078.あいつじゃなくて、おれを見て
「え、」
三笠は坂井の言葉に目を見開いた。
「坂井、くんの父親が……哀楽? 呪鬼と人間のハーフ……」
そんな存在が、此の世に在ったなんて。
「そうだよ」
哀しそうに微笑む【境】。その間にも彼の身体は変化を続ける――包帯の巻かれていた彼の額には、真っ赤な瞳の“眼”があった。藍色だった髪色は赤黒く染まり、顔にも亀裂が走ったような文様が浮き出る。
その様子は異形の鬼。人であって人ではない何かに……坂井が、【境】に、なっていく。
「おれは人間の言う平安時代頃に生まれた。父親――哀楽の気まぐれで。そしてその後、母親となってしまった女は殺され、哀楽はおれのことも殺したと……そう思い込んでいたみたいなんだ」
だけど、違った。
【境】はその憎しみの表情に、無理に笑顔を浮かべる。
「殺されかけた俺は、本能でなんとか自分を守護して生き延びた。それから千年間――姿を隠したり、時には人間になりきったりしながら過ごしてきた。哀楽は子どもである【境】が生きていることを知らないし、おそらく覚えてもいないと思う」
そこまで一息で言って、【境】は笑った。
「天乃、どう? こんなおれでも、隣の席に居ていい? お前の家族の仇の息子だぜ、何もなかったかのように其処に居られるか?」
その問いに、三笠は暫し黙り込んだ。【境】の展開した結界・難波津。遠くから波音が聞こえてきそうな風景の中に、千年以上生きている半呪鬼の少年と、たった十四年しか生きていない『除の声主』の少女――二人は、ただ静かに、向き合っていた。
俯いていた三笠が、やっとのことで口を開く。
「……たぶん、何もなかったかのようには、過ごせない」
その口から零れ落ちたのは、感情の起伏が見て取れない――三笠の本当の心の声のようだった。
「きっと坂井くんのこと、ただの人間として見ることはできないし、もし怒りが抑えられなくなったときは……君のこと、仇の息子なんだって思っちゃうかもしれない」
でもっ、と少女は顔を上げた。その顔に、その瞳に、希望を見いだそうとするような光を浮かべて。
「一つだけ確認させて。坂井くんは……半呪鬼の【境】は、私達の味方ってことでいいんだよね?」
先程からの【境】の言葉の端々には、自身の父であるはずの『哀楽』を毛嫌いしているかのような……憎んでいるかのような様子が垣間見えた。
三眼を持ち、そのすべての瞳を開放すると“人間ではなくなってしまう”という呪鬼の性質を持つ自身でさえ嫌っているかのような口調――。
(それに……呪鬼側だったとしたら、真っ先に声主である私を殺そうとしてくる筈だもの……)
じっと【境】を見つめる三笠。少年がゆっくり頷く。
「完全なる味方……ではないかもしれない。だっておれは陰陽師じゃないから。でも目的は一緒だ。『哀楽』の滅殺及び呪鬼の殲滅」
そう語る【境】の瞳には、力強い決意が浮かんでいた。
「おれみたいな半端な存在を産ませた『哀楽』と、人間を意味もなく呪う呪鬼たちは、全員ぶっ殺す。その思いで何百年も生きてきたんだ。だが……おれは呪鬼を『祓え』ない。『殺す』ことしか出来なかったんだ」
「それって、どういうこと?」
「呪鬼は負の感情。つまり人々の――あるいはモノたちの――『想い』でもあるんだ。だから想いは祓わない限り消えない。それらは何処かで繋がっていて、負の感情の循環が出来てしまう」
「じゃあその、呪いという名の想いを祓えるのは」
「お前ら人間が使う『言霊』だよ。和歌に込められた想いを駆使して、そこに根付いた言の葉の力で負の感情を消し去る――それが呪鬼を滅する唯一の方法」
そこまで聞くと三笠は【境】の目を覗き込んだ。
「それで、坂井くんは……私達に協力するって形でいいの? 私達も君に協力するけれど」
「それを、お願いしたいんだ。そのために春過夏来の手元をちょいっと呪って席替えのクジを操作して天乃に近付いたんだから」
肩をすくめる半呪鬼に、三笠は苦笑いする。
「ちょっ、先生を操作って」
「まじだよ、まじ。あと天乃とカモハル離れさせたかったし」
「なんでそこでハルが出てくるのよ」
「まぁ、だって天乃……あいつのこと、好きなんだろ?」
唐突な【境】の質問に、三笠は目を泳がせた。
(ちょっ…、坂井くん、なんで今そーゆー話題をぶっこむかなぁ)
「いや別に、ハルのことそんな目で見たことないし」
「だったら――――おれの方だけを見てよ」
少年は包帯を取り出し、また額に巻き始めた。三つ目の瞳が次第に隠れ――封印されていく。それと同時に、赤黒い髪色は元の藍色に、瞳の色や顔の文様も少しずつ戻っていく。
「……坂井くんのことだけ、見る……」
「そ。あいつじゃなくて、おれを見て。天乃にとってカモハルは単なる陰陽師仲間なんだろ? おれはあいつより『哀楽』を倒したいって思いが強いし、何より『除の声主』の強さを引き出すことが出来るよ?」
【境】が「坂井歩人」に完全に戻った。
「き、急にそんな事言われても」
三笠は困ったように瞬きを繰り返す。坂井は何が言いたいのか、何を三笠に求めているのか――今は全く、見当がつかなかった。
「まあ、今はいいや」
坂井が軽く言った。
「だけど――天乃はおそらく、いや絶対に、『おれを取る』よ。もしも、おれとカモハルどちらかを選べって言われるような状況に将来的になったらの話だけど」
「なにそれ、フラグ?」
三笠は坂井の発言を笑い飛ばすので精一杯だった。
「フラグ……かもね」
意味深な笑いを浮かべる坂井。その正体は、呪鬼の祖・哀楽を父に持つ『半呪鬼』――千年近く生き、自身の生い立ちと呪鬼の存在、そして自分を此の世に産み出した『哀楽』を憎んでいる少年。
(そういえば、坂井くん……何で私が『声主』だってことを知ってたんだろ)
三笠の疑問に坂井は答える。
「だって声聞きゃわかるよ」
「じゃあ、なんでハルとアキが陰陽師だってことを……」
「それも気配、とか。雰囲気とか……とにかく分かるんだよ。陰陽師と一般人の違い」
なんとも無いように言ってのける坂井に、三笠は心からの感嘆の声を上げた。
「すごいね」
「まあそりゃ、ね。陰陽師四人も居る教室で過ごすのは結構ヒヤヒヤだったよ。いつ此方の正体がバレて、ちゃんと事情を話せる前に滅せられたりしちゃったら……ってね」
坂井はそう笑いながら、印を結び始める。
「まあ、先に天乃に話すことができてよかったけど。とりあえず話はこれで終わり。結界、解いちゃうね」
「あ、うん」
『解結界』
三笠が勢いのまま頷くと同時に、坂井の術式を解く呪文が詠われた。
(あれ、今坂井くん……『陰陽師四人も居る教室』って言ったわよね? 私とハルとアキと……誰?)
その疑問を口に出す暇もなく――眩いほどの白い光と共に、結界『難波津』は消え去っていった。




