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【木曜17時更新】となりの晴明くん〜闇を祓いし者たちの陰陽奇譚〜  作者: 咲翔
【幕間・それぞれの日々で】

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071.琴白星哉が山で芝刈りを、花園結依が川で洗濯をしていると、氷室雪吹が流れてきました!


 大阪府某遊園地で一条柚琉の名前を連呼する例の放送が流れていた、一方その頃。島根県の日本海側に位置する出雲大社に重なるようにして存在する“もう一つの出雲大社”では、『祓』の実質的リーダーである琴白家当主・琴白星哉が何やら古めかしい本のページを捲っていた。


「『玄武』の記述が確かこの辺に……」


 古代に存在したとされる出雲大社の旧本殿――一般的に「高層神殿」と呼ばれる建物――の中に籠もって、何やら集中した様子の琴白。彼が持っているその本の表紙には『第二十一代 琴白家当主手記』と崩し字で記してある。 


「ああ、あった、あった」


 少し嬉しそうな声を上げ、そのページに顔を近づけた。眼鏡のレンズ越しの金色の瞳が、文字列を追いかけてゆく――と、その時。


「琴白、居るか?」


 バンッと突如本殿の正面扉が開け放たれ、青髪を風に靡かせた『巴』の女性が入ってきた。


「わっ、フブキちゃん」


 琴白はびっくりしたような声を上げる。それと同時に彼の顔に浮かぶは満面の笑み。


「どーしたの、何か用? もしかして私と会いたくなっちゃった? 分かるよ、私もフブキちゃんに丁度会いたいと思ってたんだよねぇ。やっぱ以心伝心、相思相愛ってやt」

「ちげぇ!」


 フブキが荒々しく琴白の妄想をぶった斬る。


「琴白に見せてほしいものがあるから来た。それだけだ」

「私に見せてほしいもの……? 何々?」

「平安時代頃の『祓』の記録。琴白家当主の日記みたいなやつ、本殿にあるんだろ?」


 ぶっきらぼうなフブキの口調。普通の人ならば、ただでさえ見た目から冷たい彼女が此の様な表情をしていると恐れおののくはずなのだが。


「ビンゴ! やっぱり私達、一心同体だねん☆」


 琴白は、はっきり言って気色の悪い声を出した。


「おえぇぇぇぇ」


 その気持ち悪さに吐き気を抑えるフブキ。その銀色の瞳に軽蔑と怒りの色を浮かべながら、彼女は琴白を見やった。


「ビンゴって、何がだよ」

「私達の思考が、だよ」

「どういう意味だ?」

「ほら、これ……」


 怪訝そうにするサイドテールの『巴』に、琴白は今しがた読んでいた古文書を見せる。


「第二十一代、琴白家当主手記……」

「そのとおりだよ! まさしくフブキちゃんが探していたやつじゃないかい? 平安末期の琴白家の記録というと、これくらいしかなかった」


 千年物の文化財をポイッとフブキに向かって投げ渡す琴白。フブキは驚きつつもそれを上手く受け取り、表紙をまじまじと見る。そんな彼女の様子を見て、琴白は金色の目に試すような光を浮かべた。


「おおかた――フブキちゃん“も”北羅銀の記録を漁りに来たんだろ?」

「“も”ってことは、琴白。お前も探してたってことか?」

「そうだよ。確かその本の、七十ページ目くらいに書いてあったかな」


 フブキの白い指先が黄ばんだ紙を慎重に捲る。そして琴白の言う通り、手記の後半の方に「北羅銀」との記述が見て取れた――が、しかし。フブキは小さく舌打ちをする。


「崩し字かよ、読めないじゃんね」


 辛うじて「玄武」や「北羅」などの漢字の部分は読めるが、仮名のところはなんて書いてあるのかさっぱりわからない。そんな風に一人苛つくフブキの肩を、ちょんちょんとつつく者が居た――そう、琴白星哉である。


「フブキちゃん」

「なんだ琴白」

「書いてあること、教えてあげようか……?」

「お前、古文書解読出来んのかよ」

「当たり前だよ。私を誰だと思ってるんだい?」

「女性部下を『ちゃん』付けで呼んだり無駄に接触してきたりするド変態セクハラ野郎」

「ぐさっ」


 琴白がナイフで刺されたような演技をして、ドッと床に倒れ込む。その頬を伝うは透明な雫。


「私は……そんな風に思われていたのか……」


 そして泣き出す始末である。それを見たフブキは面倒くさい上司のもとへ近寄り、片足で思い切り背中を蹴っ飛ばした。


 ドゴッ。


「痛っ!」

「お前はいちいちめんどくせーんだよ、コメディ展開は要らないっての!」

「コメディは必要だよ! 人生笑ってこそ意味があるっ! 笑わない人生なんて笑えないよ」

「訳わかんねーこと言ってんじゃねーよ! それより早くこの内容を教えやがれ」

「わーん、フブキちゃん怖ぁい」

「いいからさっさと話せ。殺すぞ」


 フブキが御札を取り出したところで、ようやく琴白が従順になった。姿勢をピシッと正してフブキの方へ向き直る。


(最初からそうしてくれればいいのに……)


 フブキの心の声は、琴白には届かない。


「じゃあ、全文読み上げるよ」


 琴白の視線がゆらりと文字を映す。その視線は、本を超えてむしろその先の何かを見つめているようでもあった。――戦いの時は分からなかった、北羅銀の物語が語られ始める。



 ――文治五年、霜月のことなり。大呪四天王『玄武』が安芸備後南東部にうちいでき。名を北羅銀といふ。玄武は銀色の髪の毛を頭の後ろに編み、宋の国の人のごとき装ひせり。陰陽頭は陰陽寮の祓の者共らに玄武の討伐を命ずれど、成功せざりき。


 五年前の記録によると玄武を倒しきとの記述のあるため、此度の北羅といふは、新しき玄武に相違なし。我もこの戦ひを目の当たりにすれど、玄武はなほ日の本の者ならざらむかたちせり。


 我は宋の国より、正式なる貿易の裏に行はれたりし人身売買によりこの国に来けり、この国につくまでの間の船に我はいみじき目に合はされき。この恨みは忘れぬ、平朝臣清盛といふ貿易を始めしさうじみを殺しに来けれどはた死にぬらむ。さて日の本のわたりを殺すことにせり。玄武の言へることよりも、玄武はなほ宋人ならむ。この戦ぎて陰陽寮側の死者は五人、建物倒壊が三棟見られき。誠に心痛きことにて、候――。



 琴白が、最後の言葉を言い終えた。次の瞬間、フブキは叫ぶ。


「長い! 長過ぎる!」

「確かに長いねぇ。眠くなっちゃった?」

「当たり前だ。古文なんて高校以来だからな、まったく。で、結局なんて言ってんだい」

「んーっと、北羅は平清盛に恨みを持ってて、その思いから呪鬼になってしまったって」

 

「ああ……なんか日宋貿易の裏で行われていた人身売買で日本に来て恨みが……とか何とか言ってたな」

「フブキちゃん、眠いとかいいながらちゃんと聞いてんじゃん」

「まあ、わかったのはこれだけだが」


 フブキはそう言うと、ふーっと大きく息を吐いた。


「なんだかな。呪鬼の過去を知っちまうと色々思うところあるよな」

「確かにね。だから私はあまり手記を見ないようにしているよ……祓うべき相手に変に情が移ったら困る」


 琴白の言葉に頷きながら、フブキは二週間前程の壮絶な戦いを思い出していた。北羅が戦場を厳島神社にした理由――それは自分の因縁の地だからだ。平清盛が日宋貿易の航海の無事を祈って建てた神社、それが厳島なのだから。



(それに、こうも言っていたしな。


〈「平舞台」においでよ。ボクはそこで待っているよ。海に映える社殿の大舞台。“憎しみをぶつけ合う”ボクらにとって、最高の戦場だと思わない?〉


 憎しみをぶつけ合うってのは……アタシたちの呪鬼への憎しみと、北羅の清盛始めとする日本人への憎しみってことだったのか……)


 

 手記という千年越しの記録で知る北羅の過去。それが結びつける現在(いま)の残像……分かっている――これ以上考えても前へ進めないこと。もう気持ちを切り替えないといけないということ。それでも。


(頭の中から、北羅の叫びが消えねぇ……。最期の「死にたくない」っていう彼奴の言葉はきっと本心だ。祖国を離れて、人権を奪われて、負の感情に支配された結果、修羅と化した少年。それが彼奴の正体で、本当の姿なんだ)


 

 パタリと琴白が本を閉じた。その音にフブキは顔を上げる。


「フブキちゃん。なんか浮かない顔してるね」

「まあ……な、少し」

「あー、なんか思うところがあったか」


 琴白がウンウンと首を縦に振る。


「わかるよ、わかる。だけど此処で気持ちを切り替えられてこその『巴』――よし、フブキちゃん。私と一緒に埼玉県へ行こう」


「……は?」


 予想外の展開に目を見開くフブキ。そんな彼女などお構いなく、琴白は片手を掲げた。


「ほら、やっぱり気分転換って大切だし?


 ――『巴呪法・空間転送』」


 琴白の手から金色の光が飛び出す。その光の帯は素早く琴白自身と、呆気にとられた顔をしているフブキを包み込んだ。


『埼玉県さいたま市、流の花園結依ちゃん家の前へ』


 まさかの名指しでの場所指定。そして流石は『巴呪法』――瞬く間に彼ら二人を包んだ空間は出雲大社から切り取られ、埼玉県へとワープした。





 今、フブキの目の前にあるのは「花園」という表札と、黒い無機質なインターホン。


「琴白。アタシにこれを押せと」

「うん。遊ぶならみんなで遊んだほうが楽しいでしょ」


 花園結依――埼玉県『流』を務める女子大学生。少し気が強めな美人だったはずだ。人数少ないながらも個性的な埼玉陰陽師を束ねる若き実力者――。


「まさか琴白。ただ単に若い女の子と遊びたいとか、そういう不穏な動機では無かろうな」

「まっさか〜」


 あははと笑う琴白の額を、冷たい汗が流れていく。そんな上司を睨めつけながら、フブキはしぶしぶインターホンを押した。


 ピンポーン。


『はい! え……? フブキさんに、琴白さん!?』


 スピーカー越しに聞こえる花園の驚愕した声。それもそうである。暑い夏の昼下がりに鳴ったインターホンの向こうには、『巴』が二人も立っていたのだから。


「ごめんね、結依ちゃん。来ちゃった」


 玄関先に慌てて出てきた花園は、緊張した面持ちで尋ねる。


「……なにかっ、緊急任務ですか!?」

「いや、違うんだけどね」

「じゃあ、なんなんですか!」

「いやぁ、一緒に『桃太郎ごっこ』しないかぃ? っていうお誘い」


 花園の喉から、低い声が漏れる。


「は?」


 今、此奴はなんと言った。


「だーかーらー、桃太郎ごっこだよ! 埼玉といえば秩父の方で『ライン下り』とか言って川下り出来るところがあるだろ? そこでやろうよ!私が芝刈りして結依ちゃんが川で洗濯すれば、フブキちゃんが流れてきてくれるから」


 案の定、琴白の巫山戯た意味不明な提案は。


「誰がお婆さんですか!」

「だーれが桃役なんかやるかっつーの!」


 彼より遥かに賢い女性陰陽師二名に一刀両断された。その後琴白星哉が、フブキから発せられる言葉のナイフにメッタメタにされたのは、言うまでもない。

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