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虚飾の万華鏡  作者: Ohtori
第6章「オーガナイゼーショナル・ビへビアー&リーダーシップ」
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第53話「リーダーに求められる倫理観」

日曜日の朝、キャンパスに静かな緊張感が漂っていた。第2回目の授業の午前、グループディスカッションが開始される数十分前。相川守は手元のノートを見返していた。今日のケースは「ある診療所の不可解な出来事」。経営陣がなぜ、倫理的に疑義のある決定を下したのか。それを自分たちがどう評価し、どう対処すべきか。テーマは明確だったが、だからこそ難しさがあった。


リーダーシップにおける「倫理」とは何か。マーケティングの世界ではブランドの信頼性が重要だったが、今回の文脈では、リーダー個人の倫理観と意思決定が、組織全体の信頼性に直結する。そんな予感があった。


午前9時。森田教授の導入でグループディスカッションが開始された。


「本日は、皆さんに“倫理的なリーダーシップ”について深掘りしていただきます。このケースでは、診療所の管理者が組織内で重大な情報を握りつぶし、現場の医師が困惑するという状況が描かれています。皆さんはこの管理者をどう評価しますか?」


森田教授の声には、いつも以上に明確な問いが込められていた。


相川は、班のメンバーと視線を交わした後、口を開いた。


「私は、この管理者の決定を単純に“悪意”だけで判断するのは危険だと思います。おそらく彼は、短期的な組織の安定や業績を優先した結果として、“リスクの開示”を避けた。つまり、倫理よりも効率を優先したのではないでしょうか」


この指摘に、杉山千夏がやや厳しい口調で反論する。


「でも、医療現場で“開示しない”という判断は、患者の生命に関わる問題よ。私たちはPRの仕事でも、“伝えない自由”と“伝える責任”の間で悩むことはあるけど、命が関わる現場では“伝える責任”のほうが絶対に重いと思う」


相川は、彼女の指摘に深く頷いた。


「確かにそうですね。結局のところ、リーダーが問われるのは“結果責任”ではなく、“行動の正当性”なんだと思います」


ディスカッションが進む中、長谷川翔が言葉を継ぐ。


「でも、組織の現実として“正しいことをすれば評価される”とは限らない。むしろ“波風を立てない”人間のほうが、内部で重宝されることも多い。この診療所の管理者も、組織の論理に従っただけかもしれない」


藤堂啓介が静かに口を挟んだ。


「倫理は文脈と文化に強く依存する。ただし、だからといって“組織の都合で倫理を捨ててよい”とはならない。私たちは、リーダーの行動が組織全体の規範を形作るという視点を持つべきだと思います」


このあたりで、ディスカッションのトーンが一段と深まった。単なる「倫理的か非倫理的か」の二元論から離れ、「なぜ倫理が組織にとって必要か」という本質的な問いへと進んでいった。


矢吹大輔が口を開いた。


「今回のケースでは、現場の医師が最終的に“告発”という行動を取った。その決断には勇気が必要だったはずです。私は、あの医師こそが真の意味での“リーダー”だったと思う」


香坂美月が穏やかに頷いた。


「つまり、役職やポジションではなく、“倫理に基づいて行動する人”こそが、リーダーたりうるということですね」


グループ内で共有されたこの感覚は、相川の中に静かに沈殿していった。マーケティングで培ってきた「ブランドは信頼である」という考えは、そのままリーダーシップにも当てはまる。そして、その信頼を支えるのは、倫理に基づいた行動だという事実。


ディスカッションの終盤、相川はこうまとめた。


「リーダーが倫理を軽視すれば、組織の信頼は一瞬で崩壊する。逆に、たとえ短期的に損失が出たとしても、倫理的な判断を積み重ねることで、長期的には組織のレジリエンスが強化されると思います」


メンバーたちが静かに頷く中、ディスカッションの時間が終了した。


森田教授が教室に入ってきた。


「皆さん、非常に良い議論ができたようですね。倫理とは、“常に正解があるもの”ではありません。だからこそ、リーダーは“なぜこの判断をするのか”を説明できる必要があります。リーダーシップとは、責任の所在を明確にすることでもあるのです」


午前のセッションが終わり、休憩時間。相川は自席に戻りながら、ふと考えた。


「自分はこれまで、マーケティングという外向きの業務を通じて、“社会に対する倫理”を考えてきた。でも、今必要なのは“組織内部における倫理”に目を向けることなのかもしれない」


次回の午後は、より全体的な視点から「倫理的判断と経営判断の葛藤」を扱う予定だ。


倫理とリーダーシップ。この二つの言葉の距離が、今日の議論を通して確実に縮まっていることを、相川は実感していた。

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