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虚飾の万華鏡  作者: Ohtori
第1章「マーケティング・マネジメント」
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第5話「戦友たちの夜」

日曜の夕方、クラスディスカッションを終えた俺は、講義室を出るなり深く息をついた。スターバックスの議論は白熱し、発言の機会を得るだけでも一苦労だった。


「ローカライゼーションのバランスがブランドの統一性を損なうリスク」


この視点を投げ込んだことで、議論の流れが少し変わったのは確かだ。だが、三浦教授はそれに納得したわけではなかった。むしろ、「では、そのバランスをどう取るべきか?」という問いをさらに投げかけてきた。


俺は答えた。「コアとなるブランドの要素を維持しながら、市場ごとの適応戦略を考えるべきだ」と。


しかし、教授は少し微笑みながらこう言った。


「それは一般論ですね。どの要素を維持し、どの部分をローカライズするのか、その具体例まで踏み込まなければ、議論は前進しませんよ」


その瞬間、俺はまたも自分の限界を突きつけられた。論点を提供するだけでは不十分だ。より深い洞察を示し、具体的な提案まで持ち込まなければ、このクラスでは評価されない。


そんな思いを抱えながら、俺はクラスメートたちが自然と集まり始めているロビーへと向かった。


授業後の意見交換:課題と戦略


講義の終わった日曜夜。多くのクラスメートは家路についたが、意識の高いメンバーが数人、キャンパス内のカフェテリアに残っていた。


「お疲れ。今日のディスカッション、どうだった?」


声をかけてきたのは矢吹大輔。外資系コンサルタントとしてバリバリに働いているだけあり、分析力とロジックの構築が鋭い男だ。


「正直、教授の質問に完全に答えきれなかったな」俺は素直に認める。「論点は作れたと思うが、それを深掘りしきれなかった」


「同じく。教授の問いの本質を見抜くのが難しいんだよな」長谷川翔が頷く。彼は大手メーカーの商品開発部門に所属しているだけあって、消費者視点の分析に長けている。「ただの理論じゃなくて、実務レベルの解決策まで出さなきゃならないのが、なかなか厳しい」


「だからこそ、もう少しじっくり議論できる場が必要じゃないか?」そう提案したのは、藤堂啓介だった。投資ファンドマネージャーとして、冷静かつ戦略的に物事を見るタイプだ。「クラスディスカッションは即興の議論が中心だが、もう少し時間をかけて考えを整理できる場があれば、より質の高い発言ができるはずだ」


「つまり、授業とは別に、少人数で勉強会をやろうってことか?」矢吹が聞き返す。


「そうだ。固定メンバーで継続的にやることで、お互いの思考の癖も分かるし、より深い議論ができると思う」


「それは面白いな」俺はそのアイデアに興味を持った。「クラスで戦うだけじゃなく、戦うための準備をする場を持つのは、確かに効果的だ」


「そう思うでしょ?」そう言いながら微笑んだのは香坂美月だった。プライベートカウンセラーとして働く彼女は、クラスメートの中でも一際落ち着いた雰囲気を持つ。実年齢は43歳と聞いているが、30代前半にしか見えない洗練された美貌を持ち、自然と周囲の空気をコントロールする術に長けている。


「ただのケース分析会にするんじゃなくて、『教授に刺さる発言』を研究する場にできたら面白いわね」


「なるほど。教授のファシリテーションの傾向や、過去のディスカッションの分析をするわけか」俺は感心した。「確かに、それなら授業での発言の精度が上がる」


「じゃあ、さっそくやるか」矢吹が興奮気味に言った。「オンラインでいいから、水曜の夜に集まろう」


こうして、有志による勉強会の定期開催が決まった。


水曜夜:有志勉強会の初回


水曜の夜、オンラインミーティングの画面に次々と顔が映る。


メンバーは、日曜夜に残っていたメンバーの中から、特に熱意のあった者たちが中心となった。

•香坂美月 (プライベートカウンセラー)

•藤堂啓介(投資ファンドマネージャー)

•矢吹大輔(外資系コンサルタント)

•長谷川翔(大手メーカーの商品開発)

•杉山千夏(PRコンサルタント)

•相川守(俺)


「さて、初回だからまずは方向性を決めよう」藤堂が静かに切り出した。「この勉強会で目指すのは、単なる知識の共有ではない。次のクラスディスカッションで、より質の高い発言をするための戦略を練ることだ」


「そのためには、三浦教授のファシリテーションの傾向を分析するのが重要ね」香坂が言う。「彼は論理の甘い発言には厳しいけど、逆に鋭い問いを投げ返してくることもあるわ。それをどう利用するかが鍵になる」


「あと、発言のタイミングも重要だな」矢吹が続ける。「昨日のクラスディスカッションを振り返ると、教授が議論の方向を調整しようとする瞬間が何回かあった。そこを狙えば、議論の流れを作れるはずだ」


俺は頷いた。「となると、単に意見をまとめるんじゃなくて、議論の転機を作るような発言を準備するのが大事になるな」


「ええ。だから次のケース、リッツ・カールトン東京について、事前に戦略を練りましょう」香坂が画面越しに微笑む。「ホテル業界のブランディング戦略を考える上で、どんな論点が議論の転機になりそうか、分析してみるの」


「なるほど」俺は改めて、この勉強会の意義を実感した。クラスディスカッションに臨むだけではなく、その裏で議論を深める場を持つことで、より高度な発言ができるようになる。


こうして、有志勉強会の第一回は静かに、しかし確実に始動した。


戦いはまだ続く


勉強会の終了後、俺は画面を閉じ、深く息をついた。


「教授に刺さる発言とは何か?」


その答えを探す旅が、今始まったのだ。


そして、俺はふと気づく。画面越しの香坂美月の微笑みが、なぜか頭から離れなかった。


「……いや、今は勉強に集中だ」


そう自分に言い聞かせながら、次のケース「リッツ・カールトン東京」の分析を始めるのだった。

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