049.嫌な知らせ
ドオオオオオオオン!
激しい音がして、フブキと真白の立っている床が盛大に揺れた。その衝撃に、思わず立っていられなくなる……当たり前だ。一人の成人男性が上空何キロか分からないくらい高いところから“落ちてきた”のだから。
「フブキちゃんも真白くんも……派手に飛ばしてくれたね、全く」
もうもうとした木屑の煙の向こうから、何事もなかったかのように琴白星哉が姿を現す。それを見てフブキも真白も驚かない。『巴』たちにとっては、これが日常茶飯事だからだ。お互いを銀河の果てまで飛ばし合い、さすがに距離を競ったことはないものの、普通に帰還してくる。
ちなみに琴白の願望は、このまま宇宙まで飛んでいって費用0円で宇宙旅行に行くことであるが、未だその願いが叶えられたことはない――という話は置いておこう。巴たちに、いちいちツッコんでいると物語が進まなくなってしまう。
「で、どうしてそんなに怒ってたんだい? 狩衣が暑かったからかい?」
「そーだよ、琴白サン」
真白が頬を膨らませた。
「めっちゃ暑いんだから! 他のみんなは普通に服で来てるからさ、半袖とかノースリーブとかだったのにさ」
「アタシらだけ、分厚い平安時代の着物……これを着させたのはお前だったよなぁ? あ?琴白」
真白とフブキの反論が、ナイフとなって琴白の胸にグサグサと突き刺さる。「陰陽師の、威厳を……」という言葉が遺言になるかと思うほど、彼が痛めつけられていたその時だった。
出雲大社に、「嫌な知らせ」がもたらされた。
「……『巴』の皆さん!」
バンッという音とともに、本殿の扉が外側から開け放たれる。そこに立っていたのは、広島県『流』の青年だった。
「んー、どーしたー?」
悠長な声で振り向いた琴白の目に、青年のなりが映った。ボロボロの衣服に、赤黒い染みが点々と付いている。そして彼の双眸には、いっぱいに涙が――。
琴白の丸眼鏡の奥の目が、見開かれる。
「広島県の『流』だよな……?」
「……はい、そうです」
「何があった!?」
フブキが青年に駆け寄る。彼女の銀色の眼が、広島県『流』の目を捉えた……その瞬間、彼の叫びが堰を切ったように溢れ始めた。
「大呪四天王です……っ!」
「なんだと?」
真白が顔をしかめる。
「どこで、いつ?」
青年は涙ながらに訴える。
「厳島神社上空に――僕たちが祓会で出払ってる間に、大きな呪詛結界が張られていて……」
「それで、どうした」
「気配に気づいた僕たちで退治に向かったんですけど、そこにいたのが……大呪四天王『玄武』で」
「玄武……!?」
フブキの低い悲鳴と同時に、青年は崩れ落ちる。
「それで、仲間たちは皆必死に戦ってて、それでも勝てる見込みなんてなくて、僕どうしたらいいかわかんなくて……あんな“圧倒的強さ”の前じゃ、あまりにも無力すぎて」
「わかった……だが、一つ聞く」
フブキは青年の両肩を掴んで、その目を見据えた。
「お前はどうやって、ここへ来た?」
厳島神社は広島県でも瀬戸内海側に位置する。それと反対に、出雲大社は日本海側にある神社だ。いくら隣県であるとはいえ、この時間で往復するなど不可能。
フブキの当然の問いに、青年はフッと笑った。
「伝えられて、よか、っ、た……」
そして次の瞬間、青年の姿は跡形もなく消えた。ハラハラと一瞬で花が散りゆくように――消失したのだ。
「えっ……」
真白が戸惑うような声を出した。
「どういうこと……?」
「『言霊飛ばし』だ」
琴白が呟いた。
「陰陽師の和歌呪法――主に御札除霊と結界展開の二つの用法があるが、実は三つ目があってね。これがその、言霊飛ばし」
琴白星哉の金色の眼が、哀愁に煌めく。
「伝えたいことを、伝えたいひとに、言葉だけを魂に乗せて飛ばすんだ。しかしこの用法が使えるのは一生に一度だけ――死の間際、だけ」
「ってことは……」
真白はその先を言わなかった。いや、言えなかった。
(もうこの青年は、広島の厳島の地で“死んでいる”)
「そのとおりだ」
琴白が言うと同時に、フブキが立ち上がった。
「琴白、古闇。アタシが行くよ」
サイドテールをさらりと揺らしながら、哀しそうな目でフブキは続けた。
「『玄武』って言ったら、四天王の中でも古株じゃないか。そしてその性格は、ひん曲がってるって噂だ――そんなやつには、アタシみたいなのがお似合いだろ」
「……なんと返したらいいかわからないけど、頼んでもいいのかい?」
琴白が訊く。
「ああ、いいさ。ちょいと、行ってくるよ」
踵を返し、氷室雪吹は本殿を出ていく。そして風のような速さで階段の向こうに姿を消した。
琴白は、ただその姿を見て呟いた。
「死ぬなよ、フブキちゃん」
◇◆◇
フブキは階段の下へ降り立ち、走り始めた。今は琴白の作った“もう一つの出雲大社”に居るわけだが、こちらの大社で鳥居を潜って外に出ることによって、現実世界に戻ることができる。目指すは鳥居、その先は自身の足で――いや、“呪法”で厳島へ向かう。
……と、そのとき。本殿の横を通り過ぎようとしたフブキの目に、五人の人間の姿が映った。
白い長髪に黒マント姿の女性――たしかあれは、千葉県『流』。黒髪に青い目をした十五歳くらいの男、あいつも『流』だ。新潟県だった気がする。
そして深緑色の、不安そうな少女。まさか『除の声主』? その側に立つ、兄弟と思われる男子が二人。
どういう状況か分からないが、これからの戦いを考えると、人数は多いに越したことはない。
そう思ったフブキは素早く五人に近づき、告げた。
「大呪四天王が現れた。お前らもついてこい」
「えっ? 氷室さん?」
新潟県『流』が素っ頓狂な声を上げる。他の四人も驚いたような顔をしている――が、今は説明する時間はない。
「とりあえずついてこい。まずは鳥居まで走れ」
フブキの表情から尋常では無い状況を読み取ったのか、五人は後について走り出す。
しばらく駆けると、石の鳥居の外に出た。少し目が眩み、空気感が変わったような気がする――おそらく、“もう一つの出雲大社”を抜けたのだ。
「いいか。今から広島県の厳島神社に行く。大呪四天王『玄武』が現れたそうだ」
「厳島……そして玄武……」
華白が鋭い眼差しでフブキを見る。
「どうやって行くんです? 広島まで」
「アタシの巴呪法を使う」
首を傾げる五人の前で、氷室雪吹は手をかざした。
『巴呪法・空間転送』
薄い膜のような氷が、フブキを中心に空間を切り取る。これが『巴』であるフブキ専用の呪法の一つ――切り取った空間を、どこへでも運ぶことができるものだ。
『厳島神社へ――!』
目的地を告げた刹那、切り取られた空間の外の景色が歪み、音が遮断された。そして、次の瞬間にはもう、彼らは出雲には居なかった。
夕方だと言うのに、真っ黒な雲が空を占拠している――そんな広島・厳島神社に六人は降り立っていたのだ。黒雲からは時折、激しい雷鳴が聞こえる。
あの有名な朱色の鳥居が、モノクロに塗り替えられている。これも呪詛結界の影響なのかもしれない――フブキはそう思いつつ、これから戦場となるであろう神社を目に映した。
氷室雪吹
夜鑑華白
天乃三笠
賀茂晴
賀茂明
夜条蒼空
不穏な風が吹く海辺で、陰陽師六人は覚悟を決める――。
【出雲の祓会編】 了
次章からは【厳島・玄武戦編】が始まります。




