表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

 私が生まれたこの街に、新たな一歩を踏み入れる。

 かなり見慣れたこの家に、新たな一歩を踏み入れる。

 あの時の私の背丈に合わせたこのドアノブ、腰を曲げてゆっくりと開く。

 そこに、私の知らない真実がある。




 思考が止まっていた。すきま風が今年の寒冬を知らせる。ストーブの火をつけ、ソファに腰掛ける。また思考を開始させる。

 《なぜ俺は、ここにいるのか……》

 「幸男兄さん、さっきから何を考えてるの?」

 弟の存在に気付き、はっとする。時々、訳もわからない自分が、私の中に出てきては質問をぶつける。

 《俺は、誰なのか……》

 「ミルクでもいれようか」

 頼む。そう言い、昔のにおいがするテーブルの上から新聞を取る。最近ニュースがないからか、その活字が寂しく見えた。

 「ここに置いておくよ。熱いから気をつけてね」

 私はミルクに手をつける。弟は昔から私の世話をしたがった。嫌ではなかったが、疑問は今でも消えていない。私〝馬渕幸男〟の中にいる、何者かの存在とともに、疑問が脳を旋回する。


 三十を越えた私は、五歳下の弟〝義男〟と、亡き祖父が残してくれた別荘で、二人暮らしをしている。静岡の山の中にあり、私が勤めている山野中学校までの道のりが大変だが、この場所をとても気に入っていた。ここに引っ越したときは、義男とともに、はしゃいで朝まで飲んだほどだ。明日で生徒は冬休みが終わる。この冬休み、私が受け持っている三年二組の生徒は、しっかり受験勉強に励んだのだろうかと、毎日心配していた。初めて三年生の担任を任され、最初は戸惑ったが、三年生の生徒は皆、目標を見つけ落ち着いていた。それを見て、しっかり支えようと心に決めていた自分が、今では懐かしい。ミルクを飲み終えると、明日の準備に取りかかる。義男はすぐ近くの工場で働いており、冬の間はしばらく仕事がないそうだ。テレビを見ながらのんびりとする義男を羨む。

 「明日から生徒が登校なんだっけ?」

 「そうだ」

 「がんばってね」

 そう言い、すぐにテレビに突っ込む我が弟がバカバカしく見えてくる。準備が終わり、次は風呂に入る。これは教師になってから、私の中の決まりになっていた。

 「風呂に入ってくる」

 「はあい」

 義男の気のない返事を聞くのも、お決まりだ。壁がヒノキでできた風呂が、この別荘での一番のお気に入りだった。ひとつ深い呼吸をし、どっぷり肩までつかる。足を伸ばし天井を見る。天窓も設けられているこの風呂、星が見える夜は、長風呂していた。今日は……雪か。雪が天窓に積もり、白く光っていた。またひとつ、呼吸をし、頭を洗う。義男が買うシャンプーは、センスがあるらしい。いつも生徒に、いいにおいと言われていた。冷えた頭をしっかり洗う。浴びるお湯が気持ちいい。

 「あがったぞ」

 次に義男が風呂に行く。その間に、酒のつまみを用意する。義男があがると、二人で酒を飲む。たわいない会話をし、晩酌を楽しむ。そして、針がてっぺんで重なるになる前に就寝する。これもお決まりのパターンだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ