04. 明かされる剣の名
「なにを探しておる」
そしてこれは、やっぱり、罠だったのだろうか。
世槞は小走りの途中である不自然な格好のまま、停止する。全身が硬直したように動けなくなったのだ。聞こえてきた声は低く、何人たりとも逆らわせない威圧感がある。
世槞は声がした方をゆっくりと振り向く。
渡り廊下のちょうど中央に位置するところに、その人は立っていた。――いつの間に。
「来ると思っておったわ」
月明かりに照らし上げられたその姿はとても神々しい。聖職者風の男性は、十字架のピアスをゆらゆらと揺らしながら硬直して動けない世槞に接近する。
「警備を手薄にして待っていた甲斐があったというもの。しかし想定外の来客もあったが」
男性は細く長い指をこめかみに当て、少し小首を傾けてみせる。
「! あの2人は――」
「心配せずとも、処罰などせんわ」
ふぅ、と安堵の溜め息が世槞から漏れる。生きた心地がしない。
窓から城門を見下ろすと、騎士に連れられたルゥとリティシアが寮へと強制連行される途中であった。ルゥがこちらを見上げ、心配そうな視線を送る。世槞は「大丈夫」という意味も込めて手を軽く振った。
世槞は男性――レイ・シャインシェザーに向き直る。昼間の恐れが蘇るが、今はそれを上回る怒りが全てを支配していた。
(しかしこの人、妙に古くさい喋り方をするわね……こんなに若いのに)
レイは世槞の顔を見下ろし、確認するようにまじまじと見つめる。
「実はな、剣を取り上げたことも含めて全て、そなたと2人きりで話をしたかったが故の策よ」
「私と?」
周囲に人間の気配はしない。王宮の騎士たちはどうやら、話し声が聞こえない位置にまで追いやられているようだ。
「深い憤りを感じたであろう。すまなかった」
「……いえ、別に。そもそも、わざわざこんな回りくどいことをしなくても、堂々と呼び出して下されば良かったのに」
グランドティアの総司令官が頭を下げた。そんな恐れ多いこと――と本来は恐縮するべきなのだろうが、今の世槞には、ただぶっきらぼうに答えることしかできなかった。
「いや、剣も確かに必要だったのだ。剣を手に入れ、あわよくばそなたと話がしたいと企てた」
「…………」
「セル・リシイ。そなたは、あの剣がなんたるかを存じておるか」
「あの剣って……あの剣ですか」
「うむ。そなたが大切そうに抱えていた、白銀の剣だ」
あの剣がどんなものか――。
「知りません」
事実だ。
「存じておらぬのに、家宝と申すか」
レイの鋭い視線。だが世槞は恐れることなく、しっかりと受け止める。レイはやれやれと肩を上下させる。
「あの剣はな……エディフェメス・アルマといって、通称シャオの剣と呼ばれるものだ。昔、かつてこの世界にあったルーナ王国の女王、セシル・リンクの側近であったシャオ・レザードリアが使っていたもの」
「セシル……シャオ……」
思わぬ人物の口から、その名前が顔を出す。
「ルーナ王国が滅びてからは、その地下に眠るセシルとシャオのところにエディフェメスは供えられていたはずなのだが――5日前、部下に調べさせてみたところ、エディフェメスは消えておった。そしてそれを何故かそなたが所持しておったというわけだ」
「…………」
どういうことだ。この剣――いや、エディフェメス・アルマは世槞の家の地下にあったもの。そこから時空を越えてクロウへ来たわけだから、この世界にエディフェメスは2つないとおかしいはず。
「セルよ。そなたにあの剣が抜けるか」
「いえ。試してみましたがとても堅く、無理でした」
「だろうぞ。我にも抜けんかった。エディフェメス・アルマは――シャオにしか抜くことが出来ぬのだから」
「シャオにしか……」
世槞の脳裏に浮かぶのは、灰かぶりのエディフェメスを抜いた紫遠の姿。嫌な推理が働く。
「でも、シャオは死んでるのですよね」
「左様。仮に抜ける者が現れたとしたら、その者はシャオの後継者か、あるいは生まれ変わりかもしれぬな」
「そうですか……」
なんとなく、自分たちがこの世界に招かれた理由の、ほんの少しがわかった気がする。同時に、紫遠は生きている可能性が高い――そんな希望が湧いてきた。
「セル。そなた、家族は」
「え」
「エディフェメスは家宝なのであろう? そなたの家族に入手経路を聞きたい」
「……家族は、おりません」
「?」
「両親は私が幼い頃に他界しました。兄と弟が残っていますが、2人とは遠く離れてしまい――……現在は、弟を探している最中です」
レイは溜め息を吐いた。
「なんと不憫な……。そうとは知らず、この無礼を許されよ」
「いえ。ただ、エディフェメスは私と弟を繋ぐ唯一の鍵なのです。返して、もらえませんか」
「それはできぬ」
「! 何故ですか」
世槞は眉間に皺を寄せた。
「エディフェメスがそなたらにとって大切なものであるように、我々にとっても、クロウの未来を救うための希望の鍵でもあるのよ」
「未来を……」
エディフェメスが、この終末を救うことが出来る? ――にわかには信じられない話だが、レイの瞳は冗談を言っていないし、そもそも冗談を言う人ではないだろう。
「でも、そのエディフェメスを扱える者がいなくては意味が無いのでは?」
世槞は、己の中でなんとなく抱いた確信を、ぶつけてみる。
「正確にはエディフェメス自体ではなく、そなたが言う通りエディフェメスを扱える者が必要ぞ」
世槞は額を抑える。
(つまり、紫遠が、ってこと?)
「それに、エディフェメスはそなたには過ぎた宝。このまま所持していとしても、また盗みに入られよう。我々が保管していた方が互いの為になると思うが、如何か」
「また……強盗が……それは困ります。レイ様、エディフェメスを狙っているのは誰なのですか」
「ヒェルカナ党と呼ばれる謎の宗教集団よ。世界各地で強奪、殺人、誘拐など犯罪の限りを繰り返している悪名高き党。なにやらよからぬものを信仰しているらしくてな、我が国の領土内であれば取り締まることが可能なのだが、それ以外ではあまり派手な動きはできぬのでなぁ」
世槞は額を抑えていた手を目元までずらし、静かに考える。
(ヒェルカナ党……。なるほど、レイ様が手を焼くほどの集団ってわけね)
「わかりました。エディフェメスはレイ様にお預けいたします。私も剣だけでなく命まで狙われるのは嫌なので」
世槞は一礼をし、足早にその場を去った。
「ほう……不自然なほど急に物分かりが良うなりよったわ」
まるで世槞の心を見透かしたようなレイの言葉。それを振り切って世槞は城を出た。
“世槞様、何を考えておられる”
石畳の道を走る。街灯も何も無く、月明かりだけが照らす終末の世界。この世界のどこかに紫遠と、そして自分たちをこんな目に遭わせた黒マント集団――ヒェルカナ党がいるのだ。
“ヒェルカナ党員と接触するおつもりですか”
「違う」
石造りの階段を駆け上がり、小高い丘へと辿り着く。月との距離が近くなった気がした。世槞は自分の影に振り返り、両手に巻きつく紫色の炎を振り撒いた。
「――皆殺しにする」
自分でも驚くほどの狂気の、その片鱗。抑えられない昏い衝動。
(待ってて、紫遠。必ず助ける。そして一緒に帰ろう、月夜見へ)