081.県内会合女子会編
晩夏の日々は、あっという間に過ぎていく。時折、千葉を騒がす台風注意報とともに――夏休み課題の提出が全て終わり、授業は次のテスト範囲を進め始め、学校行事で言えば修学旅行の準備が始まった。
そう、修学旅行である。
「え、修学旅行? 中学って、大体中三の春にやるもんじゃないの?」
――ここは千葉県柏市内のカフェ。そこのソファに座る三笠の目の前で、目を丸くして素っ頓狂な声を上げるのは、桜咲舞花。赤っぽい髪と、同じように赤く輝く瞳を持つ、三笠より二つ年上の彼女は同じ千葉県所属であり、名門・桜咲家出身の陰陽師である。……もっとも、その中身はお転婆な究極ブラコン少女であるのだが。
「それが、うちの学校は違うみたいで」
三笠のオーダーした抹茶ラテが運ばれてくる。それを片手に三笠は言葉を続けた。
「中二の十月にやるんですよ。三年の春にやっちゃうと、他の学校さんと被って京都・奈良が大混雑しちゃうとかで」
「へーぇ、なるほどね。確かにあたしが行った時は嵐山とか中学生ばっかだったわ」
「そう。それを回避するためらしいんですけど……」
三笠は語尾のトーンを落とした。それに気づいた舞花が、ロイヤルミルクティーをかき混ぜていた手を止め顔を覗き込んでくる。
「ミカサちゃん、どーした? なんか浮かない顔してるけど」
「実は……行動班を決めるときに、キリカと……あ、仲の良い友達です。その子と一緒になれなくって」
三笠が途方に暮れた顔で、そこまで打ち明けた時だった。
「三笠、舞花。待たせたな」
聞き慣れた声がして、三笠と舞花のテーブルのわきに誰かが立った。二人の少女は反射で顔を上げ、そして満面の笑みを浮かべながら“彼女”の名を呼ぶ。
「「華白さん!!」」
そう、休日に柏駅近くのカフェでお茶をする舞花と三笠に合流したのは我らが千葉県『流』・夜鑑華白であった。実は今日は、「千葉県陰陽師県内会合〜女子会編〜」なのである。命名はもちろん華白。
絹のような白い髪、それを際立たせるように彼女が纏っているのは黒いいつものマント。そして双眸に瞬く美しい紫色の光。美しい彼女にふさわしい仕草で、華白は流れるように三笠の横に腰を下ろす。
そのときカフェの従業員が一人、三人のいるテーブルに駆けてきて華白に注文を尋ねた。
「いらっしゃいませ、何にいたしますか?」
「唐辛子ミルクを、アイスで」
「……もう一度お願い致します」
「あ、じゃあやっぱり唐辛子フラッペで」
「……」
恐らく応対したことないであろうタイプの客に、どうしたものかと眉間にシワを寄せる若いバイトのお兄さん。三笠は見かねて口を挟んだ。
「アイスコーヒーで、お願いします」
「承りました。少々お待ちを」
*
「すまんな、本当は十一時に間に合う筈だったんだが、電話対応していたら電車を逃してしまって」
アイスコーヒーが届いたところで、華白が口を開いた。ブラックコーヒーの苦味に目を細めながら、舞花と三笠に謝る。
「電話対応……」
舞花が聞き返した。
「そうだったんですね、電話は因みに誰から?」
「なんだ、舞花は知らないのか」
尋ねた赤髪の少女の方を向きながら、華白は笑った。
「舞桜だよ。あいつ、わたしの携帯に『こんにちは、今お時間よろしいでしょうか』とかバカ丁寧に電話かけてきて」
「えっ、お兄ちゃんが!?」
(舞花さん……語尾にハートが付いてる……)
三笠はジトッとした目で先輩陰陽師二人のやり取りを見守る。
「そうだ。舞花、高校で進路学習の課題が出なかったか? 身近な大人に職業とか大学とか進路決定の理由とか聞くやつ」
「あー、出ました出ました」
「舞桜はな、わたしにその依頼をしてきたんだ」
「ぶっ」
思わず三笠は吹き出した。飲んでいた抹茶ラテが悲惨なことにならないよう、一生懸命に心を落ち着かせる。……ツボには入らずんに済んだようだ。
「え、それって」
舞花が目を白黒させながら聞いた。
「職業、陰陽師……ってこと!?」
「お前の馬鹿兄貴は、そう書いて提出しようとしたらしいぞ」
「うわぁ、お兄ちゃんの馬鹿ぁ……」
そう言葉では罵倒しながらも、彼女の口元に幸せそうな笑みが浮かんでいるのは、いつも通りのことなので気に留めないでおこう。
「で、その電話をしていたら電車に乗れなかったんですね」
三笠のセリフに頷く華白。
「そうなんだ。此方は早く切ろうとしてたんだが、向こうが泣きついてきてな。『俺には貴女しか居ないんです!何とかしてください!』ってね」
「わぁ……なんか、告って何度も振られているのにそれでも諦めきれない男みたいですね。それで、どうしたんですか?」
毒舌三笠が炸裂する。舞花が「ん?」と眉をピクリとさせたが、華白と三笠は気づいていないフリをする。
「わたしの知り合いを紹介しておいた」
「さっすが華白さん、優しい」
「まあな」
「ちなみに、なんの職業の方……?」
「高知県でキュウリの促成栽培をしている奴だ」
華白の答えに、何でそんな人と知り合いなんすか……という本音を隠して舞花と三笠は何とも言えない反応をする。
「「うぉお……」」
「それで」
華白が話題を変えた。
「二人は何の話をしていたんだ? わたしが来たことで無理やり話を途切れさせてしまったような気がして」
三笠は首を横に振って言った。
「いえいえ、お気になさらず。舞花さんとは、修学旅行の話をしていました。もうすぐ、私たち京都と奈良に行くんです!」
「おお、そうなのか。三笠が行くってことは、晴と明も行くってことだよな」
「はい」
舞花が口を挟む。
「でもミカサちゃんったら、あんまり気が乗らないんですって、ね」
「……実は。仲いい友達と行動班一緒になれなくて」
キリカ――村雨霧花は、三笠の大の親友。だがしかし、その明るい笑顔と優しい性格のお陰で彼女には友達が多いのだ。三笠が霧花と組もうとする前に、彼女は他のグループに連れ去られてしまったというわけで。
「それは残念だな……。で、結局、誰と組むことになったんだ?」
天乃三笠は溜息を付きながら、十月に行われる修学旅行で一緒に自由行動をすることに“なってしまった”奴ら三人の名前を口にした。
「……ハルとアキと、坂井歩人くんです」




