096.結界の範囲
「わからない」
三笠は首を左右に振った。アキが「だよなぁ」という顔をする。ハルも眉間にしわを寄せたところで。
「あ、おれ、この結界作ったやつならわかるぜ」
坂井が軽く言いながら手を小さく挙げた。驚いたような声を上げる他三人。
「なんだと!? 教えろ坂井歩人」
アキが迫ると、坂井は何ともない風にその名を口にした。
「大呪四天王『白虎』――西京明石だと思う」
賀茂双子と三笠の顔が揃って曇った。
「『白虎』……また大呪四天王かよ」
「嘘だろ、また巻き込まれちまうのか? さっすが呪厄年、スパンがやべぇ」
「ねぇ待って。どうして坂井くんは、結界の主が『白虎』だって分かるの?」
三笠の問いに、坂井は不敵に笑う。
「気配だよ、この気配。一回近くで感じたことがあるんだ……おれは不本意だが四天王『朱雀』の息子で、千年生きてんだぜ? 人生経験は豊富なのさ」
「坂井すごいな」
素直に感嘆するハル。彼を微妙な目つきで見つめるアキ。それらを気にせずつづける坂井。
「確か『白虎』は百六十年前くらい……幕末の生まれだし、おれから見たらひよっこみたいなもんよ……だけど」
坂井が目を伏せた。
「戦闘力においては、たぶん一対一じゃぁ負ける。呪鬼の強さは『負の感情』の強さや大きさだ。コソコソ隠れて生きてきて、しかも半分しか呪鬼じゃないおれより、何千何万も人を殺してきた『白虎』のほうが強いに決まってる」
――ということは。
「哀楽の子供である坂井くん……いや、半呪鬼【境】をもってしても、『白虎』に打ち勝つのは難しいと」
「ああ」
坂井が力なく頷いた。
「おれがもし一人でいるときに『白虎』と遭遇したら、逃げるのにすべてを費やすと思うぜ。それくらい……あんなやつとは、戦いたくない」
ハルとアキが困ったような顔をした――それもそうだ。おそらく多大な呪力を持つ坂井でさえ、勝ち目はないという西京明石。そんな四天王が作った結界の中に、今自分たちは捕まっているのだから。
本当はパニックになっても仕方がないほどの恐怖を感じる。それでも、となりに仲間がいるというたった一つの事実だけが、彼らの悲鳴を抑えていた。
「じゃ、じゃあさ」
三笠が口を開いた。
「とりあえず、結界の外に出られるか試してみる……? 多分ホテルを包みこんでるんでしょ、これは。だからまずはエントランスで玄関扉が開くか調べてみようよ」
「それもそうだな」
アキの返事とともに、四人はホテルのエントランスロビーに向かって歩き出す。周りに呪鬼が潜んでいないか確認しながら進むが、どうやら先程倒したので全部だったのかもしれない。坂井に言わせても「このホテルには、もう妖しい気配は感じない」とのことだったので、おそらくその予想は中っているのだろう。
「ついた……けど」
階段を降りた三笠たちは、ホテル一階の正面入口前まで来ていた。
「やっぱり人居ないね……。なんで私達だけ結界に入れられたんだろ」
「さぁ、まあでも絶対陰陽師関連だろ。おれがどんな位置づけで道連れにされたのかは知らんけどさ」
三笠の呟きに対して坂井が肩をすくめた。ハルが天井を見上げて眉をひそめる。
「それより何だか気持ち悪いね、この光景。明るいはずのロビーのシャンデリアには明かりがなく、従業員が居るはずのカウンターには誰も居ない……」
「早くドアが開くか、ホテルから出られるか確かめよう。話はそれからだ、ハル」
アキが眼鏡のフレームの端をクイッと押し上げて、正面入口の方を向いた。恐る恐るその重そうな扉へ近づき、取っ手に手をかける。
「……開けるぞ」
少年の手に力が入る。――これで開けば、ホテルからは脱出可能。しかし開かなければ……この得体の知れない『白虎』の呪詛結界内で出る方法を探さなければならない。
(お願い……! どうか開いて……)
三笠の祈りが通じたのか。
ガチャリ。
蝶番が金属音を立てた。そのままギギギと開く扉――外の景色が、四人の双眸に映る。それは代わり映えのしない、京都の町並みの風景。
「で、出られた……!」
三笠の口から、喜びの声がこぼれた。
「よかったー! ホテルの中、暗いし怖いしなんか出そうだし、嫌だったのよね」
「いや、なんか出そうじゃなくて、すでに呪鬼くんたちが出てただろ」
「まあ、可哀想なことに俺たちに瞬殺されちまったけどな」
三笠の言葉に坂井がツッコみ、ハルはニシシと一人笑う。その中で……アキだけが、何やら考え込むようなそぶりを見せていた。
「……おかしい」
彼のつぶやきが、場に響く。三笠はアキの瞳を覗き込んだ。
「アキ、どうした。なにか……おかしい?」
「ああ」
賀茂家当主の推理が始まる。
「僕らのことを今閉じ込めているのは、四天王『白虎』の結界だって、坂井が教えてくれたよな。それを正しいと信じるとするならば、だ」
「あっ……」
ハルもなにかに気づいたような顔をする。アキの口が、疑問点を告げた。
「結界の範囲だと思っていたホテルから、普通に出られた。そして、外に出た今も違和感は消えないし、何より時間帯がおかしい。今は深夜のはずなのに、空が明るいんだ――ってことは」
坂井が低い声で答える。
「まだおれたちは、結界から出られていない……」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「えっ、じゃあ、結界の範囲は!? ……まさか、京都市全体とか?」
「それはヤバくね。町全部を包み込む結界ってどんな広さだよ……いくらなんでもそれは」
三笠の言葉をハルが笑い飛ばそうとした時。
「いや」
坂井歩人が、その藍色の髪をかきあげながら彼の言葉を遮った。
「なんだよ、坂井」
「カモハル……『白虎』を侮らない方がいい」
「どういう意味だ」
「町くらいの結界で、『広すぎる』? 冗談じゃない。四天王は余裕でそのレベルを飛び越えてくるよ。少なくともおれは、今回の結界……」
そう答えながらも、坂井の目はハルと三笠の方を向かず、はるか前方を見つめている。そして左手で自身の額に巻いてある包帯に手をかけ――静かに告げた。
「だめだ、来る。詳しい話は後でな」
彼の緊張感漂う口調に、三人の視線が道の前方へ向けられる。そこには――迫りくる、大量の影の集団。呪鬼の大群だ。
「さっそく敵襲ってわけか。全員、戦闘準備!」
ハルとアキと三笠が御札を構えた瞬間、坂井は包帯をシュルリと解いた。




