051.強さと残虐性
ザワザワザワザワ。
何かが蠢くような静かな音を立てて、黒いマネキンの群れが陰陽師たちに押し寄せる。大呪四天王『玄武』――北羅銀の呪鬼術による人形の遠隔操作。負の感情という名の闇から成るマネキンたちは呪鬼と同じ性質を持っており、それらを突破するためには、やはり同じように御札除霊を行わなければならない。
「くっそ、避けきれねぇ……!」
ハルがマネキンたちを睨みつけながら舌打ちする。
厳島神社の東廻廊。狭い通路では前から来るマネキンを回避することができず、ただ後ろに下がるしかない状況だ。
「本当は迂回路があれば使いたいけど、ねェ」
フブキがため息をつく。
「廻廊の左右の柵を超えてしまうと、その先は海ですからね」
アキも冷静に分析して、今どうすべきかの最適解を探す。夜条蒼空はと言うと、五人の遥か後方で未だマネキンと格闘中だ。
「あの、華白さん……」
三笠はこっそりと華白に耳打ちする。
「夜条先輩、助けなくていいんですか……?」
「ああ、助けなくていい」
白髪黒衣の麗人は即答した。
「あいつは仮にも『流』。その実力は確かなはずだ。三笠も蒼空と知り合いだったんだろ? もっと信頼してあげな」
それよりも、と身構える夜鑑華白。
「前からゆーっくりと迫ってくる“マネキン”さんたちをどう処理するかのほうが大事だね。蒼空の助っ人に行くより、こっちを皆で突破するほうがいいだろう」
三笠は緊張した面持ちで頷き、再び前方へと目を向けた。蠢くマネキンたちは、もうすぐそこだ。
「この状況を打破するには」
アキがマネキンから目を逸らさずに口を開いた。
「まず僕が囮になって呪鬼術の人形たちの注意を引きつけます。その意表をついて僕の後ろからハルと華白さんが飛び出して、パパッとニ方向からの和歌呪法でやっつけてください。天乃三笠は僕をサポートし」
「ねぇ、アンタ。アタシのこと忘れてないか?」
アキの作戦伝達を遮る冷たい声。
「え……、あっ」
アキが振り向き、そのフレーム越しの目で氷室雪吹の姿を捉える。青髪のサイドテール、祓会のときのままの狩衣を身に纏った『巴』は、前に立つアキとハルを押しのけて最前線に立った。
「あ、僕……いつもどおりの千葉県での任務と勘違いしてた?」
アキは自分のミスのショックを拭いきれないようだ。確かに千葉県内での任務は、リーダーシップを華白が取り、作戦立案はアキ、先陣を切るのはハルと舞桜で、舞花と峻佑と三笠はバックアップをするという構図が成り立っているが――今は、違う。
ここは、広島県の厳島神社。
そして相手は大呪四天王『玄武』。
今までにアキが相対したことのないレベルの戦いであり、そして敵が強いぶんこちらにも心強い味方がいる。それが、彼女――最強の陰陽師『巴』の一人、フブキだ。
「こんな、形代でもないただの傀儡――アタシが木っ端微塵にしてやるよ。見てろ、玄武!」
フブキはそう言い切ると、地面を蹴り上げ跳躍した。その勢いの激しさに驚く千葉県組。そして彼女は狩衣の袂から御札を取り出した。
『和歌呪法』
美しい声が、詠う。
『かささぎの 渡せる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける』
彼女の白い指先に挟まれた御札が、詠唱とともに銀色に輝いていく。そしてその一枚の紙の燦きが溢れ出したその瞬間――。
『呪鬼滅殺!』
パァッと銀の花が咲くように、フブキの御札から氷の雨が降り注いだ。その標的はもちろん、マネキンの群れ。闇の者たちの頭上に跳んだフブキから放たれた氷の刃は、容赦なく彼らに向かっていく。
フブキの和歌呪法から生み出された鋭利な氷は、マネキンたちに刺さり、彼らを貫き、彼らを刳り、そして闇を霧散させる。
〈ギャァァァァアイヤァァァァァ!!!〉
廻廊に凄まじい数の断末魔の叫びが響き渡り――――フブキがストンと再び床に立つ頃には、マネキンたちの姿は一体たりとも見えなかった。この間、わずか数秒。
「すんげぇ……」
ハルが思わず感嘆の吐息を漏らした。三笠の目は、これ以上ないというくらいに丸くなっている。華白はフブキを尊敬の眼差しで見つめ、アキは驚愕のあまり無表情だった。
(この人……氷室雪吹さんは……僕らが四人がかりで突破しようとしていた敵を、わずか秒単位で、しかも一人の一撃で倒してしまったのか……)
これが、『巴』。
呪鬼滅殺だけを胸に生きる、最強の陰陽師。
「おい、お前ら」
フブキが何事も無かったかのように振り向いた。
「なにボーっとしてんだ。いくぞ」
「「「「はい」」」」
千葉県組は声を揃えて返事をする。そして、フブキに続くべく早足で歩き出した。
――――が、しかし。
〈あれー? 早いね。もう突破しちゃったの?〉
どこからかから聞こえる、北羅銀の声。五人は身構え、三笠は戦闘態勢を取りながらも不安に陥っていた。
(どこから喋ってるんだろう……ってゆーか、私達が今どこにいるかとか、どんな戦闘をしたのかとか全部見られちゃってるってことなのかな……)
未だこちらは、北羅の位置も姿も把握できていないというのに。
〈やっぱりあのマネキンたちを倒すなんて、少数精鋭で来てるんだね! これはボクとしても“遊び甲斐”があって面白いよ。 わざわざボクの相手をしに来る――すなわち死にに来てくれたんでしょ? ほーんと嬉しいよ〉
愉快だというように、高らかに嗤う呪鬼。
その言動の端々から垣間見える、北羅の快楽殺人鬼ぶり。それは著しく陰陽師たちの嫌悪感を掻き立てた。
〈じゃあ次の段階ね! マネキンはダメだったから……今度はこれでどうでしょ! 操り人形、厳島神社の神官バージョンッ! もちろん取れたての産地直送だよんっ☆〉
「神官バージョン……? どういうことだ!?」
フブキが聞き返しながら、廻廊の角を曲がる。そしてその先に見えたものを認識したとき――北羅の言葉の意味を、完全に理解した。
「まじかよ……」
ハルが“ソレ”を睨みつけた。華白が声を上げる。
「なるほどね。やってくれるな、北羅銀」
“ソレ”は、ペタリペタリと怪し気な足音を立てながら暗闇の中より這い出てくる。三笠の目にその姿が映ったとき――声にならない叫びが、彼女を支配した。
(なにっ……!? なにこれ! どういうこと……)
“ソレ”は異形の操り人形だった。しかし異形と言っても、人の形はしている。そして神官らしく和服に身を包み烏帽子まで被っているが……それは明らかに人ではなかった。
飛び出した眼球、だらりと垂れ下がりあらぬ方向に曲がっている両腕、千切れかけている耳、血まみれの顔。赤い鮮血が、神官の着物の白を染め、さらに血は伝い落ちて足元に溜まっている。
「なによ、これ……酷すぎるよ。厳島神社の人なんでしょ……!?」
〈そのとおりだよ、陰陽師の少女さん〉
三笠の呟きを聞いた北羅は嗤った。
〈つい数十分前に殺したばかりの、新鮮な神官だよ。それを操り人形に改造したんだー☆ 今の時代で言うと何だろ……。新しいラジコン買ったから、みんなで遊ぼーよって感じっ!?〉
「ラジコンなんて小学生の頃の話だよ……」
というハルの一言は拾われない。
「は……? 何それ」
三笠の声が震えた。
「人を殺して、こんなにひどい状態にして、それを遊び道具呼ばわり!? ほんとになんなの! 意味わかんない!」
「天乃三笠……」
さりげなくアキが三笠の隣に立つ。
「アイツは大呪四天王だ。今までにないくらいの強さを持つが――それに伴って残虐性も著しい」
「そんな……残虐、すぎて、私もう……」
ペタリペタリと血まみれの足が、こちらに踏み出してくる。もはや人間とは呼べない傀儡、しかしそれは一人の男性として、ほんの数十分前まで確かに生きていた人間なのだ。
「許さない」
天乃三笠の声が、低く響いた。
「一般の人相手にこんな仕打ち、許せない。アキ、北羅銀を絶対に倒そう――私達で。絶対に」
「ああ」
アキも短く返事をする。
「僕も、同じ気持ちだ」




