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恋愛小説  作者: 坂井悠二
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第五章 通常描写

 第五章 通常描写


「と、いうわけだ」

 今日の部室には、一人異質な人間がいた。

「は、はぁ……」

 それに白城は、あまり納得していない表情で返事をする。

「ほら、返事はしゃきっとしろ!」

「そんなこと言われてもですね……」

 いつも落ち着いて冷静であるはずの白城さえも、自分の調子でいることのできない相手。

 その人物は、全員が部室に集まってすぐに、突風のごとく現れた。突風ならすぐに消え去るものなのだが、それは当分去る気はないらしい。

「で、先生。先生はこの部活に来て、何をするつもりなんですか?」

 そして勿論、その人物というのは顧問の教師、桜のことである。

「失敬な。まるで私がここの部活では何もできないみたいな言い分じゃないか」

「何かできるんですか?」

「……お前なぁ、こっちは言い返そうにも言い返せないんだよ……」

 白城は、彼女の事が苦手なような対応をしているのだが、桑井にとって彼女は扱いやすいらしい。現に、威厳のある筈の教師を負かしている。

 さらにここには、その先生を歓迎している奴もいた。

「桜先生……。なんでそんなに美しいんすか!」

「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない」

 そんなべた褒めの言葉を発したのは、佐竹だ。

「素晴らしいっす。そのSっ気たっぷりな目線に、それにお似合いのすらっとした長髪、すらっとした脚、しかも網タイツと来た! あまり女王様キャラは好きというわけではありませんが、先生なら許容範囲っす! しかも、歳が幾つなのかは分かりませんが、教師という職に就いてここまで肌が綺麗なのは驚愕ものっすよ!」

 そこまで、息を切らしつつ叫び、全力で桜を褒め称えた佐竹。

「ははは! なんだか愉快な気分になってきた! 何か土産でも授けてやりたい気分だ!」

 それに、見事に乗っかって高笑いをする桜。

「お、Hシーンのお土産っすか!」

「お前は本当にそういうの好きだな……」

「ええ、俺は本能で生きてますから!」

 相変わらず自分の調子を通して行く佐竹。桜にとって彼は得意なのか不得意なのか、案の定あきれた表情で言葉を返してくる。

 すると今度は再び、桑井の方から声が発せられた。

「じゃあ、先生。せっかくなんで先生も小説書いてみてくださいよ」

「は? 私が? 無理無理」

 しかし、桑井の願い事に桜は乗ろうとしない。

「いやいや、文芸部に来たんですから。小説を書かなかったら顧問としての顔が無いですよ」

「あのなあ、数学教師である私に文章を書かせるな……」

 しかし、顧問としての顔がないという言葉に何かを感じたのか、桜はパソコンの前に向かった。

 そして――

「さあ、wordを出すんだ!」

「……」

「……」

 その一言に教室が久々の沈黙に見舞われた。

「wordを出せと言ってるんだ!」

「先生……」

 そして、喚き声もどきを発した桜に、おずおずと桑井は声をかけた。

「なんだ?」

「先生は、パソコンとか使わないんですか?」

「全然使わないな!」

 桜はきっぱりと言った。

「「「はぁ……」」」

 そして、教室が溜息に包まれた。

「おい、お前ら。なぜ溜息なんぞ吐いている。パソコンが使えんでなにが悪い」

「いえ、もう……」

 その後に「どうしようもない」と付け加えたかった桑井だったが、ここはなんとか我慢。

「じゃあ、先生。仕事とかはどうしてるんですか?」

 そして、話を繋げるためにも、質問をした。

「ああ、それは他の奴に頼んでる」

「「「うわ」」」

 そして再び、教室がその言葉で満たされる。

「おい、お前ら。『うわ』とは何だ。まるで変な物でも見るかのように」

「いえ、あながち間違ってもえふんえふん!」

 その後に続ける言葉を、今度は佐竹が再び我慢。が、

「おいお前、今『あながち間違いでもない』とでも言おうとしたか?」

「いえ、そんなことはねぇです」

「ぬぅ……」

 生徒に負けている気がして、どうにも気分がよくない桜。

 さすがにこれ以上いじるのは良くないと考えたのか、桑井は、親切にwordを開いた。

「ほうほう、なるほど、さっぱりわからん」

「ふざけてますよね、先生」

 そんな会話も交えながら、桜はwordの開き方という小さな事を学んだ。そんな小さな事にも実は心の中で感動を覚える彼女だったりもする。

「で、何を書くんですか?」

 そして、今まで黙っていた松川が桜に聞いた。

「そうだな……」

 桜は一瞬考え、

「取り敢えずお前ら六人を主要キャラにして小説を書きたいと思う」

 と回答する。

「やめ!」

「いやだ!」

「先生が書くと思うとなおさら嫌だ!」

 だが、その案は見事に不評だったらしく、さすがの桜も口を尖らせてしまった。

「じゃあ、何を書けばいいんだよ……」

「それ以前に、僕たちを題材にどんなのを書こうというんですか」

「そうですよ」

 さらなる追撃を受けて、桜の不快指数は上昇していく。そんな気分の元、頭の中で作品の構想を練っていた桜は、とあることに気が付き、声を上げた。

「はっ!」

「どうしたんっすか? 機械に触れるとおかしくなる病気っすか?」

「先生壊れたんですか、そうですか」

「違う! ひとつ大事な事に気が付いたんだ」

 そして、彼女は今日一番の深刻な顔をする。今までふざけていた生徒の面々もただならぬ雰囲気を察したのか、唾を飲み込んで次の言葉を待つ。そして――


「お前ら六人が主要キャラだとする物語は、誰が主人公なんだ?」


 と、疑問を口にした。

 正直のところ、教室の中にいた誰もが、「なんだよその程度のことか」と笑い飛ばしたかっただろう。しかし、彼らはそれをせずに、まず頭の中で考えた。その結果導き出されたのが、

「確かに……」

「分からないわ」

「僕、なのか?」

「いや、俺だろう」

「あたし……ではなさそうね」

「……?」

 という、手ごたえのあるものだった。

「もし、だ。もしこのメンバーが、男が一人で女が五人だったら、確実に一人の男が主人公のハーレム体型になる。だが、この場合はどうだろうか。男が三人、女が三人。まるで合コンのような感じだ」

「たしかに、そうですね……。この構成って、あんまり小説で見ないですもんね。まあ、僕が見てる小説が特異だってのもありますが……」

「ああ、思わず俺とか言っちまったけど、本当は分からねぇよな」

「あたしではない、とも限らないわけね」

 その後に続いた追加の解説にも、皆が賛同した。珍しく桜は、教師らしいところを見せたようだ。

 みんなが考え込み、互いの顔を見る。

「一番主人公で多いのは、『平凡』っていう描写か?」

 と、梅沢。

「でも、キャラとか考え方が異様に濃い主人公もいますよね」

 逆の意見を述べる松川。

「主人公は変態であるような気が……」

 と、松川にさらに追加する佐竹。

「あんたたち、そんなに自分を主人公にしたいの?」

 と、今度は呆れた声を出した白城。その言葉に、

「「「?」」」

 三人は疑問符を浮かべた。三人が三人、自分の言葉が自分の事を象徴していることに気が付いていない。

「後は、女の子が主人公の場合は……内気な少女とか?」

 桑井が、亀谷を見て呟く。

「生徒会長みたいな綺麗な女の子ってのもありますよね……」

 そして亀谷が白城を見て小さな声で言う。

『ここは流れ的に……』とでも言いたそうな目線を全員が白城に向ける中、彼女は最後の人間として言った。


「ツンデレは、主人公に成し得ないと思う」


「私だけ論外っ?」

 その言葉は完全に桑井に向けて発せられたものであり、その彼女はがっくりと机に顔を伏せてしまった。

そうやってみんなが議論に徹していると、さらに場違いな言葉を発した人間が現れた。

「ま、どうだっていいけどね、そんなもの。それに、小説考えるのも飽きた。ちょっとジュース買ってくる」

 勿論の事、それは桜だ。

 イスから立ち上がり、『女性』らしい歩み方で教室を出て行った。

「うわ……」

「変な物を植え付けて、無責任に帰るだと……?」

「ひでぇ……」

 案の定、彼らは呆れの声を出してしまった。


 彼らに中途半端な疑問を残していき、去って行った桜。

そしてその疑問は、良い物を残してはくれなかった。

この日もそんな調子で部活が終了し、解決しないまま明日が来る。

明日が――


         ←↙↓↘→↗↑↖←


 翌日。

 梅沢のクラスの帰りのホームルームが終了し、彼が足早に教室を出ると、

「お疲れ」

 という簡潔な言葉と共に、白城が立っていた。

「なんだ、待っててくれたのか?」

「うん、今日はね、ちょっと特別」

「何が特別なのかは知らんが、まあいいだろう」

 そう言って、二人で歩きだす。

 いつも向かっている文芸部の部室。この生活が始まってから既に三年目に突入している。梅沢にとってそれはもう習慣となり、そこに寄らないということが考えられなくなっていた。

 それほどまでに、この部活でいることに慣れ、今隣に並んで歩いている少女といることにも慣れていた。

 しかし、今日はいつもと違かった。

「ん、どうした?」

 文芸部室の目の前まで来たところで白城は突然、紙を取り出した。ノートの罫線が薄く印刷されているその紙には、マジックで大きく、『今日は自主活動です』と書かれていた。事前にテープをセットされていたようで、彼女がドアに押しつけるだけでそれは止まった。

「なんだ、今日は部活なしなのか?」

「いえ、あくまで自主活動よ」

「ほぉ……」

 そう言って白城は、踵を返した。

「じゃあ、一応いつも通り鍵開けといて。まあ、部室から何かを盗む人もいないだろうし、そのままでいいわ」

 梅沢はその指示の通りにし、彼女の後を追った。

「おい、どこに行く」

「秘密。とりあえず付いてきて、ふぉろーみー♪」

 白城の気分が高揚しているように思われた。別にそういう時を見たことがない訳でもない梅沢だったのだが、一つ、予感が通り過ぎる。

 そして彼女が向かったのは、自動販売機のコーナー。

「とりあえず、今日は奢りね」

「ああ、さんきゅ」

 やけに気前が良い事にさらなる不安を重ねる梅沢。しかし、そんな梅沢を気にせず、今日の白城はいつまでもマイペースだった。

「さて、本当に行きたい場所はこれからよ」

 再び白城は歩き出す。

 そんなに広い校舎でもない為、苦にはならなかった。

 そして辿り着いたのは、どこのクラスも入っていない教室。クラスを分けて授業を受ける際に使われるような教室だ。

「ここでゆっくりしてましょうか」

「……まあ、いいだろう」

 完全に言われるが儘になってしまった梅沢。

 ここで今から何をするのかなど一切聞いていない。不安ではあったが、相手は何年間も一緒にいる白城だ。心のどこかには確実な安心感が存在した。

 しばらく、先ほど自動販売機で買ってきた飲み物を飲む二人。

 時間は刻々と過ぎているものの、本題らしい会話は一切していない。

 どのくらいの時間が経っただろうか。遂に痺れを切らした梅沢が、白城に聞いた。

「で、なんでこんなところに来たんだ? そろそろ言って貰わないと困るな」

 いつの間にか放課後の喧騒が収まっており、妙な静けさの中には、吹奏楽部の練習する音楽しか聞こえない。時たま運動部の掛け声も聞こえるが、それもなんだか放課後の学校にマッチしていて、雰囲気を与えてくれている。

「そうね、いつまでも引き延ばしてたら、今までみたいになっちゃう」

 そういって白城は、立ちあがった。椅子に座って自分の事を見上げている梅沢を、真正面から見ながら、確実な自信と誇りを持って。

「この間、言ったでしょう? そろそろあなたに好きだって伝えようか……って」

「ああ、そうだな」

 この二人の冷静さは、放課後と言う時間に似合っているのだろうか。

「それ、今日に決行するわ」

「どうして今日なんだ?」

 なおも冷静に、梅沢は返す。

 それが当然とばかりに白城も、その質問に答える。

「今日が、安全だからよ」

 そう言って白城は、梅沢に手を差し伸べた。

「私はあなたが好き。ずっと前から、好きだったわ」

 その手を、梅沢はしっかりと握り返し、自らも椅子から立ち上がった。

「ああ、俺も好きだ。ずっと前から、な」

 そして、梅沢は、握り合ったその右手を引き寄せる。

 その力に抵抗することなく、全てを許容するかのような白城。

「いいよな?」

「うん」

 その短い言葉だけで合意した二人。

 繋いだ手と反対の手で、梅沢は白城の頭を支えた。

 少し自分の体勢をかがめ、適度な高さに調節。

 そして二人は目をつぶり、腕を引き、引かれた流れのままに。

 口づけを――


         ←↙↓↘→↗↑↖←


 今日も部活だ。

 松川と佐竹と桑井が、三人で並んで部室に向かっている。

 彼らにとっても、これは日常だった。

 初めて三人が会った去年の事は、鮮明に覚えている。それから一年が経過し、自分達が、完全なる部員となったと感じることのできる今日この頃。

 しかし――

「おい佐竹。今日も俺達の出番のようだぜ」

 と言って、その三人の空間を邪魔する者がいた。

「森田さんよぉ、そういうのは事前に言って貰わないと困るんだぜ」

「まあ、いいじゃないか。今回はさっき決まったわけだし」

「さっき決まったじゃなくて、さっき決めただろ?」

 そして、

「すまない二人とも、今日も部活遅れていくことになるわ」

「あいよ~、頑張ってこい」

「また~? まあ、仕方ないけどさ」

 二人は佐竹を送り出した。

 森田と佐竹が、いつものテンションで自分たちの元から離れていく。

「じゃあ、行くか」

「うん」

 そして二人も、いつものテンションで部室に向かった。

 普段は鍵の閉まっているこの部室だが、一番早く帰りのホームルームを終える三年生である梅沢が、放課後になったら素早く開けている。開けた本人は、毎日のように用事があり、殆どの場合後になってから部室に入ってくる。

 しかし、今回はいつもと違かった。

「あれ?」

「自主活動?」

 そこには、ドアには、ルーズリーフが張られていたのだ。

「珍しいね、何があったんだろう?」

「さあ?」

 しかし、二人とも、何の躊躇いもなく部室に入った。

「まあ、自主活動と言われてもね、どうせ僕は他にやること無いし」

「同じく」

 そうして、桑井はパソコンの電源を入れた。

 すると、

「あ」

 という声が松川から発せられる。

「どうしたの?」

「ちょっとさ、先生の所に行かなきゃならなくて」

「なんで?」

 松川の方を向き、首をかしげる。

「いやあ、これでも例の木村とは中学が同じで、あいつのことは僕は嫌いだけど、それでも教師からすれば友達扱いだからね」

「ああ、そういうことね。って、佐竹と森田はいいの?」

「はは、あいつらは、色々あって、関係者というか、なんというか、そんな感じで昨日の内に済んでたんだよ」

「へぇ……」

 そして彼女は、再びパソコンに向かい、松川は部室から出ていく。


 彼女が一人になってから暫くして、部室に亀谷がやってきた。

「お、こんにちは、幽香」

「どうも……」

 今日も消え入るような声で話す亀谷。

 しかし、その目はなぜか、しっかりと桑井の方を見ている。

 そして、彼女もいつもと違かった。

「先輩」

「何?」


「松川先輩のこと――」



         ←↙↓↘→↗↑↖←


 教師数名による事情聴取もどきを課せられた松川。今はそれを終え、部室に向かっている。

「はぁ……。あれはある意味体罰だよなぁ。俺は悪くない」

 数名の教師の前に一人で立たされるということの怖さを理解した松川は、不満を述べながら歩いている。今日の放課後はいつもより静かだ。それとも自分がこの時間帯に部室の外にいることがイレギュラーなだけだろうか。

 そして松川は、何の気もなしに部室のドアを開けた――



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