068.残酷な六等分
何もかもを吸い込んでしまいそうな深い闇を纏う一匹の龍。それに姿を変えた北羅は、驚き恐れる陰陽師たちを嘲笑うかのように舞台の上を旋回してみせた。
〈 ボクを殺すの、さっきよりも難しくなっちゃったね……まぁ、その方が楽しいかな? 〉
甲高い声で笑う呪鬼。その余裕ある口ぶりに、陰陽師たちは苛つきながら頭上を見る。長さは如何ほどあるだろうか、龍の形を成した闇が陰陽師たちを見下ろしている。
「玄武なんだから、ノロい亀にでもなればいいのに」
ハルの呟きに、アキが付け足す。
「リクガメとかじゃなくて、ちっこいミドリガメであってほしい」
「それな」
冗談で笑い合い、恐怖を紛らわす二人――そもそも平陰陽師が四天王に立ち向かうなんて、リスクが大きいのだ。先程、フブキと奇襲を仕掛けた際にハルとアキが放った「九字印除霊法」。普段ならそれで呪鬼にトドメを刺せる筈なのに。
――〈やっぱり、弱いね〉
北羅の嘲りと共に、彼ら二人の術式は跳ね返されたのだ。幸い、北羅がこちらに気を取られてくれたおかげでフブキ側の奇襲は成功したわけだが。
(俺たちだけだったら、確実に次の一撃で終わってる……。あれが大呪四天王)
(僕らの術式が効かない――四天王だからか? じゃあ四天王とそうでない奴らの差ってなんなんだよ)
ハルとアキは、それぞれ悶々とした思いを抱えながら――指揮官・フブキの指示を待つ。
三笠と夜条、華白の三人は合流して同じくフブキの方を伺った。人型でなくなった呪鬼を相手に、どう作戦変更するのか……この場で先頭に立ってくれるのは、『巴』のフブキ。体力的にも陰陽師側に残された時間は少ない。だったら、今――一気に巻き返して叩くしかないのだ。
(やはり、迅速さ、だな)
フブキは心の中で頷いた。
(北羅は変化したことで調子に乗ってるようだが……モタモタしていると此方側の限界が近くなる。早くしなければ……そのためには)
「夜鑑!」
フブキの鋭い声が、華白の名を告げた。
「薙刀はあるか!?」
「あります!」
「よし」
フブキの頭の中で、作戦が固まっていく。『巴』として数々の強敵に立ち向かっていく中で養った、作戦立案力及びそれを実行する勇気とリーダーシップ――ニ年の時を経て、再び同じ敵と相まみえた今が、それを発揮する絶好の機会。
フブキが跳躍し、一瞬にして華白の隣に並んだ。そして少し背伸びして、長身の千葉県『流』の耳元に顔を寄せる。
「夜鑑、先陣を切ってもらっていいか」
「はい。いいですけど……何をすれば。
斬りますか?」
「ああ、斬り刻め。ただし指定がある」
フブキの唇が艶やかに――いや、恐ろしいくらいに美しく、弧を描いた。
「六等分しろ」
「六等分?」
「そうだ、六等分――あいつを、『玄武』を、尻尾から頭まで六個に輪切りにしちまえ。あとはみんな、感覚で判る筈だ」
華白はしばし目を瞬かせていたが、フブキの意図を汲んだのか――同じように、不敵な笑みを浮かべた。
「御意」
笑いながら短く返事をすると、華白は薙刀を構えた。そして空中を優雅に泳ぐ巨大な龍に狙いを定める。
『和歌呪法・瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の』
華白が跳んだ。それに気づき、反撃に出る呪鬼。
〈『呪鬼術・北羅伝』〉
空から降り注ぐは、呪いを具現化した球。それはアオゲサやヒメカ――他の呪鬼のそれよりもさらに呪いの濃度を濃くし、攻撃の威力を上げたものだった。
〈 あんたの名前、なんだっけ……? 夜鑑、カハクとか何とか 〉
「嗚呼、そうだよ。わたしは夜鑑華白だ」
〈 じゃあ華白。聞くけど、空中戦において有利なのはボクだよ。なんで自分に不利な処で戦ってるわけ? 〉
北羅の問いかけに、華白は一息ついてから答える。
「これが、指示だからだ。フブキさんからの指令」
同時に繰り出す、薙刀の斬撃。しかし惜しくも高度を少し上げた北羅には届かない。
〈 指示、ね……。まあ、いいけど 〉
北羅の言葉の終わりと同時に、再び華白は狙いを定めて斬りつけた。今度は龍の頭――北羅の目を狙って突き技を放つ。
〈 ……おっと 〉
危ない、というふうに少し首を傾ける巨大龍。華白の薙刀の切っ先は、北羅の鱗を何枚か剥がしただけだ。
「……くそ、届かない」
華白がもう一度斬撃を出そうとしたときだった。
〈 あれぇ……、華白。キミのその“白い髪” 〉
突然、呪鬼が華白の外見に目を留めた。
〈 今思い出した。憶えがあるよ。キミじゃなかったかもしれないけれど、ボクは以前“キミのような髪色の人たち”に会ったことがある 〉
「……」
華白は睨みつけるだけで、何も応えようとはしない。北羅はそれを知って知らずか、愉快そうに先を続けた。
〈 しかもその紫色の瞳。やっぱりそっくりだよ……“彼ら”に。ひょっとしてキミって、
『禊』の一族出身? 〉
「……まれ」
〈 ん? 〉
無邪気に聞き返した北羅に、華白の怒りが爆発した。
「黙れ! “もうそれ以上わたしの過去に踏み込むんじゃない”!
――『われてもすゑに 逢はむとぞ思う』」
和歌の下の句が響き、紫色の斬撃が炎とともに奔った――それは、一瞬の出来事。ハルたち……フブキでさえ、目で終えないほどの速さの攻撃が、北羅の身体に沿うように繰り出された。
――斬ッ!
薙刀が北羅の身体を切り刻む。目にも止まらぬ速さの五連撃――華白の刃が、最後の一撃を終えた。
フブキが叫んだ。
「今だ!」
その一言だけで――陰陽師たちは理解した。
華白が龍の身体に五回の連撃を出したこと。
それによって今のこの瞬間だけ、北羅が六等分されているということ。
これはフブキが想定していたシチュエーション――指令だったということ。
六というのは、この場にいる陰陽師の数だということ。
そして――此奴を倒すチャンスは。
大呪四天王『玄武』を滅する好機は、これを逃せばやってこないのだということ。
北羅は言った。
――まさかキミ一人だけの術式で、千年生きているボクを殺せるとでも、思ったのかな、と。
そして、そう考えるのは馬鹿だとも。
しかしフブキは、もとからそんなことは微塵も考えていなかった。一人で勝てないのは判っている――だから、アタシたちは。
六人で、勝つんだ。
一斉に華白以外の五人が地を蹴った。
自分に一番近い、北羅の体の部分めがけて、陰陽師たちは跳んだ。そしてそれぞれが必死に、一瞬の勝負をかけて和歌を唱える。
『ひさかたの 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ』
賀茂晴の生み出す、春爛漫の陽光が。
『白露に 風の吹きしく 秋の野は
つらぬき止めぬ 玉ぞ散りける』
賀茂明の起こす、秋の野の露風が。
『天の原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも』
天乃三笠の詠う、月を映した大海原が。
『夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも
よに逢坂の 関は許さじ』
夜条蒼空の描き出す、蒼い山影が。
『背をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われてもすゑに 逢はむとぞ思ふ』
夜鑑華白のかける、呪いと怨みが。
『鵲の 渡せる橋に 置く霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにける』
氷室雪吹の想いと、氷の結晶が。
ほんの一瞬――呪鬼の再生術が始まる前までの刹那――を狙って、同時に放たれた。六枚の御札が、一斉に六等分された北羅の身体に貼り付けられる。
そして
ハルとアキと三笠と夜条と華白とフブキの声が
綺麗に揃った。
「「「「「「呪鬼 滅殺!」」」」」」




