03. 堪えていたモノ
城下町で夕食を終えた頃にはすっかり陽も落ちていた。学園寮へ戻ると、なにやら騒がしい。
「ん? 衛兵……いえ、王宮騎士だわ」
宿舎周りにたむろしている騎士の種類をルゥが見分ける。
騎士が寮の外で学生1人1人をまるで取り調べするかの如く捕まえ、質問を繰り返していた。
「なにかしら……事件でもあったのかな」
騎士の中の1人が、呆然と立ち尽くす世槞たちの存在に気付き、近付いてくる。そして隣りのルゥには目もくれず、世槞の前に立ち塞がった。
「セル・リシイだね? その剣をしばしの間、貸して頂きたいのだが」
騎士は、世槞が背負うモノを指差す。布でぐるぐるに巻いて中身を隠しているとはいえ、騎士の目からするとバレバレらしい。
世槞は反射的に警戒レベルを頂点まで引き上げた。
「! だ、だめです」
もしかしたら、王宮騎士までもがこの剣を狙ってきたのかもしれない。
世槞は一歩、あとずさる。
騎士は言う。
「悪いがね、その剣は盗品の疑いがある」
「は、はぁ?!」
「君に拒否権は無い。手荒な真似はしたくないから、大人しく渡しなさい」
これは罠だろうか。この騎士たちはあの黒マントたちの仲間なのか。
手が汗ばむ。誰が味方なのか、わからなくなる。
「ま、待って下さい。盗品って……なにかの間違いじゃないですか? この剣は、セルの家の家宝なんですよ?」
ルゥが必死に世槞を庇う。
「盗品を家宝にしているとすれば、もっとまずいことになるが――いいのかね?」
騎士の目は、さらに鋭く世槞を責める。
頭が痛い。次から次へと、一体なんなのだ。
「酷いわ! そんなの言いがかりよ!」
世槞はルゥの肩に右手を添え、諫める。そして剣を外し、騎士へ差し出した。
「セル?!」
ルゥが悲鳴をあげた。
「そんなに調べたいのであれば、気の済むまで調べるがいいわ。ただし、この剣はクロウにおいて私と弟を結び付けるたった1つの鍵。傷一つでも付けようものなら……いくら騎士様でも許しません」
――静かな気迫。限界値を突破した怒りを、それでもなお抑え続ける者の凄み。
騎士は圧倒されたかのようにあとずさり、剣を受け取った。それを見ていた他の騎士たちは皆、用が済んだとばかりにいっせいに城へと引き上げていった。
「…………」
笑顔を取り繕れない。そんなもの、つくりたくない。
色々と解せない。だがこの城に絶対的な権力者がいる限りは従う他ない。悔しい。
「……セル」
無意識的に強く握られていた拳を、ルゥが温かく包み込む。
「あんまりよね! セルが何をしたというの!」
部屋に戻り、ルゥが世槞の為に怒っていた。リティシアも駆けつけ、世槞はやり場のない怒りをなんとか抑えつけている最中だった。
「レイ様はこのことをご存知なのかしら? こんな横暴な振る舞いがレイ様に知れたら、あいつら絶対に重刑よ!」
ルゥはレイへの嘆願書を作成するべく、机の引き出しから紙とペンを引っぱり出す。
「……。残念だけど、セルの剣を持ってこいと命令されたのは――他でもない、レイ様ですわよ」
神妙な面持ちで話し始めるリティシア。
「えっ……?」
ルゥは手にしたペンをぽとりと落とす。
「城門で見たのです。あの騎士たちが剣をレイ様に渡しているところを」
「そんな……レイ様、どうして」
ルゥはよろよろとその場に座り込んだ。
「そのレイ様までが求めるあの剣――セル、あれは何ですの?」
リティシアの真っ直ぐな瞳は、決して世槞を疑っているわけではない。友人として、隠し事をしないでほしいという意味だ。
「貴女は私たちに隠していることがたくさんありますわね。全て答えなさいとは言わないわ。せめて、あの剣のことだけでも」
リティシアの優しく、しかし鋭い追及。ルゥは不安そうに世槞を見る。世槞は溜め息を吐く。
「……わからない。ただ、あの剣を巡って私と弟は離れ離れになってしまった。この世界に1人放り出され、全てを失ったわ。剣だけが、私と弟を結び付ける。でも……」
最後に見た紫遠の顔があざやかに蘇える。世槞を護るため、生かすため、自らを犠牲にした。
これまで何度、弟に助けられただろう。命を張られたことも多い。でも今回は違う。今回は……。
「生きてるのかどうかすら、わからない――!!」
目頭が熱くなる。今までこらえていたものが、一気に溢れ出る。ポタポタととめどなく流れるものが、木の床を泪色に染めてゆく。
「セル……っ!」
ルゥはおろおろと狼狽し、リティシアはそうすべきであるように世槞を抱き締めた。
「ごめんなさい。そんなに辛い思いをしていたなんて、知らなかったわ。だって、貴女いつも笑顔なんですもの――」
ふわりと香るミレーの毒花の香水。
「それなのにあんなにも強く、私たちを守ってくれてたのね。凄いよ。今度は私たちがセルを守るわ!」
ルゥは勢いよく立ち上がる。そして決心を語った。
「剣、取り返しに行きましょ!」
世槞は涙で濡れた目をむき、ルゥの誤った選択を捕まえる。
「ル、ルゥ! 自分が何を言ってるのかわかってる?!」
王宮へ忍び込むなど、もしバレた暁には一体どれほどの刑罰が待ち構えているか。
「わかってるわよ、そんなこと。でもこのままじゃ、気分が悪くて眠れないわ。レイ様に文句の1つでも言ってやらないとねッ」
開いた口が塞がらなかった。
あれほどレイ様レイ様と恋し焦がれていたルゥが、今は真逆の気持ちを抱くなど。
(どうしよう羅洛緋。ルゥのやつ、本気だ)
世槞は深層領域下で羅洛緋に助けを求める。
“世槞様は良いお友達に恵まれておりますね”
(笑いごとじゃねぇよ! あっ……笑いごとじゃないわよ)
世槞は思わず戻ってしまった口調を整える。
“何かあれば、貴女様がご友人を守ればよい話しでしょう?”
(それはそうだけど……)
“では決まりましたね”
心なしか、あれほど保守的であった羅洛緋がクロウに来てからというもの、本来の性格を取り戻したかのように行動派になっていた。
「――わかった! でも少しでも危険な目に遭いそうになったら、すぐに戻るわよ」
もうヤケクソだ。世槞は吐き捨てるように了解の意をかざした。
「じゃあ決まりね」
ルゥは拳を握り、やる気満々だ。
「お城に忍び込むなんて、下手したら国外追放ですわね」
そう言いながらも、リティシアは楽しそうであった。
世槞たちはルゥが知る城の裏口へとまわり、そこからこっそりと城内へ潜入した。大理石でつくられた廊下は、歩くだけでカツン、カツンと音が響く。
「で、剣はどこだと思う?」
息を殺し、ルゥが空気だけを駆使して言葉を繋げる。
「調べると言っていらしたので、やっぱり倉庫に保管してあるのではないでしょうか」
リティシアは己の安直な考えに疑問を抱きながらも、とにかく怪しいところから片っ端に潰してくべきだと前向きに提案をする。
「倉庫……ね。地下?」
世槞は階段を探す。この王宮には何度か足を踏み入れたことはあるが、その時はまさか忍び込む羽目になるとは思っていない為、王宮の構造など頭に入っていない。
「地下への階段は……えーっと、確か、渡り廊下を越えたあたりだったはずよ」
深夜。月明かりのみで照らされた城内は、薄気味悪い。カツン、カツンと響く足音が、自分たちのものじゃないような気がして、何度も後ろを振り返ってしまう。
「……おかしい」
世槞は立ち止まり、先程から感じていた違和感を口に出す。
「え? なにが?」
ルゥはキョトンとする。
「確かにおかしいですわね」
世槞が感じていた違和感を、リティシアも感じていた。
「まさか、罠……ではありませんわよね」
「えっ、罠?!」
大きな声を出すルゥの口を世槞は押さえる。
「ここは城よ。なのに警備が手薄すぎる」
「確かに……変ね。こんな小娘たちが簡単に忍び込めるわけ……やっぱり罠?!」
再び騒ぐルゥの口を塞ぐ。
「ちょっとあっちの様子を見てくるから、ルゥとリティシアはここで待ってて」
世槞は渡り廊下を走り抜け、騎士たちの宿舎を目指す。これが罠ならば、騎士たちは宿舎にはおらず、王宮の中に隠れ潜んでいるはず。とにかくそれを確認しない限り、安心して探索ができない。
(ここが図書室だから、この廊下を東に……)
王宮に忍び込んでおいて安心もなにもないだろうが、不安要素は少しでも減らしておきたいものだ。
「なにを探しておる」
そしてこれは、やっぱり、罠だったのだろうか。