08アルノッドと共にただのフローラとして自由に生きる【完】
王族でありながら常に一歩引いた場所から王家の行く末を見つめる。その彼が、この場で初めて公に王家に対して異を唱えたのだ。
結局、国王は退位を余儀なくされ王位はルールクアに譲られることになった。王位継承権を持たないとされてきた即位は異例中の異例だが、穏やかな人柄とフローラを救った功績が混乱した国民の心に一筋の光をもたらした。
新たな国王となったルールクアは、混乱した国政を立て直すため日々奔走。これまで隠蔽されてきた王家の不正を正し、国民の信頼を取り戻すための改革を次々と推し進めていく。
フローラは、改革において最も強力な協力者となった。力は不正を見抜き、真実を明らかにする上でかけがえのないものとなったのだ。
レナード王子とルミエール嬢は王位継承権を剥奪され、辺境の地でひっそりと暮らすことになったとか。
王家の陰謀に利用された被害者でもあったが、自らの行動が引き起こした結果を受け入れるしかなかった。フローラ自身も。
「はぁ〜〜〜……やっと終わったわね。ほんと疲れたわ」
王城のバルコニーで大きく伸びをした。隣には優しい眼差しで見つめるルールクアが。瞳は藍色の空を映し出すように澄み切っている。
「フローラ、本当にありがとう。君がいなければ国はもっと深い闇に沈んでいたかもしれない」
「お礼なんていらないわ。やりたかったことだし。あんたも頑張ったじゃない。まさか、国王になるなんてね。人生何が起こるか分からないもんだわね」
フローラは笑った。顔には貴族としての不満も王子への嫌悪も、もうない。清々しい達成感と未来への希望が満ち溢れている。
「フローラ……君は、これからどうするんだ?」
ルールクアが尋ねればフローラは空を見上げる。内乱の傷跡を感じさせない、清々しい空が広がっていた。
「さあね。でも、もう誰にも縛られないわ。公爵令嬢でも王族でもない。ただのフローラとして自由に生きる。アルノッドと旅に出るのもいいし、国の復興を手伝うのもいい。もちろん困ってたら、たまには助けてあげてもいいけどね」
フローラの言葉にルールクアは優しく微笑んだ。
「そうか。君が望むならどんな道でも応援する。もし君が望むなら……いつでも、僕の隣にいてほしい」
フローラの頬が少し赤くなる。今まで一度も王妃として求めたことはなかった。一人の人間として自由を尊重し、共に歩みたいと願っているのだ。
「ふん。簡単にいくと思わないでよ。国王様なんだから、私なんかよりもっと可愛い王妃様を見つけなさいって」
ルールクアの手を握り返す。王都は新国王の下で着実に復興の道を歩み始めていた。フローラは王城の改革に尽力し、聡明さと持ち前の行動力で多くの人々の信頼を得ている。
不正を正し、混乱を収める上で計り知れない貢献をした。フローラ自身は王城での生活に完全に馴染むことはない。彼女の心は常に新しい自由を求めていた。
ある日の午後。フローラはルールクアに申し出た。
「ルールクア。私国を離れるわ」
驚いた顔でフローラを見た。
「……そうか。君らしいな。だが、国の復興はまだ道半ばだ」
「分かってるわ。でも、あんたがしっかりやりなさいよ。もう誰かのために生きる人生はこりごりなの。困ってたら、いつでも手助けはするけどね。もっと見たいものや知りたいことがあるの」
いつもの藍色の空のように澄み渡り、そこには確固たる決意がある。フローラを止める権利も理由もないことを悟る。
「分かった。君の自由を僕は尊重する。だが、必ず無事でいてくれ。たまには僕に君の旅の話を聞かせてほしい」
「もちろんよ。じゃあ、アルノッド!旅の支度、お願いね!」
アルノッドは深々と一礼した。
「かしこまりました、フローラ様。お茶漬けの準備も万端にさせていただきます」
そして数日後。アルノッドと共に小さな船に乗って王都を旅立った。力はもう誰にも束縛されることはない。新たな地平を求め再び自由な旅に出たのだ。
船は一路、東の海へと進む。甲板に立ち、潮風に髪をなびかせながら水平線の彼方を見つめている。表情は希望に満ち溢れていた。人生は何が起こるか分からないものだ。
数週間後。とある貿易港に立ち寄ったフローラとアルノッドは思わぬ人物に遭遇する。賑やかな市場の一角で見覚えのある憔悴した顔を見つけたのだ。
「あれって……」
フローラが指差す先には元婚約者、レナード王子と彼と駆け落ちしたルミエール嬢の姿が。以前の華やかさは微塵もなく、質素な身なりで市場の片隅で小さな店を切り盛りしている。
レナードは見せたことのない真剣な表情で客と話し、ルミエールはぶりっ子のような仕草は消え失せ、真面目な顔で品物を並べている。
フローラは彼らに気づかれないよう、物陰から様子を窺う。王家を追放され、辺境で暮らしていることは知っていたがこんな場所でこんな風に生活しているとは想像していなかった。
「彼らも彼らなりに新しい人生を歩んでいるようですね」
アルノッドが静かに呟いた。
「……みたい。なんかあの二人、以前よりまともになってる気がする。っていうか、レナード、あんな真面目な顔もできるんだ。ちょっと気持ち悪い」
フローラは毒づきながらもどこか複雑。憎悪すら抱いた相手だが今となっては、もはや何の感情も湧いてこない。互いに違う道を歩んでいる、それだけの存在。
レナードがふと顔を上げた視線が、フローラが隠れている場所を捉えた気がする。咄嗟に身を隠した瞳が、一瞬だけ婚約者を探すように揺れ動いたのを確かに見た。
静かにその場を離れる。彼らに声をかけることはしなかった。互いにもう交わることのない別々の人生を歩んでいるのだから。




