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【木曜17時更新】となりの晴明くん〜闇を祓いし者たちの陰陽奇譚〜  作者: 咲翔
【半呪鬼の友人編】

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077.坂井の正体


 坂井歩人――少し陰キャっぽい見た目をした、普通の男子。誰かから、彼が鉄道好きらしいという話だけは聞いたことがあった。しかし三笠たちの通う中学には鉄道研究部が無いため、しぶしぶ剣道部に所属してるのだとか。


(しぶしぶ……それで運動部を選ぶって、凄いわよね)


 三笠はとなりの席の彼をチラッと見て思う。坂井の藍色の長い前髪が、窓から吹く夏の風に揺れていた。その様子に三笠は息を呑む。


(……坂井くんって……ちょっと、イケメンかも? いや、イケメンってより、素敵?)


 教室の中、彼だけ特別な空気に包まれているような感じ。形ばかりの美男子ではない雰囲気。顔貌の良し悪しで言えば新潟県『流』の夜条蒼空が、一般的に言うイケメンの位置に居るのであろうが――三笠は、坂井歩人に対して今まで出会ったことのない“人間的な魅力”を感じていた。


 坂井が次の時間の準備を始める。彼の一つ一つの仕草、手に取った数学の教科書、無表情な横顔。


 三笠の目に映る坂井の“全て”が魅力的だった。


 ずっと見つめていた彼の横顔が、左――三笠の方へゆらりと動いた。坂井の澄んだ目が長い前髪の隙間から此方を向き、三笠を視界にとらえる。


「天乃、」


 彼の少し低い声が三笠の名字を呼ぶ。


「お前、何見てんの? もしかして惚れちゃった?」


 ふっ、と不敵に笑う坂井。その様子がまたどうにも魅力的で、三笠は慌てた様子で首を左右に振った。


「いっ、いや、別に……そんな」

「そんな、なんだよ? さっきからずっと、おれのこと見てんじゃん」

「べ、別に深い理由は無いってば!」

「あっそ、てか次数学かよ。……だりーな」


 坂井は誰に聞かせるともなく呟くと、三笠からスッの目を逸らして黒板の方を向く。三笠はそれを少し物悲しく思いながらも、彼につられて黒板を見た。


(……えっ)


 瞬間、教壇に立っていた春過夏来と目が合う。しかし担任はすぐに視線を逸らす――まるで“目が合ったという事実が無かったかのように”。


(春過先生、こっち見てた……? でもすぐ違う方向いたから、たぶん偶然よね)


 三笠がそんな事を考えた矢先、チャイムが高らかに一時間目の始まりを告げた。春過が「号令」と係に声をかけているのが聞こえる。生徒の「きりーつ」の声と同時に立ち上がる。


「気をつけ、礼」

『お願いしまーす』


 少しだるそうな声で、一時間目の数学が始まった。夏の暑さのせいなのか、複雑な一次方程式のせいなのか――はたまた、となりの坂井歩人のせいなのか。三笠の頭は少しぼんやりとしたままま。


 一日が、過ぎてゆく。


 ――――三笠は、この時知らなかった。


 自分が既に、坂井歩人の術式にかかっていたということを。



 *




 三笠が坂井から声をかけられたのは、その日の放課後のことだった。部活が顧問の都合で早めに終わり、まだ時計が五時半を指しているか指していないかという頃。


 荷物を取りに教室へ戻った三笠が、そのドアを開けた瞬間、


「なぁ、天乃」


 まだ教室に残っていた彼から、そう呼びかけられた。


「坂井くん」


 驚いて坂井の名を呼び返す。


「ど、どうしたの」


 窓から差し込む夕日が眩しい。夕方の、橙色の光に染まった彼は贔屓目に見なくても美しかった。


「あのさぁ、おれ、天乃と話したいことがあって」

「私と、話したいこと?」

「そ。だから待ってたんだ、天乃のこと」

「えっと、それって……」 


 三笠は尋ねる。


「今朝、坂井くんが“偶然”って凄いとか言ってたことと関係があるの?」

「うん、まぁ、おれが天乃の『となり』になるようにしたことと関係はあるな」

「隣の席になるように“した”ってどういうこと?」

「その言葉の通りだよ」


 坂井歩人が自席から立ち上がり、三笠の方へツカツカと歩み寄ってくる。坂井と視線が絡み合う――三笠は何故か身動き一つ取れなかった。


 坂井の口が、ゆっくりと開かれる。


「簡単な話だ……『除の声主』であるお前に、おれが近づけるようにしたんだよ」



 ハッと、天乃三笠の目が見開かれた。


「な、なんで坂井くんが、そのことを知って……」


「なんでか? ずっと狙っていたから」

「狙って、いたって……」


 三笠の頭に蘇るのは、ヒメカ戦の後のアキの言葉。


――「これからも気を付けたほうがいいかもしれない。呪鬼は本気でお前を狙ってるぞ」


(まさか、坂井くんは呪鬼……?)


 だったら、祓わなきゃ。


(でも、動けない……)


 何故か分からない。だけど、坂井歩人のそのすべてを見通すかのような視線にとらわれると足一歩動かしてはいけないような、そんな心地になる。


(これは……“強者だけが持てる圧”)

 

 坂井くんは、何者……?




 耳元で、ささやき声がした。


「此処だと他の人が帰ってきてしまって、話を聞かれかねない。ちょっと結界張るね」

「結界って……」


 三笠が聞き返す前に、坂井の声が場に響いた。


『不完全呪詛結界――難波津(なにわづ)



 凛、と――涼やかな音がして、みるみるうちに教室の風景に新たな景色が重なっていく。世界が三笠の隣に立つ坂井を中心に、描き出されていく。


 それは、背の高い葦が生える湿地帯の風景。

 霞んだ空と、凛とした空気感。

 古の人々が和歌に詠んだ、今の大阪湾の情景――「難波の海辺」がそこにはあった。



 小さな波が立っている葦原を、三笠は見渡す。


「此処は……いや、この結界は?」

「おれの専用結界だよ。陰陽師が使う結界とか、呪鬼の呪詛結界みたいなもん」

「ねぇ、先にこっちも聞いていいかな……坂井くんって、何者?」


 それを聞いた坂井は吹き出した。


「え、それ、すぐ聞いちゃう?」

「何よ、おかしい? それとも言えないの?」

「いいや、全然。言えるし、おかしくもない。だけどなんか、こんなに単刀直入に聞いてきたヤツは初めてだったなぁって」


 少し、悲しそうな目をする坂井。

「大体、おれのこと見ると恐れて反撃してくるか、逃げようとする奴らばっかだったから」


「そ、そうだったの……」


「うん、でもまあ、天乃だってこれからそうなるかもしれないし」

「……ならないよ」

「本当にそう言い切れる? おれの正体を聞いて絶対に攻撃しないでいられる?」


 坂井の質問攻めに、三笠は口ごもる。坂井が……本人がそう言うくらいなのだ。彼が歩んできた道筋は知らないが、もしかしたらその正体は誰もが恐れる存在なのかもしれない。忌むべきものなのかもしれない。


 ……その可能性が高い。


(ここまで完成された結界。呪詛結界も私達の結界も総合して……そう考えてもやはり、坂井くんが今展開したのは凄まじい程のレベル。完成度がすごい、粗いところが無い)


 だとしたら、陰陽師で言えば『巴』レベル、呪鬼で言えば『四天王』レベルか。




「だって、天乃。……過去に踏み込むようで悪いけど、『哀楽』に家族殺されてんだろ? 友達も亡くしたんだろ?」



 突然の坂井の発言に、三笠の瞳が揺らぐ。


「なんで、坂井くんが知ってるの」


 坂井はその質問には答えずに、更に問うた。


「それでも、おれの正体聞いても怒らずに居られるのかよ。攻撃せずにいられるか?」


「…………うん、約束する」


 自分でも理由は分からないが、何故か三笠は頷けた。坂井を攻撃しない――何があっても、彼が誰であっても。


 坂井がようやく表情を和らげた。


「ありがとう。おれだって、天乃を敵に回したくはなかったんだ」


 結界の中で、向かい合う。


 天乃三笠と、坂井歩人の二人きり。


 目の前の少年が、ゆっくりと口を開いた。




「おれは……人間の『坂井歩人』じゃないんだ。

 本当の名前は境界の境って書いて、【(さかい)】」



「さかい……」



「人間じゃないけど、呪鬼でもない。半端な存在なんだ」


 坂井――いや、【境】の結界内に涼しい海風が吹く。その風が、彼の前髪を揺らす。その靡いた髪の隙間から見えるのは――白い、包帯。


 【境】は額に、真っ白な包帯を巻いていた。


(怪我してるの……?)


 三笠が尋ねる前に、彼は自ら額に手をやる。長い指先が、包帯の留具を外す。


 シュルル、と包帯が解かれる。


「天乃には……声主には、知っておいてほしかったんだ。おれの本当の姿、本当の名前。だからこうして見せている」


 


 包帯が完全に外れて、“隠していたもの”が(あらわ)になる。三笠は思わず声を漏らす。そんな彼女の様子を見て、【境】は肩をすくめて小さく笑った……「だよな」と言うように。




「これが、おれの本当の姿だよ。


 半呪鬼の【境】――――呪鬼と人間のハーフ。父は『哀楽』、母はずっと昔の人間。もう死んじゃったけどね」



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