01ぶりっことお花畑が駆け落ちした
「は?駆け落ちぃ?あんのアホとあのブリッコが?嘘でしょ、冗談きついって」
思わずテーブルをぶっ叩きそうになるのを寸前のところで理性、いや、世間体が止めた。ここ一応公爵家の応接室だし。
目の前でうちの執事。いつもは仏頂面で完璧主義者のアルノッドがなぜか今日に限って若干顔を青ざめさせている。
隣では婚約者だったアホ王子……いや、元婚約者の第一王子レナードの側近が消え入りそうな声で「誠に申し訳ございません」と頭を下げている。
状況を整理しよう。自身はフローラ・アスター公爵令嬢。国の貴族社会ではそれなりにデカい顔をしてるアスター公爵家の長女で、ついさっきまでこの国の第一王子レナードの婚約者だった者。
で、今しがた伝えられた衝撃のニュース。
レナード王子がよりにもよって男爵令嬢……そう、いっつも王子の周りをチョロチョロしてたぶりっ子オブぶりっ子、ルミエールと駆け落ちした、と。
「いやいやいや、待って。マジで言ってる?あいつ、普段からフローラは僕の唯一の光だ!とかクサいセリフ吐いてたじゃん?あれ、全部芝居だったってこと?役者目指せ」
遠慮のない物言いにアルノッドが小さく咳払いをする。側近はもう土下座しそうな勢いだ。
「あの、フローラ様……わたくしどもも、まさか殿下がこのような行動に……」
「まさか、じゃないよ。あんだけルミエールとイチャついてたら誰でも気づく。ただの馬鹿じゃないんだから。それに王子が僕の光だとか運命だとかほざいてた口で、別の女の名前を呼ぶとか神経疑う。どんだけ面の皮厚いの。あと、あんたもあんた。もう少し早く止めろ」
側近はガタガタ震えだし、アルノッドが憐れむような目で彼を見ている。
「で?結局どうすんの?婚約破棄ってこと?籍入れてないから実害は少ないけどさ。人生設計、若干狂ったんだけど。慰謝料とかそっちの話は?」
「慰謝料……でございますか」
側近がオウム返しのように呟く。
「当たり前でしょ。あんだけ社交界で第一王子の婚約者って言われて、散々面倒な役割押し付けられてきたんだから。今から新しい婚約者探す手間とかメンタル的ダメージとか、全部金で解決。なんなら、慰謝料をたっぷりもらって悠々自適に暮らしてやろうかしら。え、めっちゃ良くない?なんならこの際、レナード、グッジョブ!」
言ってからハッと口元を押さえる。アルノッドがうっすらと笑いをこらえているように見えた。
「ま、冗談はさておき。とにかく、婚約破棄でいいんだよね?あと、駆け落ちしたアホ二人はどうなるの?まさか、このまま野放しとか言わないよね?それこそ国の恥」
側近はもはや完全に憔悴しきった様子で、絞り出すように答えた。
「殿下とルミエール嬢は隣国へ逃亡した模様でございます。国としては正式な婚約破棄の手続きと、今後の対処について追ってご連絡差し上げるとのことです」
「逃亡ねぇ……チキンな奴ら。別にさ堂々と結婚すれば良かったじゃん?あ、私に悪いと思った?だとしたらちょっとは見どころあるかもね。まあ、全然嬉しくないけど」
深くため息をついた。婚約者の駆け落ち。普通ならショックで寝込むとか、泣き暮れるとかそんな感じなんだろうけど。
正直、清々しい気持ちの方が強い。だって、レナードは超絶イケメンで最初はちょっとトキメキもしたけど、中身が薄っぺらくて人の話聞かないし。
やたらナルシストだし。正直、毎日顔を合わせるのが苦痛でしかなかったのだ。ルミエールもルミエールでいつも私の前では猫をかぶってるくせに、裏ではレナードに擦り寄ってるのが丸見え。
あれだけ分かりやすいぶりっ子、逆に清々しかったけどね。
「アルノッド。今日のご飯、何?」
「かしこまりました。フローラ様がお好きなお茶漬けと旬の野菜の天ぷらをご用意いたします」
「最高。やっぱ、お茶漬けだよ。こんな馬鹿げた出来事にはお茶漬けが一番効く。胃に優しいし、心も落ち着く。ああ、それにしても……」
大きく伸びをした。窓から差し込む午後の光がやけに眩しい。
「やっと、自由の身かぁ。よし。こうしちゃいられない。アルノッド、今すぐドレスを準備して。一番動きやすいやつね。あと、最新の冒険小説も何冊か。馬車の手配もお願い。行き先は……そうね。とりあえず、南の港町に行って美味しい魚でも食べようかしら!慰謝料がっぽりもらって今から人生エンジョイしてやるんだから!」
アルノッドは「かしこまりました」と完璧な執事スマイルで応じた。側近は未だに呆然と立ち尽くしている。お茶漬けを食べる口で私はニヤリと笑ってやった。
「あんたもさ、もう少し肩の力抜いて生きなよ。こんな国正直、どうでもいいんだから」
側近は完全に白目を剥いた。
「やっっっっと着いたわ!もう、馬車の中、お尻痛すぎて死ぬかと思ったわ」
到着した南の港町カームハーバーの宿でフローラは真っ先に絨毯にダイブした。数日間の馬車の旅で凝り固まった体を伸ばし、背中をバキバキと鳴らす。
「フローラ様、温かいお風呂をご用意いたしましょうか」
アルノッドが手慣れた様子で荷物を解きながら尋ねる。完璧な動きはどんな時でも安心させた。
「あ、それもいいけど、その前にちょっと偵察。この町、どんな感じか見て回りたい。せっかく来たんだから楽しまないと損でしょ」
勢いよく立ち上がり、窓の外を覗き込んだ。潮の香りが微かに漂い、活気ある人々の声が聞こえてくる。王都の貴族街とは全く違う、のびやかで自由な雰囲気に胸は高鳴った。
その日のうちに早速町へと繰り出す。貴族らしからぬ動きやすいワンピースに身を包み、日傘も差さずに市場を闊歩する。
「お兄さん、この魚新鮮?今日の朝獲れ?」
魚屋のおじさんと気さくに話し、値切り交渉まで始めるフローラにアルノッドは目を丸くしていた。王都では決して見られない姿に彼の口元には微かな笑みが浮かぶ。
その日の夕食は市場で買ったばかりの新鮮な魚を焼いたものと、地元の野菜を使ったサラダ。質素ながらも王宮の豪華な食事よりもずっと美味しく感じられる。
「やっぱこれだよ、これ。贅沢ってさ別に高級食材を山ほど食うことじゃなくて、自分が心から美味しいって思うものを食べることなのよ。あー、幸せ」
翌日もカームハーバーを満喫した。船着き場を訪れては漁師の話に耳を傾け、時には釣り竿を借りて釣りに挑戦してみたり(結果は惨敗だったが)地元の子供たちと貝殻集めをしたり。




