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虚飾の万華鏡  作者: Ohtori
第1章「マーケティング・マネジメント」
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第6話「プレミアムブランドの本質」

木曜の夜、俺は書斎のデスクに向かい、ノートパソコンを開いた。次のケース、リッツ・カールトン東京のマーケティング戦略を分析する時間だ。


「プレミアムブランドの価値とは何か?」


今回のディスカッションでは、この問いに対する明確な答えを用意しなければならない。


リッツ・カールトンといえば、世界的に知られる高級ホテルブランド。そのブランド価値は、単なる施設の豪華さだけでなく、顧客体験の細部にまでこだわるホスピタリティに支えられている。しかし、マーケティングの観点から見れば、それだけでは十分な答えにはならない。「高級=価値がある」という単純な図式では、クラスディスカッションの場で通用しないのは明らかだった。


俺は生成AIを立ち上げ、いくつかの質問を入力する。


「リッツ・カールトンのブランド価値の要素を、顧客体験・価格戦略・競争戦略の視点から整理してくれ」


数秒後、AIの画面には、以下のような要点が表示された。

1.顧客体験:従業員一人ひとりが「ブランドのアンバサダー」として行動し、個々の顧客に合わせたパーソナライズドなサービスを提供する。「クレド(信条)」の徹底がブランド価値の維持に寄与している。

2.価格戦略:高価格を設定し、それに見合う「非価格的価値(ホスピタリティ、特別感)」を提供することで、プレミアムブランドとしてのポジションを確立。

3.競争戦略:単なる「高級ホテル」としてではなく、「生涯にわたる顧客関係の構築」を戦略の中心に据える。リピーター率を高めることで、高価格帯ながらも持続可能なビジネスモデルを実現している。


俺はメモを取りながら考える。ここまでは基本的な分析だ。しかし、これをそのまま発言しても、クラスに新たな示唆を与えることにはならない。


「では、リッツ・カールトンのブランド戦略において、今後の課題は何か?」


AIに問いを変えてみると、いくつかの興味深い視点が提示された。

1.デジタル化の進展とブランド価値のバランス

– 高級ホテルのパーソナルな顧客体験と、デジタル化による効率化は、相反する要素となり得る。例えば、AIを活用したコンシェルジュサービスは利便性を高めるが、リッツ・カールトンの「人の温かみのあるホスピタリティ」とのバランスをどう取るかが課題となる。

2.ミレニアル世代・Z世代の価値観の変化

– 伝統的なラグジュアリーの概念が変化している。持続可能性やエシカルな消費が重視される中で、リッツ・カールトンのブランド価値はどう適応すべきか?

3.競争環境の変化

– Airbnbなどの「ラグジュアリー体験を提供する代替サービス」との競争が激化している。顧客にとっての「ホテルでの滞在価値」は、どのように再定義されるべきか?


俺は、この中でも「デジタル化とブランド価値のバランス」に着目することに決めた。テクノロジーの進化によって利便性が求められる一方で、リッツ・カールトンのような高級ホテルブランドは「人が提供する温かみのあるサービス」によって差別化されてきた。


このバランスが崩れたとき、ブランド価値はどう変化するのか?


これがクラスディスカッションで新たな示唆を提供する鍵になるかもしれない。


土曜午前:グループディスカッション


翌朝、大学のグループディスカッションルームに向かうと、すでに何人かのメンバーが集まっていた。今回のグループメンバーは以下の4人だ。

•石原里美(外資系コンサルタント)

•田中翔太(ITベンチャー経営者)

•陳亮(中国系製造業マーケティング担当)

•相川守(俺)


「おはようございます。早速始めましょうか。」石原が切り出す。


「リッツ・カールトンのブランド価値は、顧客体験を徹底的に管理することで成り立っている。これは誰もが認めることだけど、ここから先の競争環境ではそれだけでは不十分かもしれない。」


「どういうこと?」田中が聞き返す。


「例えば、デジタル化の流れは避けられない。でも、リッツ・カールトンの強みである『人の手によるホスピタリティ』と、デジタルによる効率化は相反する部分がある。」


「なるほど、ホテル業界全体の流れとして、デジタルチェックインやAIコンシェルジュが普及してきているけど、それを全面的に採用するとリッツ・カールトンの差別化要素が薄れる可能性がある、ということか。」陳が頷く。


「そう。だから、どこまでデジタルを導入し、どこを人のサービスとして残すのか、その線引きが重要になる。」


「でも、逆にデジタル化をしなければ、利便性が低いと判断されて顧客に選ばれなくなるリスクもあるよな。」田中が言う。「特に若い世代は『効率的であること』を重視する傾向が強い。」


「そのバランスをどう取るかが、今後のリッツ・カールトンの課題になるということね。」石原がまとめた。


ここで、俺はさらに議論を深めるための問いを投げかけた。


「もし、リッツ・カールトンが完全にデジタル化されたら、それはリッツ・カールトンと言えるのか?」


一瞬、沈黙が流れた後、陳が答えた。


「それは、もはや普通の高級ホテルになるだけかもしれないな。リッツ・カールトンの価値は、単なる宿泊施設ではなく、顧客との深い関係性にある。その部分を見失えば、ブランドの独自性が失われる。」


「そう考えると、リッツ・カールトンは『便利なホテル』ではなく、『特別な体験を提供する場所』として、ブランドの方向性を維持する必要があるってことか。」


「うん。その視点、クラスディスカッションでも使えそうね。」石原が微笑む。


グループディスカッションを終え、俺は手応えを感じた。プレミアムブランドの本質は、単なる価格設定ではなく、提供する価値そのものにある。その価値をどう守り、どう進化させるか——これこそが、次のクラスディスカッションの核心になりそうだ。


午後の討論に向けて、俺は静かに決意を固めた。

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