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不要とされたシリーズ

姉は不要と判断された~奪うことしか知らない妹は、最後に何も残らなかった~

作者: ゆめ@マンドラゴラ
掲載日:2026/05/13

 妹は、なんでも欲しがる子だった。


 最初は、可愛いものだったと思う。

 おもちゃやお菓子、綺麗なリボン。私の手にあるものを見て、「それ、いいな」と笑うだけの、よくある光景。


 ――ただ、それだけで終わらなかった。


「お姉ちゃんなんだから、譲りなさい」


 両親はいつもそう言った。

 最初は嫌だと泣いたこともある。けれど、そのたびに叱られて、最後には必ず私が手放すことになった。


 気付けば、諦めることを覚えていた。


 服も、アクセサリーも、友人も。

 妹は「いいな」と言えば手に入れ、私はそれを見送る。


 それが、この家の当たり前だった。


 


 婚約が決まった時も、私は少しだけ不安だった。

 きっとまた、と思ってしまったからだ。


 彼は穏やかな人だった。

 私の話をよく聞いてくれて、必要以上に踏み込まず、それでも離れない距離で寄り添ってくれる人。


 ――だから、少しだけ。

 今度は大丈夫かもしれない、と。


 そう思ってしまった。




「素敵な人だったわね」


 妹が言ったのは、婚約者を家に招いた日のことだった。


 視線の向け方で分かる。

 ああ、と思った。


「私の方が似合うわ」


 軽い口調だった。

 けれど、それが冗談でないことを、私は知っている。


 止めようとは思わなかった。

 思えなかった。


 止めても無駄だと、知っていたから。




 その日も、いつもと変わらない午後だった。


 用意されたお茶を囲み、他愛のない会話が続く。

 穏やかで、ありふれた時間。


 ……ただ一つ、いつも通りの異物がそこにあるだけで。


「お義兄様」


 妹が彼ににこやかに声をかけた。


 カップを置き、ほんの少しだけ椅子を引く。

 それだけで自然と彼との距離が近くなる。


「お姉さま、昔からとても優しいんです。だから、つい甘えてしまう人も多くて……」


 やわらかな口調。

 褒めているはずの言葉なのに、どこか引っかかる言い方だった。


「そうだね」


 彼は穏やかに微笑み、そのまま妹の話を聞いている。

 楽しそうに、嬉しそうに、妹は言葉を重ねていく。




「あの人はもう私のものね!」


 くすくすと妹が笑う。

 場にそぐわない軽やかさで。


 両親は妹の言葉にわずかに目を細めた。


「ふむ、あの家も我が家と縁を結べさえすれば良いだろう」


 父が軽く同意する。


「ええ。あの方にとっても、その方が良いわ」


 母もまた、穏やかに頷いた。

 その言葉を受けて、妹は嬉しそうに笑う。


「でしょう? お姉さまより私の方がずっと、隣に立つに相応しいわ」

 

 くすり、と。

 こちらを見て、楽しげに。


 まるで、最初から決まっていたことのように。


 ――ああ。


 その時、ようやく理解した。

 この家に私は――不要なのだと。


 声に出すことはなかった。

 出す必要もなかった。


 ただ、静かにそう思っただけだ。




 その日は、久しぶりに二人きりだった。

 妹は母と買い物に出掛けている。


「少し、踏み入ったことを言っていいかな」


 いつもと同じ、穏やかな声だった。

 頷くと、彼は静かに続ける。


「この家は、君に相応しくない」


 あまりにも自然に言うから、意味を理解するのに少し時間がかかった。


「だから私は、君に相応しい場所を用意した」


 思わず顔を上げる。

 彼は変わらず穏やかに笑っていた。


「既に話は通してある。私の親戚筋だが――あたたかな家だ」


 淡々とした言葉。

 けれど、その一つひとつが、今まで触れてきたものとは違っていた。


「……どうして」


 思わず、そう口にしていた。

 彼が僅かに目を細める。


 両親と同じしぐさ。

 けれど、そこにある温度はまるで違った。


「手放す理由が、私にはない」


 静かな声だった。


「家族になるなら、君がいい」


 言葉が胸の奥に落ちていく。


 家族。

 奪われて、疲れて、諦めたもの。


 ――もう、手に入ることはないのだと思っていた。


 言葉にならないまま、視界が滲んだ。

 理由を考えるよりも先に、涙が頬を伝っていた。

 



 数日後、私は家を出た。

 引き留める声はなかった。


 それどころか、両親は白紙になった婚約の代わりを整えるのに忙しく、妹は後釜に座るために新たなドレスを注文していた。


 さよならの一言さえなく、生まれ育った家を離れた。


 新しい家はとても賑やかだった。


 男ばかりで女の子が欲しかったと、本気で泣く夫人。

 良かった良かったと、夫人に同調して泣く主人。

 細すぎないか、折れそうだと騒ぐ兄が三人。


 誰も奪わない。

 当たり前のように、そこにいさせてくれた。

 手放したはずのものを、寂しいと思うことさえ忘れていた。


 ただ、そこにいることを許される。

 それが、こんなにも穏やかなものだとは知らなかった。




 新しい家族に受け入れられてから、数日後。

 正式に養女として迎えられ、婚約もこの家の娘として結び直された。


 その知らせを受けてか、彼が訪ねてきた。


「不便はないかい?」


 穏やかな声で、彼が尋ねる。


「不便などさせていないぞ!」

「妹は可愛い!」

「嫁にはやらん!」


 答える前に、背後で仁王立ちしていた兄たちが叫ぶ。

 この大声にも、もう慣れてしまった。


「……少し誤算だったな」

「?」

「君が、これほどすんなり受け入れられるとは……」


 こぼれる苦笑い。

 初めて見る表情。


 可愛いと、不謹慎にも思ってしまった。


「ふふ」


 自然とこぼれた笑い声。

 胸の奥が温かかった。




 一方で。


「どうして……?」


 妹は首を傾げていた。


「お姉さまがいなくなったのに、なんで……?」


 欲しいものは、手に入るはずだった。

 いつもそうだった。


 なのに。


 婚約者は手に入らない。

 すでに新しい婚約がまとまったと、あっさり告げられた。


 新しい話も来ない。

 話が出ても、どこか歯切れの悪いまま、やんわりと断られる。


 ――まるで、最初から選択肢にないかのように。


 周囲の視線が、少しずつ変わっていく。

 噂話はいつの間にか広まっていた。


 人のものを欲しがること。

 手に入れた途端に飽きること。

 そして、残ったものを大切にしないこと。


「……なんでよ」


 手元には、何も残っていなかった。


 昔奪ったものはどれも色褪せ、部屋の隅に積まれている。

 友人もいつの間にか離れていた。


 次に欲しいものを見つけても、もう手は伸ばせない。


 ――誰も、差し出してくれないから。


「どうして……私の方が、上なのに」


 その問いに答える者はいない。

 彼女は最後まで理解しなかった。

 自分が“選ばれる側ではなかった”ことを。



 姉は不要と判断された。

 ――かつての家族に。


 けれど。


 本当に不要とされたのは、どちらだったのか。


 その答えは――

 彼女を選び、迎えた者たちが知っている。


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― 新着の感想 ―
居なくなった途端人が離れたってことは、姉は譲らされるだけじゃなくフォローまでさせられてたんだろうなぁ。
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