03「実は……僕は王家の一員だ」「そんな……じゃあ、私が王都に連れ戻されることを知っていたのは」
ルールクアが掘り終えるまでのわずかな時間を稼ぐために。騎士が剣を構え、フローラに向かって駆け寄ってくる。その時、フローラの頭上を何かがものすごい速さで通り過ぎた。
「ぎゃっ!」
騎士が短い悲鳴を上げて倒れた。肩にはルールクアが投げたと思われる石が正確に命中していた。
「まさか……」
フローラがルールクアを見た。彼は既に駆け出して、さらに遠い場所に。
「フローラ、来てくれ!」
ルールクアの声が風に乗って届く。迷わず彼の後を追った。
「こっちだ!この道を行けば岩場の向こうに出られる!」
ルールクアの案内で足場の悪い獣道をひたすら駆け抜けた。息は切れ、体は悲鳴を上げていたが後ろから聞こえる騎士たちの追撃の音に立ち止まる選択肢はない。
アルノッドはというと、いつの間にか別行動をとっていた。彼のことだから、きっと何か策があるのだろうと信じている。
どれくらい走っただろうか。ようやく開けた場所に出ると入り組んだ小さな入り江になっていた。岩場に隠れるように一艘の小型の帆船が停泊している。
「これに?」
フローラが尋ねるとルールクアは頷いた。
「この船なら、沖に出てしまえば追いつけない。ここから離れるんだ」
ルールクアは手早く帆を広げ、ロープを操り始める。言われるがままに船に乗り込み、指示に従って補助をした。驚くほど手際の良いルールクアの動きに彼の素性が単なる絵描きではないことを確信。
船が岸を離れ、波間を滑り出すと追手の騎士たちの声は次第に遠ざかっていった。甲板に座り込み大きく息を吐く。
「ふぅ……間一髪だったわ。一体何者?絵描きがこんな船、普通に操れないでしょ」
問いにルールクアは答えた。
「僕は国の海図を専門に描いている者だ。だから、このあたりの地形には詳しい。少しばかり船の操縦も心得ている」
「海図専門?へぇ……って、ちょっと待ちなさいよ。その割に王都からの船が来たことにやけに詳しかったじゃない?内乱がどうとかってどこで聞いたの?」
言葉の端々に引っかかるものを感じていた。ルールクアはしばらく黙っていたが観念したように口を開く。
「実は……僕は王家の一員だ」
あんぐりと口を開けたまま固まった。
「はぁあああああ!?冗談でしょ!?あんたが王家ってどういうこと!?王子はレナードだけだったはずじゃ……隠し子とか?!」
「違う!落ち着いてくれ、フローラ」
ルールクアは焦ったように言った。
「僕はレナード王子の異母弟だ。亡くなった先代王の隠し子、ということになっている。僕の存在は王家のごく一部の者にしか知らされていなかった。王位継承権から完全に外され、自由な身として育てられてきたんだ。もちろん、監視はあったが」
目を瞬かせた。言われてみればルールクアの顔立ちは、どことなくレナード王子に似ている。穏やかで思慮深い雰囲気はレナードとは全く違っていた。
「そんな……じゃあ、私が王都に連れ戻されることを知っていたのは」
「ああ。内乱の動きが加速し、王家がフローラを、大義名分として利用しようとしていることを独自に掴んでいた。だから、警告したかったんだ。巻き込みたくなかった」
ルールクアは言うと真っ直ぐにフローラの瞳を見つめた。碧色の瞳には偽りのない真摯な光が。
「そういうことだったのね……なんか、ごめん。いきなり隠し子とか言って。でも、なんで助けようと?」
「君のことは以前から知っていた。王都の社交界で誰よりも聡明で、誰よりも王子の本質を見抜いている令嬢だと。理不尽な状況に巻き込まれるのは見ていられなかった」
フローラの頬がほんのり赤くなる。今まで言われてきたどんな甘い言葉よりもずっと胸に響いた。
「ま、あんたも王族なら、もう完全に自由の身ってわけにはいかないわね。でも、私もこの際だから聞いちゃうけど。本当にレナードみたいに女癖悪かったり、裏でこそこそ画策したりしないの?」
あけすけな問いにルールクアは苦笑した。
「そんなことはしない。絵を描き、海を愛する一介の人間でいたい。王位など望んではいない」
「……そ。なら、いいわ」
フローラは不貞腐れたように呟き、顔をそっぽに向けた。本当は安堵していたのだ。また誰かに裏切られるのではないかという不安が少しだけ和らぐ。
船はどこまでも続く青い海原を進んでいく。後ろを振り返るとカームハーバーの灯台が、夜の帳に霞んで小さく見えた。
「これから、どうするのよ?このまま船で世界一周とか言い出さないでしょうね?」
「まずは、隣国へ向かう。そこには僕の理解者がいる。安全を確保する。その後は……君の望むように自由な道を選べばいい」
自由。胸に温かく響いた。レナード王子との婚約はあまりにも唐突に終わったから。
「ま、悪くない選択。とりあえずお腹空いた。船に何か食べ物ある?」
ルールクアは優しく微笑んだ。
船は数日後。隣国アルカディアの静かな入り江に到着した。アルカディアは芸術と学術を重んじる国として知られ、王家も比較的穏健。
「ここが、あなたの言う理解者がいる場所?」
ルールクアは頷いた。
「ああ。名はエリク。幼い頃から師事していた人物で、国の宮廷学術院の院長を務めている。彼なら僕たちの状況を理解し、力を貸してくれるだろう」
エリクという人物はまさに賢者といった風貌の老人。白髭を蓄え、温和な眼差しでフローラとルールクアを迎え入れた。
彼はルールクアの話を聞き、時折頷きながらもフローラの存在に全く動じない様子。
「なるほど。フローラ公爵令嬢。アルカディアへようこそ。あなた方の安全は私が保障しましょう」
エリクの言葉な胸を撫で下ろした。王都の貴族たちとは違う穏やかな安心感が。アルカディアでの生活はカームハーバーでの日々とはまた異なっていた。
豪華ではないが居心地の良い住居が用意され、エリクの蔵書を自由に読むことを許される。
学術院の生徒たちとの交流もあり、王都では知り得なかった知識や多様な価値観に触れることができた。
ルールクアはエリクと共に王都の情勢を探るための情報収集に奔走。内乱は深刻さを増しており、レナード王子とルミエール嬢が隣国へ逃亡したという事実は彼らが望んだ以上に王家を窮地に陥れていたらしい。




