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虚飾の万華鏡  作者: Ohtori
第1章「マーケティング・マネジメント」
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第4話「場を動かす一手」

日曜の午後。スターバックスのクラスディスカッションの時間が迫るにつれ、講義室の空気が徐々に張り詰めていくのを感じる。


昨日の香港ディズニーランドのディスカッションを経て、クラスメートたちもこの授業のルールを完全に理解している。ただ発言するだけでは評価されない。他者の意見を踏まえた上で、クラス全体の思考を一段階引き上げるような発言が求められる。


教授の三浦は、ファシリテーションの手綱を決して緩めない。論理が甘ければ、即座に鋭いツッコミが入る。思考の浅い発言はクラスの進行を妨げるものと見なされ、評価にはつながらない。


この環境では、「発言の質」が絶対的な価値を持つ。100人がそれを理解し、戦いの場に臨もうとしている。


俺は昨日の夜から今日の午前にかけての準備を思い返す。グループディスカッションでは、「ローカライゼーションの功罪」という視点を提示し、メンバーの思考を一歩前に進めることができた。しかし、それをクラス全体にどう落とし込むかが次の課題だ。


講義室に入り、いつもの席につく。すでに何人かのクラスメートは小声で戦略を練っている。俺も、どこで発言の機会を得るかを計算しながら、教授の登場を待った。


教授の三浦がゆっくりと教壇に立つと、すぐに場が静まり返る。


「では、スターバックスのケースを議論しましょう。まず、基本的な成功要因から考えてみたいと思います。誰か意見のある人?」


すぐに数人の手が上がる。教授はその中から、外資系コンサル出身の田村を指名した。彼は昨日の議論でも鋭い分析を見せていた。


「スターバックスの成功要因の一つは、ブランドの一貫性です。どの国でも、スターバックスの店舗に入れば同じ品質のコーヒーと、同じような店の雰囲気を体験できます。これは消費者に安心感を与え、ブランドロイヤルティを高める要因となっています。」


教授は頷く。「よろしい。では、それだけが成功要因でしょうか?」


次に手を挙げたのは、マーケティング業界出身の渡辺だ。


「ブランドの一貫性に加えて、スターバックスは『第三の場所』というコンセプトを確立しました。自宅でも職場でもない、快適な空間を提供することで、消費者に『居心地の良さ』を感じさせ、それがリピーターを生む要因となっています。」


教授は少し考え込む。「なるほど。しかし、それはスターバックスだけの強みでしょうか? 他のカフェブランドも似たようなコンセプトを持っているのでは?」


ここで、次の発言を狙う。俺は手を挙げた。教授が俺を指名する。


「スターバックスの成功は、単にブランドの一貫性や第三の場所のコンセプトだけでは説明できません。むしろ、ローカライゼーション戦略の巧みさが鍵になっていると考えます。」


「具体的には?」教授が問い返す。


「例えば、日本市場では、抹茶ラテやさくらフレーバーのドリンクを展開し、消費者の嗜好に合わせています。一方、中国市場では、お茶文化を意識したメニューを増やし、ロイヤルティプログラムを強化することで、消費者との結びつきを強めました。これにより、単なるグローバルブランドではなく、各市場で独自の価値を持つブランドとして成長しています。」


教授は頷く。「なるほど。では、ローカライゼーションは万能な戦略なのでしょうか?」


待っていた質問だ。


「ローカライゼーションには功罪があります。確かに市場に適応することは重要ですが、過度なローカライズはブランドの一貫性を損なうリスクを伴います。もしスターバックスが市場ごとに個別のブランドのようになってしまったら、グローバルブランドとしての価値が薄れてしまいます。」


「では、そのバランスをどう取るべきでしょう?」


「スターバックスは、コアとなるブランドの要素を維持しながらも、ローカライズするべき部分を選別しています。たとえば、店舗デザインやコーヒーの品質、接客スタイルは統一しつつ、メニューの一部やマーケティング手法を市場ごとに適応させています。ローカライゼーションとブランド統一の間のバランスを取ることが、スターバックスの成長を支えていると考えます。」


教授は少し沈黙した後、「興味深い視点ですね」と言った。


クラス内での空気が少し変わったのを感じる。議論が「スターバックスの成功要因」という一般的なテーマから、「ローカライゼーションのバランス」というより掘り下げたテーマにシフトしたのだ。


ここで、別のクラスメートが手を挙げる。「では、ローカライゼーションが行き過ぎた場合、どんなリスクがあるのでしょう?」


俺はその問いを聞いて、小さく微笑む。この流れが生まれたこと自体が、自分の発言がクラスの議論を動かした証拠だ。


「例えば、ある国のスターバックスが、地元のカフェと変わらない存在になった場合、ブランドのプレミアム性が失われ、価格競争に巻き込まれる可能性があります。」


「確かに。それに、消費者が『スターバックスに行けば、この体験ができる』という期待を持っている以上、それを崩すような変更はブランドロイヤルティを下げる要因になりますね。」と別の学生が続ける。


教授はゆっくりとクラス全体を見渡しながら、「良い議論ができていますね」と言った。「では、最後にもう一つ。今後、スターバックスがさらに成長するためには、どのような戦略が必要でしょう?」


この問いには、さまざまな意見が飛び交った。デジタル戦略の強化、ヘルシー志向のメニュー拡充、さらなるローカライゼーションとそのリスク管理。議論は尽きることがなかった。


授業終了のベルが鳴り、教授が締めくくる。「今回の議論は非常に良かったです。皆さんが単なる分析にとどまらず、戦略的な視点で考えようとしていたのが分かりました。」


講義室を出ると、隣にいた石原が話しかけてきた。「今日の発言、よかったわね。ローカライゼーションのバランスっていう視点は、かなり面白かった。」


「ありがとう。でも、まだまだ深掘りできる余地はあるよな。」


「そうね。でも、こうやって少しずつ議論をリードできるようになってきたんじゃない?」


俺は軽く頷きながら、次のケース「リッツ・カールトン東京」に思いを馳せた。高級ホテルのマーケティング戦略を分析するのは、また違った視点が求められる。次の戦いに向けて、すでに頭の中で新たな仮説を組み立て始めていた。

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