圧を感じるんですけど気のせいですかね? 喫茶店でバイトしている俺にクラスメイトのDQNが会計を押しつけて来た!!
前話からの主要登場人物。
河合相馬
フツメンー自覚している高校3年生。義兄想いな義妹にあまいが、実は頼れる部分がーーあるかもしれない。
河合伊那
相馬の義妹。ブラコンを通り越してお義兄LOVEが激しい。特に目立つことのない義兄をいつも気にかけている。
2人が通う高校の現ミスグランブリ受賞者。
前野姫香
相馬の通う高校の同級生。容姿が良くて成績もいいという、伊那が高校に入学する前のミスグランプリ受賞者。
ただし女子ウケは何故か悪い。
喫茶店マスター
相馬がアルバイトすることになった喫茶店のマスター。
口数が少ないながらも相馬達の事を見守る大人。実は相馬と意外な接点が。
からん
から~ん……
「いらっしゃいませぇ」
夕方のまだ早い時間帯で、街中にはまだ働くサラリーマンの姿を目にする事が出来る時間帯。
今は遠き良き時代の名残と言っていい程に、外観は今風ではなく、結構寂れた感じがするが、なんというか『懐かしさ』さえもまだ高校生の自分に感じさせてくれる喫茶店の中に、ドアを開けた瞬間に響く店員さんの声。
「相馬君、いつもの頼むよ」
「はい!! マスター!! マンデリンコーヒーのセットを一つです!!」
「あいよ」
カウンターの奥から聞こえてくる、とても渋く低音が響く声の主がちょっとだけ顔を俺に向けて微笑む」
「しばらくお待ちください」
そうして俺は喫茶店の常連さんである目の前のお客様に一礼をして、「お好きな席へ」と促し、水入りのグラスを出すためにカウンターの方へと歩き出した。
そう、ここの店員さんとは、俺の事。つまり最初に声を上げたのも俺なのである。
高校3年生の夏が来て、進学するために予備校へと通っていた俺の元へ、昔からの知り合いからSOSが入った。
何でも足の骨を折るようなケガをしてしまったらしく、それまでバイトしていたお店に出ることが出来なくなってしまったため、急遽代役としてバイトに入ってはもらえないだろうか? というものだった。
それまでは、進学することに備えて予備校に通い、勉強しかする事が無く、時間が有れば勉強をしていた時間を使うことに、少しのためらいは有ったものの、家族からの勧めもあったし、この怪我した人とも知り合いだという事で、その申し出を受けることにした。
といっても、元々が頭の出来が良いわけではない俺、河合相馬はバイトをしている時でも、マスターの許しを得てお客さんが少ない時などに机を使って勉強をさせてもらっている。
からん
からぁ~ん
「いらっしゃいま……せ」
今日も常連のお客さんにお水を配膳し、マスターからお声がけが有るまでの間は店の一角を使って勉強していた。
喫茶店のドアを開けると、カウベルのような音色のベルが鳴るので、その瞬間に返事をする事がもう既に癖になってしまっている。
今もまた、ドアをくぐって入って来た瞬間に鳴ったので、瞬間に立ち上がり、顔をドアの方へと向ける。
「あ、お義兄ちゃん!!」
「げっ……」
そうして入ってきたのが我が義妹の河合伊那であることに気が付き、途端にちょっと変な声が出てしまう。
「げって何よ!! げって!!」
「あ、いやほら……ここ最近よく来るなぁ……なんて思っちゃったりなんかしちゃったり?」
「それはもちろん!! お店の売り上げに貢献する為ですよ!!」
胸を突き出して「エッヘン!!」と意気込む伊那。
「本音は?」
「もちろんお義兄ちゃんに会いに来ました!!」
「……だと思ったよ」
はぁ~っと大きなため息をついて、額に手を当てるとマスターの方へと顔を向ける。
マスターはニコリとほほ笑むと、うんうんと頷いた。
「まぁ、来ちゃったものは仕方ない。好きな席に座れよ」
「やったぁ!!」
ばんざーいと大げさに両腕を上げて喜ぶ伊那。
ここ最近というか、俺がバイトをするようになって2週間になろうとする現在。伊那は週4程でこのお店に通ってきては色々と注文してくれている。
いつもは一人で来ることが多い伊那だけど、時折クラスメイトや同じ学校の女子とであったり、学校は違うけど中学生の時の友達などと連れ立って一緒に来たりと、『義兄に会う口実』という割には、しっかりとお店にも利益が出るようにしてくれている。
そんな俺と伊那のやり取りを、微笑ましい表情をしながらも見守ってくれているマスター。
本当に優しい――今だけは。
しかし、この日はいつもの『友達』という感じのする女子と一緒ではない事に気が付いた。
「こんにちは……」
「え?」
つい最近見たことが有る顔が、伊那の後にドアを抜けて入ってきたのだ。
「ど、どうも」
「おじゃまします」
そうしてその伊那の後に入って来た人を追うようにして数人の女子が入って来ては、俺の方へとぺこりと挨拶をする。
「前野……伊那と一緒なのか?」
「……そうね。ちょっとあって」
「へぇ……」
そんな簡単な挨拶とも会話ともいえない様なやり取りをして、前野とその取り巻き女子は伊那の後を追っていく。
――珍しい組み合わせだな……。何も起こらないといいけど……。
俺が不安視するのも仕方がないと思う。この前野という人物だけど、名を前野姫香といい、俺と伊那が通う学校の元ミスグランプリ受賞者にして学校のアイドル的存在だ。
伊那が入ってくる前まではこの前野が学校では有名な女子生徒だった。ミスグランプリなんてとるんだから、容姿はもちろん良いに決まっている。こげ茶色した髪を腰辺りまで伸ばしていて、先祖に欧州の血が入っていると思える程小さな顔にバランスのいい配置をしたパーツ。スタイルもいいし、それでいて勉強も出来るのだから、男子から注目されるのは当たり前だと思う。
しかし、元とついている通り、今年は伊那が入って来た事で、グランプリは取れず準ミス止まり。
俺が言うのもなんだけど、義妹である伊那は『○○坂』とかいうアイドルグループに居ても不思議じゃないくらい、透き通った色白の肌を持っていて、すっきりした小さな顔立ち、そしてクリッとした大きな目を持っていて、黒髪を結いもせずにさらりと流している。
光加減によってはその黒髪が光の河を生み出しているような錯覚まで出来るのだから、こちらもまた男子生徒たちのハートを打ち抜くのは致し方ないところ。
だからというわけではないが、モテる――いや、モテるなんて言葉では足りないくらい、なんというか……いつも誰かに告白されたとか言う話を噂レベルじゃなく、本人の口から聞いている。
その義妹とは対象にした俺だけど、本当に至って平凡な顔立ちをしている。まぁ『平たい顔族』の典型のような顔立ちで、特に目立つような特技も無ければ勉強が出来る方じゃない。
それは俺もあまり気にしてはいないし、伊那もモテるわりには『彼氏』を作る様子が無い。
一度聞いてみたことが有るのだけど、『お義兄ちゃんがいるんだから必要なくない?』とあっさりと返された。
それでいいのか? と思ってしまうけど、伊那本人がソレでいいと言っているのだから、兄離れするまでの間は俺も気にしないことにした。
俺? 俺に彼女がいると思う? その通りで、高校3年生になっても彼女いない歴は『イコール年齢』を更新中だ。
さて、ちょっと話はズレてしまったけど、この伊那と一緒にいる前野だけど、少し前にちょっとしたいざこざに俺と伊那が巻き込まれてしまうという事が起きた。
伊那曰く『逆恨み』なだけなのだけど、それはちょっとした嫉妬から来るものなので、気持ちはどうしようもないだろう。
そんな伊那と前野達が一緒に居るので、俺は少しだけ不安になってしまっていた。
しかし俺の不安とはうらはらに、注文されたものを持っていた時には、割と仲良く話をしているような雰囲気が有ったので、俺は内心でホッとする。
「お義兄ちゃん!!」
「ん?」
先ほどまで居た常連さんが会計を済ませ、お店を出て行った後の片づけをしている俺に、聞き慣れた声が掛けられた。
「それが終わったらこっちに来てくれない?」
「あぁわかった」
急いで片づけをして、食器などを洗い、マスターの顔を見ると、静かにうなずいてくれたので、俺も一つ頷き、伊那達がいるテーブルへと向かう。
「どうし――」
からぁん
からん
からぁ~ん
伊那達に話しかけようとした時、ちょうど入り口のベルが鳴る。
振り向くと、既に数人のお客さんがお店の中へと入って来ていた。
「いらっしゃいませ……」
「ん?」
伊那達に目線で合図をし、頷いたことを確認したのち、はいいて来たお客さんの接客をする為に歩いて向かう。
「お? なんだよカワノじゃねぇか!!」
「ん? どれどれ」
「マジ!? ほんとだ!!」
「ばぁ~か!! カワノじゃなくて河合だっつーの!!」
ぎゃはははと、入って来た人達が大きな声で笑う。その中の一人には見覚えが有った。
俺の高校のクラスメイトで名を楠野鷹留。
クラスの中のジャイ○ン的な存在というか、いつも男子数人と一緒に居てグループを仕切っている生徒だ。
その後にはいいて来たのが赤城、馬場、千葉という三人で、楠野と一緒にいつも一緒にいるヤツラ。
「なになに!! ここでバイトしてんの?」
「へぇラッキーじゃん!!」
「マジで!!」
「ならちょっとはサービス利くよな?」
などと、入り口付近で大きな声で騒いでいるので、どうしようか迷っていると、マスターが出てきて奥の方へと楠野たちを誘導していく。
しかし間が悪い事に、奥へと行く途中には伊那達が座っていて、楠野たちもそれに気が付いたようで、マスターの誘導から逸れ、伊那達の所へと向かい、大きな声で話を始めた。
「あれ!? 河合ちゃんじゃん?」
「おぉ!! 前野もいるぜ!!」
「マジで!?」
「運命じゃね? 俺達も混ぜてもらおうぜ? な? 良いよね?」
言うが早いか、楠野と千葉が伊那達の椅子へと無理矢理に座ろうとする。
「えぇ~嫌ですけどぉ~」
「ちょっと邪魔しないでもらえる」
伊那や前野もそんな二人の事を拒否するように声を上げた。
「いいじゃんいいじゃん!!」
「俺達そんな知らないない仲じゃないからいいしょ?」
「ホントそれ!!」
「さきっちょだけだから。ね? いいでしょ? 一緒しても」
チョッと最後の人が良く分からないこと言っているけど、それにしてもどうしたもんかなと考える。
四人を誘導していたマスターも、付いてこない四人を見て苦笑いしていた。
仕方が無いので、マスターは伊那達の近くの席を』四人に割り当てる様だ。伊那達の所に座ろうとしている2人以外の2人はマスターの促す席に荷物を置いて、すぐに楠野たちの後ろに移動した。
「ちょっとマジでキモいんですけどぉ~」
声を聞く限りかなり嫌そうな伊那。
「いい加減にしてくれない? あなた達と一緒なんていいやよ。一緒の仲間とか思われたくないもの」
前野も楠野たちの事は良く思っていない様子。
しかし楠野たちはなおも食い下がり、伊那達女子と楠野たち男子の陣取り合戦的な言い合いは少しの間続く。
見るに見かねて声を掛けようとしたけど、伊那が俺の方へと視線を向けて『来なくていいよ』と無言で訴えかけている。
しかし義理の兄としての威厳という建前もあるし、俺はここの店員でもあるので、さすがに割って入る事にした。
「こほん!! あぁ~っと……注文良いですか? お客様」
「あん?」
「後にしろよ!!」
「うるせぇ今がチャンスなんだよ!!」
「ねぇねぇ前野でもいいからさ、俺と付き合わねぇ?」
声を掛けても俺の事など気にもしない奴らは、獲物を狙う野獣と化してしまっている。
「お店に迷惑かける人ってきらぁ~い。ちょっと静かにできない人とは話なんてしなぁ~い」
まったく意に介さない伊那が、ちょっとだけ怒気を込めてそういうと、「うっ!!」という小さな呻きが聞こえてきて、先に楠野が下がり、少しだけ粘った千葉だったけど、結局は楠野に引き戻されるようにして、自分達にあてがわれている席へと落ち着いた。
そうしてようやくオーダーをしてくれたわけだけど、割と女子にはこういうやつらも弱いらしい。
いや、伊那や前野という、学校の二大アイドル様が相手なのだから、仕方がないのかもしれないけど。
注文したものが続く間も、男子4人はしきりに近くの席にいる伊那達の事を気にしている様子で、チラチラそわそわとしていたが、注文されたものが到着すると、素早くそれらを消費していく。
そういうと起ころはさすが育ち盛りの高校生男子っぽい。
こうして『食べている時』という平和な時間が過ぎていく。
それから数十分後――。
いい加減、チラチラするのも飽きたのか、楠野が席を立ちあがると、一緒にいた連中もスッと立ち上がる。
そしてテーブルの上に有ったオーダー表を手に取らないままで、お店のドア付近まで歩いていく。
テーブルの上に置きっぱなしになっているそれに気が付いた前野が伊那へと指を指して教えると、伊那は迷わずに声を上げた。
「ねぇちょっとぉ!! 無銭飲食ですかぁ!?」
「え?」
その声に気が付いた俺とマスターが入り口付近に視線を向けた。
「ちっ!!
「余計な事を……」
「まぁまぁ」
「ここはアイツに」
なにやらこそこそと話をする4人。
俺が慌てて4人の元に向かうと、楠野が一人俺の方へと振り返った。そして俺の顔を見てにたりと笑う。
「おいカワノ!! ここは奢りでいいんだよなぁ?」
「はぁ?」
ようやく先ほど俺に向けた、楠野の笑みの意味が理解できた。
――こいつ!! 俺に払わせようとするつもりか!!
「何言ってんだよ!! そんな事言った覚え無いぞ!!」
「まぁまぁ……さっき言ったじゃねぇか。ここは義妹ちゃんに免じて俺が払いますってな」
「はぁ? いつそんな――」
つかつかと俺に近づいて来た楠野が、俺の正面になった瞬間――。
ぼこっ!!
「っ!!」
俺の腹に衝撃と共に痛みが走る。いきなりの事で咄嗟に避けられず、そのまま少し前かがみになった。
「お? 頭下げてるって事はオッケーでいいんだよな?」
「いいってよ」
「マジで!?」
「行こうぜ!! ここはカワノの奢りだってよ!!」
ドアを開けると悲しい程に凛としたベルの音が『カランカラン』と響く。
そうして俺が何も言わない事をいいことに、4人は店から出て行った。
俺の様子がおかしいと思ったマスターがすぐに俺の側に来てくれて、俺を支えるように肩を貸してくれる。
しかし、マスターと同じように俺に近づいてきて、何かを悟った伊那が店の外へと出て行った。
「い、伊那!!」
呼ぶことしかできずに伊那が出て行くのを止められなかった俺。
腹に鈍い痛みが響くけど、肩を貸してくれたマスターに「すみません」と断りを入れると、俺もすぐに店の外へと出て行く。
喫茶店を出て、少し逝った先に公園があり、そこへと4人と伊那が入っていくのを見つけ、その後を急いで追いかける。
そうしてようやくたどり着いた公園で見たのは、伊那3人に向かって何かを言っているところに、伊那の後ろから近づく楠野に殴られそうになっている場面だった。
――ちっっくしょー!! 間に合え!!
俺は久しぶりに本気で走った。
バシィッ!!
周囲に響く大きな音。
「なっ!?」
「ってぇなぁ……」
楠野が殴ったのは俺の肩辺りであり、殴られそうになっていた伊那をかばう形で、俺が間に入ったのだ。
「え!? お義兄ちゃん!?」
「おう!! 無事か伊那……」
「私は大丈夫だけど……よくもお義兄を!!」
伊那は俺が殴られたかどうかまでは分からなかったようだけど、楠野に『何かされた』事を悟り、怒りの矛先を楠野へと向けた。
「おいおい!! いくら妹ちゃんが強いって噂でも、かばってもらうなんて情けない野郎だな!!」
楠野が指を指して俺を非難すると、ぎゃはははと周囲が笑う。
一歩前に出ようとした伊那を俺が腕を上げて『行くな』と制する。
「お義兄……ちゃん?」
「…………」
何も言わない俺に、少しだけ戸惑う伊那。
「おい楠野」
「あん?」
「それから楠野の金魚のフンども」
「「「なんだと!?」」」
「お前ら……手を出しちゃいけねぇモノに出したな?」
「何を言って――」
楠野が俺に何かを言おうとした時、俺は素早く動き始め、俺の直ぐ側にいた赤城の腹に一発パンチをお見舞いした。
「ぐあぁ!!」
「赤城!!」
「次はてめぇだ」
「ごほぉ!!」
「千葉!!」
赤城のすぐ横に居た千葉には頬へとパンチをお見舞いする。
「てめぇ!!」
勢いのままに突っ込んで来た馬場の攻撃を躱して、そのまま襟をつかみ、腹へと膝を入れる。
「ぐえぇ!!」
カエルを潰したような声をさせて馬場は蹲った。すでに赤城は腹を押えて悶えているし、千葉は倒れたまま動かない。
「さて……と」
三人が動く気配のない事を確認して、ゆっくりと楠野の方へと振りむく。
「ひっ!! な、何だお前……」
俺を見て数歩後ろに下がる楠野。
「ん? 俺か? 俺は――」
問いかけに答えようとした時、俺の後ろから声が掛けられた。
「あぁ~あ、遅かったか……」
その声に振り向いた俺が視たのは、額に手を当てているマスターと、マスターの後を追って来た前野の姿だった。
「マスター……と、前野か」
「まったく。ちょっとはマシになったと思ったのに、やっぱり大事なものの為には黙っていられなかったか……」
「す、すみません……」
マスターが俺の方へと歩いてきて、はぁ~っとため息をつきながら俺の肩へと手をポンと置く。
「な、何だよお前ら!! なんなんだよお前!!」
「小僧、お前良く無事に居られたな」
「はぁ? 無事って……ほ、他のやつらがやられてるじゃねぇか!!」
「それくらいで済んで良かったなと言ってるんだ」
「だから何を言ってんだよ!!」
「この辺の学校で尖ってるんなら聞いたこと無いか? 伝説の暴れ馬の事を」
「暴れ馬だと……この辺をちょっと前までシメていたっていうあれか? ま、まさか……」
「こいつがその暴れ馬だぞ」
マスターが俺を指してニコリと笑う。
そう、マスターが言うように、俺は2年前まで――いや、正確には伊那達と家族になる前まで、俺はグレいた時期が有った。
学校にも行かず、町を徘徊してはケンカ三昧。相手には事欠くことなく、同年代はもちろん年上、年下関係なく喧嘩を買いまくり、時には怪我をして負ける事もあったが、その時は倍返しをするまで何度も闘いを挑んでいた。
そうしてこの辺で俺にケンカを挑んでくる奴がいなくなり、勝っても負けても挑んできて暴れ回る『暴れ馬』として、その名が少しばかり広がってしまったのだった。
伊那達と家族になってからは、伊那が空手をしていたという事もあって、『邪魔しちゃいけない、良い兄貴にならなきゃいけない』と自覚し、ちゃんとした道を歩むことを決心した。
それからは、見た目は何処にでもいるいたって普通の男子高校生として、本当に大人しい生活をするようになった。
ちょっと決心したのが遅かったから、皆から勉強が遅れてしまっているけど、それを何とかカバーしようと予備校に通っているのだ。
そんな俺を両親も応援してくれている。
実の所、俺がマスターの元でバイトすることになったきっかけのやつというのも、俺がケンカしていた時に殴り合いになってその後仲良くなったやつで、マスターはそいつの親父さんでもある。
だから俺がそういう時代を過ごしてきた事も知っているというわけ。
「さて……と。このまま食い逃げするか?」
「あ……いえ。ちゃんと払いま……す」
楠野は俺の事を聞いて既にヤル気が失せていたのか、マスターからの言葉に素直に従い、他の3人と共に、一度喫茶店に戻ると、ちゃんと支払いを済ませ、その後は足早にその場を立ち去った。
俺を心配してきてくれたらしい前野はというと――。
「ねぇ伊那」
「なに?」
「あの時、もしもあなたにも怪我なんかさせてしまっていたら――」
「お義兄ちゃんが暴れてたかもしんないね」
「……何もしなくて良かったわ……」
がっくりと肩を落として、敵だったはずの伊那に慰められていた。
それからまた数週間が過ぎて――。
からん
からぁん
「いらっしゃいませぇ」
「来たよ!!」
ベルの音に反応して振り向いた俺の前に、ババンと効果音がする様に腰に手を当てて仁王立ちする伊那の姿が映る。
「……いらっしゃい。好きな所に座ってな」
「うん!!」
伊那の頭にポンと手を乗せてそういうと、伊那は嬉しそうに店の奥へと歩いていく。その姿を見て、俺は大きなため息をついた。
あれから何か変わったことが有ったかというと、俺の事がうわさになってしまうんじゃないかと思っていたけど、そんな事は無く、逆に楠野たちは俺や前野、そして伊那達から遠ざかるようになった。
学校の中で顔を合わせることが有るにはあるが、いつも下を向いて俯き加減で、あれほど威張り散らしていたDQNな姿はなりを潜めている。
前野達はというと、伊那との仲良くなったというか以前の俺やケンカ仲間たちとのように、今じゃすっかりいい先輩と後輩としての付き合いが出来るようになったようだ。
以前は女子ウケが良くなかった前野だが、今では割と女子達と一緒に居て笑顔を見せるようになった。
元学校の女王と、現女王が仲良くしているという事が凄くいい方向に働いている様で、影では二人の『ファンクラブ』が出来ているらしい。
その内容は、一切漏れないように固い結束が出来ているとかいないとか。
俺と伊那はというと。
「お義兄ちゃん」
「ん? 呼んだか?」
「ちょっと座って」
「え? あぁ、分かったよ」
マスターに視線を向けるとこくり頷くので、俺は伊那の正面に座る。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「わたしって……お義兄ちゃんの大事なモノって事でいいのかな?」
「はぁ!?」
俺は再び顔をマスターの方へと向けると、既にマスターはその場に無く、どこかへと隠れてしまっていた。
「どうなの?」
「それはな……義妹としてな」
「……本当にぃ? それだけぇ? じゃぁさ!! じゃぁさ!!」
「あぁ、何だよ」
俺の顔をジィっと見つめる伊那。
そして。
「私と結婚してくれる?」
「なっ!! ば、ばか今はまだできねぇだろ!!」
「……今は……ね?」
「あ……」
俺の方を見てにこりと笑う伊那。その笑顔には『聞いたからね?』という、無言の圧力のような物を感じてしまった。
俺と伊那との関係は、今の所は進展したという事はない。
無いけどたぶん俺の気持ちはもう決まっているんだと思う。今はまだそれを言葉に出来ないだけで――。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
以前に出した作品の続編と言っていいのかな……?
ちょっと時間が空いてしまっていますけど、それも色々とあるんで申し訳ないところです。
今回も声劇の原案として書かせていただきました。楽しい時間でした(*^▽^*)
楠野鷹留→くすのたかる
赤城→モブA
馬場→モブB
千葉→モブC