087.ここは東大寺、僕ら陰陽師。
古墳・飛鳥・奈良時代の遺跡が点在する地――奈良県。その中でも特に有名な寺院がある。それは、巨大な盧舎那仏像のある天平文化を代表するところ、東大寺。仏教華厳宗の大本山であり、聖武天皇由来の文物を納めた正倉院も境内に位置するという歴史あるこの地には、今日も全国各地からの修学旅行生が溢れかえっていた。
この四人組も、また然り――――。
「来ました! 天下の東大寺ィィィ!」
晴れ渡る広い空に向かってそう叫ぶ、明るい髪色の男子が一名。彼の頭をすかさずパコンと叩くのは、眼鏡の少年。彼らの名前はハルとアキ、陰陽師の名家・賀茂家の双子である。
「叫ぶな、馬鹿。迷惑だ」
「ええ〜、アキも一緒に叫ぼうよぉ」
「一人でやってろ」
「昨日あんなに楽しみにしてたのに?」
うぐっ、とアキは言葉に詰まる。するとその会話に首を突っ込んで来る者が二人。
「え、なになに?」
「カモアキが今日を楽しみにしていただって?」
一人は深緑色の目に天真爛漫な光を浮かべている少女、もう一人は藍色の髪の、意地悪そうな顔をした少年――天乃三笠と坂井歩人である。
「そうなんだよ、アキってばさ」
ハルが肩をすくめながら話し始めた。
「昨日の夜に荷物のチェックしてるとき、ずっと学校で配られたガイドマップとか見まくってニヤニヤしてやがったんだぜ? おまけに歴史の教科書と、和歌についての本を引っ張り出してきて、またニヤニヤして」
「そんなにニヤニヤしているつもりはなかったが」
「え、お前、あれでニヤニヤしてないって言うのかよ」
反論したアキに、ハルは追いうちをかけた。
「そのうち不審者にならないように気をつけろよ」
「余計なお世話だ、馬鹿ハル」
「わぁぁ、またアキに馬鹿って言われた!」
「奈良の鹿と一緒に鹿せんべいでも食ってろ」
「いじめないでお兄ちゃん!」
「桜咲舞花かよ!」
「お兄ちゃん大好き!」
「気持ち悪いからやめろその呼び名!」
その後もくだらない言い争いを続ける双子。そのやり取りを白けた目で見ていた坂井と三笠は、踵を返して歩き出した。
「あんな奴らは置いてこ、天乃」
「うん。坂井くん、まずは大仏殿に行こうか」
仲良さそうに並んで歩く二人。その様子に危機感を感じたのか、後ろからドタバタと双子が追いついてきた。
「先に行くな、天乃三笠と坂井歩人」
「そーだぞ! 行動班は一緒に居なきゃいけないんだぞ!」
喚くハルとアキに、三笠は心の中で
(いや二人がつまらない喧嘩してるから悪いんでしょーが!)
と思ったが、口には出さない。
*
四人で、秋の風景の東大寺境内をゆく。班ごとの行動ではあるが、一応学校でまとまって東大寺に来ているため、あちこちに同じ制服を着たグループや知っている先生方の姿が見える。
「んね、そういえばさ」
ハルがアキに耳打ちした。
「東大寺の正式名称って、金光明四天王護国之寺って言うらしいぜ」
「知ってる、常識だ」
「いやそれはアキだけの常識だろ!」
「んで、それがどうしたんだ?」
「いや、あのさ」
ハルがニヤリと笑った。
「四天王って……何か、出そうじゃね?」
「やめろ、縁起でもない」
アキはあからさまに嫌な顔をした。
「もう四天王級と戦うのはごめんだ。修学旅行くらい楽しませてくれよって感じなんだ僕としては」
「ほんとそれな」
アキは目を見開いて声のした方を見る。答えたのはハルではなかったのだ。声の主は――坂井歩人。藍色の髪をサラリと揺らして、坂井はアキとハルに向けて不可解な笑みを浮かべた。
「四体どれが来ても嫌だよね……あ、でもあれか。『玄武』は君たちが倒したんだったよね。だから残り三体か」
「ちょっ坂井……?」
「……何故お前がその事を知っている」
驚くハル。一方でアキは冷静に坂井と向き合い尋ねる――その左手には、いつの間にか「呪鬼滅殺」と書かれた御札が握られていた。
「おっと、カモアキ? おれを祓うつもりか?」
坂井が揶揄するように笑う。
「ああ、必要ならばな」
「カモアキには無理だよ。おれは祓えない」
「……とか言ってるところをみると」
今度はハルも戦闘態勢に入った。
「やっぱり坂井は呪鬼なのかな?」
紅葉舞う境内の小道で、対峙する坂井と双子。
――と、そのとき。
「ちょっ、ちょっと、坂井くん!」
今まで黙ってやり取りを見ていた三笠が、同じく戦闘態勢に入りかけていた坂井の腕を思い切り引っ張った。
「何やってるの! 君は陰陽師の味方なんじゃないの!?」
「味方とは言っていないはずだよ? 呪鬼を殲滅したいという願いが一緒なだけで」
「でもだからって、ハルとアキと戦っちゃだめ!」
三笠が必死になって言うと、少しの沈黙の後、坂井が仕方なさそうに呟いた。
「しょうがないね……おれとしては、天乃が居てくれればそれで十分なんだけどな。ま、『除の声主』がそう言うんなら」
そう言った坂井を見て、安堵のため息をつく三笠。
「うん、そうしてくれると助かる。私だって……坂井くんには、ちゃんと協力するから」
三笠と坂井が目を合わせて頷いたその時だった。
「おいおい、どういうことだ」
完全に思考が錯乱していると見られるアキが、口を挟んできた。ハルに至ってはもう、思考停止状態である。
「坂井も陰陽師なんだっけ……? ああ、そうだそうだ。県内会合のときに自己紹介してたじゃないか」
「いや、しとらんわ。記憶捏造すんなカモハル」
ツッコミ役にまわり、ハルの改造された記憶を止めようとする坂井。三笠は二人に呆れ笑いを向けつつ、じっとこちらを見つめてきているアキの方をちらりと見やった。
「……アキ」
「天乃三笠、どういうことだ」
彼の鋭い視線が、三笠を貫く。
「説明しろ。坂井は何者なんだ?」
(そうよね、知りたいわよね……)
三笠は深呼吸して、口を開いた。
「あのね、坂井くんは――――」




