の粛清を開始する。シュウ様はお先に発たれた! 我々も出遅れないよう、明朝までには作戦を完了して帰還するように!」
「は!」
隊長と思しき男性が大声を張り上げ、指示を出している。
(あれ、わざと国民に聞こえるように言ってるわ。シュウ様が行方不明って、本当なのね)
開門し、騎士たちが馬に乗って、一斉に城の外へと駆け出していった。
“さぁ、どの部隊について行くのですか”
北、南、東、西、それぞれにわかれていくレイスガーナ軍。世槞は――。
「西。今はユモラルードから、少しでも遠く離れたい」
“では行きましょう”
世槞は国外にて召喚したケルベロス――羅洛緋に跨り、レイスガーナ軍にバレない程度の距離を保って飛行した。
飛行を始めて240キロメートルほど進んだところの山岳地帯に、大きな建物を見る。
“あれがヒェルカナ党員が住まう場所……もはや砦ですね”
世槞が港町シーサイドで見た屋敷とは違い、まるで軍隊が攻め込んでくることを前提として造られた要塞だ。
「えっ、あんなところにこんな少ない人数で攻め込むの?!」
要塞の規模から考えて、中にはかなり多くの党員がいるはずだ。しかし、レイスガーナ騎士は僅か20余名。
“勝算が無いわけではないでしょう。それにこの方が、我々は忍び込みやすいですし”
「ま、まぁそうだけど」
砦ではすでに攻防戦が繰り広げられていた。レイスガーナ軍、ヒェルカナ党員の両名の注目は砦の門。ここが守られるか、破られるかによって勝敗は大きく左右する。世槞はそれを後目に、砦の裏手へと回った。裏手は高さ30メートルの強固な壁で囲われ、ダイナマイトを使ったとしても破壊できそうにない絶対なる安心がある代物だ。裏口など何も無いが、しかしシャドウ・コンダクターの身体能力を駆使すれば、ジャンプ程度で飛び越えられない壁ではない。
「よっ、と」
30メートルの石の壁を飛び越え、中へと侵入する。レイスガーナ軍が攻めたお陰でヒェルカナ党員は全て砦へ集中している為、中はガランとしている。世槞は部屋の1つ1つを見て回り、この砦のトップであろう者の部屋を発見した。そこには、この惑星クロウの世界地図が壁一面に描かれている。
「うわ……すごい。でも、やっぱり地球の大陸とは全然違うかたちをしてるわね」
“ここは創世以前の世界です。地球とは、全くの別世界と捉えてもらって良いくらいです”
「うん。えっと……この中央の大陸がユモラルードのあったリッド大陸、東がグランドティアのあるバラトス大陸、そして西がここラジェッタ大陸。北はエル王国、南はアストラ……。大陸は大きく分けて5つあるのね」
世界地図を見ることにより、少しだけこのクロウのことを理解できた気がする。
“そして――この地図の端、南西にある孤島、ここがルーナ王国のあった場所です”
「ああ、セシルとシャオが統治してた国ね。今はどうなってるの?」
“何もないはずです。かつての栄華は、微塵にも”
「そう」
世槞は自分の影を見下ろす。
(羅洛緋のやつ、なんだか淋しそうだわね……)
羅洛緋はクロウで生きていたことがある。だからルーナ王国が栄えていた時代を懐かしんでいるのかもしれない。
「あ、見て羅洛緋。地図の中に、赤い印がいくつもある」
その印はただの印ではなく、トランプのスペードとダイヤが重なったような変なマークとなっていた。
“これは……ヒェルカナ党の印ではありませんか? ほら、あそこに”
羅洛緋がいう先には、ヒェルカナ党の旗が吊り下げられているポールがある。世槞は旗を広げ、「あっ」と声を出す。その模様は、スペードとダイヤが重なったような――。
「ほ、本当だわ! 赤い印は簡略化されてるけど、間違いなくヒェルカナ党のマーク。ってことは、この地図上の印は……」
“ヒェルカナ党の領地、みたいなものでしょうね”
世槞は落ち着かない様子で情報を整理する。
「だとしたら……エル王国とアストラ王国にもその赤い印があるけど、どういうこと?」
地図を指の腹でなぞる。
「両国が我々を裏切ったか、または最初からヒェルカナ党に加担していたか――であろうな」
反射的に飛び出していた手を捕らえられた後、もう片方の手も捕まれ、世槞は瞬時に何者かに身体の自由を奪われる。
「やはりここにおったか、手のかかる娘よ」
「――――」
キラリとした十字架の輝きが、世槞の視界を支配する。
(なん、で……)
服装こそ違えど、この溢れ出すオーラと古めかしい喋り方は間違いない。
「レイ様?!」
この人と出会うはずのない時、そして場所。世槞は頭の中に流れ込む更なる情報を整理することでいっぱいいっぱいだ。
レイは存外元気そうな世槞の反応を見て、肩透かしを食らっていた。
「探したぞ。あの日、民を港町シーサイドまで送り届けた後で急いで引き返したが、野原にあったのは獣たちの死体のみよ。まさか喰われて骨すら残ってないのかと考えもしたが……そなたは我が思うておる以上に強いらしい」
世槞は解放された両手で顔を覆いながら、声を震わせる。
「な、なななな、なんでここに」
「レイスガーナがシュウもおらぬのにヒェルカナ党の粛正に乗り出すと聞いてな。そなたならば必ずやこの噂を聞き、その中に紛れ込むと判断した」
「そうですか……」
なんと鋭い人なのか。世槞が取り得る行動は、すでに把握されているようだ。
「それよりも、シュウ様が不在なこと、知ってたのですか」
「知るもなにも、シュウ自身から聞いたわ。あやつめ、いなくなる前の晩に我のところに来ようての。この世界を頼む、と言って消えよったわ」
「ええっ……」
「国よりも、世界よりも大切なものを護らねばならん――とな。それが一体なんなのか、我には未だわからぬ」
レイスガーナの国民にとっては、とても迷惑な話である。自国のみならず余所の国の為を思い、そして1人の無鉄砲な少女の為に世界を飛び回っているレイとは全く違う思考の持ち主らしい。
「もう3年も前の話よ。レイスガーナはシュウ無しのままよう保ってると感心しておるわ。我が口を出す必要もないくらい、シュウは頑丈な基盤をレイスガーナに築いておったようだ」
砦の外から聞こえるレイスガーナ軍の戦いの音。戦いの作法も剣の腕も、全てシュウ・ブルーリバースから叩き込まれたもの。
彼は何故、国を、世界を、捨てたのだろうか。
「セル」
「はい」
名を呼ばれ、世槞はすんなりと返事をする。もう以前のようにレイを恐れることはなくなった。
「そなた、そうまでして弟を助けたいのか」
世槞はゆっくりと、しかし力強く頷く。
「当たり前です。弟は……紫遠は、この世界で私のたった1人の家族なのです」
レイはしばらく考えた後、机の上にあった紙を千切って走り書きをし、それを隠し持っていた白銀の剣――エディフェメス・アルマと共に世槞に渡した。
「えっ! これは」
「そなたにはこれが必要ぞ。その紙に書いてある日にちと場所に、エディフェメスを持って来るがよい」
そして「これ以上、ここにはいるな、帰れ」と付け加えた。
「待ってください! 1つだけ、教えてください」
「なんぞ」
侵入時に登った石の壁まで半ば強制的に案内され、世槞は飛び降りる直前に問う。
「ルゥは、リティシアは……元気にしてますか」




