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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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忌み髪の魔女は魔獣の王子と結ばれる

作者: 結城 からく
掲載日:2025/12/05

 古く汚い馬車の中、私は激しい揺れに耐える。

 顔を顰めるほどの悪臭は、主に私自身から漂うものだった。

 全身が爛れて膿に塗れており、そのせいでドレスも酷い有様である。


「……気持ち悪い」


 思わず呟くも、今日ばかりは我慢しないといけない。

 これから私とルーラン侯爵の披露宴があるのだ。

 侯爵とは手紙で交流した後、何度か会ったがとても穏やかで聡明な人物だった。


(こんな私にも優しいなんて……)


 穢れ祓いを生業とする私の家は、汚れ仕事を専門としている。

 地方の弱小貴族の娘である私など使い捨て同然の扱いだった。

 この醜い容姿も、穢れを取り込んできた影響である。


(それなのに、まさか侯爵から婚約を申し込まれるなんて思ってなかった)


 以前、婚約の理由を訊いたことがある。

 その際、ルーラン侯爵は爽やかな笑顔で答えた。


「王国の穢れを請け負うなど、誰にでもできることではありません。僕は貴女の高潔な精神に惚れてしまったのですよ」


 私は生まれつき穢れへの耐性が高く、やりたくもない家業を強いられてきた。

 そうして無茶を繰り返した結果、こんな姿になってしまった。


 医者によると余命数年らしい。

 穢れが内臓まで蝕んでおり、肉体が限界を迎えているのだ。

 こんな身体じゃ子供も産めない。

 跡継ぎは侯爵の妾に任せるしかないだろう。

 それでも私は、誇らしい気持ちだった。


(ただ人並みに尊重され、愛されるだけでいい。残りの人生を幸せに過ごすんだ)


 決意する私の思考は、壁を叩く音で中断された。

 こちらを見る御者が迷惑そうに言う。


「着いたぞ。臭いから早く出て行ってくれ」


「はい……」


 私はうつむいたまま馬車を降りる。

 使用人からも粗雑に扱われているが、慣れたものなので気にしない。


 到着したのは侯爵の屋敷の前だった。

 従者のいない私は一人で進む。


 こちらに気付いた周囲の貴族がざわめき、嫌悪の視線を向けてきた。

 道を開けた彼らは遠巻きに陰口を囁き合う。


「忌み髪の魔女だ……」


「離れろ。穢れがうつるぞ」


 忌み髪の魔女――私の綽名である。

 穢れを取り込む体質や腐り果てた肉体、烏のように黒い髪からそう呼ばれていた。

 元々、髪は金色だった。

 黒く染まったのは穢れが浸透した影響だろう。


 私はそそくさと屋敷の中へと向かう。

 建物内に入ったその時、吐血して膝をついた。

 意識が朦朧として動けなくなる。


(穢れによる体調不良……! よりによってこんな所で……っ)


 苦しむ私に誰かが寄り添ってくる。

 そして、ぎこちない声が聞こえてきた。


「大丈夫、か」


 私はなんとか相手の顔を確認する。

 そこにいたのは、騎士服を着た毛むくじゃらの怪物だった。


(魔獣王子……!)


 それは第一王子レイクの綽名である。

 幼い頃、呪いを受けて魔獣の姿になったレイクは、王位継承権を弟に譲って騎士になったらしい。

 この場にいるのも警備の任務なのだろう。


 息を整えた私は、口元の血を拭って立ち上がる。


「すみません……もう平気です……」


「そう、か」


 レイクはガラス瓶を取り出し、それを私に差し出す。

 こちらを気遣う、真摯な目だった。


「清めた水、だ。よけれ、ば……飲んで、くれ」


「いいのですか?」


「安心、しろ。毒は、入ってい、ない」


 私は恐る恐る瓶を受け取る。

 その際、互いの指が触れてしまった。

 私は反射的に後ずさる。


「あっ、穢れが」


「気にす、るな……美しい、手だ……」


 そう言ってレイクは立ち去る。

 残された私は、驚きと戸惑いで呆然としていた。


(美しいなんて、初めて言われた……)




 ◆




 私が披露宴の会場の扉を開けた時、明るい雰囲気から一瞬で静まり返った。

 嫌悪の視線と共にあちこちから囁き声が聞こえてくる。


「忌み髪……」


「おぞましい姿だ」


「同じ人間なのか?」


「本当に魔女なのかもしれない」


 この場から逃げたくなるも、私はなんとか堪える。

 胸に手を当てて自分に言い聞かせた。


(大丈夫、私にはルーラン侯爵が……)


 会場の中央から侯爵が歩いてくる。

 その隣には、私の妹のフィオナがいた。


 穢れ祓いの仕事を私に押し付けてきたフィオナは、端整な美貌を保っている。

 芸術めいた微笑みには、己の容姿に対する自信がありありと表れていた。


(なぜ二人が一緒にいるの?)


 なんだか嫌な予感がする。

 困惑と戸惑いを覚えながらも、私は侯爵に声をかけた。


「あの……」


「近寄るな、穢らわしい魔女め!」


 侯爵がいきなり怒鳴ってきた。

 冷酷な眼差しに私は凍り付いてしまう。

 侯爵は私を指差して宣告した。


「アデラ・メリン。貴様との婚約を破棄する!」


 私は予想外の言葉に驚愕し、震える声で言った。


「そ、そんな……嘘ですよね」


「愚か者が。嘘なわけないだろう。我が妻はフィオナ・メリンだ!」


 披露宴に参加する貴族達が割れんばかりの拍手を送る。

 フィオナは優雅に進み出ると、蔑みの態度を隠さず私に言う。


「まさかお姉様が王国を陥れる大罪人とは思いませんでしたわぁ」


「大罪人? 何のこと……?」


「しらばっくれないで。証拠はすべて揃っていますのよ」


 フィオナが羊皮紙の束を足元に投げ捨てる。

 そこには数々の犯罪に関する証拠が羅列されていた。


「賄賂に人身売買! 違法薬物の栽培! 機密情報の流出! それに反王権派との癒着! いちいち挙げていたらキリがないわね」


「し、知らない。私はこんなことしてない……」


「見苦しい真似をするな! 貴様の悪事は既に暴いているのだ!」


 侯爵が羊皮紙を踏み躙って私を罵倒する。

 周囲の貴族達も一斉に声を上げた。

 その勢いに呑まれて私は何も言えなくなる。


「何なのこれ……冤罪なのに……」


 罵声と嘲笑が渦巻く中、私は侯爵とフィオナの表情に気付く。

 二人の顔は愉悦に満ちていた。

 その瞬間、私は悟る。


(茶番だ……二人は初めから繋がってたんだ)


 形ばかりの婚約で浮かれる私を弄び、両家が抱える罪を私に押し付けた。

 つまりはそういうことなのだろう。

 絶望する私に対し、フィオナは楽しげに提案する。


「お姉様の所業は、本来なら極刑が妥当……だけど今回は特別に免罪の機会を差し上げますわ」


 フィオナの合図に合わせて、私の目の前に一本の黒い剣が運び込まれた。

 台座に乗った剣を指し示して侯爵は述べる。


「百年前、魔獣の王を倒した聖剣だ。この剣に宿る呪いを解けたら免罪としよう」


「私に魔獣の王の呪いを取り込めと……仰るのですね」


「方法は指定していない。貴様の好きにするといい」


「お姉様ならやり遂げると信じていますわ」


 私は呪われた聖剣の前に立つ。

 夥しい質量の穢れを感じた。

 命などあっけなく枯れそうな、禍々しい気配が伝わってくる。


(死にたくない……やるしかないんだ)


 私は恐る恐る剣の柄を握る。

 次の瞬間、膨大な穢れが体内に流れ込んできた。

 その不快感、身体が芯まで凍て付く感覚に襲われて崩れ落ちる。

 私は黒い泥のような血を吐きながらも、必死に意識を保って耐え続けた。


 気が付くと再び周囲で拍手が巻き起こっていた。

 私の握る聖剣が黄金に輝いている。

 代わりに私の肉体の腐蝕は、直前の数倍ほど悪化していた。

 末端なんて今にも腐り落ちそうだった。


 私を見下ろす伯爵は嬉しそうに言う。


「素晴らしい! 百年間、誰も解呪できなかった宝物だというのに! 魔女にも使い道があるものだな」


「こ、これで……免罪ですね……」


「いや、まだ早い」


 伯爵が首を振る。

 彼の背後のテーブルには、穢れを纏う物品が大量に積み上げられていた。

 悪意に満ちた笑みで伯爵は言う。


「残り九十九の呪物。これらすべての穢れを祓えれば免罪とする」


「そんな……」


「お姉様、頑張ってくださいまし!」


 フィオナはケタケタと大笑いする。

 貴族達も似たような様子だった。

 誰も、私を助けてくれる人なんていなかった。


(初めから……私を生かす気がない……余興の道具として使い潰すつもりなんだ……)


 私は涙を流して絶望する。

 悲しみと恐怖が満ちて……それを押し退けるように怒りが湧き上がる。


 私の変化に気付かない侯爵が、下卑た笑みで話しかけてきた。


「さあ、早くしろ。それとも大罪人として裁かれるのが望み――」


「うるさい」


 私は聖剣を突き出して、侯爵の胸を刺す。

 刹那、柄から穢れが這い出てきた。

 穢れは刃、切っ先へと進み、侯爵の体内へと潜り込む。


「な……ッ!?」


 侯爵が戦慄し、その肌がグズグズに溶け始めた。

 嗅ぎ慣れた悪臭を発しながら、侯爵が頭を抱えて転げ回る。


「ぐわああああああああぁぁぁっ!」


 穢れを注入された侯爵が、瞬く間に醜い姿へと変貌していく。

 私は立ち上がり、憎き妹をじっと見つめた。


「フィオナ……」


「ひっ」


 怯えるフィオナが逃げようとする。

 私はその背中に向けて聖剣を振るった。

 どす黒い穢れが飛散し、フィオナにへばりついた。


「ああああああああぁぁぁっ!?」


 転倒したフィオナが凄まじい悲鳴を上げる。

 王国一と謳われた美貌が、見るも無残に爛れて膿だらけになっていく。


「……いい気味ね」


 心が晴れる感覚と共に、私の身体に異変が生じる。

 侯爵やフィオナとは対照的に、腐蝕や爛れ、膿が急速に蒸発して消えていった。

 戸惑う間に全身が陶器のように白く美しい肌となる。


(身体が辛くない……蓄積した穢れを消費したから?)


 ただし髪は黒いままなので、完全に影響が消えたわけではなさそうだ。


 私が自分の状態を確認する一方、会場はパニックだった。

 穢れを恐れる貴族達は、我先にと出入り口に殺到して逃げ出している。

 そのうち駆け付けた兵士が私を包囲した。


「魔女だ!」


「包囲して殺せ!」


 私は剣を握るが何も起こらない。

 そこにあるのは、ただの黄金の剣だった。


(放出できる穢れを使い切ったんだ……)


 兵士が私を攻撃しようとした瞬間、一人の騎士が割り込んできた。

 その騎士はあっという間に兵士を薙ぎ払うと、私を庇うように立つ。


「大丈夫ですか?」


「あ、あなたは……」


「分かりませんか。先ほどお会いしたばかりですがね」


 その騎士は少し困ったように笑う。

 あまりに整った顔に見惚れそうだが、真摯な目には既視感があった。


「まさか……魔獣王子!?」


「はい。なぜかいきなり呪いが消えまして。どうやら貴女のおかげのようですね」


 レイクは私の持つ聖剣を一瞥する。

 魔獣の王の呪いを解いたことで、連動して彼の姿も戻ったらしい。


「さて、分析は後回しです。ひとまず場を収めましょう」


 レイクは凛々しい顔で周囲を見ると、息を吸って叫んだ。


「静粛にッ!」


 倒れた兵士、逃げ惑う貴族達がぴたりと止まる。

 レイクは堂々と名乗る。


「我が名は騎士レイク! お前達が魔獣王子と呼ぶ者だ!」


 人々は動揺する。

 目の前の美男子が魔獣王子だとは信じられないのだろう。


 場の混乱をよそに、レイクは私の肩に手を置いた。


「この身に宿った呪いはアデラ・メリンによって浄化された! 恩義に従い、私はアデラを妻として迎えるつもりだ!」


「……え?」


「意義のある者は前に出よ! 私がじきじきに話を聞こう!」


 レイクの発言で会場内は静寂に包まれる。

 彼の気迫を前に、反論できる者などいないのだ。

 唯一、侯爵とフィオナだけが苦しげにのたうち回っていた。


 逆らう者がいないのを見て、レイクは誰にも聞こえない声で私に告げる。


「恩義というのは建前で……その、よければ友人からお付き合いいただけないでしょうか?」


 私は呆気に取られた後、涙を流して頷いた。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、リアクション、評価、ブックマーク等してもらえますと嬉しいです。

他にもたくさんの作品を投稿しているので、そちらもお願いします!

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