第七章 解決描写
第七章 解決描写
そして、部室の扉は開かれた。
大仰な動作で開かれた扉は、大きな音を立て、中にいた三人全員がそちらを振り向くこととなる。そして、その音を立て、一気にみなの注目を集めた人間は――
「知ってるか? ヒーローは遅れて登場するんだ」
何かの受け売りを語り、歪みの中心へと歩み出した。
「今がどんな状況なのかは知らねぇ。だが、俺は俺なりの解釈でこの場を救う!」
そう叫び、亀谷の方を向く。彼の瞳には、どこから出てくるのか分からない程の自信と、熱い何かが見える。
「なんですか、こんな良いところで」
それに対し彼女は、不敵な笑みを崩さないまま佐竹を挑発した。佐竹の勢いなんかには決して負けない。彼女の表情にはそのようなものが込められていた。
「そうか、お前が鍵か」
「やめて下さい。私の邪魔をしないで下さい」
「ふ、そうか……」
話の噛み合わない対比的な二人の会話。しかし、その会話から佐竹は、答えを見出そうとし、自分なりの解釈と勘で理解した。
「残念ながら俺は、他人の邪魔をしないほど優しい人間じゃない。あくまで我を通すようなふざけた人間だ。だから――」
松川には、彼が何を言い出すのか分からない。ただ、亀谷の逆鱗に触れて桑井に被害が出ないことを祈るばかりだった。
桑井には、彼が何を言い出すのか分からない。ただ、自分の恋の対象である松川が傷付かないことを願うばかりだった。
亀谷は、彼の次に続く台詞を予想していた。自分を宥める言葉か、諭す言葉か。そんなものは自分には無意味だというのに。
そして佐竹は、あくまで我を通すその台詞を、誰もが予想し得なかったその台詞を、堂々たる面持ちで叫んだ。
「だから――」
「――幽香ちゃんは、松川なんぞに渡さねぇ!」
彼の叫び声が、開かれたドアから漏れ、廊下に響いた。
その言葉の意味を理解できなかった者が一名、さらに理解を出来なかった者が一名、さらにさらに、理解出来なかった者が、
「どういう、事ですか……」
不安と驚愕に顔を染める結果になった。
その顔を真っ直ぐに見つめ、歩み寄る佐竹。
「お、おい、佐竹!」
「佐竹、あんた、何を!」
その佐竹を、ナイフという存在に恐怖しない佐竹を見て、彼の同級の二人は、注意を喚起する声を上げる。
そんな声は彼には既に聞こえていない。己の欲望に支配される佐竹は、同様に己の欲望に支配される亀谷に、だんだんと近付いて行く。一歩、一歩、ゆっくりと。
「なんですか、邪魔する人は、死なない程度に痛めつけてしまいますよ?」
その不審な行動にナイフを構えて怯える亀谷。
その不審な行動に恐怖と言う物を見せずに近寄る佐竹。
「俺を傷つけられるならそうしてみるがいい……」
そして、亀谷が何もできないままに、佐竹は彼女の目の前に立っていた。身長の高い佐竹にとっては、完全に見下ろす形に。身長の低い亀谷にとっては、完全に見上げる形になって。身長差三十センチ以上にもなる二人が、向き合った。
「……」
「……」
無言で息を飲む外部の二人が見つめる中。
佐竹は言う。
「お前が好きだ。だから――」
「俺を愛せ」
甘く優しい声で言って、佐竹は目の前の少女の頭を撫でた。
想像することのできなかったその言葉と行動に、亀谷はどうすることもできない。佐竹のその行為を拒否することもできずに、ただ、不安と驚愕が続いた。
まるで親と子供のような、社会人の兄と中学生の妹のような、不思議な構図。
「いや……です」
しかし、亀谷は必死に、反抗の声を漏らす。彼女の目はいつしか冷徹な物から怯えの物になり、右手に持ったナイフが刃を下にして落ちる。彼女の足を掠り、そのナイフは床に深く刺さった。
「いや、いや……」
彼女のいやがる声に構わず、次に佐竹は、目の前の少女を抱きしめた。
「お前の意思は、俺は気にしない。俺がそうしたいから、こうするんだ」
「いやだ、いやだ……」
佐竹の制服を力強く握りしめ、首を振って否定する亀谷。それはまるで互いに想い合う者同士のようだが、その世界からは全くかけ離れている。
そして、
「俺を……愛せよ」
駄目押しの佐竹の一言に、亀谷は崩壊した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
涙と共に大きな叫び声を上げ、力を失った。
←↙↓↘→↗↑↖←
「さて、私達の時間を奪った事には、どういう落とし前をつけてくれるのかしら?」
その頃、残された白城達。
「ああ、そうでしたね……。いや、でも。この展開にさせたのは亀谷さんだから……」
「いいから! 何をプレゼントしてくれるのかしら?」
どうやら白城は本気でこの後輩に腹を立てているようだった。それとも、何かをもらうためにわざとこのような演技をしているのだろうか。
「別に、俺はそこまでせんでも構わんのだがな……」
しかし、彼女と共に害を被った梅沢は、どうでもよさそうな声を出した。
「駄目よ! せっかく良い雰囲気だったのに!」
と、顔を真っ赤にしながら叫ぶ白城。
「仕方ないですね……」
すると森田は、ため息交じりにこう言った。ただし、彼も彼なりに考え、少々の嫌味も加えた結果である。
「一度きり俺無料貸し出しの権利と、今晩の宿手配ということで」
それに白城と梅沢は乗り、彼の命は見事に継がれることになった。
「ふん、いいだろう」
「それはいい考えだわ。じゃ、よろしくね! さて、そろそろ佐竹のターンも終わる頃だろうし、部室に行きましょうか」
←↙↓↘→↗↑↖←
亀谷が意識を失い、部室には二年生の三人が残された。
松川は開け放たれていた部室のドアを閉め、今は桑井に巻きつけられていたロープをナイフで切っている。
「結構このロープ、固いな……」
そう呟き、桑井の方を見る。
「あ、あんまりじろじろ見ないでよね……」
「はいはい」
想像以上に固く結ばれており、ロープ本体の質もなかなか強固なものだった。
小さな少女は、佐竹の元で未だに眠り続けている。
暫くして、ようやく己の自由を手にした桑井は、服装を元に戻しながら呟いた。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね……」
それは、この場の誰もが思う事である。
しかし、その返答は誰からも来ない。
その代わり、
「ところで、俺はもう済ませたんだが、桑井、お前はいいのか?」
という曖昧な質問が返ってきた。
それを向けられた桑井は、何のことを言っているのか分からず、首を傾げる。それに対して佐竹は、松川が自分の方を見ていないことをいいことに、彼の方を顎で指した。
これで理解したのか、桑井は今までよりさらに頬を朱に染める。
「わ、私は……。うん、仕方ないわよね」
「?」
二人の不可解な応酬に、不審な視線を送る松川。
その松川の方を向いて、彼女は告げた。
「こみち……。あたしもこみちの事が好き、なの」
その言葉は、普段素直になれない彼女から発せられた、純粋な、真っ直ぐな、落ち着いた、冷静な、素直な気持ちだった。
その言葉は松川の耳にしっかりと届き、彼女の、友人との約束が果たされることとなる。
が――
「もこみち? あの速水さんか?」
結果として彼は、その空気と場を壊してしまった。
決してそう聞こえないわけでもなかった彼女の言葉だが、まさかここでそう解釈する人間がいたとは、それを聞いていた佐竹も呆れてしまう程だった。
そして、流れに乗ることによってようやく言うことのできた本当の気持ちを、相手によって破壊された桑井は、
「ばか……もういいわよ」
と、拗ねてしまった。
「なんだよ……」
松川は平然な顔をして、窓の外に目線と顔を向けた。
しかし、彼の動きはぎこちない。
――わざと……だな。
その松川を見た佐竹は、長年見てきた友人の心情をそう察した。
――さすがに、桑井の告白を真正面に受けて、この間みたいに流せるはずは、ないよな。
桑井は、松川を見ることをやめ、教室の隅をただ呆然と眺める。
佐竹は、自分の胸元で眠る少女を見て、微笑む。
松川は、窓の外から桑井の横顔へと視線を移し、憂いの表情を見せた。
そして、部室の中には最後に、悲しい呟きが響いた。
「こみちの……ばか」
←↙↓↘→↗↑↖←
数分後、この部室に、いつものメンバーが揃った。
それに、顧問の教師も追加されている。
「さ~て、この状況の説明をしてもらおうか」
「そうね」
「また、面倒なことを……」
三年生の二人と桜がこの部室に入ってきたのは、沈黙が舞い降りてから間もなくのことである。そのため、部室の中が完全に落ち着いているわけでもなかった。
特に、佐竹が亀谷を抱いたままでいる事が、彼女ら三人にとって最も聞き出したい事柄のようだ。
――まあ、ナイフが見つからなかっただけ、よしとしよう。
そんな状況に軽い安堵をおぼえるのは、ナイフを事前に隠しておいた松川である。
しかし、部室にいた三人プラスいつの間にか目を覚まして正気を取り戻した一人が、窮地に立たされている事には変わりがない。
「ええと、ですね。なんというか……」
上手い言い訳が思いつかない佐竹。
「さ、佐竹は悪くないんですよ! こ、こみちも!」
と、友人二人を庇う桑井。
「そ、そうですよ……。って、女性陣お二人さんも決して悪くはないですけどね……」
と、焦りを見せる松川。
「ええと……。とにかく、ごめんなさい……」
と、三人からは最も信頼されているにも関わらず謝り続ける亀谷。
四人それぞれが、交錯した思いでそれぞれの言葉を発する。
二人は、通じ合った思いでそれぞれその言葉を聞いている。
彼らの今日一日は、
彼らの長い、今日一日は、
なかなか幕を閉じなかった。
まるで祭りの終わりを惜しむかのように、
彼らの今日一日は、
なかなか幕を閉じそうにない。
それでも、
部活動には必ず終わりの時間が、
いつものように彼らに訪れる事が、
約束されている。
それまで、
その時間が来るまでの、
結局は楽しいこの空間が終わるまでの、
辛抱だ。