052.戦う覚悟
呪鬼の傀儡と化した神官。彼はその酷いなりのまま、ゆっくりと三笠たちの元へと歩を進める。ホラー映画に出てくるゾンビのような姿――だが、ここはフィクションの世界ではなく現実だ。血まみれの顔も、飛び出した眼球も、全て現実。最凶最悪の呪鬼、北羅銀の仕業――。
「で? この操り人形サンはどうやったら倒せるのかな?」
フブキが神官を見つめながら問うた。質問の相手はもちろん、北羅銀だ。
〈うーん……それを言っちゃったら戦いがつまらないんじゃないかな? だってキミの口調を聞けばわかるよ。キミが無類の戦闘好きだってこと〉
「別にアタシは戦うのが好きなわけじゃない」
〈そーう? ボクと同じ匂いを感じるんだけどね〉
おちょくるように笑う北羅銀。だが、フブキは動じない。
「お前と同類? そんなのまっぴらごめんだね」
〈ふふっ、どうかな。で、それより何だっけ? 操り人形の倒し方?〉
東廻廊の闇に囁き声がこだました。
〈そんなの、ボクだって知らないよ――『呪鬼術・北羅伝 人操ノ巻』〉
北羅銀が詠唱を終えると同時に。
バキャッ――!
先程までの動きからは考えられないスピードで、神官が床を蹴り上げ陰陽師たちの方へ跳躍してきた。その血まみれの衣の袖が、ハルの目の前で翻る。
『和歌呪法・ひさかたの!』
賀茂晴は、その淡い黄色に染まった御札を刀のように振って神官を斬り上げる――が、動きは遥かに向こうのほうが速かった。
ガチッ!
ハルの御札を、首から上をあらぬ方向に回転させた傀儡が噛む。その顎の力は操り人形とは考えられないほど強く、ハルは身動きがとれない。
「おい、離せ!」
「ハル!気をつけろ」
ハルの叫びと、アキの言葉が重なった。
その刹那。
神官がハルの御札を口に挟んだまま、右足を大きく蹴り出した。それは寸分違わずハルの脇腹へと向かう。御札を握りしめている彼は固定されているに等しい状況――このチャンスを、北羅銀が逃すはずはなかった。
ドゴッ――――。
「ハル!?」
三笠の悲鳴も虚しく。
鈍い音がして、明るい髪色の少年は廻廊の遥か遠くに飛んでいった。目に見えないほどの速さで宙を舞い、背中を廊下の曲がり角の壁に強打する。
「がはっ」
声にならない叫びと共に、ハルの口から赤い液体が飛び散った。――人外の攻撃を、なんの防御もなく脇腹に食らったのだ。無傷であるはずがない。
「くそっ……これは、まずい……」
蹴られた箇所が変に疼く。おまけに打撲した背中が痛い。幸い頭は打たなかったようだが、腹と背中と両方からの痛みはハルを苦しめる。
「ハル……!」
名前を呼びながら、アキと三笠が駆けてきた。華白とフブキは神官の前で警戒態勢を取っている。巴と流と言えど、廻廊という狭い空間の中で戦うのは至難の業。今のところ敵は一人だが、北羅銀は操り人形を作れる呪鬼だ。いつ何時、傀儡が増えるかわからない――安易に敵に手を出せないのが、今の状況。
「ハル!?大丈夫か……しっかりしろ!」
いつもは冷静なはずのアキの額には、汗が浮かんでいる。ハルは言葉を絞り出す。
「だい、じょうぶ……だ、から」
「ハル、それは大丈夫じゃないよ」
三笠にも焦りが見られる。
(だって……こんなにボロボロで言葉も途切れ途切れで大丈夫なわけが……)
と、そのとき。
「晴、聞こえるか!?」
廻廊の先で、華白が叫んだ。
「は、い……」
かろうじてハルは返事をする。華白は続けた。
「まだ動けるか? だったらわたしと晴で、コイツを引き受けよう――こんなところで操り人形相手に足踏みしてるわけにはいかないんだよ」
三笠とアキは少し厳しめの華白の声に驚く。
(まだ動けるか……って、こんな状態じゃ戦えないでしょ? ハルがほんとに死んじゃう……)
答えられないハルの代わりに三笠が口を開きかけたそのとき。
「動け」
氷のように冷たい言葉が中学生陰陽師たちを貫いた。青い髪のサイドテールをたなびかせた、氷室雪吹だ。
「まだ動けるか、じゃない。動け、そして戦え。命を惜しんでいたら呪鬼を倒すなんて――四天王の首を獲るなんて夢のまた夢」
呪鬼滅殺を夢で終わらせない――祓会でアタシたちはそれを誓ったんだ。
「だから、動け。この千葉県『流』と共に神官を倒せ。そして声主とメガネはアタシと一緒に来い。まだまだ玄武の居るところまでは遠いぞ」
容赦ない氷の刃のような台詞。命が尽きるまで戦え――本来なら巴レベルが持てば良いはずの覚悟を、十四歳の平陰陽師に要求するフブキ。だがそれには理由がある。もうすでにこの“一年”が始まってしまっているから。『呪厄年』の間しかチャンスは無いのだ。
「わか、り、ました……」
ハルがフブキに逆らえるはずなんて。
「戦います。華白さん、やりましょう」
万が一にもなくて。
「晴――手短に終わらせるぞ」
「了解です」
ハルと華白は歩み寄り、アキと三笠とフブキは三人で廻廊の先を見つめた。フブキが低く言う。
「いいか、今から千葉県『流』が結界展開を行う。そちらに神官の意識が移ったその瞬間に、アタシたちは横を走り抜けて突破する。いいな?」
アキと三笠は揃って頷く。
華白も御札を握りしめ、準備万端のようだ。氷室雪吹は短く息を吸って鋭く叫んだ。
「行くぞ!」
と、同時に。
『和歌呪法・瀬をはやみ』
華白の御札が黒く染まっていく。
『結界展開・崇徳ノ呪』
血まみれの傀儡が首をもたげて華白の方を見た。床から立ち上る黒炎。その中に立つのは、黒衣の女性と華奢な少年。
「わたしの結界へ、ようこそ」
華白の言葉とともに黒い炎の勢いは激しくなる。そしてそれはあっという間に神官と二人の陰陽師を包み込み――彼らの空間は、現実の厳島神社から切り離された。
フブキは振り向いてその様子を見届けると共に。
「眼鏡、声主。行くぞ」
アキと三笠に声をかける。六人だったはずの陰陽師は、いつの間にか蒼空が脱落し、華白とハルも抜けて三人に減ってしまった。
「これが玄武の作戦……」
フブキは忌々しそうに呟いた。
「廻廊を進むごとに戦力を削いでいくってわけか。ムカつく奴だ」
バラバラになった陰陽師たちは、それぞれの場所で命をかけて戦う――。




