070.一条柚琉はUSJで迷子になり、龍宮蜜葉は大呪四天王『白虎』を捜す。
大阪府――古くから貿易港として栄え、最盛期には「天下の台所」とまで言われるまでに発展した地。豊臣氏・徳川氏の城である荘厳な大阪城や、世界文化遺産に登録もされた巨大古墳が見られることからも、その歴史の長さが伺える。そして今も全国有数の人気観光地となっている場所が大阪府にある。それは遊園地好きなら誰でも、一度は行ってみたいと夢見るテーマパーク――「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」通称「USJ」。
時は八月半ば。
千葉県の東京ディズニーランドと匹敵する人気遊園地であり、続々と登場する新アトラクションが注目を集めるこの地に『彼ら』もまた足を踏み入れていた。
「ついに来た……! 天下の台所、大阪!」
「いや一条さん、あなた任務でよく大阪来てますよね」
「北山さんは分かってないなぁ。大阪といえばUSB! ここに来てこそ始めて大阪に来たと言えるんだよ」
「そこは歴オタらしく大阪城とか言えばいいのに」
「それはそれ、これはこれ。とにかくぼくはUSBに来れたこと自体が嬉しいのさ」
「はいはい」
彼ら――テンポの良い会話劇を繰り広げる男女二人組が歩いてくる。一人は黒髪ショートカットで山吹色の瞳を持つ大学生風の男、もう一人は髪を後ろで束ねた切れ長の目を持つ大和撫子。まるでボケとツッコミのような掛け合いを続けながら、テーマパーク内の広い道をゆく。
「北山さんはUSBに来たことあるの?」
「はい、小さな頃に一度……というか、一条さん。もう一度今の台詞、言ってみてください」
「え、えっと。北山さんはUSBに来たことあるのって」
北山さん、と呼ばれた少女は立ち止まり、男の方を向く。そして眉間に皺を寄せながら再度口を開いた。
「このテーマパークの略称をもう一度」
「だから、USBでしょ?」
「はぁ」
少女は盛大な溜息をつき「はずかしい」と呟いた。
「一条さん、大事なことなので言っておきますね。此処は『USB』ではありません。『USJ』です!」
「え」
一条さんと呼ばれた男は、その形の良い目を目一杯開いて驚いている。
「此処って……ユニバーサル・スタジオ・バパンじゃないの!?」
「バパン!? ジャパンですよ!」
「じゃぱん……嗚呼、日本ってことね! あ、でもぼくがよく大学のレポートのデータを保存するときに使ってるのは?」
「あれはUSBメモリ!」
「はーん、なるほどねん」
ポン、と手を打つ男。
「一条さん、あなた馬鹿なんですか?」
「ぼくは馬鹿じゃないよ」
「じゃあバパンって何ですか!」
「うん、何なんだろうね」
男はそっと視線を何処かにやる。それに対してさらに深いため息をつく少女。既にお気づきの方も多かろうが、彼らは京都府『流』の一条柚琉と、同じく京都府所属陰陽師の北山音羽である。二人は『祓』本部からの指令によって、京都から大阪まで府境を超えてやってきたのだ。
「……あ、そうだ、龍宮さんとの待ち合わせ場所は」
この気まずい空気感から逃げるように一条が話を変えた。それは今回の任務の話――。
「たぶん、この辺りだったかと思いますが……まだお姿は見えませんね」
音羽がキョロキョロと辺りを見回す。それを見た一条は人差し指を立てて注意し出した。
「北山さん。あまりキョロキョロしてると都会に初めて来た人みたいで恥ずかしいよ」
ピキッと音羽の額に青筋が立つ音がした。
(はぁ? 私は蜜葉さん探してるだけですけど何か!? そもそも恥ずかしいだなんて、USJをUSBメモリと勘違いしていた貴方に言われたくないんですけど! 頭おかしいんですか?)
……と、彼女は思ったが口には出さない。
「あなたこそ恥ずかしいのでやめてください」
「ぼくの何が恥ずかしいんだぃ?」
「いえ、やっぱり何でもありません」
音羽がそう返事をしたときだった。
「おとわちゃぁぁぁん! ゆずるくぅぅぅん! 遅れてすまんなぁぁぁ!」
遠くから聞こえる高い女性の声、それと同時にドドドドドドと何かが猛突進してくる地響きが――。
「こっ、この声は……!」
一条が振り返ると同時に。
ドーン!
「ふぎゃっ」
凄まじい衝突音と情けない一条の悲鳴が上がった。もうもうと立ち込める土煙の中、目を開けた音羽の目に映ったのは……癖のある髪を高い位置でお団子にして蛍光黄緑色のタンクトップを着ている女性――龍宮蜜葉と、彼女に踏み潰されている先輩陰陽師・一条の姿だった。
「音羽ちゃん。久しぶりやな!」
屈託ない笑顔で、ヒラヒラと手を振る蜜葉。そして彼女の足元からは「りゅう、みやっさん……足、どけてくだひゃい……」という瀕死の一条の声が聞こえている。
「あ、柚琉くん、すまん!」
蜜葉は本当に今気づいたというような顔をして、慌てて彼の背中に乗っけていた足をどけた。ヨロヨロと立ち上がる一条――ここでこれまでの状況説明をしておこう。まず待ち合わせに遅れた龍宮蜜葉が此方に向かって走ってきた。だがそのすさまじいスピードのせいで上手く止まれず、立っていた一条に激突、彼は転倒。しかし蜜葉本人はそれに気づかず、今の今まで一条は蜜葉の下敷きになっていたのである。
「全く……猪突猛進にも程がありますよ、龍宮さん」
柚琉がズボンについた埃をパッパと払いながら言う。すると蜜葉の目がスッと細められた。
「だーれが猪やって?」
「イヤッ、ナンデモアリマセンッ!」
「ほな、よろしい」
蜜葉の桃色の目が優しく笑う。
「改めて、うちは龍宮蜜葉やねん!今日の任務はよろしゅうな」
「よろしくお願いします」
「お願いします」
こうしてUSJに大阪府『流』と京都の二人が集合した。この三人が今回の任務のメンバー、『流』が二人も派遣される少し特異な例である。
「『祓』からのメールはなんて言うてたかな」
蜜葉がスマホを取り出し、琴白星哉からのメールを開く。そこには此の様な文が記してあった。
【 近畿地方、大阪府と京都府の下記の場所にて大呪四天王『白虎』の気配を感知。『療』研究員は引き続き監視を続けるとともに以下の者を派遣する。各々、白虎の痕跡または本体を探して情報共有をせよ。
USJ周辺…龍宮蜜葉、一条柚琉、北山音羽
大阪城周辺…佐藤太郎、棚彼方
宇治市…神宮寺蓮火、宮原朱莉
その他個別に任務連絡の届いた者は指示に従うこと。健闘を祈る 】
「白虎、ですか……」
音羽が顎に手を当て考える仕草をする。
「広島での玄武に続いて、白虎の痕跡……やはり『呪厄年』だからなんですかね」
「だと思うよ。それよりぼくは」
一条が蜜葉のスマホの画面を指差す。
「大阪城周辺担当の陰陽師が気になるんだけど」
「ああ、それはな、大阪府の仲間や」
蜜葉が答える。
「さとうたろう、たなかなた」
「何だか名前からして個性的な人たちですね。特に回文の方……」
音羽が小声で「たなかなた」と何度か唱える。
「棚くんな。まあ、ええ子たちやで。機会あったら紹介するわぁ。んで、それより」
一条と音羽を見つめる蜜葉。その表情が一気に真面目になる。
「白虎やけど……琴白くんからの個別連絡によると、どうやら此処が一番新しい痕跡があるらしいんよ。だからうちら『流』が派遣された。油断したらあかんで」
「それは……ぼくも聞きました。もちろん油断はしませんよ」
一条の顔が、『流』のものになった。大呪四天王『白虎』・西京明石――『朱雀』こと哀楽の次に強いとされている呪鬼。彼女がもし此処の周辺に潜んでいるのだとしたらこの人数では勝てるわけがない。
だから情報収集するのだ。呪鬼が残していった痕跡――陰陽師だからこそ判る呪詛結界の跡や新生呪鬼の分布――から見て『白虎』の移動経路や現在の場所をある程度推測する。それが今回の重要ミッション。
「祓会で琴白さんが言っていましたけど……去年の秋の嵯峨野での巨大結界の痕跡発見と、今年一月の大阪市での白虎の痕跡発見。それらとは無関係じゃなさそうですよね」
音羽が冷静に分析する。
「そやな。うちの推理では『白虎』……近畿に居座ってるんじゃないかって」
「居座ってる?」
「まあ、名前が『西京明石』言うくらいやからな」
(確かに……)
一条は考える。
(ずっと居座ってるとしたら、何をやってるんだろうか。まさか巨大な呪詛結界を築いていたり……まあ、その可能性が高いか)
だがしかし、考えているだけでは始まらない。
自分たちの目で見て、自分たちの言葉で報告して、そして皆で考えて――そうすることで事態は初めて解決へと動き始める。
「じゃあ、行きますか」
一条はアトラクションがひしめき合う方向へと足を向けた。蜜葉と音羽もこれに続く。
こうして三人のUSJ任務編がスタートしたかと思われたのだが。
このメンツで、任務がうまくいくはずなんてなく。
――数十分後。
世界観を壊さないために極力放送は控えているはずのテーマパーク内に、恥ずかしいアナウンスがこだました。
『ピーンポーンパーンポーン。迷子のお知らせをいたします。京都府からお越しの、いちじょうゆずるくんのお連れ様。迷子センターにてゆずるくんがお待ちです。至急、引き取りに来てください』
これを聞いた音羽と蜜葉の足が止まる。彼女らは園内を東回りに見て歩いている最中だった――ふと右を見ると、先ほどまで居たはずの一条の姿が見えない。
「あの馬鹿…………」
音羽の額に、今度こそ青筋が立つ。目を見開いて怒りに燃える彼女の姿を見て蜜葉は、まあまあ、と諫めるが――。
「絶対引き取りになんかいってやんないから」
常に敬語だったはずの北山音羽の本性、彼女の積もりに積もった怒りが溢れ出してきている。
「迷子センターで反省するといいわ。そして世の中の人々に知らしめるのよ。あれが京大生の実態ですって。そうすれば京都大学文学部史学科を志望する人は減って……ふふふ……」
「いやいや、音羽ちゃん。京大生の全部が全部あんなんなわけないやろ」
蜜葉のツッコミは音羽には届かない。その様子を見て大阪府『流』は仕方なく微笑むと。
(仕方ない。うちが行ってやるか)
なんだかんだ面倒見のよい彼女は、迷子センターへ向かって歩き出した。この後、迷子センターでスタッフの皆さんに奇異の目で見られながら優雅に過ごしていた一条柚琉が北山音羽にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。




