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【木曜17時更新】となりの晴明くん〜闇を祓いし者たちの陰陽奇譚〜  作者: 咲翔
【幕間・それぞれの日々で】

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072.夜条蒼空は古闇真白とフォッサマグナミュージアムで再会する。


 一条柚琉が北山音羽にこっぴどく叱られ、琴白星哉が氷室雪吹に軽蔑の目を向けられていた、一方その頃――新潟県糸魚川市。この地でもまた、二人の陰陽師が再会を果たそうとしていた。



 *



「くっそ、受験生だってのに何で宿題に自由研究があるかなぁ」


 思わず愚痴が零れる。蒸し暑い夏の空気の中を、日傘も帽子も無しに歩くのは地獄のような時間だった。陰陽師をやっている中で失血や呪法によって死を間近に感じた経験は幾度となくあったが、ここまでの暑さを経験したことはない。意識的に自我を保っていなければ、熱中症で倒れてしまいそうだ。


「ま、俺なら秒でレポート書き終わらせられるけど」


 自信満々に一人肩をすくめて見せる。そんな彼――夜条蒼空が来ているのは、糸魚川市が観光名物として打ち出している“あれ”についての博物館だ。“あれ”……世界ジオパークにも認定され、博物館が出来てからは日本全国から地理地学ファンが集まる地ともなった“あれ”である。


 あれだよ、あれあれ。




『あれ、』


 夜条ではない、もうひとりの少年の声がした。


『何で貴方が此処に居るんですか』


 少し驚いたような声音――その声に聞き覚えがあった。反射で振り返る。夜条の目に、その特徴的な髪色と碧い眼が映る。少し小柄で、ラフな格好をした少年。夜条蒼空は彼と博物館の正面玄関前で向き合い、暫し硬直する。


「あ、えっと……」


 逆に此方のほうが聞きたい。

 何故君がこんな辺境の博物館まで来たのか。


「古闇、さん……」

「こんにちは。久しぶり、ですかね」


 お互い距離感が分からず、辿々しい敬語交じりの挨拶になる。夜条の目の前に居る、このグレーの少し癖のある髪と透き通るような碧い目が綺麗な無表情な少年。その名は――古闇真白。対呪鬼陰陽師組織『祓』の中でも最高位の称号『巴』の一人である。


 蒸し暑い風が、夜条と真白の間をぬるりと吹く。次に口を開いたのは『巴』の方だった。


「貴方、新潟県『流』の夜条蒼空さん、でしたっけ」

「そうです」

「オレは『巴』の古」

「知ってます」


 夜条は改めて自己紹介をしようとした彼を止める。分かっているのだ、彼が最強の陰陽師の『巴』であること、そして最年少で最高位に上り詰めた呪鬼祓いの天才だと言うこと。それを含めて、同年代である自分たちは真白を尊敬の目で見るし、同時に少しだけその才能に嫉妬してしまったりする。


「あの」


 古闇真白の言葉を遮ってまで、夜条には聞きたいことがあった。


「なんで古闇、さんは」

「真白でいいですよ、てか敬語外してもらっても」

「じゃあ真白くん」

「ん」

「なんで此処にいるの? 任務?」


 蝉しぐれが真白のか細い返事を邪魔する。

「……、をしに」

「なんて?」

 夜条が聞き返す、その答えは。


「自由研究」

 

「え」

「だから、学校の夏休みの宿題だってば。夜条さんだってあるでしょ? 宿題」

「あるけど」


 夜条の顔に、微妙な表情が浮かぶ。


「真白くんが、自由研究ねぇ」

「なにか文句でも」

「いや、なんかさ……俺たちのリーダーでもある『巴』でも夏休みの宿題に苛まれてるのかと思うと親近感が」

「別に手こずってるとか一言も言ってないんですけど」


 まあいいや、と真白は夜条から視線を外した。


「夜条さん、とりあえず中に入らない? ここ、暑い」

 夜条は苦笑い。

「それ、俺も思ってた。中入って話そ」

 

 その言葉を合図に蒼と白、二人の少年が駆けていつた――冷房の利いた、室内へと。

 


 *



 ここで一旦状況説明。二人が来ているのは、新潟県糸魚川市にある「フォッサマグナミュージアム」である。フォッサマグナ――中学地理を履修した者でこの言葉に聞き覚えのある方は多いのではないだろうか。


 フォッサマグナとは、ズバリ。


 地質学上、日本を二つに分けた時の境界線となるエリアのことである。


‘’日本列島の真ん中には、大地をつくる地層を知ると見えてくる「大きな溝」があります。ドイツ人地質学者のナウマン博士がこの「大きな溝」を発見し、フォッサマグナと名づけました。フォッサマグナとは、ラテン語で「大きな溝」を意味します‘’

――フォッサマグナミュージアムホームページより抜粋。



「へぇ、フォッサマグナって外国人が見つけたんだって」

 真白が展示室内の案内板を見ながら驚く。

「夜条さん、知ってた?」

「まあ、一応。ここ、俺の地元だし」

「あ、そうか」

 肩を揺らしてみせるグレー髪の少年。

「じゃああれ、夜条さんは郷土研究も兼ねてるってわけ?」

「まあ、そんな感じ」


 夜条はスマホを取り出し、展示看板をパシャパシャの撮り始める。真白も真似をしてみる。

「頭いいね、それで家に持って帰って模造紙にまとめるのか」

「そ。メモとかしてもいいんだけどさ、俺めんどくさがりだから」


 夜条は答えながら思う。

(違和感……違和感しかない。陰陽師の仲間である俺と真白くんが「こんな日常会話をしているなんて」)


 真白も妙な心地になっていた。

(夜条さんって……あれだよな、「五月のとき」に会った人。あんな出会い方しといて、今話してるのが自由研究とか……ちょっと面白い)



 

「真白くん」

 夜条がその青い目を真白に向ける。

「なんで自由研究フォッサマグナにしたの?」



 俺はここが近いからってのと、あと普通に知りたかったからなんだけどさ。

 そう笑いかける夜条に、真白はこたえる。


「いや、なんか……」

 真白の頭に思い浮かぶは、丸眼鏡の奥の金色の瞳に好奇心を宿らせ、「世界には『やったら面白いこと』しか無いのさ!」と謎の迷言を高らかに謳う某陰陽師の姿。

「琴白さんが、良いこと思いついた!陰陽師みんなで糸魚川静岡構造線マラソンしないかぃ? とか言ってフブキさんに引っ叩かれてたから」


 糸魚川静岡構造線――フォッサマグナのエリアの西の端の名称。糸魚川市から静岡までを縦断していることから、そう呼ばれる。


「新潟から、静岡までマラソンねぇ」

 その『巴』たちの日常を想像した夜条が吹き出す。

「琴白さんならやりかねなくて、怖いね」

「まあ、それで調べてみようと思ったんで」

「まじかよ」


 笑い合う。

 夜条と真白の視線が絡まる。

 また微笑む。


 なんだろう、この違和感。

 ――だけどそこにある安心感。


 平和な世界。

 ――安穏な日常。

 

 だけど俺たちは、その裏で神世より続く闇と人間の戦いが有ることを知ってしまっている。

 ――オレたちだって、陰陽師という存在にならなければ……出会わなければ。


 知らずにいられたこと。

 ――否応なく突きつけられはしなかったこと。 

 

 たくさんある。

 

 同じ県所属だった身近な仲間が死ぬことも。

 ――目の前で命が零れ落ちていくのも。

 好きな()の絶望した顔を目の当たりにするのも。

 ――周りから妬まれることも。

 

 経験せずに済む筈だったのに。

 ――無かった筈なのに。

 


「俺さ、陰陽師嫌なんだけど、それでもやっていてよかったなって思う時があるんだよ」

「わかる、オレもよく感じるから。その矛盾」


 ほろりと零れ落ちた夜条の本音に、真白は頷く。二人の視線は、目の前に展示されている日本列島のジオラマに向いている。だが心の眼は、お互いの本音を捉えていた。


「俺、今更言うけどさ死ととなり合わせってのは、すんごい嫌なんだ」 

「でも呪鬼を祓ったあと、感謝されるとすんげぇ嬉しい」 

「わかる。だからもう少しだけ、この人たちのために頑張ってみようかなとか思っちゃうんだよね」

「正義のヒーロー気取りかよって、まあ、そのとおりなんだけど」

 

 真白がそこまで言ったところで、夜条に向き直った。


「夜条さん、オレたち似てね?」 

「それ、思ってた」


 ここまで、陰陽師というものに対しての本音を吐き出せたのは初めてだった。真白という、二つ年下の後輩陰陽師。但し実力は真白の方が上だが。


「もっと話したい」

「オレもです」

「え、じゃあさ……共同研究としてフォッサマグナ調べない? で、それぞれの学校に提出すれば良い」

「ぜひやりましょう」


 真白の即答により、ここに自由研究同盟が成立した。『巴』・古闇真白と新潟県『流』・夜条蒼空による「フォッサマグナ研究」の幕開けである――。



 *


 これは、陰陽師たちの幕間の物語。

 命をかけて闇を祓うという世界は、いつも日常の「となり」にある。

 そしてその日常と非日常の狭間を生きるのが陰陽師。

 この輪廻は、遥か昔――ヤマトタケルのクマソ討伐によって呪鬼が生まれて、それを退けようとした人々が現れたその瞬間から始まっていて。


 現代を生きる彼らもまた、その輪廻を受け継いでいるのだ。




「夜条さん……今年、受験生だよね」

「ナニソレオイシイノ?」

「知りませんよ、こんなに自由研究に没頭したせいで第一志望落ちたとかなっても」

「はい、夏休み以降頑張ります」


 

 夏のある日の偶然の出会いが生んだ、新たな絆。


 そして――夜条蒼空と古闇真白。二人の中学生による全身全霊のフォッサマグナ研究が審査員の目に止まり、某コンクールで文部科学大臣賞を受賞するというのはまた別の話――。

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