第一章 日常描写
第一章 日常描写
「恋愛小説ですか?」
少年が疑問符混じりに声を発した。
彼の名は松川径。二年六組。ファッションなんて興味ありませんとでも言うかのように、制服を模範通りに着こなしている。男三人の中で一番背が低いのが特徴だ。
「うん。径君なら書けるよね?」
彼が疑問を投げかけたのは、この少女。
彼女の名は白城文。三年三組。日本人らしい黒の長髪が特徴的で、全体的にすらっとした体型をしており、それでも出るべきところはきっちりと出ている。
パソコンの前に座って白城に顔を向ける松川と、パソコンの前に座って画面から目を離さない白城が、長机を間に挟んで会話をしているという状況だ。
「まあ、確かに書けますけど……」
「なら、お願いしてもいい?」
あくまで義務的に、彼女はこの話をしている。彼の目も見ずに。松川も、そんな白城に不満を感じることもなく、義務的に話を聞いていた。
「いいですけど、先輩が好むかどうか分かりませんよ?」
「そんなの、誰だって同じだから良いのよ」
この謙遜の発言も、励ましの発言も、この作業においては義務だと白城は思っていた。だから彼女はすぐに、自分の作業に移ろうと手を動かした。しかし、松川はそれを遮る。
「わかりましたけど、どうして突然?」
白城が彼に指示をしたのは突然の事であり、この疑問は当然と言える。まあ、この質問も異常とまではいかない。そう思って彼女は再び手を止めて、彼の質問に答える。
「やっぱり高校生って、恋愛とかそういうの大好きじゃない? だったら、それに便乗すれば生徒たちにもウケるかなって」
「まあ、そうですね。それで、書いた物を販売でもするんですか?」
「いえ、売ったりはしないわ。教師に止められるだろうしね。……あ、でも。文化祭ならそういうこともできるわね」
「今回は無料で配布って辺りですか?」
「どうぞご自由にって感じかな」
「へぇ……」
納得した松川は、パソコンのキーを打ち始めた。言われて即座に作業を始められる辺り、かなり慣れているように見られる。
白城も、この内容について会話をするのも終わりだろうと思って自分の作業に移り、松川の書く恋愛小説を楽しみに思いながらパソコンをいじった。
しかし、白城の予想に反して、松川はすぐに手を止め、不安を口にした。
「でも、本当に僕で大丈夫ですか?」
「だから、大丈夫だって。……それにしても、どうしてそんなに心配がるの?」
さすがの白城も不振に感じて、松川に質問をした。だが、その問いに答えたのは、松川ではなく、もう一人の少年だった。
「俺も松川が書くというのは結構不安だぞ?」
彼の名は佐竹和希。二年六組。松川の小学校からの友人で、彼よりも頭一つ分背が高い。
その佐竹の言葉に対し、白城はさらに困った声で反応する。
「そうなの? というか、どういう感じで不安なのかよくわからないんだけど……」
「どう説明すればいいかなぁ……。例えばさ、恋愛小説って、作者の体験してみたい恋愛ってのが大きく反映されるだろう? 純粋に愛し合いたいとか、性的な経験を入れたいとか、どろどろとした内容にしたいとか……」
彼は白城の後輩だが、敬語を使う気は無いらしい。少々大袈裟に感じる手振りで、彼は長い説明をした。
「まあ、そうね」
「そこで大事なのが、個々の恋愛観というわけだ」
「うん」
「で、問題なのが……」
「問題なのが……?」
佐竹は一瞬溜めを作り、軽く息を吸った後に声を発した。
「松川の恋愛観が異常に歪んでいるという事だよ」
「……はぁ」
白城は、分かったような分からないような曖昧な声を発し、佐竹の続きの言葉を待った。しかし、彼は具体的な内容を示す気が無いのか、
「ま、そのうち分かりますよ」
と、適当な返答をした。
そんな二人の話の中心である松川は、もう一人の男に視線を向ける。
「ところで、梅沢先輩って妹いましたよね?」
「ん? ああ」
次に話題を振られたのは、彼の先輩である梅沢幸太郎。三年二組。生徒会長を務めるべきだと言えるほどにクールで優しさのある先輩、と有名な人物である。
彼も、向かっていたパソコンから目線を外し、松川の方を見た。
「深幸さん、でしたっけ?」
「ああ、そうだ」
彼は五つ下の妹の顔を思い浮かべながら、その問いに肯定した。
次に松川は、率直に、彼に質問をした。
「その妹さんのこと、好きですか?」
松川の問いに、一瞬訝しげな表情をした梅沢だったが、親切に答える。
「……いや、あまり好きではない。可愛らしい奴ではあるが、あくまで幼いからな。騒々しいし、俺にまとわりついてくる。うざったいってのが適切だな」
「そうですか……。じゃあ、そういう設定で行きますね」
「……?」
梅沢と、話を聞いていた白城の表情が不審なものになる。
「……(カタカタ)」
しかし、松川はその後に言葉を続けるつもりはないらしい。キーをタイプし続け、二人が見ていることにも気が付かない。
対して佐竹は、今にも笑い出しそうな表情で、その三人を見ている。
その微妙な空気の中、沈黙を破ったのは、会話に混ざっていなかった少女だった。
「こみち。あんたが書こうとしてる小説の中で、メインヒロインはどんな子?」
彼女の名は桑井紫。二年六組。栗色のふわっとしたセミロングヘアーで、見た目はおとなしそうなのだが、時たま暴力的。そんな感じの少女だ。
彼女が、あきれたとでも言うかのように、松川に質問した。勿論彼女は、彼がどのような答えを返すのか既に分かっている。一年生の時も同じクラスだったのだ。たった一年でも、彼女には理解できる事だった。
そして松川は、隠す気を一切見せずに答えた。
「勿論妹さ!」
教室に、さっきよりも深い沈黙が舞い降りる。
顔を桑井に向けて、笑顔でいる松川のその姿が、異様に痛々しい。
「こういうことだぜ、先輩」
やっと声を発したのは佐竹で、彼は椅子から立ち上がり、そのままドアへと向かっていく。
「じゃ、俺トイレに行ってくるわ」
佐竹がトイレに行き、一人人間が減った文芸部の部室。そこで松川は、白城の質問攻めに合っていた。
「どうして妹をメインヒロインにしたの?」
「そういうシチュエーションが大好きだからです」
「どうして好きなの?」
「お兄ちゃん。良い言葉じゃないですか」
「あなた、妹萌えなの?」
「はい」
「他に属性は?」
「ツンデレと制服ですかね。ツンデレな妹で、なおかつ制服を着た学生だったら発狂ものです」
「ロリコン?」
「違います! 僕はロリっ子にあまり萌えません! 年下は、妹だからいいんです!」
「そんなに熱くならなくても」
「熱くなりますよ! 妹萌えとロリコンは全く別物です!」
「径君、重症じゃない?」
「自覚済みです」
全ての質問を終えたのか、大きなため息とともに白城は机に突っ伏した。どうやら、松川を自分とは別の世界の住人であると判断したらしい。
「俺と妹が付き合うことを楽しみにしてるとか、言うなよ……」
そんな心配事を、今度は梅沢が呟くと、
「まあ、こいつはこんなのなので……。仕方がないと思いますよ……」
と、桑井は溜息をついた。
「あれ、みなさん? 僕の高感度下がっちゃってます?」
「ええ、ガタ落ちよ、ガタ落ち。白城先輩なんかほら、死んでるわ」
「僕、そんなにまずいこと言った?」
「「「そこを自覚しろ!」」」
みんなで叫ぶと同時に、佐竹は帰ってきた。
「で、先輩。結局こいつに恋愛小説を書かせるのか?」
佐竹は自分の席に腰をおろしながら、白城に聞く。
「ううん……。兄妹の恋愛ってのもまあ、一つのシチュエーションとしてありかもしれないけど……」
白城の、兄妹愛を肯定したとも解釈できる答えに、案の定松川は反応する。
「そうですよね!」
「あんたは黙ってなさい!」
そしてこれも予想通り、松川の腹を桑井が殴って黙らせる。
「うぅ……」
「まあ、ここには部員がまだいるわけだし」
「他の人に書かせるのか」
「うん。……いえ、違うわ。他の人にも書かせるのよ」
そう言って白城は、佐竹を指差した。
「こんどはあなたにお願いしてみるわ、和希君。恋愛小説を書いてくれない?」
「はは、俺か……」
白城の手際良さに佐竹は苦笑し、
「いいですよ」
なぜか、見た者を不快にさせるような笑みを浮かべた。
「嫌な予感しかしないわ……」
白城がそう呟いたのは、二年男子二人に小説を書くよう頼んでから一時間後の事である。
「奇遇ですね。あたしも同じ心境です」
その言葉に桑井が賛同する。
「ここはほら、女の子二人の同盟を組むべきよ。二人で違う小説を読んで、その後互いに励まし合う。この作戦で乗り切りましょう」
「いいですよ。相手を励ますような余力があるのか不安ですけど」
そうして二人は、彼らの一時間分の書きかけ小説が躍るパソコンの前に座った。
白城は佐竹の小説を、桑井は松川の小説を読むことになったようだ。
どちらの男も、自信満々の表情で少女達を見ている。腰に手を当てるその姿に苛立たない訳もなく、少女二人は早速批判の声を上げる。
「あの、まずどれからツッコめばいいのかいいのかわからないけれど……。主人公の名前が梅沢先輩と漢字が違うだけで、妹の年齢やら名前やらもそんな感じで似通っているのは、梅沢先輩殺しかしら?」
「なんだよその右手で何かを防ぎそうな名前は。故意だよ」
「故意なのっ! 梅沢先輩がかわいそうだよっ!」
「……やめてくれ」
二人の会話で梅沢が珍しく涙目になり、そんなことも知らずに桑井は小説を読み続けた。
「自作の小説を目の前で読まれるのには大分慣れたけど、やっぱり緊張するな」
そう言って、白城の顔を見つめるかのようにして呟く佐竹の作品は、
「これ、よく女の子に自信満々で見せようと思ったわね……」
純粋に、エロかった。
「どうして出だしからこんな状況なのよ。これ絶対、恋愛小説というよりも官能小説でしょ」
「まあ、あながち間違ってもいないな」
「開き直らないでよ! 取り敢えず恋愛小説なんだから、出会いとかから始めなさいよ!」
「こっちの方が、高校生にウケると思いますけどね」
「これはそうだけど、屈辱的よ!」
白城は精神的に激しい苦痛を感じるも、頑張って彼の小説を読み続けるのだった。
で、十分後。
「先輩、読み終わりましたか?」
「ええ、ちょうど」
白城が頷き、教室内に異様な緊張感が発生する。
「じゃあ、こうしましょう。せーので感想を口にする」
「いいわ。ちょっと待ってね、頭を整理する。……ん。おっけい」
「じゃ、いきますよ。せーの――」
二人は同時に息を吸った。そして、感想を叫ぶ。
「「続きが気になる!」」
まさかのシンクロだった。
「マジですか!」
「ほらな!」
そうして男二人も歓喜の声を上げた。
「どうして、こんな梅沢先輩殺し設定なのに、続きが気になるの! なんか、妹にかなり萌えられるし、先輩もカッコイイし、しかもなぜか途切れ方がちょうど良すぎるし!」
「エロなのに、エロだけじゃない! 何この謎の感動! 表現とかすごく色っぽくて、興奮をそそるのに、なんでこんなにも物語性が!」
その後も口々に感想を叫んだ二人は、落ち着いた頃、梅沢に向かって、
「「梅沢君(先輩)もよんでみな(みてください)よ!」」
と叫んだ。
「え? あ、いや、それはさすがに……」
しかし、梅沢は困ったように二人から目を逸らす。さすがにこの状況で進んで兄妹愛の小説やらエロ小説やらを読む気にはなれず、両手を挙げて回避しようとした。
「いや、読んでおくべきですよ!」
「そうだぜ、先輩!」
しかし、それに男二人も参戦して、四人が梅沢に詰め寄る事になった。
「梅沢君!」
「梅沢先輩!」
「先輩!」
「先輩!」
「いや……この状況はいくらなんでもおかしいだろ……」
四人に囲まれて、苦笑するしか無くなった梅沢。助けを求めようとするも、この空間では無意味だ。そんなどうしようもない状況から彼を救ったのは、チャイムだった。
《キーンコーン……》
「「「「……」」」」
その音を聞いて、騒々しかった四人が無言になる。
どうしようもない空気がその場を支配し、彼らを解散させた。
「……これじゃあ仕方がないわね」
「もう、残念だなぁ」
「あーあ……」
「全く、タイミングの悪いチャイムだぜ」
「ふぅ……」
この学校には、学校から帰らなければならない時間と言う物が存在する。文芸部は、いつもその時間まで活動しているのだ。
たかが文芸部が、そんなに熱心に活動するのか……。と、呆れの声が生徒たちの間で聞こえるのは仕方がない事だろう。
しかし、そんな大変そうな文芸部だが、当の彼らは文句を一切言わない。
それどころか、その部活の時間を楽しみ、短いと感じているとさえ思われる。
そうして今日の部活の時間も終わりを迎え、彼らは律儀に校舎内から退散した。
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帰り道での事である。
市外から通う梅沢、白城、桑井の三人は、電車での通学なので、いつも三人で固まって下校している。
松川と佐竹は、中学校は同じなのだが、家の方向は全く正反対だ。そのため、彼らは独りで帰っていた。
しかし、新学期に入って松川には、一緒に下校する人間が出来ていた。
「よっ」
「……」
その相手とは、今年文芸部に入部してきた少女である。
彼女の名は亀谷幽香。一年一組。とにかく無口で、身長も小さい。それでも、無表情と言うわけではなく、微笑んだり悲しんだりと表情豊かではあるのだ。
「もう一ヶ月は経つけど、慣れたか?」
「……(こくり)」
今日の部活での彼女の状況から分かるように、あまり文芸部の会話に混ざってくることはない。常に自分の席で文庫本を読んでおり、部員の問いを無視することは無いのだが、自分から話そうとは決してしない。
――せっかく同じ部活になったんだからな。
そんな彼女に対して松川は、帰り道が同じであることを利用して、彼女と共に帰ることにしたのだ。無口な彼女との繋がりは、自分から保とうとしないと途切れてしまう。それが松川の考えだ。
「そういえばさ、お前って、どういう本読んでるの? 文庫本のようだけど……」
そう松川が問うと、彼女は自分が今日読んでいた本をカバンから取り出した。
その本は、松川も見たことがある。どこで見たのかと自分の脳内に検索をかけていると、
「今日はいわゆる普通の文庫本を読んでいました」
という答えが返ってきた。
彼女の物言いに何か妙な強調が付けられていたと感じた松川は、先ほどの検索を終えた。
――そうだ、『読んでほしい文庫百選』だかなんだかに入っていたやつだ。
「つまり、お前にとって普通じゃない文庫本ってのは、これか?」
そう言って彼は、自分の持っている本を取り出した。
その本の表紙には、アニメ絵で書かれた可愛らしい少女が描かれている。
「……(こくり)」
亀谷は再び無言で頷いた。
「普段はラノベを読んでるってことか?」
「……(こくり)」
「そうか……」
松川にとってライトノベルと呼ばれる軽文学小説は、いつも普通に読んでいる本だ。だが、世間で普通のものとみなされているかというと、そうではない。きっと亀谷は、学校や親の前などでは普通の文学小説を、独りの時はライトノベルを読んでいるのだ。
「でも……」
そう思索していると、彼女の声が挟まれた。
「恋愛小説も、読みますよ」
その答えは、自分がさっき一番に聞きたかった事の答えだ。今日部活でその話をしたから、彼女はどうなのか聞く。ただそれだけだ。
「はは、意外だな」
そう笑ってごまかしたものの、彼は一つ、彼女が自分と同じことを考えているのではないかと考えた。
――どうして恋愛小説は、表なんだろうな。
――ラノベももっと、ポピュラーになるべきだよ。
しかし、彼はそのことは口にせず、軽い会話を続けることにした。
「普段無口だからさ、そういう物には疎いんですってイメージがあるよ」
「ええ、自分でも似合わないなって思います」
「そうなのか。……ま、いいんじゃないか?」
「……(こくり)」
一つの話題を終えて、次に発展する事もなく沈黙が訪れた。
この時期はまだ夜が来るのが早い。辺りは優しい闇に包まれ、西の方が少しだけ紅く染まっているのが見える。
松川はその光景を見ながら、視界の端に亀谷をとらえていた。
――可愛いよなぁ。
彼女は、無口であるものの、外見は非常に良いものだった。さらりとした髪に、常に浮かべている僅かな微笑み、か細い体躯に、幼さの残る身長。松川だけでなく、多くの男に保護欲と言う物をもたらすような彼女は、己の小さな感情の中に、悦を感じていた。
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駅のホームでの事である。
彼らが通う高校は、田舎と言える県の中でもある程度都会と言えるだろう市にある。なんともややこしい説明だが、これが最も適切であろう。
そのため、駅のホームに立つ人間は学生がほとんどであり、彼らもその中の一つと化していた。
「どうして突然恋愛小説なんて言い出したんですか?」
その彼らの中の一人、桑井は、文芸部部長である白城に質問をした。
「ん? さっき説明したじゃない」
「いえ、あれでもまだ納得しないというか、何か別な理由がありそうというか……」
「まあ、俺も同感だな」
それに梅沢も参加して、白城は仕方がないという風に口を開いた。
「全く、あなた達って無駄に鋭いのね。……いえ、私が隠すの下手なだけかしら?」
「多分後者だと思いますが、ぼかさないで教えて下さいよ」
「う……。こ、こほん。まあ、どう説明すればいいかわからないけれど、文芸部って本当に影が薄い部活じゃない?」
「……ああ、確かにそうだな」
「だから、たまには足掻いてみようかなって。文芸部はこんなにも活動して、頑張ってますよっていうのを、生徒達に伝えたいというか……」
白城が言い淀んだところで、桑井は自分の解釈を述べる。
「つまり、私達の活動を高校に広めたいってことですか?」
「まあ、そういうこと……なのかな?」
「ほぉ……」
すると桑井が、何かを思いついたという表情をする。
「じゃあ先輩! 六人が書いた小説を学校のホームページに掲載するってのはどうですか!」
「学校のホームページ……?」
しかし、桑井に対して白城は、分からないという表情をした。
「なんだ、知らないのか?」
それを見た梅沢が、白城に説明をする。
「この学校、公式なホームページがあるんだぞ? 入試の情報とか、各部の説明とか、各学年の配布プリントの一覧とかが載ってるんだ」
「そうなの?」
「ああ。ほら、この間六人……と先生で写真を撮っただろう。あの写真も載っている」
「へぇ……。顔写真がネットに載るってのも嫌な話ね」
「まあ、確かにそうですけど……。でも! 小説を刷ってどこかに置くとか、そういう事をするよりもお金がかからなくていいじゃないですか!」
「まあ、確かにそれは利点だけど……」
「だけど……?」
渋い顔をした白城は、あごに手を当てて言う。
「学校外の人でも見れるってことよね……?」
「ああ……確かにそうですね」
「そうだな」
そして二人も白城と同じポーズをとった。
「パスワードってのもありだけど……面倒ですよねぇ」
「いっそ見られてもいいと思うんだが……?」
「いやよ。批判とかされたくないし」
「だったら学校内でも同じだろう」
「それはいいのよ、別に……」
三人で悩んでいると、電車が来てしまった。
古い線路を電車が走る音が聞こえて、三人のそれぞれの呟きはかき消されてしまう。電車が停止し、乗っていた学生は降り、待っていた学生は電車に乗り込んでいく。
「まあ、この話はお預けという事にするわ」
「そうですか……」
桑井が残念そうな表情をし、
「小説が完成してから考えましょ?」
「まあ、そうだな」
梅沢が目を瞑って呟いた。
そうして彼らも、周りの波に乗って行った。
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大型書店での事である。
一人で帰っていた佐竹が、書店に来ていた。
「発売日だぜ~、発売日だぜ~」
妙な節を付けて歌い、彼は自動ドアをくぐった。
今日は彼が愛読する文庫の発売日らしい。毎月同日に、一斉に本を発売する文庫なので、彼は毎月この日はここに顔を出している。もっとも、その他の日にも彼は来るため、得別この日がどうと言うわけでもない。
彼は迷いを見せずに、本棚の一角へと向かった。勿論ライトノベルが陳列する棚である。
「あれ、森田じゃん」
するとそこには、彼のクラスメイトの友人がいた。
「おお、和希」
「今日は電撃文庫の発売日だからな。ちゃんとチェック済みだぜ」
「はは。……んなの普通だ」
そう言って森田と呼ばれたクラスメイトは、目的の本を棚から取り出す。可愛らしい制服を纏った少女がなにやら大きな武器を持っている絵柄だ。パンチラしている辺りがこの文庫の作品らしい。
「あらあら奥さん、それ私も買おうとしてよ」
「気持ちが悪い、普通に喋れ。というかもう一冊無いのか?」
「ある」
「なら強調させることもないだろうに……」
森田は呆れたように溜息を吐き、もう一冊違う本を手に取った。
「せっかく友人に会ったのに、普通の会話をして終われるかよ」
「はは。……同感だ」
小さな笑みと共に苦笑して、その後に真顔で付け足すのが彼の癖のようだ。妙な不気味さを醸し出している。
彼は、会計の方へと歩いて行った。
「あいつ、実はクーデレなのか? ……怖気がする」
わざとらしく身震いをして、森田の後ろ姿を眺める佐竹。
そんな彼もまた、同じように本をもう一冊取り上げた。
「自分の作品も、こうやって書店に並ぶ日が来てほしいもんだな」
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梅沢の家での事である。
「おかえり、お兄ちゃん!」
彼の妹、深幸が、満面の笑みで彼を出迎えた。
「ああ」
それを軽く受け流し、梅宮は家に入ろうとする。
「駄目だよ、お兄ちゃん! おかえりって言われたら、ただいまって言わないと!」
「ははっ。まったく。ただいま、深幸」
「うん。おかえり、お兄ちゃん」
なんとも微笑ましい光景である。中学一年生だというのに、周囲のそれよりも幼い印象を与える妹は、自分が甘やかして育てたせいだろうか。彼は妹を見るたびにそう思う。
そんな心配事をする梅沢をよそに、妹は満足したのか彼の前から去って行った。
「ああ、今日の晩飯はカレーか。ベタだな……」
彼は、家の中に漂う匂いを嗅いで、そんなことを考えていた。
彼らの日常はあくまで日常であり、別段多く語ることもない。
異能を持った者もいなければ、争いもない。深刻な悩みを抱えているわけでもなければ、互いに大事な隠し事をしているわけでもない。
どこにでもいるような、普通の高校生達だ。
ただし、平凡な彼らにも、確かな物語は存在した。