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第1章  交差するそして時に平行になる

この小説は人が死にます。

後なんかもう迷路みたいな小説なので注意して読んでください。

 檜原称汰は病室のドアの前にいた。

 こんこんと数回扉を叩き、称汰は了解の返事もないままドアを開く。

「はいるよ」

 一歩はいると彼女の香りが称汰の鼻をかすめる。

 ベットに横たわる女性には、規則正しい呼吸音だけが生と死を確かめる唯一だった。

 誰もいない。

 夕暮れのオレンジの光がカーテンを越えて鮮やかに部屋を染める。彼女もオレンジに染まっていた。

 彼女の黒い髪が光に反射する。その様が目に焼き付いて離れない。

 称汰は持ってきた花をそっと女性の顔の横に置く。それでもピクリとも反応しない。死んでしまったのか? 称汰は彼女が呼吸していることを確かめる。

 いつか起きる。

 確かなことなのに不安になる。

 カーテンを開けるとオレンジがより濃くなった。周りの景色もオレンジだということを確かめる。

 ふわりと頬を撫でると少し反応を示した。そして数秒後に目を開けた。

「おはよ」

「おはよう、いつから寝てた?」

 称汰が髪を撫でながら聞くとそれが気持ちいいのか顔をほころばせながら「少し前から」と答える。

 そんな嘘にも慣れた。本当は朝から寝ているのは知っていた。少しづつ眠る時間は増えていく。

 それは運命なのだ−。

「眩しい」

「あ、ごめん」

 シャッと急いでカーテンを閉める。

 彼女は起きあがり、称汰が持ってきた花を持ち上げる。称汰からだと分かると花ビンにそっと挿した。

 称汰はその様子をじっと眺める。

「私の顔に何かついてる?」

「………ううん。そろそろ帰るよ、もう遅いし。また来るね」

「うん」

 称汰が帰るとき少し切なそうに、でも何か耐えるように手を振る。称汰はそんな姿を見て見ぬ振りをする。

「愛してるよ」

 その言葉を言うことだけが君にしてあげれること。

 どうかそんな切ない顔をしないで、耐えないで、俺に全てをぶつけてくれてもいい。大丈夫だから。

 オレンジの光が段々薄れていき青紫に変わる。星がちらつき始める。

 称汰は急いで上着を着てドアノブに手をかける。彼女の今している表情が分かる。でも振り返られない。

 

 愛している。それは偽善か? 愛情か?

 

 称汰は帰りの道を少し小走りで帰る。

 『今日』は生きていた、でも、『明日』は死んでしまうかもしれない。でも彼女にそんな不安はない。もう、【余命は宣告されいる】のだから。

 後数ヶ月後に彼女は死ぬ。

 せめてさよならは言いたい。最後に愛しているとも、言いたい。

 

 家のドアにつくころにはもう真っ暗だった。病院から家まで結構な距離がある。自転車などで行けばいいのだが鍵が紛失中で不可能だ。

「ただいま」

「おかえり、ご飯できてるわよ」

「うん、食べる」

 向こうから美味しそうな匂いが漂ってくる。

 今日はカレーか、とよだれが自然と口の中に溜まる。

「その前に手を洗いなさいよ」

 すぐ食べ始めようとする称汰に母が制止の声をかける。称汰はピタッと食べる始めようとする手を下ろす。逆らったらせっかくあるカレーは取り上げだ。

 それだけは勘弁して欲しい称汰は急いで洗面所に駆け出す。

 冷たい水が手をぬらす。

「ちべたっ」

 軽く洗い流すような感じで洗う。

 父さんはまだか、と称汰はひょこと首だけ廊下に出し、玄関の靴を確かめる。

 最近残業が多いとは聞いたけどもう7時半、前は6時くらいには帰っていたような気がする。

 なおも冷たい水を出し続ける蛇口を止める。タオルでさっとふき急いでカレーの待つ食卓へと向かう。

 称汰はドアノブに手をかける寸前で手を止めた。母の怒鳴り声が一枚のドアの向こうで聞こえる。

 称汰はとばっちりを避けるためそぉと2階に上がった。

 自分の部屋にはいると大きくため息をした。

 少しちらかった部屋を見渡しまたため息をつく。

 そろそろ片づけどころだとおもい脱ぎ捨ててある服を集める。

 称汰のつま先にカツンと軽く何かが当たった。

「写真、立て?」

 表を向けると彼女と称汰が写っていた。女性は寒そうにマフラーに顔を埋め、いや赤くなった顔を隠すようにうずくまっていた。

 初じめてのデートの時のか、と納得し机に立てかける。あの頃はこうなる何て思いも寄らなかった。

「懐かしいな」

 そう言い、また掃除を再開する。

 狭い部屋だし、数分で掃除は完了した。ぐぅぅと鳴るお腹を見つめそろそろ修まったかと下へ降りる。

 怒鳴り声は聞こえない。

 少し音がしてドアが開く。

 母はいなかった。冷めたカレーはまだそこにあったので称汰は椅子に座り食べ始める。

 ここに母さんがいたらまた手を洗いなさいと言われるところだ。

 不意に電話が鳴る。

 称汰は急いで電話にでる。

「もしもし」

『あ、お前か』

「父さん。なに」

『………今から帰る。母さんはいるか?』

 称汰は少し戸惑い「いない」と答えた。

 父の声色が少し変わる。焦るような、少し苛立った声になった。

 タンスの右から2番目のところにある封筒を持って、玄関にいてくれと言われたから称汰は急いで封筒を探した。

 奥の方にあった封筒はすこしすり切れていた。


 それから2時間後父さんが泣きはらした顔をした母さんを連れて家に帰ってきた。

 称汰はおずおずと封筒を渡した。

「ありがとう」

 父さんからのお礼の言葉なんて久しぶりだなと称汰は苦笑した。

 称汰は気恥ずかしさで顔をしたに向けた。そして横にいる母に目線を移動させた。

「母さんと父さんな」

 歯切れが悪いように父はとぎれとぎれに称汰に言った。

 称汰はその父の様子だけで胸が締め付けられた。その先はもう聞きたくなかった。

「母さんと、父さんな……………………離婚、するんだ」

 予想通りの答えに少し笑いがでた。じゃああの封筒の中身は離婚届か? ずっと前から用意していたんだな。

 何でこうなったのか何て知らない。今まで普通に家族をしてきたつもりだった。称汰は外に飛び出していた。

 遠くで父さんが何か言ったが聞こえなかった。

 称汰は無我夢中で走った。夜の肌寒い空気が称汰を刺した。

 涙で前が見えなかった。

 称汰の中で何かが壊れた。

 この後の会話も何もかも今までの会話も全て、全部、夢にしたかった。

「っ……はぁ……はぁ……くっはぁ」

 息が苦しい。木にもたれかかる。足に力が入らなかった。

 あの「ありがとう」も最後だからか? 離婚届を渡してお礼を言われたのか?

 もう何も考えられないくらい称汰は参っていた。

 笑いが込み上げてきた。渇いた笑い声が切なく響いた。

「あ、はは……あははは、は……あ、はははあははっ」

 笑っているのに涙がこぼれる。これからどうやっていきればいい?

 家族ごっこが得意な父親なんてもうみたくもない。じゃあどうしたらいい。


 答えはひとつだ、家族ごっこに混じればいい。



      *



 家に帰ったとたん殴られた。

「お前はっ心配したんだぞ!」

 怒鳴る父の顔には涙があふれていた。体中泥だらけで探し回っていたのが分かった。

 だが、そんな父の姿にさえ称汰は何も感じなかった。

「ふぅん。心配、か。母さんや俺を簡単に捨てられるお前なんてっ」

 称汰はひとつ間をあけて「死んじまえ」と叫んだ。また頬に痛みが走った。

 父が称汰の上にまたがり殴った。

 称汰の耳に母の泣き声が届く。

 もうどうでも良かった。

 殴られても殴られても全然痛くなかった。

「もうやめてっ!」

 遠くで母さんが泣いていた。 


 称汰は彼女の病室にいた。

「おはよ」

「今日は顔色良いな」

 称汰はベットの近くにあるパイプ椅子に座り彼女の頬を撫でる。昨日より赤みがかかった頬を見て笑った。

 彼女は嬉しそうに俺の手に手を重ねた。温かかった。

 呼吸音が聞こえる。

 俺たちはしばしそのままでいた。俺は彼女の体温を手から感じた。

 心地よい温度に目を瞑る。後どれだけこのこの体温を感じられるかは分からない。ただそれまで感じていたい。

 触れるだけのキスをした。

 この瞬間だけ昨日のことも彼女の病気のことも全て忘れた。

「なんかあった?」

 彼女が称汰の髪を触りながら聞く。今日は本当に気分が良いようだ。

「ん、なんでもない。大丈夫」

 称汰は泣きそうになりながら答える。

 彼女の細い手を握りしめる。痛くないように力を加減する。

 その手からは熱いくらいの温かさがあってほっとした。まだ生きると思えた。

「……ほっぺた、腫れてるよ」

「うん」

「ほんとになんにもない? ね、しょーちゃん自分の顔見てみて、泣いてるよ」

 称汰は自分の頬を触った。でも濡れていないことがすぐ分かった。

「泣いてないよ」

「泣いてる」

「泣いてない」

「泣いてるよ」

「泣いてなんかいない、ほら見て」

 握りしめていた手を引いて自分の頬に触れさせる。

「ね、俺は泣いてないよ」

 そう言うと頬にある彼女の手にほっぺたをつねられた。小さい痛みが走る。

 彼女を見ると泣いていた。頬になん筋もの涙が伝わる。俺は急いで手でぬぐう。ぬぐってもぬぐってもあふれる涙に戸惑う。

「顔、が……泣いてる」

 一言、言うと下を向いた。

 称汰は彼女にはうそを付けないと苦笑して彼女を抱きしめた。体中に彼女の体温が伝わる。

「ごめん」

 謝るべきか悩んで一言だけ言った。

 

 家に帰ると暗かった。誰もいないとすぐに分かると二階に上がった。

 片づけたばかりで綺麗な部屋を見渡す。ふと、昨日置いておいた写真立てが目に付いた。

 もう、こんなことはないだろうなと思い、元の位置に戻す。

 ベットの上に体を倒す。すぐに睡魔が来て称汰は眠りについた。

 


      *



「と、いうことで頼む! 俺の顔を立てるためと思って!」


 数少ない友人のせっぱ詰まった願いを叶えるため称汰は合同コンパ、略して合コンに来ていた。

 友人曰く“ちょー可愛い子”だそうだが称汰は興味がなかった。そのせいで今日は病院に行けなくなってしまったからだ。

 焦りと不安があふれ出す。

 今日は【予定日】より3週間くらい早い。

「ね、名前なんていうの?」

 騒ぎから抜け出してきた女が称汰に話しかける。

「檜原称汰……」

「ふう〜ん。ね、暇なら抜け出しちゃお!」

 女は称汰が口を開く前に腕をとりカラオケボックスを出ていた。

 夜も遅く周りには人気がない。

「私は、ゆうみ。ヨロシクね」

「あ、うん」

 称汰はめんどくさそうに答えた。

 ゆうみは称汰が気に入ったのか、腕を絡める。称汰はうざったそうに振り払う。

「私、しょうたくんのこと気に入っちゃった。ね、私と付き合おーよ!」

「わるいけど、俺好きな子いるから」

「んじゃ、2番目で良いよ! ね、付き合おうよぉ!」

 称汰は疲れたのか家への帰り道を歩き始めた。ゆうみはその後を追いかける。

「絶対に私の方が良いよ。そうしなよ」

 称汰はことごとく無視し続ける。不意に携帯が鳴った。

 称汰は急いで携帯を取り電話にでた。母が息を切らした声で喋る。

 手から力が抜け、携帯を落とす。称汰は気づいたらあの時と同じように走っていた。

 遠くでゆうみが何か言っていたが無視して走り続けた。

 

 ついたころには彼女の両親も、称汰の母となぜか父までもいた。

 称汰はなぜ父がいるのか問いただしたかったが感情を抑え彼女の元に行く。

 彼女の顔は白い布があった。

「う、そだろ………おいっ起きろよ! おい! 起きてくれ! 頼むからっ! 目を、目を開けてくれ……っ!」

 何度呼びかけてもピクリともしなかった。

 触れても何も伝わってこなくて、死んだということがすぐに分かって、無性に泣きたくなって、気づいたら涙があふれてた。

 周りの人たちが遠慮をしたのかいなくなっていた。彼女の親の方が辛いはずなのに、と称汰は思いもせずただ泣き続けた。

 気づいたらまわりの景色がモノクロに染まった。全ての色が色褪せて称汰は力無く床に膝を付けた。

 床には称汰が流した涙で濡れていて、膝をぬらした。

 称汰は近くの壁を殴った。何度も何度も血が出ても殴り続けた。

 自分の無力さに吐き気がする。

 彼女が自分を呼ぶとき俺はどこにいた。

 馬鹿みたいな集まりに馬鹿みたいにいた自分を恨んだ。

 あの時、数少ない友人だろうとたった1人の親友だろうと、断れば良かった。称汰は今日自分に声をかけた友人さえも憎んだ。

 称汰の中でまたひとつ崩れるモノがあった。

 もう何もかもが無意味で不必要な気さえした。


 病室を出ると雨だった。おきまりだな、と苦笑がでた。

 このまま雨に触れて肺炎になればいい、とさえ思ってきた称汰に母でさえ声をかけれなかった。

「あ、しょうたくん!」

 ゆうみは称汰を見つけると駆け寄った。傘を差し出す。

 今の称汰には今日会ったばかりのゆうみでさえ恨み、憎みの対象だった。

 称汰はゆっくり立ち上がりゆうみから傘を受け取る。

「あ、あの」

「ね、あんた俺のこと気に入ってんだろ?」

 称汰は冷えた笑みでゆうみを見る。ゆうみは顔を少し赤くさせる。

 さっきまで付き合おうと言ってせがんだ大胆さはなかった。相手から言われるのには慣れて無いようだ。

「でも、俺はおまえなんか大嫌いなんだよ……俺がお前を愛することなんて無い。俺が愛するの生涯たった1人だけだ!」

 称汰はゆうみを押す。バシャと水が跳ねた。ゆうみは恐怖の顔で称汰を見る。

「お前じゃない」

「あ……そ、のしょう、たくん?」

 ゆうみが称汰に触れようとする。称汰はそれを残酷にも振り払い冷たい笑みでゆうみを見る。

 何度も心の中で叫ぶ「彼女は悪くない」と、だがそんなことさえ無視するほど称汰は壊れた。

 両親の離婚、最愛の人の死、全てが彼を壊した。

「さよなら。あ、風邪をひかないように」

 称汰はゆうみに傘を手渡す。

 恐怖で震える手はなかなか傘を掴めない。涙があふれる。

 称汰はそんなゆうみを無視し、母のところに行く。母は何も言わずタクシーを呼んだ。

「ま、待ってよ!」

 タクシーに乗り込む称汰の腕を必死に掴む。

「…………濡れるから、離せ」

 称汰が睨むとゆうみは素直に手を離した。

 称汰は無言でタクシーに乗る。母が行き先を言い、後は無言が続いた。

 母は称汰には何も聞かなかったし、言わなかった。称汰もなぜあそこに父さんがいたのかは聞かなかった。聞いてもしょうがないと感情を抑えた。


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