097.四人は最強
深夜の筈なのに、昼間のように明るい京の街。その中で微かに感じる闇の匂い――それは、今いるここが呪詛結界の中である証拠。そんな得体のしれない空間に囚われた四人の少年少女たち、彼らの目に映ったのは此方に向かって突進してくる呪鬼の群れ……。
「坂井くんっ――!」
三笠は一人飛び出した友人の名を、思わず呼んだ。しかし彼が額に巻いた包帯を取ろうとする様子を見て、口をつぐむ。だって、その包帯の下に眠る彼の正体は……。
低い声で術式詠唱を始める坂井。
『呪いを込め、
鬼神と化す我、
闇を纏い光を忌む者なり。』
坂井歩人の包帯が全て解けた。顕になったその額には――。三つめの眼が、開いていて。
『陰を祓い、
陽を求む我、
闇を裂き光を生む者なり。』
彼の藍色だった髪は、だんだん朱黒色に変わっていく。頬に浮き出るは、亀裂が走ったような血の色の痣。額の眼が瞬いた。
『両者の境に立つ我……今、術を以て悪を祓わん
――半呪鬼術【凛印結び】!!』
素早く坂井の……いや、【境】の指が動いて印を結ぶ。凛、と迸る藍と朱の光――先程までの学ラン姿の少年は其処には居なかった。水干と呼ばれる和服に身を包んだ、三眼の“人ではないモノ”が、三笠たちの目の前に姿を表す。
【境】が三笠の方を振り向いた。
「天乃、大丈夫。おれに任せといて」
その、坂井であって坂井ではない彼の姿に呆気に取られつつも、三笠は勢いで頷く。再び前方を見据える【境】――影の大群は、今目の前に。
「ったく、『朱雀』の息子を舐めんじゃねーぞ、西京明石! こんな雑魚呪鬼、おれならすれ違うだけで消せるぜ、馬鹿野郎」
彼の言葉の通りに――。
〈コエヌシ、ミツケタァァァァ〉
〈ゼンインコロス……〉
〈ギャッハッハァァァァ〉
〈アカシサマァァ……………〉
耳をつんざくような不快な叫びを上げながら大群で向かってくる影たちは、【境】の存在など無いかのように……いや、気づいていないかのように三笠とハルとアキの方へ向かってくる。三人の目が鋭くなるが、その前に。
〈ギャッ!〉
〈ギャイアアアアア!!!〉
何故かその中途で断末魔を響かせて消えていくのだ。突進してくる影、しかし彼らの攻撃は三笠たちにかすりもせず、はるか届かないところで存在ごと消滅していく。
「な……? これ、全部坂井が倒してるってことでいいのか?」
三笠の隣で目を細めるハル。アキも目を見開いて、呪鬼が自然に消滅していく様子を不思議そうに見つめている。
「そうだよ」
三笠も、そちらから目を離さず答えた。
「あれが坂井くん……じゃなくて、半呪鬼の【境】。あれ見たら、彼が『哀楽』の息子だって話は本当なんだなって思うよね」
呪鬼の黒い影が殺到する。そこに朱と藍の稲妻が走って、刹那、断末魔を上げながら闇は祓われていく。その繰り返し――すべて、【境】の力である。千年もの間を生きてきた、呪鬼と人間の狭間の存在だからこそ持ち得る特別な術式。そしてその力を操ることの出来る、【境】自身の器の大きさ。
彼の特異な出自と存在だからこそ為せる技――。
その様子を遠くから眺める三人。ふとアキが呟く。
「天乃三笠は……どう思ってんだ」
「何を?」
「坂井歩人が哀楽の息子だって言う事実を」
半呪鬼が、人間のふりをしてクラスに潜んでいたということ――ましてや、その父親が呪鬼の祖であり、大切な家族の仇であるということに対して。
「そう、なんだよね……そこは難しいんだけど」
厳島で北羅の作った監獄に囚われたとき、アキと二人で話したこと。三笠の過去――本当は、天乃時雨と天乃佐紀という兄と妹がいたという変えようがない事実。彼らの仇の息子が、目の前に居る状況。
確かに、哀楽が奪ったものは余りにも多すぎた。
「でもそのことについては、坂井くんと少し話してあるの。坂井くんが人間じゃないって分かったとき……聞かれたから。もしかしたら、どうしようもなく怒りが抑えられなくなったとき、君のことを仇の息子だって見ちゃうかもしれないって」
ちゃんと、伝えてある。
でもそれより前に――。
「坂井くんは、仲間だから。人間じゃなくても、千年以上生きている特異な存在でもさ……『今は』私達の大事なクラスメイトで、陰陽師に協力してくれる心強い仲間なんだよ。呪鬼である前に友達だから」
それを聞いたアキの瞳が揺らいだ。
「……そうだな」
ふっと微笑んで、目を伏せるアキ。ハルが不思議そうに兄を見る。
「アキー、どーしたー?」
「……なんでもない」
「あ、わかった。もしかして泣いてる?」
「んなわけ。ハルの馬鹿。何故僕が今泣く必要があるんだ」
暴言を吐きながらも、珍しく覇気が無い賀茂明。三笠もそっとアキの方に目をやると……彼の眼鏡の奥の目に一瞬、雫が見えたような気がした。
そんな気がしただけだ。
――それより今は、最前線で戦う【境】のバックアップをしなければ。
「ハル、アキ、行くよ」
珍しく三笠が自ら指揮をとった。
「坂井くんの周りに居る、まだ消えてない呪鬼たちを三方向から挟み撃ちにしよう。大量に居るけど、私達三人の同時攻撃と坂井くんの術式があれば、一撃で全滅させられると思う」
「了解」
「さっすがミカサ!」
それぞれが、御札を手に地を蹴った。アキは左に回り、ハルは右。そして三笠はその真ん中を走ってターゲットの呪鬼群を目指す。
【境】によって消滅させられてもなお、次々と湧く影呪鬼たちに今、一斉同時和歌呪法攻撃が――。
『和歌呪法・天の原!』
『ひさかたの!』
『白露に!』
早口での和歌呪法詠唱――からの。
『三笠の山に出でし月かも!』
『しづ心なく花の散るらむ!』
『貫き止めぬ玉ぞ散りける!』
三方向からのはさみ撃ち完全奇襲。これが功を奏した。さらに三笠たちの御札から陽の光が発せられると同時に、呪鬼の群れにもまれていた【境】も技を放つ。
『凛印結び――〈咲くやこの花〉!!』
瞬間、それぞれの術式の色が混ざり合い七色の光が生まれた。その眩しすぎる閃光に触れた呪鬼たちが、端から漏れなく消えていく。
『呪鬼滅殺!』
四人の声がピタリと揃った――――静寂。
もうもうと立ち込める土煙の中、立っているのは四人の影のみ。呪鬼の大群は、すっかり消えていた。
「や、やった! 倒した!」
ハルが喜びの声を上げ、他の三人も笑顔を浮かべた――そのとき。
「さすがだね」




