06. 弟の真似をする
昼食の時間になり、いつの間にかルゥとリティシアの3人で行動を取るようになっていた世槞は、ルゥおすすめという城下町の洒落たカフェへ訪れていた。
面積はそんなに広くはない。しかし店外にも飲食スペースが設けられている為、狭くは感じない。内装は女性客を意識しており、繊細な装飾が至る所に見受けられる。
最奥のテーブルに腰掛けていた世槞は、聞いたことのない料理の名前に悩み、人一倍注文に時間をかけている。メニュー表を凝視する顔が険しい。その隣りでルゥは、リティシアが望んだ通りに奢らされていた。
「ね、ルゥ。この料理はなんていうの?」
思い切って注文して出された料理には、当たり前だが見たことのない野菜やフルーツがふんだんに使われていて、見た目は綺麗なのに怖くて手が出せないでいる。
「それはラジュアンの木の葉とレイリアの実を使ったサラダよ。……美味しいわよ?」
聞いたところで結果は同じだった。世槞は愛想笑いを浮かべる。
基本的な食事からこのような状態では、これから先のクロウでの生活が思いやられる。長居するつもりは無いにしろ、少しでも慣れないと毎日が大変だ。
いざフォークを伸ばそうとすると、リティシアは怒る。
「こら、セル。頂く前に、まず祈りを」
「い、祈り??」
ルゥとリティシアを見ると、目を閉じて両手を鎖骨あたりに当てている。
「全ての自然よ、生命よ。そなたらの恵みを以て己の血とすることに深く感謝いたします」
そして食べはじめた。世槞も見よう見真似で同じことをすると、やっと食べることを許可された。
(文化が違うって、大変……)
なんだか肩身の狭い思いだった。
「お、なんだこの武器は。こんなに可憐で華奢な女の子にしては、大層不釣り合いなブツを持ってるじゃねぇか」
カフェに入って来たがたいの良い男5人が世槞たちのテーブルを囲む。剣を腰に下げているから剣士ではあろうが、粗い言葉遣いと行動から察するに雇われ兵士だ。
「これはこれは聖デルア学園の生徒様だぜ。未来のユモラルードを担う希望の光だ」
着用する制服を見て、兵士の1人がピュゥと口笛を吹いた。
「さすが俺たちのような傭兵とは匂いが違うなぁ。容姿も抜群だ」
口々に汚い言葉が飛び交う。世槞自身も言葉遣いが綺麗というわけではないが、これは両肩を落とさざるを得ない。――文化の違いに気疲れした後は、次なる面倒事だ。
「どう? 姉ちゃんたち、俺らの飯に付き合ってくれよ」
男の中の1人がルゥの髪に触れる。世槞は立ち上がろうとした。しかし。
――ぱん! 乾いた音と共に男が床に倒れた。世槞は驚き、今しがた男を突き飛ばしたルゥを見やる。
「汚い手で触らないで! レディの昼食に土足で入り込むなんて、失礼な人たちね!」
いつもふわふわとしたミーハーな言動を繰り返す、ルゥのどすの効いた声。しばし呆然としてた男たちは、顔を段々と紅潮させてゆく。これは爆発寸前だ。
「……この国を外敵から守ってやってんのは、どこの誰だと思ってんだぁ!」
「あなた達に頼んだ覚えはないわ。このユモラルードをお守り下さってるのは、レイ・シャインシェザー様よ!」
その名前を出すと、男たちの顔つきが明らかに変わる。
「レイ……シャインシェザーだとぉ? あんな外見だけが取り柄の鬼畜外道が、マジでユモラルードを守ると思ってんのか!」
「ちょっと! レイ様の悪口は許さないわよ!」
顔から湯気が出そうなほど怒り心頭の男たち。そろそろ手が出るのも時間の問題だ。しかしルゥは一歩も退かない。
「待って。ここはお食事を頂く場所であって、決して喧嘩をする場所ではないわ。どうしてもしたいなら、外でおやりなさい」
それまで黙っていたリティシアが、男たちと、更にルゥを睨んだ。その毅然とした態度に、ルゥは自分がしでかした愚行に気付く。しかし男たちは、売られた喧嘩は買わんとばかりにルゥの腕を掴んで外へ引きずり出そうとした。それを見て見ぬフリをしている店員や客たち。しかし彼らに助けを求めたところで、多分、なんの役にも立たないだろう。
(仕方ない)
世槞は諦めた。
「私が代わりに行くから、その子を放して」
「セルっ?」
立ち上がった世槞を見て、男たちの顔が憤怒のものからいやらしい笑いへと変わった。
「おお、いいぞ。ただし俺らの怒りはそう簡単にはしずまらねぇぞ」
「気が済むまで、しずめて差し上げます」
この言葉をどう捉えたかはすぐにわかるほど、男たちは更にいやらしく笑った。
「セル! 駄目よ!!」
顔面を蒼白にしているルゥに対し、世槞は男たちにわからないようにウインクを送る。
「セル……?」
「ルゥ、ここはセルに任せましょう。なにか考えがあるはずですわ」
リティシアの言葉にルゥは納得はできずとも、しぶしぶ了解の意を示す。
背を向けた世槞は、苦く笑っていた。リティシアが期待するような賢い考えは、実は無い。
外に出た世槞は、男たちを路地裏へと誘った。
「自分から俺たちをここへ誘うとは、物分かりがいいねぇ。嫌いじゃないぜ、姉ちゃん」
今にも涎が垂れそうなだらしのない口元を見て、世槞はしかめっ面になる。
「ああそう。私はお前らなんか、大っ嫌いだけどな!」
予想していなかった口撃は、男たちを激昂させる。
「ああ? なんだと!」
世槞は力任せに飛びかかってきた2人の男の腕を掴んで、その骨を折った。ゴキ、という鈍い音が鳴る。声も出せないほどの激痛に、男は唸り、ヒィヒィと苦しげに呼吸をする。
「な、なにっ? この女、ただの学生じゃねぇのか?!」
腕を抱えてうずくまる男たちを見た残りの3人が、愚かにも腰に吊り下げている剣を引き抜いた。
「こんなか弱い女の子相手に、鍛えられた傭兵の男3人が本気で殺しにかかるとはな……。私の弟が今ここにいたらこう言うだろう。――性根の腐った下等生物。僕の姉さんに手を出すやつらに生きる資格無し……ってね」
我ながら上手い物真似であったと思う。世槞はたまらず吹き出した。笑い姿は、男たちに残った僅かな理性さえ失わせた。
「こんの……身の程知らずが! もういい、本気で殺れ! 国を守る俺たちへの反逆罪として処刑だ!!」
世槞は大きく溜め息を吐く。
「お前らが影人だったら、迷いなく始末するんだけど……腐ってもユモラルードを守る傭兵だからな。大目に見てやるよ、感謝しろ」
昨夜のように、我を忘れた殺しはしたくない。世槞は両手の指の骨をゴキゴキと鳴らし、調節を始めた。
「セル! だ、大丈夫だった? 変なことされてない??」
カフェへ戻ると、目に涙をいっぱいに溜めたルゥが硬直した状態で待っていた。世槞は苦笑し、そしてルゥが本当に自分を心配していた事実に感謝もした。
「平気。カフェから出た時、ちょうど衛兵が通りかかったから、事情を話して連れていってもらったわ」
「ほんと? 良かった……本当に……良かった。セル、ごめんね、ごめんね」
「あはは、大丈夫だってば。でも驚いた。昨夜は強盗を追うことが怖いと言っていたルゥが、傭兵5人に食ってかかるんだもん」
ルゥは制服の裾を掴み、頬を膨らませながら言う。
「……私、傭兵って嫌いなの。ただの寄せ集めの軍隊で、ろくにユモラルードに忠誠を誓ってなどいない。なのに自分たちのお陰で国の平和が保たれてるみたいな顔をするんですもの」
ルゥの不満を制したのはリティシアだ。
「でも、それは事実でしょう。王宮の騎士様だけでは手の回らない守りは雇った兵士に頼るしかない。お金で動き、忠誠のカケラもない彼らもこの国には必要なのよ」
その言葉に頷きながらも、ルゥはやはり「傭兵は嫌いよ!」と最後まで主張を曲げなかった。
「それにしてもセルはすごく勇気と知恵がありますのね。私、あの時は毅然としていましたけど、本当は怖くて立ち上がれませんでしたのよ」
リティシアは未だ震えと止まらない手を見せ、力無く笑う。
それでもはっきりと自分の考えを伝えたリティシアは偉い。同時に、そんなリティシアが自分を高く評価していたことが、世槞にはなんだか申し訳なかった。
(私は、ただ自分の力に頼るだけの愚か者だ……)
拭ききれなかった手の血汚れを、世槞は気づかれないうちに水で洗い流した。
「あらあら、もうこんな時間ですわ。後半の授業が始まります。残念ながら、今日の昼食は抜きですわねぇ」
リティシアがクスクスと笑うと、ルゥも自然と笑顔になっていた。2人の笑顔を見ていた世槞は、無理に笑顔をつくった。
「でもセル、貴女のその剣は布か何かで隠した方がいいわ。若い女の子がそんな物騒なものを持って街をフラついてると、また変な方たちに絡まれますわよ」
リティシアの指摘は尤もである。世槞は学園へ戻る前に城下町の布屋でシルク製の布を購入し、それで剣を包み隠した。