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虚飾の万華鏡  作者: Ohtori
第1章「マーケティング・マネジメント」
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第7話「ラグジュアリーの定義を超えて」

土曜の午後、俺は講義室のドアを開け、空気の緊張感を全身で感じ取った。リッツ・カールトン東京のクラスディスカッションが始まる。


100人のクラスメートがそれぞれの席につき、講義室の中央には三浦教授がゆっくりと視線を巡らせていた。彼の存在だけで場が引き締まる。


俺は午前中のグループディスカッションで話した内容を思い返す。今回の議論の鍵は、リッツ・カールトンの「ラグジュアリーの定義」にある。単なる高級ホテルではなく、ブランド体験の本質とは何か。それが今回のディスカッションの核心になるはずだ。


教授がホワイトボードに「Ritz-Carlton」と書き、クラス全体に問いかけた。


「さて、皆さん。リッツ・カールトンのブランド価値とは何でしょう?」


すぐに数人の手が上がる。教授はその中から、藤堂を指名した。投資ファンドマネージャーの彼は、クラス内でも冷静かつ鋭い分析をすることで知られている。


「リッツ・カールトンのブランド価値は、単なる豪華な施設ではなく、徹底したホスピタリティにあります。従業員一人ひとりが顧客に寄り添い、個別のニーズに応じたサービスを提供することが、ブランドの核を形成しています。」


教授は頷く。「そうですね。しかし、それだけでは一般的な分析に留まります。では、そのホスピタリティが他のホテルとどう違うのか、もう少し具体的に説明できますか?」


藤堂が続ける。「リッツ・カールトンでは、『クレド(信条)』と呼ばれるガイドラインを徹底しており、従業員が自ら考えて顧客の期待を超えるサービスを提供する文化が根付いています。例えば、宿泊客の好みを細かく記録し、次回の滞在時にはその情報を活用して、よりパーソナルなサービスを提供します。」


教授は満足そうに頷く。「よろしい。では、そのサービスが今後の市場環境の変化にどのように適応するかを考えてみましょう。」


俺はここで手を挙げた。


「教授、それについては、デジタル化の進展とリッツ・カールトンのブランド価値のバランスが重要になると考えます。」


教授が俺を指名する。「具体的には?」


「最近のホテル業界では、AIコンシェルジュやモバイルチェックインなど、デジタル技術の活用が進んでいます。これは利便性を向上させる一方で、リッツ・カールトンの強みである『人の手によるホスピタリティ』との間でトレードオフが生じる可能性があります。つまり、デジタル化を進めすぎればブランドの差別化が薄れ、逆にデジタル化を怠れば競争に取り残されるリスクがあるのです。」


教授は一瞬考え込み、ホワイトボードに「Digitalization vs. Hospitality」と書き込んだ。


「なるほど。では、そのバランスをどう取るべきでしょう?」


ここで別のクラスメートが手を挙げる。「デジタル化と人のサービスを対立させるのではなく、むしろ補完関係として考えるべきではないでしょうか? 例えば、AIは顧客の過去のデータを分析し、スタッフがそれを活用することで、よりパーソナライズされたサービスを提供できるはずです。」


「それは興味深い視点ですね。」教授が頷く。「つまり、デジタルを単なる効率化ツールではなく、ホスピタリティを強化する手段として活用すべきということですね。」


議論はさらに深まっていく。ここで俺はもう一歩踏み込んだ視点を提供することにした。


「また、リッツ・カールトンのブランド戦略を考える上で、ターゲット顧客層の変化にも注目すべきだと思います。」


教授が俺に視線を向ける。「どういうことですか?」


「これまでのラグジュアリーホテルの顧客は、高所得者層やビジネスエグゼクティブが中心でした。しかし、ミレニアル世代やZ世代の価値観が変わり、持続可能性やエシカルな消費が重要視されるようになっています。リッツ・カールトンは、これらの新しい価値観にどのように適応すべきかが問われる段階にあるのではないでしょうか?」


教授はゆっくり頷いた。「それは非常に良いポイントですね。では、リッツ・カールトンはどのようにしてミレニアル世代やZ世代に対応すべきでしょう?」


ここで別のクラスメートが手を挙げる。「例えば、環境負荷の低減や地域社会との連携を強化することで、ブランド価値を再構築することが考えられます。実際に、他の高級ホテルチェーンでは、カーボンニュートラルなホテル運営を進める動きも出ています。」


俺はこの意見を受け、「そう考えると、リッツ・カールトンが提供する『ラグジュアリー』の概念も変わるべきかもしれませんね。ただの物質的な豪華さではなく、『体験としてのラグジュアリー』にシフトする必要があるのではないでしょうか?」と付け加えた。


教授は満足そうに微笑みながら、ホワイトボードに「Luxury as an Experience」と書いた。


「なるほど、皆さんの議論をまとめると、リッツ・カールトンのブランド戦略は『デジタル化とホスピタリティの融合』と『次世代の価値観への適応』という二つの柱に分かれることが分かりますね。この視点は、今後のホテル業界全体にも応用できる示唆を与えていると思います。」


議論が一段落し、教授は教室全体を見渡した。


「今日は良い議論ができましたね。次回はユニクロのケースに進みます。皆さん、次の授業に向けて準備をしてください。」


授業が終わり、俺は深く息をついた。今回はクラス全体の議論をリードすることができた。教授の「それは非常に良いポイントですね」という言葉が頭の中で反響する。


隣にいた香坂美月が微笑みながら言った。「今日は良い発言だったわね。議論の流れを変えることができていたわ。」


「ありがとう。でも、まだ次がある。」


「ええ、ユニクロのケースも興味深いわね。」


俺は次の戦いに向けて、また新たな準備を始めることを決意した。ユニクロは、これまでの議論とは全く異なる視点が求められる。


「ブランドのマス化とプレミアム化のバランス——次はそのテーマになりそうだ。」


そう考えながら、俺は次のクラスに向けた戦略を練り始めた。

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