姉は不要と判断された~奪うことしか知らない妹は、最後に何も残らなかった~
妹は、なんでも欲しがる子だった。
最初は、可愛いものだったと思う。
おもちゃやお菓子、綺麗なリボン。私の手にあるものを見て、「それ、いいな」と笑うだけの、よくある光景。
――ただ、それだけで終わらなかった。
「お姉ちゃんなんだから、譲りなさい」
両親はいつもそう言った。
最初は嫌だと泣いたこともある。けれど、そのたびに叱られて、最後には必ず私が手放すことになった。
気付けば、諦めることを覚えていた。
服も、アクセサリーも、友人も。
妹は「いいな」と言えば手に入れ、私はそれを見送る。
それが、この家の当たり前だった。
婚約が決まった時も、私は少しだけ不安だった。
きっとまた、と思ってしまったからだ。
彼は穏やかな人だった。
私の話をよく聞いてくれて、必要以上に踏み込まず、それでも離れない距離で寄り添ってくれる人。
――だから、少しだけ。
今度は大丈夫かもしれない、と。
そう思ってしまった。
「素敵な人だったわね」
妹が言ったのは、婚約者を家に招いた日のことだった。
視線の向け方で分かる。
ああ、と思った。
「私の方が似合うわ」
軽い口調だった。
けれど、それが冗談でないことを、私は知っている。
止めようとは思わなかった。
思えなかった。
止めても無駄だと、知っていたから。
その日も、いつもと変わらない午後だった。
用意されたお茶を囲み、他愛のない会話が続く。
穏やかで、ありふれた時間。
……ただ一つ、いつも通りの異物がそこにあるだけで。
「お義兄様」
妹が彼ににこやかに声をかけた。
カップを置き、ほんの少しだけ椅子を引く。
それだけで自然と彼との距離が近くなる。
「お姉さま、昔からとても優しいんです。だから、つい甘えてしまう人も多くて……」
やわらかな口調。
褒めているはずの言葉なのに、どこか引っかかる言い方だった。
「そうだね」
彼は穏やかに微笑み、そのまま妹の話を聞いている。
楽しそうに、嬉しそうに、妹は言葉を重ねていく。
「あの人はもう私のものね!」
くすくすと妹が笑う。
場にそぐわない軽やかさで。
両親は妹の言葉にわずかに目を細めた。
「ふむ、あの家も我が家と縁を結べさえすれば良いだろう」
父が軽く同意する。
「ええ。あの方にとっても、その方が良いわ」
母もまた、穏やかに頷いた。
その言葉を受けて、妹は嬉しそうに笑う。
「でしょう? お姉さまより私の方がずっと、隣に立つに相応しいわ」
くすり、と。
こちらを見て、楽しげに。
まるで、最初から決まっていたことのように。
――ああ。
その時、ようやく理解した。
この家に私は――不要なのだと。
声に出すことはなかった。
出す必要もなかった。
ただ、静かにそう思っただけだ。
その日は、久しぶりに二人きりだった。
妹は母と買い物に出掛けている。
「少し、踏み入ったことを言っていいかな」
いつもと同じ、穏やかな声だった。
頷くと、彼は静かに続ける。
「この家は、君に相応しくない」
あまりにも自然に言うから、意味を理解するのに少し時間がかかった。
「だから私は、君に相応しい場所を用意した」
思わず顔を上げる。
彼は変わらず穏やかに笑っていた。
「既に話は通してある。私の親戚筋だが――あたたかな家だ」
淡々とした言葉。
けれど、その一つひとつが、今まで触れてきたものとは違っていた。
「……どうして」
思わず、そう口にしていた。
彼が僅かに目を細める。
両親と同じしぐさ。
けれど、そこにある温度はまるで違った。
「手放す理由が、私にはない」
静かな声だった。
「家族になるなら、君がいい」
言葉が胸の奥に落ちていく。
家族。
奪われて、疲れて、諦めたもの。
――もう、手に入ることはないのだと思っていた。
言葉にならないまま、視界が滲んだ。
理由を考えるよりも先に、涙が頬を伝っていた。
数日後、私は家を出た。
引き留める声はなかった。
それどころか、両親は白紙になった婚約の代わりを整えるのに忙しく、妹は後釜に座るために新たなドレスを注文していた。
さよならの一言さえなく、生まれ育った家を離れた。
新しい家はとても賑やかだった。
男ばかりで女の子が欲しかったと、本気で泣く夫人。
良かった良かったと、夫人に同調して泣く主人。
細すぎないか、折れそうだと騒ぐ兄が三人。
誰も奪わない。
当たり前のように、そこにいさせてくれた。
手放したはずのものを、寂しいと思うことさえ忘れていた。
ただ、そこにいることを許される。
それが、こんなにも穏やかなものだとは知らなかった。
新しい家族に受け入れられてから、数日後。
正式に養女として迎えられ、婚約もこの家の娘として結び直された。
その知らせを受けてか、彼が訪ねてきた。
「不便はないかい?」
穏やかな声で、彼が尋ねる。
「不便などさせていないぞ!」
「妹は可愛い!」
「嫁にはやらん!」
答える前に、背後で仁王立ちしていた兄たちが叫ぶ。
この大声にも、もう慣れてしまった。
「……少し誤算だったな」
「?」
「君が、これほどすんなり受け入れられるとは……」
こぼれる苦笑い。
初めて見る表情。
可愛いと、不謹慎にも思ってしまった。
「ふふ」
自然とこぼれた笑い声。
胸の奥が温かかった。
一方で。
「どうして……?」
妹は首を傾げていた。
「お姉さまがいなくなったのに、なんで……?」
欲しいものは、手に入るはずだった。
いつもそうだった。
なのに。
婚約者は手に入らない。
すでに新しい婚約がまとまったと、あっさり告げられた。
新しい話も来ない。
話が出ても、どこか歯切れの悪いまま、やんわりと断られる。
――まるで、最初から選択肢にないかのように。
周囲の視線が、少しずつ変わっていく。
噂話はいつの間にか広まっていた。
人のものを欲しがること。
手に入れた途端に飽きること。
そして、残ったものを大切にしないこと。
「……なんでよ」
手元には、何も残っていなかった。
昔奪ったものはどれも色褪せ、部屋の隅に積まれている。
友人もいつの間にか離れていた。
次に欲しいものを見つけても、もう手は伸ばせない。
――誰も、差し出してくれないから。
「どうして……私の方が、上なのに」
その問いに答える者はいない。
彼女は最後まで理解しなかった。
自分が“選ばれる側ではなかった”ことを。
姉は不要と判断された。
――かつての家族に。
けれど。
本当に不要とされたのは、どちらだったのか。
その答えは――
彼女を選び、迎えた者たちが知っている。




