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影操師 ―惑星CROW―  作者: 伯灼ろこ
第一章 ハジマリ
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 01. 灰かぶりの剣と石造りの地下室

 紫色の炎が美しく燃え盛る。


 骨すら残さない炎は、地獄の業火の如く。

「ヒトの命って、儚いな」

 儚く散りゆく命の灯火は、遥か彼方の天へと高く高く昇ってゆく。少女はそれをぼんやりと眺めながら、<今しがた生命体だったもの>に語りかけていた。

「お前は、何故自分が影人になってしまったのかわからないだろうけど、私は知ってるよ。次の世では、第三者のまま死ねるといいね」

 リン、リン、と鈴虫が音色を奏でる夏の夕方。それは秋の知らせ。

 蒸せ返るほどの酷暑は去り、この月夜見市つくよみしにも紅葉の季節が顔を覗かせつつあるのだ。

 紫色の炎はやがて黒煙となる。

「はは、これじゃあまるで、焚き火をやってるみたい――」

 少女は周囲に誰もいないことを予め知った上で、きゃらきゃらと笑った。

 少女の髪色は、夕空に同化してわかりにくいが、鮮やかな赤い髪をしている。地毛にしては見事な赤色で、染めたにしてはナチュラルだ。そんな奇抜な髪色が、しかし似合う少女はやはり存在も浮き世離れしていた。

“良いカモフラージュとなりますね”

 赤髪の少女の<独り言>に反応を示す<もう一人の少女>。しかしそれはどこから聞こえてくるのか。まるで魔界から地上へじわじわと登ってくる魔王のように低く、おぞましい声だ。

「そぉだなぁ。誰かに見つかったら、焼き芋を作ってますって言うわ。ほんとは死体を焼いてるんだけどな」

 少女はそのどこから聞こえてくるかわからない声に臆することなく返事をする。すぐ傍らに声の持ち主が寄り添っているかのように、ごく当たり前に、ごく自然に――。

「げっ、死体の脂が飛び跳ねやがった!」

 付け加えて言うと、少女は口が悪い。色白の肌にぱっちりとした目、肩くらいまでの長さのある髪は内側に緩くカールしている。そんな可愛らしい外見とは裏腹に、性格は荒々しく、口調もどちらかと言えば男言葉だ。

 それらを嘆いた少女の弟は、せめてもと思い、言葉遣いの矯正を姉に求めている。……直る気配は一向に無いが。

“そろそろ帰りましょう、本日の影人狩りは終了です。紫遠しおん様が心配されていますよ”

 姿の見えない声が話す内容に、少女は唇をへの字に曲げて反抗の意を伝える。

「もう……私は十分強くなったってのに、なにを心配する必要があるんだ」

“よいではありませんか。紫遠様にとって、世槞せる様はこの世でただ1人の姉なのですから”

「はいはい。そろそろお腹もすいてきた頃だったし、帰ってやりますわよ」

 少女――世槞は、通う高等学校の制服についた煤を払い、帰路についた。


 世槞が住む梨椎りしい家は月夜見市の郊外に位置する。住んでいる家族は3人だけなのに、敷地は無駄に広い。どうやら明治時代に建てられたらしく、それ故に家も洋館と呼んだ方がしっくりくるほど広く、モダンな造りをしている。しかし家の中に設置されている家具や電化製品は近代日本を代表するものばかりであり、なんともバランスの悪い内装だ。

「ただいま……あれ?」

 帰ってきたものの、家の中が暗い。シンと静まり返り、誰の姿も見えないし気配もしない。聞こえるのは、庭に潜む鈴虫の鳴き声だけ。

 世槞は自分の影を睨みつけた。

「おい羅洛緋ららくひ、紫遠が私を待ってるんじゃなかったのか?」

 世槞は姿の見えない声の名前を忌々しげに呼ぶ。

“私は伝言を伝えたまで。お部屋で休んでおられるのでは?”

「あんたって、結構、適当ね」

“世槞様ほどではありませんが”

 世槞は自分の影から発せられる声と派手に口喧嘩をしながら、家の中に足を踏み入れる。

「愁はまだ学校かな。新学期も始まったことだし、そりゃあ忙しいよな」

 しゅうとは世槞の兄のことであり、世槞と紫遠の双子の姉弟が通う戸無瀬高等学校の保健医として勤めている。兄とはいっても歳は10も離れているし、両親のいない世槞たちにとっては父親のような存在だ。世槞と紫遠がこうやって何不自由なく生活出来ているのも、愁のお陰といえる。恥ずかしくて言葉には出さないが、2人はとても感謝しているらしい。

「しーおーんー」

 弟の部屋の扉をノックし、名前を呼ぶが反応がない。

「入るぞー」

 遠慮なく扉を開く。徐々に見えてくる弟の室内は、薄暗い。

 きちんと片付けられて掃除の行き渡った、綺麗だけど面白味に欠ける部屋。物がごちゃごちゃと入り乱れ、一言、「汚い」と言われる世槞の部屋とは対照的だ。

(寝てる?)

 ベッドへ視線を滑らせるが弟の姿はそこにはない。

「紫遠……?」

 部屋に弟はいなかった。代わりに、奇妙なものが部屋の片隅に置かれていた。厭に目を引くそれは――

「なんだ、これ。剣?」

 片隅に置かれていたのは、灰かぶりのなんとも汚い剣だった。相当な年代を感じさせる代物だということが誰にでもわかるほど、古ぼけている。

「紫遠、こんなもの持ってたっけ……」

 世槞は剣を持ち上げ、しげしげと観察する。

 結構、重い。錆ついていてわかりにくいが、鞘や柄には細かいレリーフが施されており、なかなかお洒落だ。これは実用の為ではなく、飾り用に作られたものではないだろうか。

“これは。いや、まさか……”

 剣の存在を楽観的に捉えていた世槞の傍らで、影が唸るような声を出す。驚きと困惑、その両方が込められた低い声だ。

「羅洛緋、知ってるの?」

 自分の足元へ向かって問う。

“…………”

 しかしそれきり黙ってしまった羅洛緋を世槞は大して気にすることなく、視線を古い剣へと戻す。

「しかし見たことない装飾……でも、なんとなく私の紅蓮剣に似てるかな。様式が」

 剣の柄を持ち、構え、鞘から剣を引き抜こうとした腕がつっかえたように動かなくなる。

「んっ? なにこれ、錆びすぎてて抜けないぞ。もはやただの骨董品ね」

“…………”

「ちょっと羅洛緋、さっきから変だぞお前」

 不自然な沈黙。世槞は問い詰めるように何度も影の名前を呼んだ。そのとき。


「――姉さん?」


 部屋の主が現れた。背後を振り向くと、そこには<男の世槞>が立っている。

 名は梨椎紫遠(りしいしおん)――世槞の双子の弟である。

 あまりにも酷似している為、他人が2人の顔だけを見ればどっちがどっちだか判別がつかないらしい。だが性格は真逆で、破天荒な世槞に比べて紫遠は非常に冷静だ。その年齢にしては少し、達観しすぎている。

「紫遠! どこ行ってたんだよ、私に早く帰って来いとか言っておきながら」

 弟の姿を目視するなり世槞は声を張り上げる。しかし紫遠の視線は世槞の手の中に注がれていた。

「姉さん……それ、どこから持ってきたの」

「この灰かぶりの剣? この部屋にあったんだけど」

「え? 僕の部屋に? そんなはずは……」

 途端に紫遠の表情が険しくなる。この剣がまさしくマズい代物であると言わんがばかりに。

(まさか曰わく付き?)

 世槞はこの剣が急に怖くなり、慌てて手放す。ゴトン、と低い音を立てて剣は床に落下する。

「…………」

 紫遠は世槞が投げ出した灰かぶりの剣を拾い上げ、無言のまま部屋から出て行こうとした。

「待てよ紫遠。それ、なんなの?」

 呼び止める世槞を無視し、紫遠は足早に階段を下り、庭に出る。世槞もその後を慌ててついて行く。

 庭に出た紫遠は洋館の裏手へまわり、とある場所で立ち止まる。そこは物置小屋だ。

「…………」

「なぁ、急にどうしたんだよ。答えてよ」

 紫遠も羅洛緋も、その剣を見た途端に変になった。あの剣は一体、何なのだろう。

「……ついて来てみる?」

 紫遠は世槞に振り返らないまま物置小屋の鍵を開けて中に入る。中は、世槞のよく知る物置小屋だ。掃除用具や工具などが所狭しと並んでいる。休日には愁がここの道具を使って家具の修理をしているところをよく目にする。

 紫遠はそれらを退け、床板を外す。外された床板の下から出てきたのは、重厚な鉄の扉だった。

 この物置部屋、いいや、梨椎の家の中では明らかに異質なものだ。

「え……。なにこれ。うちに、こんなものあったのか?」

 扉は南京錠や鎖その他、種々様々な鍵で厳重に閉じられていた。明らかに不自然だ。異常極まりない。

 紫遠は制服のポケットから鍵を取り出して全ての封印を解除してゆき、床の扉を開ける。

(うっ)

 とても長い間、開かれていなかったのであろう。中からはどんよりとした、ホコリっぽく湿った空気が溢れ出てくる。

「げほっ、げほっ」

 咳き込む世槞に、紫遠がハンカチを差し出してくる。これで口を押さえろということだろう。

 世槞は受け取ったハンカチで口を押さえ、暗い地下を見下ろす。今にも闇に飲まれてしまいそうなほどに、深い。これは光が必要だ。

「羅洛緋、光を」

 もう片方の手の平を広げて念じる。するとそこには、紫色の淡い炎がぼわっと現れた。炎は地下への階段を仄かに照らす。至る所が蜘蛛の巣だらけで、階段を降りるのは非常に躊躇われたが、紫遠が階段をするすると降りていくので仕方なく後をついていく。

 降りるほどに空気の澱みは加速し、目も開けていられない。ほとんど手探りの状態で進む。

「うわっ?!」

 目を閉じていたせいで階段を踏み外した。

「姉さん、気をつけて」

 しかし紫遠が抱き止めたお陰で、難を免れる。世槞は紫遠の胸に額を押し付け、長い息を吐いた。

「ごめん……」

 体勢を立て直し、今度はしっかりと弟の手を掴む。

「さぁ、ここだよ」

 淡い炎で照らされたここは、地下室。6畳ほどの狭い、石造りの室内だ。その真ん中に奇妙な台――祭壇があった。

「……私たちの家の地下に、こんなところが……」

 紫遠は世槞から手を放すと、灰かぶりの剣を祭壇の上に慎重に置く。

「この剣はね、遥か昔――この梨椎の家が建てられる前からこの部屋にあるらしいんだ」

「遥か昔って、どれくらい?」

「気が遠くなるほど。10年前に一度、僕がこの地下室への扉を開いているのだけれど、それ以来は一切足を踏み入れていない。鍵は僕が管理しているし、愁もここの存在は知っているけれど入ったことは無いらしい。――つまり」

「つまり?」

「剣が僕の部屋にあるなんてこと、あるわけがない」

「……でも、その灰かぶりの剣は確かに……」

「そうだね。これは何かが始まろうとしているのかもしれない」

「何が始まるっていうの」

「わからない。ただ、もうこの剣にも、部屋にも近寄らない方がいい」

「…………」

 反論させぬ紫遠の気迫に負け、世槞は口を噤む。なんだか見慣れているはずの、しかし知らない男の子が目の前にいるようで、落ち着かない気分であった。

「戻ろう」

「……うん」

 紫遠に手を引かれ、世槞は物置小屋へ戻る。扉には厳重に鍵を掛け、退かれた床板や道具類を元に戻す。黙ったまま出ていく紫遠の後を追いながら、世槞はなんともいえぬ気持ちの悪い気分のまま、沈んでいた。

 あれから羅洛緋の声も紫遠の影である氷閹ひえんの声も聞こえない。皆、静かだ。

 それからしばらくして愁が帰って来たのだけれど、紫遠は剣の話題など微塵にも出さずに、普段通り学校でのことや影人のことなどを話していた。

 世槞は、口を開けなかった。

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